ジョン・アダムズの暗号文:イギリス国王との初会見の報告

アメリカ独立戦争が正式に講和してから2年後の1785年,英米間で独立国どうしとしての外交関係を樹立する気運になった.アメリカの独立に断固として反対していた国王ジョージ三世も,アメリカの公使をセントジェームズ宮殿に迎えることを承知した.

アメリカ初の駐英公使に任命されたのは,パリ近郊に滞在中だった駐オランダ公使ジョン・アダムズだった.2月11日付の外務大臣ジョン・ジェイからの手紙を5月のはじめに受け取ったアダムズは,オランダ政府への挨拶などは後回しにしてまずはロンドンに直行することにし,5月25日に到着した.4月13日付でジェイが送った暗号も5月30日には受け取った旨を報告している.

アダムズは6月1日に初めての国王との会見に臨み,その様子を,本国の外務大臣ジョン・ジョイに対し,7ページにわたる暗号文で詳細に報告している.

カマーゼン侯爵〔外務担当国務大臣〕との面談の際,侯爵が語ったところでは,どの外国公使も初めて国王に拝謁する際には信任状の精神に沿った何らかの挨拶を国王に述べるのが慣例だという.式部官サー・クレメント・コトレル・ドーマーが国務大臣のところまで,そして宮廷まで付き添ってくれると伝えに来た.式部官によると,王妃との謁見に付き添ったどの外国公使も王妃にスピーチをするのが常で,自分では同席していないものの国王にもスピーチをしたものと理解しているという.火曜〔5月31日〕の晩には,リンデン男爵が来訪した.ノルケン男爵のところからやって来たもので,私が置かれた特異な状況について話し合ったところ,私がスピーチをし,それもできるだけ丁重なものにすることが不可欠だという意見で一致したという.これはみな,先ごろヴェルジェンヌ伯がジェファソン氏に与えた助言とも符合する.それが英仏の両宮廷で確立された慣習であり,この宮廷も外国公使もそれを当然視しているとわかった以上,当初は黙って信任状を提出してすぐ退出するつもりだった私も,もはや避けられないことだと思うようになった.

6月1日水曜日,式部官が私の家を訪れ,クリーヴランド通りの国務大臣のオフィスまで同行してくれた.そこでカマーゼン侯爵に迎えられ,次官フレイジャー氏に紹介された.フレイジャー氏は,侯爵も言うように,ホルダネス伯爵によって最初に任命されて以来,あらゆる政権交代を通じて,30年間,途切れることなくその職にあった人物だ.私の荷物をオランダとフランスから無関税で取り寄せるというフレイジャー氏のほうから持ち出した話題について短い会話をしたのち,カマーゼン卿が一緒の馬車で宮廷に行くよう誘ってくれた. セントジェームズ宮殿の中心である控えの間に到着すると,式部官が一緒になり,国務大臣が国王の命を伺いに行っている間,付き添ってくれた.私がその場所に立っている間――そこでは,すべての公使がそのような場面では常に式部官に付き添われて立っているようだ――その部屋ばかりか国王の寝室である隣の部屋まで各国公使,主教それに他のありとあらゆる種類の廷臣でいっぱいだった.あらゆる視線がこの私に集まっていたことは想像できるだろう.だがスウェーデンとオランダの公使のおかげでその気まずい場を救われた.二人は私のところにきて終始とても楽しい会話で相手をしてくれた.他にも会ったことのある人が何人か挨拶に来たが,そうこうしているうちにカマーゼン侯爵が戻ってきて一緒に陛下の御前に上がるように言った.閣下と一緒に接見室を通って国王の部屋に行った.扉が閉じられ,私は陛下と国務大臣と三人きりになった.この宮廷,そしてヨーロッパ北部のどの宮廷にも共通の慣行に従って,入り口のところで一礼,半分ほど進んでまた一礼,そして御前で三度目と三回のお辞儀をして,次のように陛下に奏上した.

「陛下,私どもは,アメリカ合衆国から陛下への全権公使に任命され,それを証明するこの書状を陛下にお届けするよう申しつかって参りました.合衆国の明確なる指令により,私はここに,陛下の臣民と合衆国の市民との間にこの上なく友好的かつ自由な関係を培うことが合衆国市民の一致した意思であり望みでもあり,みな陛下ならびに王室の方々の健康と幸福を心から望んでいることを陛下に確言させていただきます.陛下の宮廷に駐在する合衆国からの公使が任命されたことは,イギリス,アメリカ両国の歴史に一つの時代をなすものとなりましょう.私は,外交的資格で陛下の御前に立つ最初の人物になるという著しい栄誉を得たことで同胞市民の誰よりも恵まれていると考えています.我が国をますます陛下の慈愛にゆだね,大洋によって隔てられ異なる政府のもとにあるとはいえ,同じ言語,同じような宗教そして同族の血をもつ二つの民の間の全面的な尊重,信頼,愛情,あるいはよりよい言葉ではかつての良好な性質および気性を回復するのに役立つことができれば,私は自分自身を最も幸福な人間だと考えることでしょう.陛下のお許しを得て付け加えさせていただけば,これまで祖国の負託を受けることは何度かありましたが,人生で私自身にとってこれほど意にかなった務めはありませんでした.」

国王は私の言った一言一言を威厳をくずすことなく聞いていたが,見るからに感動していた.国王の心に触れたのが,その謁見の重要性だったか,目に見える私の興奮だったかはわからない.私は表に出した以上,あるいは出せる以上に感きわまっていたのだ.とにかく国王はとても心を動かされており,私以上に声を震わせて答えた.

「この謁見は実に特異な事情のものだ.貴兄が今語った言葉はきわめて適切で,貴兄が見出した思いはこの状況にまさにふさわしく,私としても,合衆国の友好的な意思についての確言を喜んで受けるばかりでなく,この役割に貴兄が選ばれたことも欣快に思う.どうか信じてほしい,そしてアメリカでも理解してもらいたいと思うのだが,先の争いで私のしたことはみな,我が国民に対する義務によってする必要があり,避けられないと思ったことなのだ.正直なところ,分離に最後まで同意しなかったのはこの私だった.しかし,分離が達成され,不可避なものとなった今,これまでも繰り返し言ってきたことを改めて言うが,独立国家としての合衆国の友情は率先して受け入れるつもりだ.貴兄のような感情と言葉が広まるのを見,この国を好む意思を見たその瞬間から,私は,言語,宗教,そして血縁の事情が完全にその自然な結果につながるにまかせよと言うだろう.」

これが国王の言葉そのままだったと言うつもりはない.一部の詳細は私が聞き間違ったことさえありうる.国王の発音はこれまでに聞いたのと同じくらい明瞭だったが,国王は時々文の間や文中の単語間で口ごもった.国王はとても心を動かされており,私もそれに劣らなかった.だから私も自分がそれほど注意を払っていたか,きちんと聞き取ったか,国王の言葉や意図のすべてについて自信が持てるほど完全に理解したかは定かではない.国王が私に言ったことのすべては,国王陛下か国務大臣が報告を適当と判断するのでない限り,当面アメリカでは秘密にすべきだと思う.これは言っておくが,上記は私がその時理解したままの国王陛下の意図であり,思い出せる限り正確な国王の言葉だ.

国王は次いで渡英前はフランスにいたのかと尋ね,私がそうだと答えると,くだけた様子になって,微笑というより笑いながら,一部では貴兄は同胞の中でもフランス人の態度に最も入れ込んでいるのではないという意見があると言った.これは不用意な発言で,国王の厳粛さにもとるものだと思えたので驚いた.少しばつが悪かったが,事実を否定もせず,かといってイギリスに愛着があると勘繰る余地も残さないことにした.私はできるだけ重々しさを捨てて陽気な風を装い,かつ失礼にならない範囲で断固とした調子で言った.

「それは間違いではありません,陛下.これは陛下に認めなければなりません.私が愛着をもつのは我が祖国に対してのみです.」

国王は間髪入れずに,誠実な人間とはそういうものだと答えた.

それから国王は国務大臣と一言二言交わしたが,二人だけの話で私には聞こえなかった.それから向き直って私に一礼した.退出の合図を与えるときのすべての君侯に共通する習慣だ.私は儀礼通りに後ろ向きに進み,部屋の入り口で最後にお辞儀をして出て行った.

国王の部屋から出るや式部官がやってきて,いろいろな部屋を通って馬車まで付き添ってくれた.

非常に事細かに書いてきたが,それは国王との今回の会話に関して将来誰かの役に立つかもしれないからだ.大陸会議は今回の会話について自らの判断をするだろう.今回の会話からすれば,予想していたほど苦痛ではない駐在が期待できそうだ.これほどまでに国王から格別な配慮をされれば,不満を持つ者も多くは沈黙するしかないだろう.だがこのすべてからも,私の任務の成功については全く予想がつかない.こなさなければならない儀式がまだ目白押しだ.王妃や,大臣や大使を訪問したりされたりでかなりの時間がとられ,私が心に抱いているすべてのもの――訓令に定められた目的――を達成する努力が中断される.ヨーロッパの国ではどこも,物事の本質が儀式の中に失われてしまうのだ.変えられないものには従うしかない.忍耐が唯一の対策だ.




その後,アダムズは6月9日に王妃シャーロットにも拝謁し,同じように暗号文でジェイに報告している.


今月9日の昨日,王妃付き家令エイルズベリー卿によって王妃に引き合わされた.式部官がエイルズベリー卿のところまで付き添い,紹介してくれた.王妃は女官たちに付き添われており,私は次のような言葉で挨拶した.

「国王陛下の宮廷への派遣を望ましく思った多くの事情のうちでもかねてより第一と思ってきたのが,偉大な王妃さまに伺候する機会を得られることでした.王妃さまの高貴な美徳や才能はかねてよりアメリカでもヨーロッパ諸国でも王女たちにとっての範として,女性の誉れとして認められ,敬われておりました.勃興しつつある国家,揺籃期の初々しい世界を陛下の高貴なご仁徳にゆだねさせていただきたいと存じます.もう一つのヨーロッパがアメリカで立ち上がりつつあるのです.陛下のような理知的なお方には,人類を倍にし,同時にその繁栄と幸福を増進するというこの見通しほど快いものはありえないと存じます.かの国に植民し,その地に科学,自由,美徳,そしてお許しを得て付け加えさせていただけば敬虔さの種をまいたことは,将来の時代において,当王国の誉れとなることでございましょう.こうしたものだけが人類の幸福をなすものでございます.

あつかましくも陛下にこのような高尚な言上をしたあとであまりにお恥ずかしい話ですが,この小生,宮廷に上がるには全くふさわしくなく,陛下の前に立つというこの著しい栄誉への取り立ても,立派な生まれ,財産,能力といった事情ではなく,単に祖国に対する熱烈な献身,そして祖国への奉仕に際してのわずかばかりの勤勉と根気強さによるものでありますが,陛下の高貴なご寛恕をお願いするものであります.」

王妃は次のように答えた.

「私と家族への丁寧な挨拶,ありがとうございます.この国でお目にかかれることをうれしく思います.」

次いで王妃は家がみつかったかどうかを尋ねた.私は今朝話をまとめたところだと答えた.王妃は会釈をし,私はお辞儀をして居間に退出した.そこでは国王,王妃,第一王女それに妹の王女がみな親切に話しかけてくれた.私は居間での時間が終わるまで同席して,それから帰宅した.

誤った報告や悪意ある捏造を防ぐために国王および王妃との会見における発言を書面に記録しておくことは必要だった.それにどんな公使でもこうした挨拶を本国宮廷に伝えるのが慣例だ.今回暗号で報告するのは,できるだけ批判にさらされることがないようにするためだ.宮廷もあらゆる諸国の目がこれらの会見に注がれていたことはよくわかっていたので,このたびの会見から,アメリカを他の外国列強と同じように遇することが王室と大臣たちの意図であることは結論していいと思われる.だがそれ以上のことは何も予想できない.今回のことからフランスに対してと同様,我が国に対しても航海法を緩和すると予想することはできない.一つ確かなことは,航海法は,イギリスだけでなく我が国の権限にもあるということだ.我が国の航海法は我が国にとってよりもイギリスにとって打撃となるだろう.実際,航海法が数年のうちに合衆国をいかなる海軍大国にまで高めるかを計算することは確かに可能である.


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