フランス軍人エティエンヌ・バズリーは『鉄仮面:ルイ十四世の暗号通信の新事実』(Le Masque de fer: révélation de la correspondance chiffrée de Louis XIV; 1893)でルイ十四世に関する暗号解読の結果から「鉄仮面」の正体に関する仮説を発表して有名になり(別稿(英文)参照),その後フランソワ二世やミラボーの暗号も解読し,暗号解読者として名を上げた.『ナポレオン一世の暗号』(Les <<Chiffres>> de Napoleon Ier; 1896)では1813年の戦役における暗号を扱い,それまで知られていなかったハンブルク包囲の詳細を明らかにした.バズリーは1899年に陸軍を退役したあとも暗号局で暗号解読を続けた (Wikipedia).
暗号論を出版するよう要望されたバズリーは,とりあえず実際の暗号および暗号解読事例を紹介するものとして『暴かれた秘密の暗号』(Les Chiffres Secrets Dévoilés, 1901)を出版した.バズリーは暗号解読と並行してフランス軍の現用の暗号の弱点を指摘してたびたびその改良を提案していたが,みな却下されていた.本書でもその問題を取り上げ,序文でもフランスの軍用暗号が脆弱であることを指摘し,本書の刊行が陸軍省を動かすきっかけとなることを期待すると述べている.
以下では,『暴かれた秘密の暗号』と『ナポレオン一世の暗号』の概要を紹介する
第一の方法は文字を別の文字・記号で置き換える.
第二の方法は単語を数字・文字・取り決めた単語で置き換える.
古代の方法:シーザー暗号(換字),スキュタレー(転置)
これ以外の古今の方法について下記で述べる.
……
1622年にSillery侯(Wikipedia)に与えられた暗号はローマをJardin(庭),ボルゲーゼ枢機卿をLe Penséeで表わす類.
1630-1631年のリシュリューの文書などにも例がある.
フランス宮廷では隠語は寓意的表現に取って代わられた.
最もよい例が1755年にロシアへの極秘任務に当たってシュヴァリエ・ダグラス〔スコットランドのジャコバイト (Wikipedia)〕に与えられた訓令にあるもの.毛皮取引に擬して語るもの.
1813年にトリエステへの偵察結果のオーストリア司令部への報告にも例がある.
baisse sur les cotons(綿の下落)で大臣の失脚や誰かの死を表わすなど.だがいったん疑われれば,容易に解読される.
協定による,または秘密インクによる.
1560年に逮捕されたコンデ公に宛てた手紙に例がある.奇数行を読む.
(p.18)1895年に発行されたBoetzel et O'Keenan, Ecriture secrèteが新たな暗号を発表した.筆記体で一続きに書く文字数(1〜6)と,ストロークのカールした部分(crochetまたはboucle)の前後・大小(1〜4)の組み合わせによりアルファベットを表わすというもの.だがこの方法は細心の注意を要する.2つの数字を分数のように上下に書いてアルファベットを表わすミラボーの暗号風に書いて検証したところ,挙げられている例にも誤りがあった.
(p.21)紀元前2世紀のフィロンが記したと本にある.17世紀には使われていたが,あまり知られていなかった.フーケは知っていたが,ルーヴォワは知らなかった.……
(p.26)単純なものからだんだん複雑になっていった.
アンリ二世時代に大使を務めたバスフォンテーヌ大修道院長の暗号(1555)(別稿(英文)参照)に比べ,アンリ四世の右腕であったベテューヌの暗号(1599)(別稿(英文)参照)は大幅に進歩している.
一方,最近亡命者によって使われた暗号(p.30-31;アルファベットの単純な換字;母音は2桁数字4通りで表現可;37の名前を下線付きの2字で表現)や1899年の陰謀で有罪になったD氏の暗号(p.32;英数字を記号で置き換えるだけ)は弱い.
単純な換字アルファベットの後継としては,単語ごとの暗号化〔コード〕のほかポルタ,ヴィジュネル,ボーフォートがある.長い間解読不能と思われていたが,そうではなかった.転置式暗号も使われたが,これは危険(後述).
(p.34)換字法から転置法に移行するのは危険.各文字は平文のままなので解読が容易.
当初400の数字を印した10本の木型(réglette)〔おそらく40のますのある10本の木枠を並べて各ますに1〜400の読み順をランダムに振ったものだろう〕を使っていたが,ある士官が木型の400個の数字が固定であるため解読が容易だと指摘し,現に参謀部から取り寄せた暗号文を解読して見せた.改良されたが,使用開始予定日より前に解読されてしまった.(1890年)
陸軍省の転置法は,無駄に複雑なだけ.
フランス軍内で関連する逸話は多いが一つだけ紹介する.
ある将軍が真夜中に暗号電報を受け取り,参謀長を起こすのを遠慮して自分で解読しようとしたができず,1時間を無駄にして参謀長を呼ぶことになった.
(p.39)
アンリ四世のためにスペインの暗号(別稿(英文)のCp.38に類似)を解読(1588-1594)(補注I).
ヴェネツィア大使に自慢したところ,信じられなかったが,ヴェネツィアの暗号も解読して見せた(1595).ヴェネツィアはただちに暗号変更(補注II,補注III).
一方,スペインはフランスが魔術を使ったと教皇に訴えた.
ヴィエトの解読の主たるものは国立図書館の"Departement des Manuscripts. Les 500 de Colbert"にある.
1626年にコンデ公に包囲されているレアルモンから送られた暗号の手紙をやすやすと解読.コンデ公が解読文をレアルモンに送りつけると,市は開城.
1627年,包囲されているラロシェルからの暗号文が捕獲され,コンデ公がロシニョルのことをリシュリューに伝える.解読したロシニョルは仕官することに.
そのころ文字ごとの暗号化の代わりに単語単位で暗号化する二表式の暗号が登場.
当時と違って現在では電信のため外国政府の暗号文が大量に入手できるので,ロシニョルの時代の暗号の解読は難しくないだろう.
ロシニョルによる解読はみつかっていない.〔David Kahn, The Codebreakers, p.1003によれば,ロシニョルによるものとは書かれていないがそれらしい解読文がたくさんある.〕
(p.48)ロシニョルの息子も解読者.ルーヴォワにも用いられた.
1673年7月初頭にはVimboisとLa Tixeraudièreの二人に対して暗号解読の報酬を支払うようルーヴォワが指示した記録がある〔ルーヴォワは,フランス軍が同年6月にオランダ軍が守るマーストリヒトを攻略したときフランス軍陣営にいた〕.
1691年に暗号解読を知っていた者がいた記録がある.
種々の文書をさがしたが,ルイ十四世とナポレオン一世の間に解読者の名前はみつからなかった.
(p.60)正方形暗号はオルレアン公にも使われた.
方式によってヴィジュネル暗号,ボーフォート暗号などと呼ばれる.
(p.56)
カシスキ…ヴィジュネル暗号では3字連接などの反復の間隔から鍵語の長さを推定できる.
ケルクホフ…二重鍵暗号と称す(ポルタの暗号,ヴィジュネルの正方形暗号,サンシール暗号,ボーフォート暗号,グロンスフェルト暗号,可変鍵暗号)
ジョッス(H. Josse, La cryptographie et ses applications à l'art militaire)…4つの変種を記載.だが変な記載も多い.解読法については新味なし.
ヴィアリ(Marquis de Viaris, Cryptographie (1888); L'art de chiffrer et déchiffrer les dépêches secrètes (1893))二重鍵暗号については新味なし.本書の主眼はバズリー・シリンダーが解読可能であると立証することだが,決定打に欠ける.
ヴァレリオ(P. Valério, De la Cryptographie. Essai sur les méthodes de déchiffrement (1893))…暗号解読に関係のない音韻法則の説明が延々と続く.
1838年には暗号に秘匿性があるといえたが,カシスキ,ケルクホフ,ヴィアリが示したように,今日では当てはまらない.
(p.81)暗号解読には直感も重要.試行錯誤中にひらめいて解決することがある.
換字,転置,鍵付き暗号〔多表式暗号〕のいずれかを見きわめるには,使用文字,頻度,反復を調べる.
単純な換字なら最も高頻度なのはE.……同じ文字に複数の暗号文字を使うことによって頻度は変えられるが,使用される記号の数から見破れる.
転置の場合,使用頻度は隠せない.冗字を使うこともできるが,冗字が使われていることはすぐわかり,しかも,暗号文の先頭や末尾に置かれることが多いので手がかりになってしまうことがある.
多表式の場合,頻度順にしてみたとき頻度が急減するところがなく単調な減少になる.……2字連接,3字連接などの反復がみつかれば,多表式.
3字連接の反復の間隔が規則的でなければ,文字ごとの暗号化ではなく,単語ごとの暗号化.
フランス語で3字の暗語を使う唯一の暗号辞書はMamert Gallianのもの(別稿(英文)参照).
2字ずつ区切られていたら,アルファベットの各文字が2桁数字で表わされている.
3字ずつ区切られていてヨーロッパ外からのものでなければ,999までの暗語のみを使って単語ごとに暗号化したもの〔コード〕.
4字ずつ区切られていたら,商用暗号辞書(Sittler, Nilac, Bazeries, Baravelliなど)を使ったもの(別稿(英文)参照).
4桁数字でも,2桁ずつ1文字を表わしている可能性もある.私報電報は文字コードを使えないので,このように数字で表わす必要がある.オルレアン公の暗号もこの種.
5字ずつの場合,各5字群に冗字がないかどうか調べる.あれば4桁コードと同様.なければ,数字の総数が4の倍数だったら,単に4字コードを連続させて,電報料金節約のために5字ずつに区切っているだけ.
数字の区切りがなかったら,数字の総数を2,3,4などで割ってみる.
1〜5桁の不規則な長さであれば,外交暗号または何らかのコードブックの暗号.3つのグループが1語を表わす.〔63.19.6で書籍の63ページ目・19行目・6番目の単語を表わす類の書籍暗号か?〕
一般に,文字ごとの換字は必ず読める.単語ごとの暗号化でも,既存の商用コードブックやアルファベット順であり高々語数3〜4000のコードブックであれば同様.
コードブックの語数が8000などの場合や多表式になると事情は変わってくる.
コードブックによる暗号化は,実際上,暗号ではなく翻訳である.
暗号は,そのような翻訳されたものを,解読を妨げるようにさらに変えることにある.反復をなくせば,用いられている方法を隠すこともできる.
(p.90)バルザックが作品中で約3600文字の暗号文を発表している.上記の手法を使って暗号方式を特定しようとしてみる.普通の換字なら最も高頻度の文字Eが全体の約1/6になるはずだが,該当する暗号文中の文字が2つあり,単純な換字ではない.転置でもない.多表式でもない.よって適当に活字を入れただけと思われる.
カシスキらが発表していない,ヴィジュネル暗号の新しい解読法.鉄仮面に関する先著で述べたように,平文に含まれていると思われる語を仮定するのがポイント.暗号文に順に当てはめていって鍵語を求めてみる.鍵語が仮定語より短ければ,求められた鍵語中に反復パターンが見られ,それで鍵語がみつかったことになる.
ヴェルヌの『ジャンガダ』の暗号文は〔作中では仮定語のヒントが解読の糸口を与えているが〕簡単に解読できる.2字連接,3字連接の反復の間隔から鍵語は6文字と推定.6字毎に区切って縦に並べ,6列の各列の文字頻度を調べる.最高頻度のEを特定するほどの偏りはないが,その4字前にA,その4字後にIがくるということを併せて考えると,各列のEがどれかがわかり,〔グロンスフェルト暗号の〕鍵が432513と判明する.
最近,シュネブレ事件〔1887年4月〕の際に〔国防大臣〕ブーランジェ将軍 (Wikipedia) 派だった将官から,大臣が地方視察中に使うはずだった特別暗号を使った暗号文を受け取った.
3字連接の反復から鍵字の長さが5であることがすぐわかる.いちいちヴィジュネル表を書き下すのも面倒だったので,〔数字鍵を使う〕グロンスフェルト暗号またはパリ伯の暗号のように表なしで頭で考えた.第1列と第5列はすぐにEがわかり,他も少し試行錯誤したがすぐ判明.鍵は+8,-8,+12,+9,-2〔ヴィジュネル暗号を無理にグロンスフェルト暗号のように数字鍵で考えているので,鍵字が0〜9の範囲内にない〕.
ブーランジェ将軍はその後,政治活動で商用暗号(Sittler(別稿(英文)参照))を使った.〔4桁コードの上2桁をなす,ユーザーが書き入れる〕ページ番号を工夫しても,解読は容易.
(p.111)ケルクホフは,ロシアのニヒリストが使った暗号を記述する際,同じ鍵を使うという欠点を指摘しているが,フランスの無政府主義者も同じ過ちを犯した.
ヴィジュネル暗号の変種で,「パリ伯の暗号」とも呼ばれるが,パリ伯〔ルイ・フィリップ王の孫のオルレアン公(1838-1894)〕が実際に使ったかどうかは不明.
グロンスフェルト暗号に似る.グロンスフェルト伯は表を使わず,数字鍵を頭の中で適用したが,無政府主義者は26でなく10字の表を使った.
2つの暗号文が知られている.鍵が短いのは弱点だが,次の工夫がされていたため解読に約2週間かかった.
1.暗号文の最初と最後の6文字が冗字.
2.本文中,特に単語の間にも冗字.
鍵は456327と判明.ヴィジュネル式にいえばEFGDCH.
無政府主義者の失敗は,鍵の長さと同じ長さの冗字列を使ったこと.〔Candela (1938)はこのコメントはおかしいと指摘している.〕
Saint-Etienneの裁判記録にこの暗号および2通の手紙の翻訳が見られる.
一通の抜粋.
オルレアン公の暗号は4桁数字で送られた.だがみな1111〜3737の範囲内.1100台では1111〜1137の範囲内.よって,11〜37が1文字を表わしている.
2桁ごとに文字に直して頻度を調べると,多表式換字であり,手紙ごとに鍵を変えていると思われる.結局はボーフォート暗号だった.
最初に解読されたのは1899年1月7日のもので,末尾の3630 2924 3626のみが暗号.文字に直すとZTSNZP〔11〜36をA-Zに割り当てたらしい〕.単語urgentを仮定してみたがだめ.単語secretを仮定してみると,鍵はRXUEDIとなり,EDIはもっともらしい.いろいろ試した結果,平文はTHURET,鍵はSAMEDI〔土曜日の意〕だった.1899年1月7日は土曜日.
だが,他の手紙は発信日の曜日を鍵として使ってみても解読できない.ボーフォート暗号の別の変種だった〔暗号文=鍵−平文("clef en dessous"「下に鍵」) ではなく,暗号文=平文−鍵("clef en dessus"「上に鍵」)だった〕.
だが反復パターンが偶然のものもあって,他はこれでもうまくいかなかった(補注V参照).試行錯誤からみつかった単語を手がかりに判明した鍵は"Qui donc es-tu, visiteur solitaire?", "Assis dan l'ombre ...", "Dis-moi pourquoi je te trouve sans cesse"だった.これはアルフレッド・ミュセの詩「十二月の夜」(La nuit de décembre)から取ったものだとわかった.日付に対応する詩行を鍵とする.1月は上から数え,2月は下から数える.
(p.120)ケルクホフはMouilleron,Vinay et Gauvin,Rondepierre,Wheatstone,Silasが構想した暗号器について述べている.Viarisも同心円板型暗号器を発明したが,その暗号が解読されたと知ってからは固執していない.この種の暗号は解読可能.
1891年1月に陸軍第十一軍団の参謀長のボールからこの暗号器による暗号文が送られたが解読した.発明者は解読不能と自信をもっていたが,その後複雑にしたものも解読した.
同心円板型暗号器の中ではシャルル・ガヴレル氏のものが最善.1892年に発明され,1894年に産業振興協会に提出.
表から見ると二つの同心円板でそれぞれA-Zのアルファベットがあり,裏には3通りのアルファベットがある.表は暗号化・解読用.裏は鍵の設定用.……
クロンベール氏から暗号器の構想が送られたが検討に値せず.
(p.141)商用暗号辞書(別稿(英文)参照)は,電話が登場してからはそれほど使われなくなったが,商社などは使っているので一言述べておく.
最もよく知られているのは,
フランス語:Sittler,Nilac,Baeries;
ドイツ語:Katscher
イタリア語:Baravelli
英語では語彙の多い「コード」を使うが,これは守秘には向かないのでここでは扱わない.
〔ページ番号の振り直しなどで暗号化できる〕暗号辞書は,使用する辞書を秘密にしておかなければ,解読可能.
Sittlerの例.内容が金融関係というヒントが与えられたので,bourse,titres,millionなどの単語が使われていると仮定することが出発点になる.
millionはSittlerでは真の57ページ,04行にある.振り直されたページ番号はわからないが,行04は変わらない.短い暗号文の中の5034が0と4を含んでいる.これがmillionだとしたら(つまり2・4桁が行を表わす),その前の2836は数字だろう.2・4桁は86なので,行86に数字があるページをさがす.27ページに17があり,74ページに41がある.
真の57ページが5034の1・3桁では53になっていた(差は4)が,2836の1・3桁が表わす23ページも真の27ページとの差がちょうど4になる.
17 millionsがわかったとして,さらに前の2379は,1・3桁から真のページ27+4=31ページの,39行に当たるはず.するとemprunter〔借りる〕となり,正しかったことがわかる.
また,熟練した解読者なら,長く骨の折れる作業を要するが,辞書なしでも解読できる.
(p.146)1899年のレンヌの訴訟〔ドレフュス事件の再審軍法会議〕で1894年のパニッツァルディ電報〔ドレフュス事件で誤った解読により有罪の証拠の一つとされた暗号電報.別稿(英文)参照〕が話題になった.
暗号で通信する者は,専門家なら解読できるということがわかっていない.
暗号文は公表されておらず,著者が知るのはフィガロ紙からわかる範囲のみ.
だが公表されていることから,Baravelliの商用暗号を使ったことはわかる.〔ドレフュスの無罪を示す外務省の解読とドレフュスの有罪を示す陸軍の解読との間の相違を示す3対の単語がコードブック中で(同じ行数に対応するため)互いに相容れないという証言の記事から,Baravelliのコードブックでちょうどそれらの単語が異なるページの同じ行をもつことに符合すると気づいたらしい.〕
Baravelliは第4部でSittlerと同じように4桁数字で単語を表わすが,他に1桁数字で母音や句読点,2桁で子音,語尾など,3桁で連字を表わすので,電文がこれらを併用すれば解読は一層容易になる.
(p.151)ルイ十四世の暗号はよくできていた.非アルファベット順,文字や高頻度語には複数の暗号を割り当て,平文なしの全文暗号化など.
ナポレオン一世時代の暗号はそれより退化していた.将軍たちは暗号はからっきし.よって,使うのが簡単な暗号を与える必要があった.
(p.154)1813年9月13日のベルティエからオージュロー〔カスティリオーネ公〕への訓令.小暗号を使用〔200以上の数字はない〕.同じ暗号を使いつつ暗号化する箇所や分節分けの異なる2バージョン〔暗号+平文〕あり.
オージュローがライプツィヒへ向かう間の手紙.〔ライプツィヒの戦いは10月16〜19日〕
手紙1(1813年10月9日)
手紙2(1813年10月10日)
手紙3(1813年10月11日)…オージュロー自身によって暗号化されている〔暗号+平文〕.多数のミス.
手紙4(1813年10月12日)
国立公文書館でみつかった無署名の手紙(1813年10月13日)…一部暗号〔1140など大きな数字もあり,上記の小暗号とは異なる大暗号〕
(p.167)ラープ将軍 (Wikipedia) の暗号の手紙(1813年11月6日)〔小暗号〕.
長文でところどころ平文の単語があるので,一部は想像がつく.それを手がかりに200のコードグループを再構成できる.
全文暗号だったら苦労するが,それでも可能.
第十軍団の構成.
ダンツィヒ降伏は1813年11月17日.
補注IXに,1813年のナポレオン一世の小暗号〔上記のベルティエ,オージュロー,ラープの手紙で使われたもの〕の解読表を掲げる.
無味乾燥な暗号からの気分転換に,〔包囲下のダンツィヒから連絡のために海路で脱出した〕ラープ将軍の副官の冒険談を掲載しておく.
暗号の組み合わせの数は,真の強さを表わす場合と見かけの強さでしかない場合がある.
暗号文と暗号法(道具を使うならそれも)と7〜8字の単語を与えて解読させて,数時間で解読されるようであれば,その暗号は価値がない.
道具(暗号表,本,暗号器など)の秘匿に頼るものは,その秘匿が保たれる限りにおいて安全.その秘密が漏れたら,いくら鍵を変えてもだめ.道具の秘匿に頼るのは危険.
いくつかの解読(陸軍省の暗号,Bord氏,La Feuillade氏らが提案した暗号,フランソワ一世,フランソワ二世,アンリ四世,ルイ十四世,ミラボー,ナポレオン一世の暗号,Viaris氏,Hermann氏,d'Ocagne氏らが発明した暗号など)をしたことで,著者は種々のシステムの弱点を発見した.
第一部,第二部では,暗号法を特定することができることを示した.
持ち込まれる暗号文もほとんどいつでも解読できた.
1890年以来,陸軍省も暗号の不十分さを知った.
公用の種々の方法の強さを知っておく必要がある.
使用中の暗号がだめなのを示すのもいいが,よりよい暗号を提案する必要もある.著者はそれをしたが,何度やっても無駄だった.
著者が陸軍省に提案した暗号を年代順に挙げる.
三つの課題は,絶対解読不可能であること,簡単かつ迅速,方法・装置を秘匿する必要がないこと.
1890年……改良した正方形暗号.反応「十分簡単でない」
1891年……20の表と素数を使う正方形暗号.
表1は普通のA-Z
表2はまず子音B-Z,次いで母音A-[Y]
表3は母音A-Yを2つずつに分けて,その間に6個の子音
表4は逆順のZ-A
表5は逆順の母音Y-[A]を2つずつに分けて,その間に6個の子音〔子音は19個あるが,p.252の図によると最後は7個の子音が連続することがわかる〕
表6は逆順の子音Z-B,次いで逆順の母音Y-A
表7または表Aは,標語Allons enfants de la patrie, le jour de gloire est arrive〔ラマルセイエーズの冒頭〕〔ニーモニック鍵の要領でアルファベット配列を作る.以下同〕
表8または表Bは,Bienheureux les pauvres d'esprit, le royme des Cieux
……
反応「複雑で戦時には不向き」
1890年12月に送付して1891年1月には拒絶された.30の暗号文を添付し,それらは解読されなかったのに,知られている最良のシステムと同等の安全性と評価するのは不思議.
添付の暗号文には鍵語のヒントを付けたので解読できるかもしれないが,鍵語を秘匿すれば解読は不能.特にBIKVDXLPなどの無意味の鍵語を使うとよい.
とはいえ,たしかに複雑.
簡単なものがよいと助言され,円筒型暗号器を発明した〔補注VII〕.上記と同じアルファベットを使いもした.1891年2月に陸軍省に提出.
だが,暗号文の短さ,動かしにくさ,金属輪に彫った文字の読みにくさなどが指摘された.使いやすいが,細心の注意が必要で,迅速性の点で現行のものに対して利点がない,報告によれば完全に鍵を変更しないと解読可能とされた.
この報告者は捕獲された暗号器に設定される鍵が漏れることを想定しているが,発送日を使って日々鍵を変更することは指摘しておいた.また,使用後は暗号器を分解することも提案しておいた.
1893年にSaussier将軍が気に入ってくれ,その口利きで参謀本部で説明するよう呼び出されたが,応対したのは著者が解読した暗号を考案した大尉だった.茶番になってしまったので,彼に説明することはないと宣言して退席した.
1898年,もはや熱意はなかったが,紙と鉛筆による暗号を提案した〔補注VIII〕が,これも1899年4月に不採用となった.
提案した各種暗号に添付した暗号文はどれも解読されていないのに,安全性が不十分とされた.
重要な命令を伝える暗号なのにこんなことでいいのだろうか.
ナポレオン一世の敗北は,部分的には,暗号がロシアに解読されていたためではないだろうか.マクドナルド元帥が言ったことを想起しよう.
1814年にロシア皇帝がパリで開いた晩餐会でのこと,ロシアがフランスの暗号を解読していたことを皇帝が話したとマクドナルドが記している.マクドナルドが鍵を入手したからだろうと言うと(原注:ネー元帥の参謀長ジョミニ (Wikipedia) が1813年8月に寝返ったとき,書類一式を持ち去ったことを示唆する記述もある),皇帝はそうではないと断言した.
普仏戦争時にもナポレオン三世の暗号がプロイセンに解読されていたのではないか.将来史料が公開されればわかる.
フランスの軍用暗号が改善されることを祈る.
〔第一部第四章に関係〕(p.217)1589年10月28日付けのアントワープのフアン・モレオからのスペイン王フェリペ二世に宛てた手紙の暗号の解読を報告するヴィエトの手紙(1590年3月).背景説明,ヴィエトの手紙,解読文(スペイン語とフランス語の対訳)
〔第一部第四章に関係〕(p.233)ヴィエトが暗号解読を吹聴したことに関するヴェネツィア大使の本国への報告.
〔第一部第四章に関係〕Armand Baschet, Histoire de la Chancellerie secrèteに関連する記載がある.
文書館員Luigi Pasiniが外交暗号を調べ,メアリー・テューダー時代の駐イングランド大使Giovanni Michieliの暗号の鍵を再現.
十人委員会が暗号を重視したこと.
Agostino AmadiのTrattati varii sullo scrivere en cifràが残っている.
ボーフォート暗号の「鍵−平文」と「平文−鍵」は相補的.A-Zに1-26を割り当てて,相補的な暗号文に対応する数字を足すと一定になる.
鍵がわかれば,表なしでも足し算・引き算で解読できる.
(p.243)オルレアン公の暗号〔第二部第五章〕には鍵の周期性ではない偶然の繰り返しパターンがあった.これを使ってカシスキの解読法が絶対ではないことを例解する.
AEQという3字連接が2回現われ,その間隔から鍵長が8と考えると行き詰まりになる.結果的には,鍵語はJe lui demandai mon cheminであり,AEQという3字連接が2回現われたのは単なる偶然だった.
TNDBという4字連接が2回現われ,その間隔が21なので鍵長が3, 7, 21のいずれかだと考えてしまうが,実は鍵はvendredi dix-sept fevrier(長さ22)だった.
(p.219)話題になったカンブロンヌへのオルレアン公の電文(1898年12月)の原文(4桁数字コード)と訳文を紹介.鍵は"Lundi, douze décembre".返信も4桁数字コードで送られたが内容はMERDE(「くそ!」).
(p.250)金庫の鍵に比べ膨大な組み合わせ.
この暗号器による暗号は絶対解読不能.キーワードの漏洩だけが心配.
アルファベット25文字(HughesやBaudotの電信機で扱えないWは除く)を印した円板を20連ねたて円筒状にしたもの.各円板のアルファベット配列は異なる.各円板は連番が付されている.〔20枚のアルファベットの配列は,バズリーが先に考案した,第三部第三章(p.204)で述べている20枚のヴィジュネル表と同じものとされた.〕
容器に戻すときは,円板を外して順に並べるようになっており,紛失しても危険はない.
円板の順番が鍵になる.鍵は単語として指定する.たとえばBATAILLIONであれば,20文字になるまで繰り返してBATAILLIONBATAILLIONBAとし,まず5つのAに1,2,3,4,5を振り,3つのBに6,7,8を振り,……などとして20までの番号を振る.この数字の並びが円板の順番を指定する.
ある列に20文字の平文を作成し,別の列(担当者の気まぐれで選んでよい)を読めば暗号化できる.
解読側は,送られた20文字をある列に作成し,円筒を回して意味のある平文が見えるところをさがす.
数字や句読点の暗号化にも使える.
解読できるかどうか試すために暗号文を示す.
(p.262)特に勧めるわけではないが,1898年に陸軍省に提出した方式を示しておく.軍事用としては話にならないが,一部の読者の役に立つかもしれない.
提案〔この「提案」と後述の暗号方式の説明はRosario Candela, The Military Cipher of Commandant Bazeries (1938)のChapter IIに英訳されており,フランス語原文はAppendix IIに採録されている.〕
1891年に陸軍省に暗号器を提案し,褒められたが,採用されなかった.
その後の会話で紙と鉛筆だけの方式が求められた.今回の提案は,解読不能とはいわないが,下記の三つの暗号文が解読できなければ,課題を解決したことにはなるだろう.
この方法はあまりに簡単なので絶対ではないだろうが,ちょっと工夫すれば,方法が開示されるのを心配しなくてすむようになるかもしれない.
常々,暗号方式の秘匿に頼ることは危険だと考えてきた.鍵を秘匿するだけでよいようにするべき.
鍵を前もって伝えておく必要はなく,1語において,暗号文が鍵を示す.
円筒型暗号器のときとは違って,解読不能とは言わない.
3つの暗号文.
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その後,陸軍省に暗号方式を伝えた.その内容は次の通り.
鍵:英字2字が鍵(ZF)→各字を数字で置き換えて並べる(F→6,Z→25なので256)→それを整数としてスペルアウト(deux cent cinquante-six)→重複なしで文字を取り出し(DEUXCNTIQAS)使われていない文字はアルファベット順(BFGHTKLMOPRVYZ)〔ニーモニック鍵〕
5×5のます目に順に書き込んでいく.同じような5×5のます目に左上から縦にA-Z(平文文字)を順に書き込む.平文文字の対応する位置にあるます目の文字が暗号文字〔換字表の完成〕.
換字を行なったあと,3文字ずつのグループに分割し,各グループ内の文字を逆順にし,先頭に鍵2文字を付加.
グループの先頭の母音は冗字とする.よって,逆順にした3文字グループの先頭が母音であれば,冗字として母音を付加する必要.逆順にした3文字グループの先頭が子音の場合は,冗字の付加は任意.
5字ごとに区切って暗号文のできあがり.
この暗号は,暗号方法を秘匿すべき.上記のようなことは口頭で伝えるべきだった.
だが,若干修正すれば暗号方法を開示しても心配なくなる.そのような修正は口頭で伝える.
(新たな暗号文)
本文第三部第三章で述べたようにこれは採用されなかったが,上記の暗号文は解読されていない.〔Candela (1938)は暗号方式に修正を加えていたこの第4の暗号を解読してその過程を詳述し,最初の3つの暗号文についても解読を示している.解読の突破口となったのは,数字をスペルアウトしたものを鍵に使っていることだった.数詞の綴り字のパターンを手がかりに換字アルファベットを特定したのである.〕
この暗号は戦役を通じて変更されなかった.ロシアによって解読されていた.〔上記のベルティエ,オージュロー,ラープ将軍の手紙で使われたもの.〕
(Maurice Bourgesによる前書き)
暗号にはいろいろな記号が使われるが,数字(chiffres)を使うことが多く,écriture en chiffres〔暗号記法〕またはcryptographie(隠された,秘密の記法)という言い方をする.
どんな暗号も解読できないことはないことをバズリーが証明した.それでもバズリーは解読できない方法があると考えている〔陸軍省に提案した円筒型暗号器のことだろう〕.
ナポレオン一世が戦いの前に暗号を用意しておくことを重視していたことはその訓令からわかるが,実際には大陸軍ではなおざりにされていた.ダヴー元帥が暗号の連絡を受け取ったものの,必要な暗号を受け取っていないこともあった.
今後このようなことを繰り返したり,簡単に解読できる暗号を使ったりすることは避けねばならない.ライン川の向こうでもバズリーのような人物はいることは認めねばならない.
(p.9)鉄仮面の正体がビュロンド将軍であるとするバズリーの説に関する批判への再反論.〔今日ではバズリーの説は受け入れられていない.〕
だが本書の主題はナポレオン一世の暗号を再構成すること.
重要なことは暗号の部分にあり,「ここに解読できない暗号の一節あり」としてすませてしまうのはミスリーディング.批判者から,かつて鉄仮面病と言われたようにまたナポレオン病と言われないことを祈る.
(p.13)3年ほど前,エクスラシャペルの古書の装丁に隠された,1813年12月にダヴーが皇帝に宛てた手紙の写しが発見された.うち三通は暗号.発見者はダヴーの甥に連絡したが鍵はなく,バズリーに依頼された.
今回の暗号は1200通りのグループを含み,600通りだったルイ十四世の暗号より難しいが,それよりも暗号文が短いことが問題.
陸軍省で同じ暗号で書かれたものがみつかり,いくつかは解読が付されていたので,作業は楽になった.この暗号は1813年8月23日から12月1までしか使われなかったが,ほぼ解読できた.
1813年は暗号の寿命が短く,敵の手に落ちたり,離反者が出たりするたびに変更した.
新たな史料を提供するとともに,暗号についての教訓となることを祈る.
(p.17)1813年の戦役に当たり,ナポレオンが副官ベルナール大佐に,〔参謀長〕ベルティエに問い合わせて暗号について報告するよう指示した手紙が残っている.
1813年3月2日付,副官宛:ベルティエのところに行って先の戦役の際の暗号について問い合わせるように.それらの暗号は敵の手に落ちていると思われるので,変更したい.参謀本部と各軍団司令官の間の暗号と,私の不在時に私と軍司令官との間の暗号が欲しい.副王が持っている暗号を持ち帰るよう.コサックのため必要になる.
1813年3月2日付,ジェローム〔ナポレオンの末弟でヴェストファーレン王〕宛:情報収集のためお前の副官を副王〔ナポレオンの義息でイタリア副王のウジェーヌ・ド・ボーアルネのことだろう〕近くに置くべきだが,コサックに伝令が捕捉されるだろうから,お前との暗号をもつべき.ローリストン将軍との暗号も持つように.
1813年3月6日付,エルベ観察軍を率いてマグデブルクにいる将軍ローリストン伯宛:私が貴殿と連絡するための暗号を持っているかどうか知らされたい.
これらの手紙からすると,ルイ十四世時代より語彙は増えたとはいえ,予備の暗号を用意しておくなどといった用心は忘れられていたことがわかる.戦役開始に当たって暗号の心配をするのでは遅すぎる.
暗号の使い方でも,レッジオ公爵のように平文を混ぜたり単語の切れ目を示したりすることで,解読が容易になる.
ラープ将軍のもののような小暗号ではなおさら.
レッジオ公爵ウーディノー将軍の暗号文がいかに解読容易かの例.
ラープ将軍の暗号文がいかに解読容易かの例.〔『暴かれた秘密の暗号』の第三部第一章の例2に全文.〕
(p.23)1813年5月,ナポレオンはロシアに占領されていたハンブルクの奪取に取り組み,口頭で参謀長ベルティエに指示し,参謀長が5月7日付で暗号でダヴー元帥に訓令した.
その手紙の全文.(暗号・平文対訳)
5月11日のダヴーの返信.この暗号をもっていないこと,先の戦役の暗号は敵の手に落ちたこと,持っているのは先の戦役の前に作った暗号のみ.それは,ハンブルクにいたときにOdenやダンツィヒとの連絡に使ったものと,Thornで作った総督たちとの連絡用で副王に写しを送ったもの.どちらを使っても解読できなかった.
その直後に暗号が到着し,ダヴーは急いでその旨を書き送った.
その後のやりとり.
(p.37)1813年11月,ダヴーはラッツェブルクを引き払い,ハンブルクに向かう.11月14日,19日,12月1日,4日に皇帝宛に手紙を書いた.エクスラシャペルでみつかったのはこの4通の写し.最初の1通は宛先に届いたので国立公文書館にあるが,他の3通は失われていた.
4通の原文(平文混じりの暗号)と解読文の対訳.そのうち12月4日のものは暗号不使用.暗号を所持していたバイエルン選帝侯が寝返ったため(p.47).
(p.53)ナポレオン一世の暗号は鍵なしで解読できた.現在の暗号も同様.
暗号学が停滞している.
表層的な研究ではとんでも説を生じるのみ.そのいくつかを指摘しておくべき.
「暗号の安全性を保証する唯一の手段は鍵の頻繁な変更」→暗号システムそのものに欠陥があれば鍵の頻繁な変更は意味なし.しかも覚えるために書き留めるようになれば問題.
「暗号の使用は,特に電信や視覚テレグラフにおいて,通信が本物であるしるしとなる」→敵が暗号を解明して暗号文を作成することもある.暗号だから本物とは断じていえない.
紙と鉛筆の暗号は読んで欲しいと言っているようなもの.
戦場暗号はすぐ実行すべき命令を伝えるだけであり,5〜6時間後には意味がなくなるので,5〜6時間持ちこたえる安全性で十分という考えも根強いが,誤り.最初に捕獲した通信文を5〜6時間で破れれば,以後は1時間もせずに解読できる.
進歩の道を歩もう.目標は,
1.鍵なしでは絶対解読不能であること.
2.〔方式を〕秘密にする必要がないこと.
3.鍵が,メモしなくても覚えやすく,好きなときに変更できること.
4.電信や視覚テレグラフで使えること.
5.携帯可能なこと.
6.頭を悩ませず,特別な知識なしで使いやすいこと.