電碼――中国の文字コード

本稿では電碼の歴史について概説する.これはChinese Telegraph Code (CTC, 中国語電信コード), Chinese Commercial Code (CCC, 中国語商用暗号)とも呼ばれるが,欧米日本の電信コード・商用暗号のように単語やフレーズを登録したものとは異なっている.欧米ではアルファベット26文字,日本語ではカナ約50文字であらゆる電文を表記できるが,中国ではそれに対応するものがない.数千の漢字を使わなければならない中国語では,漢字を4桁数字で表現する電碼は,守秘だとか電報料金の節約だとかといったことを云々する以前に,そもそも中国語の電報を送るために不可欠なものだった.その意味では,電碼は文字コードといったほうがふさわしい(だからChinese Character Code (CCC) とも呼ばれる).「電碼」とは「電信符号」の意味で,モールス符号のことは「摩尓斯電碼」,ボーコードのことは「博多電碼」というし,「航空氣象電碼」のような表現もある(これに対し,本稿でいう「電碼」は「中文電碼」).もちろん,中国語にもピンイン,注音といった表音記法は存在するのだが,方言によって発音が違ったり(呉という人名は標準語ではWuだが広東語ではNgになるのだそうだ),異なるローマ字化方式が存在したりして(ピンインのほか,古典的なウェード・ジャイルズ式などもある)混乱するため,米国を含め非漢字諸国では入国管理などの場面で漢字表記を一意的に特定するために電碼が広く使われているという (Wikipedia (English); 駐北京米国大使館によるDS-160ビザ申請の説明; 解説でも"Telecode Name Used"の記入についての言及あり;オーストラリアについては"Chinese commercial code numbers"で検索すると言及が見られる)

大きな流れとしては,中国への電信導入直後にフランス人ヴィギエールが漢字を4桁数字で表わす『電報新書』を作成し(1871),それをふまえて中国人の鄭観応が刷新した『電報新編』(1881)が今日まで続く電碼の基礎となった.商務印書館の『明密碼電報書』(1908)では暗号化のために独自のコード数字を付与するための数字記入用の空欄が導入され,通常のコード(「明」)と秘密コード(「密」)の両方に使える「明密」のフォーマットが確立した.1929年に政府交通部により初版が刊行された『明密電碼新編』では3桁英字コードが併記された.国共分離後は中華人民共和国の『標準電碼本』(1952,簡体字を導入した修訂版1981)と台湾の『電碼新編』 (1950)という二つの流れに分かれる.類似した書名の多くの版があるが,基本的構成は同じ模様.

目次

数字コード以前(1851-1865)

『電報新書』(1871/1872)から『電報新編』(1881)へ

『明密碼電報書』と「明密」形式の確立 (1908-1963)

公式版『明密電碼新編』他 (1929-1950)

中華人民共和国の『標準電碼本』(1952- )

台湾の『電碼新編』(1950- )

成語電碼

参考・リンク

(以下,繁体字の漢字を日本の字体に置き換えた部分がある.また,英語情報の検索の便を考えてところどころピンイン表記を付記した.)

数字コード以前 (1851-1865)

中国語を電信で送ろうとする試みは中国に電信が導入される前からあった.以下,本節は主としてJ・マクヴェイ氏の詳細な解説ページEscayrac de Lauture (1826-68), amateur language engineerに基づいて紹介する.文献や画像などは同ページを参照されたい.

マガウアン:指字電信による字画表現

米国人宣教師ダニエル・マガウアン(Dainel Macgowan)は,文字盤上の針が向く向きで情報を伝える初期の指字電信が中国語の伝送に好適と考えた(『博物通書』(Bo wu Tong shu), 1851).具体的には,16の方向を示せる指針を使って,字画ごとに形と位置を指定していくものらしい.

エスカリアク侯:形声式の漢字表現

これを受けてフランスのエスカリアク侯(marquis d'Escayrac)(Wikipedia (French)) は字画以外に漢字をどのように要素に還元できるかを考察し,部首と音の組み合わせで漢字の95%を網羅できることに着目した.

象限方式(1862)

1862年の著作に掲載された表は正方形の表を4象限に区切ってその一つを指定することを順次繰り返すことによって絞り込んでいく方式を取っている.具体的には,次のような表からなる.

部首を表わす表(青):4×4, 8×8, 16×16の3表

音を表わす表(赤):4×4, 8×8, 16×16, 32×32の4表

記号類を表わす表(黄):4×4, 8×8の2表

たとえば最も基本的な部首は4×4の次の表で表わされる.

これらの表から漢字を指定するために使うシンボルは「左上の点」「右上の点」「左下の棒」「右下の棒」(それぞれ数字1, 2, 3, 4で表わしてもよい)の4通りあり,それぞれ左上・右上・左下・右下の4つの象限を表わす.たとえば「言」を表わす場合,まず全体を2×2の大きな象限に分けて考えると左上にあり,その中の「虫・竹・言・糸」の4文字のうちでは左下にあるので,「左上の点」「左下の棒」の2つの記号で表わされる.(上下の情報は点/棒により表わせるので,実際には「左の点」「左の棒」でよい.)

8×8の表に属する文字であれば「右下の棒」「左上の点」「左下の棒」のように3つの記号で表わされる.このように,記号の数でどのサイズの表を見ればよいかがわかる.

なお,同じサイズの表が複数あるので,部首(を単独で文字として用いたもの)なら「左上の点」,音(を単独で文字として用いたもの)なら「右上の点」,部首+音で構成される漢字なら「左上の棒」といった指示符を最初に付けることになっている.

モールス方式(1865)

同じ部首+音の組み合わせでも,1865年の著作の表はモールス符号を利用している.マルスラン・ルグラン(Marcelin Legrand)による,部首+音の組み合わせによる活字(「分合活字」という)の発想を応用したものだった.活字では植字工のために各要素に番号が付けられていたが,エスカリアク侯はこの番号を書く代わりにより簡単な信号として伝送すれば中国語の電信ができると考えたのである.もちろん,組み合わせ表に文字を割り当てればいいので,同じ要素でも位置によって形が変わってくる活字の鋳造ほどの手間はない.

だが,エスカリアク侯のアイデアも実用には至らなかったようだ.


今にして思えば数字コードで表現するのが最も簡単というのは自明のように思えるが,19世紀当時としてはそんなことはなかった.マガウアンの方式のあるレビューは,そのような方法によって文字を記述するのが中国語を伝送する唯一の方法と結論した.エスカリアク侯も,マガウアンの方向性に賛同し,各文字に番号を与えるよりは明らかにいいと述べている.だがそれでもエスカリアク侯のアイデアの数年後には数字コードの考えが提唱されることになる.

『電報新書』(1871/1872)から『電報新編』(1881)へ

ヨーロッパから中国への海底電信ケーブルは1870年にシンガポールに,1871年には上海に達した (三上喜貴(2002)『文字符号の歴史 アジア編』p.93).一方,デンマークの大北電信会社(グレート・ノーザン・テレグラフ株式会社)は1869年にロシアからウラジオストックまでの電信線の建設の認可を受け,1872年1月にウラジオストックまでの欧亜陸上電信線を開通させたが,それに先立ち,1871年4月に上海‐香港間の海底ケーブルを開通させ,同年には長崎‐上海間,次いで長崎‐ウラジオストック間も開通させた(Wikipedia (Japanese)).ただし,上海の海底ケーブルは清朝政府の許可を得ずに開設したものであり,清朝が電報局を設立して公式に大北公司を認めて協力を仰ぐのは1881年のことである (安岡孝一・安岡素子(2006)『文字符号の歴史 欧米と日本編』 p.25; 台湾のサイト)

シェレルプによる付番(1869)

その大北電信会社の要請を受けて (三上喜貴(2002)『文字符号の歴史 アジア編』p.94) 漢字用電信コードの礎を築いたのがデンマークの天文学者ハンス・シェレルプ(Hans Schjellerup)だった.シェレルプは中国の食の記録などを研究するために中国語を学習しており,1869年,5454の漢字の番号付けを提案した.(Wikipedia (English), (German))

『電報書籍』(Dian bao Shu ji)(1871)

フランス語タイトルT'een-piao-shu-tsieh ou Code de Télégraphie Chinoise.印刷はAmerican Presbyterian Mission Press, Shanghai, 1871.

東洋文庫所蔵;The Chinese Recorder and Missionary Journal, Vol.5, p.53にはTeen paou shoo tseĭhとしてレビューあり)


上海の税関で働いていたフランス人ヴィギエール(Septime Auguste Viguier, 威基謁)は,上記シェレルプの仕事を引き継ぎ,配列順や収録文字範囲に手を加えて漢字コード表を編纂し (Wikipedia (Japanese),三上(2002) p.94),同治十年=1871年に刊行した.完成は上海・香港間の電信取り扱い開始の約1か月後の1871年5月だった (安岡(2006) p.25).もちろん,漢字コードの完成に関わりなく中国にいた欧米人が英語等で電信を行なっていたことは想像に難くない (別稿(英文)で引用した1880年のRobert Hartの手紙参照)

英仏対訳で書かれた本書の解説によれば,最初は部首・列・列内の位置を表わす3つの数字の組で表現することを考えたが,3〜6桁のコードが入り混じることになって不便なので,結局4桁数字コードに落ち着いたという.この段階でもまだ,4桁数字を使うということは自明な選択肢ではなかったことがわかる.

本書は縦40センチを超える大判で,見開きに26×42行の文字を収録する格子状の表形式を採用している.配列は,基本的には漢和辞典のような部首と画数順をベースにしている.

漢字コードと並んで興味深いのは発信盤(仏Table d'expédition; 英expedition board)/受信盤(Table de réception; 英reception board)というエンコード/デコード用のツールの記述である.発信盤はコード表と同じ部首順にスタンプを並べたもので,柄に印してある漢字を見てスタンプを押せばコードが印字できる.受信盤はスタンプが数字順に並んでいて,受信した電文のコードのスタンプを取り出して押せば漢字が印刷できる.本書では植字工と同じ作業でコーディングができると述べられているが,受信作業については漢字の知識がなくてもできることになる.本書の大きな判型は,漢字コード表という概念が定着していなかった当時,活字ケースのような発信盤/受信盤を意識してのものだったと思われる.

また,中国人は文字の順序を変えることで秘密通信を行なうことがあるが(転置式暗号),その手法は電信コードを用いた通信でもそのまま使えると述べている.ヴィギエールは清朝政府の電信敷設への抵抗を気にしていたらしい.

『電報新書』(Dian bao Xin shu)(2版 1872,3版 1873)

フランス語タイトル:T'een piao hsin-shu ou Nouvelle Edition du code de Télégraphie Chinoise.印刷は同じAmerican Presbyterian Mission Press.

Det Kongelige Bibliotekでは赤いタイトルページの前にカバーあり; 東洋文庫蔵本は同じ赤いタイトルページだが,末尾から左開き・横書きで,本体と異なる洋紙に印刷された3版・2版のフランス語の扉・前書きが付されている; The Boston International Antiquarian Book Fairにも3版の写真あり;ここでも言及あり)


1871年の『電報書籍』は成功を博し,翌1872年の第二版もすぐ品切れになり,1873年には第三版刊行の運びとなった.上記仏文の扉によれば,2版は作成1871年,印刷1872年,3版は作成1871年,印刷1873年となっており,コードの内容は1871年の『電報書籍』のままなのだろう.

『電報新書』は大判の『電報書籍』とはうって変わってハンディーな判型になった.本体は20字×10行の格子状の表形式を採用し,1ページの200字それぞれに4桁数字を割り当てている.配列は,基本的には漢和辞典のような部首と画数順をベースにしている.最後のコード番号は6899だが,途中空欄もあり,最後の文字は6893.3版前書きによれば,1版,2版はアラビア数字を採用していたが,中国人にとっつきやすいように3版で漢数字に変更したという.

(なお,上記2版の扉ではタイトルは1版と同じになっているが,ヴィギエールの回想録(Viguier, Mémoire sur l'Etablissement de Lignes Telegraphiques en Chine, Imprimerie Carvalho & Cie, Shanghai (1875), 26pp.(東洋文庫所蔵))の文字コードのセクションによれば,2版も3版と同じタイトルになっており,また3版の赤いタイトルページに「同治十一年[1872年] 電報新書 電気司西人威基謁纂」とあることから,本稿では1872年版でも3版と同じ書名が使われていたと判断した.)

『電報書籍』でもそうだったが,ヴィギエールは電信の守秘という点も意識しており,今回はp.6-9(ページ番号はDet Kongelige Bibliotekのデジタルイメージのもの)で,発信者と受信者の間で合意した4桁数字を桁ごとに繰り上がりなしで加算することによって解読を防ぐ方法を記載している模様.たとえば,4649に鍵5555を加えて9194とするなど.

p.10-12には電報書式のコード化の見本が掲載されている.p.10が平文,p.11が普通にコード化したもの,p.12が5071を鍵として加算したものだが人名・地名・住所などは暗号化しないものとされている.

『電信新法』(Dian xin Xin fa)(1871)

Det Koningelige Bibliotek

Another format

ヴィギエールのコードをベースとしてコ明在(De Mingzai;Wade Giles式だとTê Min Tsai)が改良したもの.1871年11月付けのパリで書かれたC.M. Têh (徳明在のことをTêh Min Caiとも書くらしい)の英文の序文によれば,同年パリ駐在中にヴィギエールのコードのことを知り,改善の余地があると感じたとのこと.

p.10-23に「字彙目録」として目次を付けたり,末尾(p.97-)にアルファベットやアラビア数字のコードを加えたりもしているが,最大の特徴は本文(p.24-97)の構成を大幅に変えていることだろう.1ページの字数を100字とし,部首が変わるごとに空欄を残して改行して見やすくしている.『電報新書』より空欄がずっと多いので,最後の文字(『電報新書』の最後の文字の次に[龠編に欠]が加わっている)は7344となっている.

また,4桁コードの表記にアラビア数字を採用している.現在から見ればアラビア数字の採用は改良のように思えるが,The Boston International Antiquarian Book Fairによれば当時にあっては漢数字のほうが中国人にはとっつきやすかったとのこと.

巻末のp.98-99にコード化の見本がある.平文(p.98)でもコード(p.99)でも上部に英語で"The Great Northern Telegraph CHINA AND JAPAN EXTENSION COMPANY"と書いてあるのは,当時の大北電信会社の電報書式のヘッダーなのだろう.

『電報新編』(Dian bao Xin bian)(1881)

Google (『中国電報新編』;料金表に丁酉年とあるので,1897年の版だろう;Googleには1911年版もある;安岡孝一・安岡素子(2006)『文字符号の歴史 欧米と日本編』p.26の『中国電報新編』(1882, 上海, 大北公司)の最初のページはこれと同じで,同書p.25, 63によれば大北電信のものとのこと)

フランス人の手になる『電報新書』の配列の混乱に着目した中国人の鄭観応が,字数を補うためもあって,1881年に編纂したのが本書 (Wikipedia (Japanese)他)

1ページに200字,漢数字のコードという『電報新書』のフォーマットを踏襲しているが,コード割り当ては,一ページ目に「丘」がないなど(現在は「丘」は補遺の8002に登録されている),『電信新法』『電報新書』いずれとも異なっている.上記Googleの1897年版では8001以降の文字もあり最後の文字番号は9651.7902 [龠編に頁]以降の空欄に続いて「8001 万」「8021 井」「8043 亘」などが割り当てられており,明らかに補遺としての性格である.

巻頭に料金表,電報寄受信上の35項目の規則(「寄報章程」)がある.規則の第二項であらかじめ定めた数字の加減により第三者による解読を防ぐ方式を記載している模様(「暗碼之信」).挙げられている例では6635 0796 5074に20を加えて6655 0816 5094としている(『電報新書』のような桁ごとの加算ではない点に注意).

この『電報新編』が今日まで続く電碼の基礎をなす.

1882年の壬午事変の際には日本は『電報新編』による清国の外交電報を解読していたという.(大野哲弥(2012)『国際通信史でみる明治日本』p.165, 120;典拠は東京大学史料編纂所編『保古飛呂比』第11巻)

1898年の「日清両国皇帝陛下ノ間ニ使用セラルル電信符号ニ係ル取極」(アジア歴史資料センター,レファレンスコード:B06150030400,p.34-35;日本語訳ではコードが間違っているので注意)では冒頭は暗号でなく「通常電信符号」で記すこととされているが,例に挙げられている「日本東京宮内大臣轉」などは『電報新編』に基づく模様.


『漢電』

朝鮮での電気通信事業は1885年の西路電線の架設に始まり,漢城[現ソウル]電報総局(華電局)が開設された (金仁培「パーソナル・メディアの利用行動に関する要因分析研究」大野哲弥(2012)p.133付近の詳細な解説によれば釜山‐長崎の海底ケーブルは1884年2月15日に開通しているが,同年12月の甲申事変の時点ではまだ釜山以遠の電信は未整備で,漢城からの情報が届いたのは仁川から釜山,長崎,下関といった電信局所在地への船便を経由したという;漢城‐釜山間の電信は1888年に開通するが,安定してサービスできる状態ではなかった(p.137, 149, 164)).この『漢電』はそれに関連して刊行されたものらしく,35条からなる電報寄受信上の規則(「寄報章程」),料金表(「大北公司南北線報費価目」),漢文電信符号(「電編」)からなる.末尾に「電編各字部首」として部首を列挙しただけの一ページの表もある.いくつかの画像がここにあるが,内容は『電報新編』(1881)とほぼ同じ模様(同サイトには「電報新編」と書いてある模様).

当時は漢文のほか欧文の電報を扱ったが,ハングルの電報は扱っていなかったという (ハングルのサイトの機械翻訳より).現在のハングルの電信符号は(組み合わせる前の)ハングルの字母を5ビットで表わすもので,1969年の訓令に基づくが,ハングルによる電信がいつ始まったのかは定かではない (安岡(2006) p.97)

『交通必携』(Jiao tong Bi xi)(1910)

jmcvey

この通信ハンドブックのp.126-37(p.37が最後)に文字コードがあるという(中国語辞典によると,中国語の交通は「交通,(総称的に)運輸・通信事業」の意).画像を見ると,1ページ100文字とする形式は『電信新法』と同じだが,内容や最後の文字番号9651は『電報新編』(1881)と同じ模様.


このことから,『電報新編』がすでに主流であったことがわかる.China Inland Mission Private Codeという外国人宣教団体China Inland Mission用の英文コードブック(初版1907)のp.viii-ixでも,漢字を送信する必要がある場合に使う公式のコードブックは中国のどの電報局でも手にはいると述べているが,挙げられているコード例は『電報新編』のものに一致している.

その後の一連の電碼も基本的にはこの『電報新編』(1881)のコード割り当てを踏襲することになる.ヴィギエールの『電報新書』も使われていたらしいが,『電報新編』に比べ字数が少なく,他にも問題があったため,1924年になって,大北電信会社はついに『電報新書』の使用を中止した (Wikipedia (Japanese)および同記事で引用されている上海のサイト)

『四角號碼電報書: 附電報新編』(Si jiao hao ma Dian bao shu : Fu Dian bao Xin bian)(1930)

WorldCat(上海,商務印書館)

「四角号碼」というのは部首に代わる漢字検索法の一つ (Wikipedia (Japanese))

『明密碼電報書』と「明密」形式の確立 (1908-1963)

以下,「明密」を冠する類似の書名のコードブックを多数紹介するが,中国の古書サイトなどで見る表紙画像からすると,誤記ではなく,本当にさまざまな版があったようである.

『明密碼電報書』(Ming mi ma dian bao shu)

1911年に辛亥革命が起こって清朝が倒れ,1912年1月1日をもって中華民国が成立した.それと前後して電碼にも新たな特徴が導入された.

1908, 1913, 1916年版等々(商務印書館)

1908年9月に商務印書館から初版が刊行された (1916年版の奥付より) 『明密 碼電報書』は,『電報新編』のコード割り当てを引き継ぎつつ,新たなフォーマットを導入した.商務印書館(1897年設立) (レファレンス協同データベース; Wikipedia (Japanese)) というのは清末・中華民国時代の中国最大の出版社で,後述の中華書局(1912年設立) (レファレンス協同データベース; Wikipedia (Japanese)) などとともに中国の代表的な出版社らしい (Wikipedia (Japanese))

ここ(詳細はここ)で1916年6月14版の画像が見られる.東京都立中央図書館の実藤文庫には中華民国2年(1913年)4月9版があり,以下の記述はそれに基づく.

前書きを見ると,通信内容の漏洩を防ぐには秘密コード(「密碼」)がいいが住所・氏名には秘密でないコード(「明碼」)が必要で,本書は『電報新編』の「全行」を掲載しつつ空行を設けることで秘密コードの設定もできるようにして,一冊で二通りの用に供することができると述べている模様.

コード本体を見てみると,毎ページ10字×10行(縦書き)で,上端と小口側に空欄がある(縦書き・漢数字;英字コードなし).この空欄が秘密コードの設定に使われる.東京都立中央図書館の蔵本ではこの上端の空行には(左から漢数字で)8, 6, 4, 1, 5, 2, 9, 0, 7, 3と筆書きされており(別のアラビア数字に上書きされている),左端の空欄には(上から漢数字で)5, 3, 8, 7, 9, 4, 0, 2, 1, 6と筆書きされている.同じ数字が毎ページの空欄に記入されており,さらに各ページの余白にはページごとに異なる2桁数字が記されている(1ページ目は81,2ページ目は27,3ページ目は35など).このように数字を書き込むことにより,各文字にページ番号(2桁)+(上端の)列番号+(小口端の)行番号の組み合わせによる独自の4桁コードを付与して暗号に使うことができる.

このような,毎ページ10×10の構成にして,上端と小口側に空欄を設けてデフォルトのコード番号のほかに暗号(「密碼」)用に独自の番号を与えられるようにする「明密」方式はその後の電碼の基本となる.

コード割り当てはほぼ『電報新編』と同じで,7902 [龠編に頁]のあとは「補遺」として「8001 万」「8021 井」「8043 亘」などが割り当てられている.最後の文字も『電報新編』と同じ9651 [龠編に欠].

付録として「画一電報価弁法」(料金規定),「電報免費弁法」(公電などの割引規定),「寄報章程」(電報利用規則;29条+付則5条からなる;守秘のために6635 0796 5074に20を加えて6655 0816 5094とするといったくだりは『電報新編』と同一),「大北公司南北線報費価目」,「詩韻目録」,「各省電報局名」がある.

商務印書館によるものとしては,1932, 1936, 1939, 1941, 1946, 1949, 1959, 1962年版 (以上,上海商務印書館), 1952年版(台北商務印書館)もネット(Google, WorldCat等)に見られる.1936年版には「國難後訂正第62版」「國難後訂正第56版」と表示しているものもある(1932年の上海事変で印刷・編集・販売施設および付属図書館が壊滅した (第119回貴重書典 (2008, 鶴見大学図書館)) 同館のこの時期の出版物にはしばしば「国難後第×版」といった表示が見られる).国会図書館(関西)には1951年版がある模様.

ここでも表紙画像(商務印書館発行)が見られる.

1922年版・1932年版(中華書局)

同じく『明密 碼電報書』というタイトルで,ここでは民国十一(1922)年改訂版(上海中華書局発行)の画像が見られ,特に0101〜0300の200字の見開きページの画像があるが(縦書き・漢数字;英字コードなし),コード割り当ては『電報新編』(1881)から変わっていない模様.上と両端に空欄あり.ここでは民国二十一(1932)年改訂版(上海中華書局発行)の同じ体裁の表紙画像が見られる.

「利衆書局印行」版

『増訂 明密碼電報書』というタイトルのものもある.縦書き,漢数字,英字コードなし.最終コードは9651 [龠編に欠]で『電報新編』(1881)と同じ.最終ページは空欄をかなり省いてレイアウトされているが,割り当ては変わっていない模様.上と両端に空欄あり.最終ページ(おそらくコード番号8001以降全体)は欄外に「補遺」と記されている

1940年版(商務印書館)(英字コード付き)

ここには中華民国29年=1940年版(商務印書館)の画像がいくつか見られる.画像が小さくて見にくいが,英字コード付きらしい.また,奥付の直前のページは下記1941年改訂版の「韻目代日電碼表」と同じに見える.一方,1941年改訂版にある欄外の画数表示はない.

1941年版(商務印書館)(英字コード付き)

ここにある画像は1963年版(商務印書館出版(香港))で,カラーの表紙もいかにも戦後らしいが,同サイトに「1941年3月訂正第一版,1963年7月港第二次印…」とあるのでここで扱う.

縦書き・アラビア数字.0000〜0099の冒頭ページの画像があるが(空欄0000から始まっている),コード割り当ては基本的には『電報新編』(1881)から変わっていない模様.(『電報新編』の0028の「凡」が*のような記号に置き換わっているなど若干の違いはある.)

英字3字コードの採用をはじめ,後述する交通部の『明密電碼新編』(1933)と共通の特徴をもつ.本書の0099がADVで,『明密電碼新編』(1933)の0101がADXなので,この限りでは英字コードは一致している模様.下側欄外には部首以外の部分の画数をアラビア数字で示して検索の便を計っている.

「電碼部首索引」のあとにコード本体が続き,さらに「刪去重複字備考表」「電碼代日時及韻目代日表」(「電碼代日時表」「韻目代日電碼表」からなる)「四角号碼難字検査表」「密碼編制法説明」「羅馬字母電碼用法説明」の付録がある.

具体的には,「刪去重複字備考表」ではたとえば「凡」の字が0028では削除されて0416にあることがわかる.

「電碼代日時表」では中華人民共和国の『標準電碼本』にも受け継がれる時刻や日付のコードが与えられている.たとえば,9801 零点,…,9824 廿四点(中国語の「点」は「時」の意); 9901 1日,…,9931 31日など.数字コードのほか英字コードも割り当てられており,ZTU 零点,…,ZUV 廿四点; ZYB 1日,…,ZZY 31日などとなっている.

「韻目代日電碼表」の「韻目代日」は電報字数の節約のために使われた,月や日付をそれぞれ漢字一字で表わす方式のことで (Wikipedia (Japanese)),この表にはそれに使う漢字の数字コード,英字コードがまとめられている.

「羅馬字母電碼用法説明」では3桁英字コード5個を集めて15字とし,それを5字ずつの3グループに分けて送信することで電報料金計算上の語数を節約できることを説明している模様.

このブログで紹介されている版は本文に「發現了一本民國30年出版的《明/密碼電報書》」とあるので,民国30年=1941年版らしい.発行元は書かれていないようだが,上記と同じもののように思われる.少なくとも「2388 支 FUJ」の数字コードと英字コードは一致している模様.表紙画像のほか2301〜2498付近のコードを示す見開きページの画像が見られるが(縦書き・アラビア数字;英字3字コード付き),コード割り当ては『電報新編』(1881)から変わっていない模様.英字コードは「2302 摩 FKO」「2332 撰 FOJ」「2455 方 GAA」「2480 日 GAZ」などで,GAA, GAB, GAC, ...などと機械的に割り当てている模様.上と小口側に空欄あり.下側欄外には部首以外の部分の画数をアラビア数字で示して検索の便を計っている.

1945年の『明密碼 電報書』(台湾新生報社)

表紙で「明密碼」の部分を小字で冠した『明密碼 電報書』(1945年12月25日発行)のいくつかの画像がここで見られる.発行元の台湾新生報社というのは,日本の敗戦によって台湾省政府の機関紙となった新聞社らしい (Wikipedia (Japanese))

特に,1301〜1377付近のコードを示す画像が見られるが(縦書き・漢数字;英字コードなし),『電報新編』(1881)と変わっていない模様.上と小口側に空欄あり.

公式版『明密電碼新編』他 (1929-1950)

『明密電碼新編』(Ming mi Dian ma Xin bian)(1929)

1929年には中華民国交通部電政司(現在の台湾の「交通部」の英文名称はMinistry of Transportation and Communicationsとなっており,中国語の「交通部」の名称が通信もカバーすることがわかる)が『明密電碼新編』を刊行し,1933年には補遺約1000字が付加された (Wikipedia (Japanese)および同記事で引用されている上海のサイト).少なくともコードブックの書名としては,「電碼」という用語を初めて使ったのは本書と思われる.Googleでは1933, 1937, 1946, 1948, 1949, 1950年の版がヒットする.

1933年版

古書店サイトで1933年版のいくつかの画像が見られる.交通部電政司によるオフィシャル版だけあって,コード表だけなら100ページですむところ,さまざまな付録がついていて297ページになっている(詳細な目次らしきものもあり).目次を見ると,「電碼新編部首索引」「電碼正編」「電碼補遺」に続いて「難字易検表」「四角号碼難字検査表」「本編新添字碼備考表」「本編刪去重複字備考表」「韻目代日電碼表」「電碼代日時表」「付録 各項弁法及電報価目表」が含まれている.

アラビア数字を採用し,10×10の縦組みで,上端と小口側には一列ずつ空欄が設けてある.0101〜0200,1101〜1200,2101〜2200,3101〜3200の4ページ分の画像が見られるが,目次からすると文字の追加・削除はあるらしいが,コード割り当ては基本的には『電報新編』(1881)から変わっていない模様.(1154は『電報新編』では「參」の下を「田」にしたような字がはいっているが,本書では「×」になっている.)下側欄外には部首以外の部分の画数をアラビア数字で示して検索の便を計っている.

独自コードの付与による暗号用の空欄は上記のように民間の『明密 碼電報書』に例があったが(「例言」では「密碼頁数検査」なる項目があるが,このことを指しているかどうかは不詳),新たな特色として,数字4字コードに加えて英字3字コード(「羅馬字母電碼」)も併記されている.英字コードは「3111 油 IEA」「3112 治 IEB」「3113 沼 IEC」「3114 沽 IED」のように機械的に割り当てている模様.1930年代は国際電信規則でコード語が「発音可能」でなければならないとする要件がなくなったため,欧米でも日本でも英字3字コードが登場した時期だった(別稿(英文)参照).

1935年版(京華印書館)

安岡孝一・安岡素子(2006)『文字符号の歴史 欧米と日本編』p.63には1935年版(京華印書館)の最初のページ(0000-0099)が掲載されている.京華印書館については中華印刷通史の表(コンテキストは第十五章第二節)にそれらしき名がある.

各行10字×10行の横組みになっており,アラビア数字のコードが0001ではなく0000(空欄)から始まるようになっている.コード割り当ては『電報新編』(1881)とほぼ同じだが,0028の「凡」が「×」になり,0053の空欄が埋められている.漢字8848字と日付用特殊符号55個を収録.また,数字4字コードに加えて英字3字コードも併記されている.英字コードはAAA, AAB, AAC, ...と機械的に割り振られている模様.(横組み・ゼロ起点などの特徴はAlan Stripp, Codebreaker in the Far East, p.138の図と共通.これは漢数字でページが打ってある右開きの本の第4ページ(電碼の0300-0399を収録)と第5ページ(「まず部首をみつけ,そこから目指す文字を探す」といったことを説明している英文のExplanatory Notesの冒頭部分)を引用したものらしい.)

Google(プレビューなし)によれば307ページ.

1948年版(広益書局)

台湾の古書店で『明密電碼新編 附四角號碼難字檢査表』(広益書局)(民国37年=1948年版)のいくつかの画像が見られる(縦書き).上端と小口側の空欄に万年筆で番号が記入してある.画像が不鮮明だが,アラビア数字・英字コードを採用している模様.また,第1ページの空欄は0018,0026,0032,0043,0058,0070,0085となっており(部首を白抜きで表示しているので,部首が変わる手前の欄を空欄にしていることがよくわかる),『電報新編』の空欄0053が埋められていることがわかる.


この時期の電碼は上記の商務印書館の『明密電碼本』と交通部の『明密電碼新編』が主だったと思われるが,上述したように同じタイトルで他の版元から出版されたもののほか,下記に示すように微妙に異なるタイトルでさまざまな版が出版された.

『明密碼電碼新編』(Ming mi ma dian ma xin bian)

「碼」一字が加わった『明密碼電碼新編』(開明書局, 19--)という書名も見られるが不詳.(出版社「開明書局」はWikipediaでは商務印書館,中華書局などと一緒に言及されている.)

『明密碼電報新書』(Ming mi ma dian bao xin shu)

『明密 碼電報新書』というタイトルで出版されたものもある.ここおよびここには張学良に贈呈されたものの画像が見られる(上海電政編譯所;表紙によれば民国20年=1931年だが解説文では「1921年印行」としている).特に6301〜6500までの200字分の見開きページの画像があるが(縦書き・漢数字;英字コードなし),コード割り当ては『電報新編』(1881)と変わっていないようである.この本は暗号化のための独自の数字割り当てを書き込んでいる.たとえばp.33の欄外に手書きで78と記されており,左端の空欄には上から各行に順に9, 7, 6, 3, 0, 4, 5, 1, 8, 2と,上端の空欄にはから各列に順に9, 7, 6, 3, 0, 4, 5, 1, 8, 2と記されている.このような番号付けにより,印刷されているコード番号を使う代わりにページ番号78+列番号+行番号という4桁数字を使うことによる暗号化を行なえる.

ここには『精校袖珍本 明密 碼電報新書』(上海広益書局印)というバージョンの画像があり,3101〜3300までの200字分の見開きページの画像がある(縦書き・漢数字;英字コードなし)が,やはり『電報新編』(1881)から変わっていない模様.上記と同様,天と小口にそれぞれ一列空欄がある.同一タイトルの別バージョンの表紙画像がここおよびここなどで見られる.(後者では付録の「大北公司南北線報価目」「各省電報局名」の画像もあり.)また,CiNii等によればこれは『中華民國電報新編』の別名とのこと.国会図書館(関西)にある模様.

ここには『民国二十年新編付刊 新摶ウ線電報章程 最新袖珍 明密碼 電報新書 精校無比』(上海 昌文書局出版 尚古山房発行)というバージョンの図版があり,特に「補遺」のうち8591〜8719(p.84),8720〜9857(p.85),8858〜9002(p.86)の3ページの画像がある(縦書き・漢数字;英字コードなし).やはり『電報新編』(1881)(または少なくともGoogleにあるその1897年版)の空欄を適宜つめて配列しただけで,コード割り当ては変わっていない模様.上記と同様,天と小口にそれぞれ一列空欄がある.

『明密碼電報新編』(Ming mi ma dian bao xin bian)

ここ(詳細はここ)には康徳4年(1937年)の『精巧袖珍本 明密 碼電報新編』(安東 誠文信書局印)の画像がある.縦書き,漢数字(英字コードなし).コード割り当ては『電報新編』(1881)から変わっていない模様(3397 澄, 3499 火など).

『明密碼電報新編』(1947, 上海, 百新書店)もある.

Googleには1952年の『一九五二年中華新暦: 香港日用手冊明密碼電報新編』(東方出版廣告公司)も挙げられている.

『明密碼 最新電報書』(Ming mi ma Zui xin Dian bao Shu)

ここで『明密碼 最新電報書 依拠交通部訂正』(1949,上海,春明書店)と題する表紙画像が見られるが,奥付画像では上記と同じ『明密碼電報新編』となっている(「中華民国三十八年一月出版」).上端と小口側の空欄に何度か暗号用の数字を何度か書き直したあとがある.画像が不鮮明だが,縦書き・アラビア数字採用・英字コードなしと見える.

周辨明『半周鑰筆索引法編排 國音字彙及電碼書』(1937, 厦門大学語言学系刊行)

古書店サイトにいくつか画像がある.表紙の英文タイトルにはA Quoyu Pronouncing Dictionary and Cipher Code - 1st Edition, by Chin Bien-ming, Used by the Department of Linguistics, University of Amoy, Chinaとある.『電報新編』のコードを独自の排列法で検索しやすくしようとしたものらしい.英字3字コードやローマ字による発音らしきものも付されている.

日本での使用

『明密電碼新書』は日本では「明碼」と呼ばれ,中国の地名・人名を表わすために使われていた.日本製の漢字を追加したバージョンもあったという.日本陸軍用の通信暗号書(1943)でも,4493,9817といった「明碼符」で囲んで明碼のコードを使っていた (原勝洋『暗号はこうして解読された』p.295).陸軍の『飛行第一大隊作戦用暗号書 い号』(1933)では「所要の地名は作戦に当たりその必要度を考慮してかねて空欄としある組立表中の地名欄を配当するものなるも,なお臨時使用を必要とする地名等にしてその読み方明瞭ならざるものに対しては別冊「明密電報新書」を併用すべし.その用法は組立例(C)において指示す」とある(用字等は改めた).この「明密電報新書」というのはGoogleで検索しても,この暗号書のほかには1940年に陸軍省副官が配布を要請した電文がヒットするだけで不詳.

民間でも,電報新書または電報新編による4桁数字はサイファー(秘語)とみなさず,普通語として課金した (電信取扱規則第8条;中川静『信書精鑒』上 p.694).台湾総督府 (1895-1945) の官報である台湾総督府報 (Wikipedia (Japanese)) に「電報新編等ニ依リ書載シタル電報ノ件」(1901)という項目があって「電報新編又は電報新書によりアラビア数字をもって書載したる電報」の伝送について規定している (台湾のサイト) 満州 (1932-1945) との間の日満電報では「本文ぜんぶが数字で記載された和文電報では、名宛を中国電報新編による数字で記載することができる」旨の規定があった (Wikipedia (Japanese))

日本人が検索しやすいように番号順の表のほかに発音順の表を設けた木全徳太郎編『中國電報聲音字彙』(1930,大連,中日文化協會)のようなものもある (安岡(2006) p.95に図がある).コード割り当ては『電報新編』と同じ模様(横書き・アラビア数字;英字コードなし).番号順の部は10×10で,上と小口側に空欄を設ける明碼のスタイルを踏襲している.だが,空欄に暗号コードのための数字を書き入れたとしても,(当然ながら)発音順の部には反映できないので,発音順の部で求める4桁数字コードをみつけたら改めて番号順の部を見て暗号コードに変換しなければならない.

欧米でも同じようなものがあったらしく,Chinese Telegraphic Code Book, Phonetically Arranged; Standard Telegraph Code; Reference Aid, Handbook for Pinyin Romanization of Chinese Proper Names (1953, 1978) などの書名が見られる.

韓国用バージョン

おそらく朝鮮戦争のころに作られたKorean Telegraphic Code Book, with characters arranged by sounds in English alphabetic order according to the McCune-Reischauer system (Wikipedia) of transliterationというものもある (画像のあるサイトがあったのだが,URLをなくしてしまった).最終ページにArmy-Admin Cen-Japanとあるが,これは1940年代末から1950年代にかけて日本の川崎に置かれた米軍のAdministration Centerで,極東における米政府機関すべての印刷所となっていた (here, here)

第一部は発音(正確にはMR式(Wikipedia))による転写順)ごとに漢字を配列し,4桁数字と3字英字を付記している.4桁数字は基本的に『電報新編』と同じ模様.第二部は4桁数字の順に読みとハングルを示している(漢字なし).

暗号コード

日本や欧米では単語やフレーズを一つのコードで伝送する電信コードが一般的だったが,中国でもそのようなものを使っていたらしい.太田俊夫『私も或る日,赤紙一枚で』には日本軍による中国暗号の解読に関する記述がある.それによれば,主要な人名・地名は「南京 1322」「応域 8567」「蒋介石 7138」「何応飲 5443」のようなコードが割り当てられており,「暗号書で容易に解読できる」が,それほど著名でないものは明碼(上海印書館発行)を使って解読したという(p.77).ただし,p.170で挙げられている例「家 1518」「埠 2678」「快 4236」「朱 4237」は『電報新編』などと一致しない.発行所からして上記『明密碼電報書』を指しているようだが,標準的なものと異なる割り当てだったのだろうか.

また,電碼を使った簡単な暗号化は日本軍によって解読されたことが知られている.1916年には孫文の暗号電報の解読が次のように報告されている.

受信者ならびに発信者共全く不分明にて且つ暗号の意味も不明瞭に有之候得共右電文は支那符号に基くものならんとの観察を下し同符号書に依り種々研究の結果終に本数字より一百十一を減じ之を支那電信符号中の文字と照合せば全文解読し得らるることを発見し即し該電信は十三日東京発孫文より田桐宛(田様タサン)なること明瞭と相成候
アジア歴史資料センター(レファレンスコード:B03050730500)

中華人民共和国の『標準電碼本』(1952- )

『標準電碼本』(Biao zhun Dian ma Ben) (中央人民政府郵電部 1952)

1949年に中華人民共和国が成立し,中華民国の国民党政府は台湾に移った.

1952年には大陸で中央人民政府郵電部により『標準電碼本』が刊行された.8001以降は補遺として追加の漢字を収録.9700以降はさらに,月日・時間用コード(9701 一月,…, 9712 十二月; 9801 零点,…,9824 廿四点(中国語の「点」は「時」の意); 9901 一日,…,9931 卅一日),注音字母,キリル文字,ラテン文字,記号(9998 間隔,9999 改行など)が登録されている.月名・注音・キリル文字・ラテン文字は中文商用電碼では茶色で表記;日付・時間・空白・改行は黒となっている(上記のように,1941年改訂版の『明密電碼本』の「電碼代日時表」ですでに日付や時間のコードは定義されていた).さらに,4桁数字コードに加えて,英字3字コードも併記されている.(Wikipedia (Japanese))

国会図書館に1952年版の現物があるが,手のひらサイズの小さな本だった.ここには1952年版の画像がいくつかある.

グーグルでは1952, 1955, 1960, 1972, 1983年の版がヒットする.CiNiiでは1952.6通告版,1955.5版(第2次印刷),1967.12版(第22次印刷),1974.8版(第26印刷),1977.11版(天津第28次印刷)(以上,中華人民共和国郵電部編,人民郵電出版社)がヒットする.

ここでは「1961年17次印刷」の画像が見られる.1ページ100字の横組みで,上端と小口側に一列ずつ空欄が設けてある.これらの点は上記で述べた『明密電碼新編』の1935年版とほぼ同じだが,空欄が埋められている(「0026」の「金編に阿」など)ほか,若干の異同がある(「0051 乾」の異体字らしきものが「0049」に割り当てられているなど).

繁体字から簡体字への過渡期ということで,用法説明のページには両者が併用されている模様.

1981年に『標準電碼本』は簡体字を採用する抜本改訂がされて修訂版となった.その際,異体字520字およびまれにしか用いない1681字が削除され,その一方で漢字106,記号16が追加され,結果として約9300字が約7000字になった.なお,通信の実情に鑑みて115の繁体字がすえおかれたという (Wikipedia (Japanese))だが,この際,単純に繁体字を簡体字で置き換えたため,部首と画数順の関係が乱れてしまった.そのままでは検索が不便なので,簡化によって部首が変わった文字の一部は,変更先の部首の上・小口側の空欄に掲載された.さらに,ピンインによる索引が設けられた.(空欄に掲載された文字やピンイン索引は「中文の古本を眺める(5)『標準電碼本』」にある1983年版の画像で確認できる.同サイトの画像では,横組みの行頭がxx00から始まっており(ゼロ起点),「2600 朝 DWA」「2601 期 DWB」「2602 [空欄] DWC」などとなっている.

安岡孝一・安岡素子(2006)『文字符号の歴史 欧米と日本編』p.216には1981年6月版の冒頭ページの画像があり(横組み・英字コード付き・ゼロ起点),上・小口側の空欄の多くが埋まっている.)

『新編電碼本』(Xin bian Dian ma Ben)(1981,燎原編集部編)

画像がここにある.横書き・繁体字・英字コード付き・ゼロ起点(行の先頭がxx00).2500〜2699の見開きページを見る限り,『電報新編』(1881)とコード割り当ては変わっていない模様.英字コードは「2600 朝 GOB」「2601 期 GOC」「2602 [『電報新編』と同じ塑に似た字] GOD」などとなっており,英字コードは上記の『標準電碼本』と全く異なっている.CiNiiで出版国コードがjaとなっているので,日本の燎原書店のものだろう(そのためか,上記ではピンインも付したが,その形では執筆時点でGoogleで該当なし).同社は遊佐昇(編)『中国語 発音字典・電碼本 : 中国語を知らない人も使える』(1984)という本も出しているらしい.

『簡易電碼本』(Jian yi Dian ma Ben) (1957)

HathiTrust(プレビューなし)

中華人民共和国郵電部電信総局電報処編,人民郵電出版社より刊行とのこと.不詳.

香港版

1972年に香港で『新編標準電碼本』(Xin bian Biao zhun Dian ma Ben)(商務印書館)(ISBN 9789620720055)が刊行された.Googleでは1972, 1980年版がヒットする.1986年版の表紙写真が書店サイトで見られる(WorldCat)(ISBN同じ).

1972年版のユニコードとの対応表が中文商用電碼にある.同サイトによると,現在では中国本土版,台湾版とは別の香港版があるとのこと.また,1988版のISBNが962-07-2005-9とのこと(当時はISBNは現在のように13桁でなく10桁だった).

『明密電碼書』(Ming mi Dian ma Shu)(香港,廣智書局)

Googleで表紙画像が見られる.Googleでは(右開き本の)裏表紙が見られ,1900年となっているが,WorldCatの1950年代とする表示のほうが確からしく思える.WorldCatには1964年と特定した版が挙げられている.

台湾の『電碼新編』(1950- )

辛亥革命以来の正統政府を自任する台湾はコードブックの書名も『明密電碼新編』を受け継いだような名称を使っている.

『電碼新編』(Dian ma Xin bian)

1950年に台湾の交通部台湾電信管理局が『電碼新編』を刊行した(Google,プレビューなし).古書店による表紙写真(民国77年=1988年版)ではTELEGRAPH CODE (CHINESE CHARACTER IN FIGURES) という英文タイトルが確認できる.ここには別の古書店による表紙写真(同じ版のよう)がある.

Googleではほかに1976年版,1981年版がヒットする.1976年版は図書館カタログおよびWorldCatでも挙げられている.

交通部の公式版に準拠したものが民間の出版社からも出ているらしく,ここでは表紙に『遵照交通部最近頒佈電碼編製 電碼新編 中華書局印行』とある,作者・王介平による版(中華書局)のいくつかの画像が見られる.0201〜0300,1201〜1300,2201〜2300,3201〜3300,4201〜4300の5ページ分の画像が見られるが,コード割り当ては『電報新編』(1881)から変わっていない模様.縦書き・漢数字だが英字3字コードを付記している.「0260 偶 AKA」「0267 傑 AKH」「0270 傘 AKK」など.Googleでも1969年版(プレビューなし)が中華書局のものとして挙げられている.

ちなみに,『中文英文電碼新編』(Zhong wen Ying wen Dian ma Xin bian)(台湾中華書局,台北,196?)というものもカタログにあり,興味をそそられる.

『明密 碼電報書』(Ming mi Ma Dian bao Shu)(1958)

ここでいくつかの画像が見られる.表紙には「遵照 交通部最近新増電碼編集 明密 碼電報書 民国四十七年一月印行」とある.同サイトによれば「陳舜齊編兼發行」とのこと.陳舜齊というのは『首尾號碼詞典』(1965)などの著者らしい.

上と小口側に空欄あり.横書きだが右開き.アラビア数字,コード割り当ては『電報新編』(1881)と同じ模様(1217 姿, 1218 威, 1313 孔, 1314 孕).英字3字コードを採用.

ページ上部に政治スローガン「人人保密 個個防諜」「要反攻大陸 必先粛清匪諜」「駆逐俄寇 光復大陸 消滅朱毛 解救同胞」などが見られる.

『電碼新書』(Dian ma Xin shu)(大中国図書)

Googleで1975年版(大中国)がヒットする(プレビューなし).

『明密電碼新書』(Ming mi Dian ma Xin shu)(大中国図書)

表紙に『遵照交通部 頒佈電碼編訂 明密 電碼新書 大中国図書公司印行』とある1963年5月版の表紙写真が古書店サイトで確認できる. 1966年版(「55年版」とあるのはたぶん民国暦)古書店サイトで確認でき,CiNiiにも挙げられている. 早くは1954年版がGoogleやWorldCatでヒットする. さらに,1982年版の存在がGoogleで確認できる.

表紙に『遵照交通部 頒佈電碼新書 明密 電碼新書 弘揚図書有限公司印行』とある1998年版(ISBN 9786665215935)の表紙写真が古書店サイトで確認でき,2013年出版(繁体字)とされるISBN:9789866073366(台湾の書店など)(出版社は「弘揚」となっている)もある.ネットで検索すると「弘揚(大中國)」のような記載があり,弘揚図書というのは大中国図書の後継会社か何からしい.

出版地が香港のもの(永新書局)が図書館カタログにある.


台湾の電碼は中華人民共和国のものとは独立して追加が行なわれたため,補遺の部分は大きく異なっている.英字3字コードも冒頭以外はほとんど異なっている.また,本土では正編でも削除などが施されており,正編でも差異がある.


電碼は冒頭で述べたように法執行や入国管理の現場で使われるほか,コンピューター用の文字コードにもその足跡を残している.世界中の文字を包括しようとしているユニコードのCJK統合漢字(中国・日本・韓国の漢字をまとめた部分)には,中国の国内規格の文字コードには含まれていないが『標準電碼本』の1983年版に含まれている58文字が登録されているという (安岡孝一・安岡素子(2006)『文字符号の歴史 欧米と日本編』p.218)

成語電碼

冒頭で述べたように,欧米や日本では単語やフレーズを一つのコードで表わして電報字数を節約する電信コードブックが多数出版されていた.上記で触れた「韻目代日」もその一種といえるが,もっと本格的なコードブックもあった.

『親民電報彙編』(Qin min Dian bao Hui bian) (China Republican Telegraphic Code; 別名The Hsin-Min Standard Telegraphic Code) (1915, Shanghai)

ここおよびここに画像あり.雑誌に載った出版予告(『婦女雑誌』1915年7月5日号)によれば,「交通部批准/各電局一律通用」とのこと.

英文序文によれば,当時「唯一」の電報コードだった電報当局による『電報新編』が単なる文字コードでしかないので,西欧のWestern Union Telegraphic Code, Bentley's Complete Phrase Code, ABC Telegraphic Codeに倣って編纂したもの.10万以上の語句を分類別に登録.語句に対して数字5字コードと,英字5字コードを登録しており(例:38697 cezho 前電所需之貨巳否買進),どちらを送信に使ってもよいものとしている.

p.628-647には品名・品質・価格といった取引情報を5桁数字で表わす数字暗号も収録.ユーザーが中国語を解することが前提となっているが,巻末に「英文対照表」がついている.

本書は中川静(編)『信書精鑒』(1916)(近代デジタルライブラリー)p.722において,日本における内外人が用いる暗号書の一つとして言及されている.

『忠魏商用成語電碼』(Zhong wei Shang yong Cheng yu Dian ma) (1933, 忠魏電碼公司)

図書館カタログ電報代碼の検索リスト)に書名が見られる.

『成語電碼』(Cheng yu Dian ma)(1948, 交通部編)

ここでいくつかの画像が見られる.

すべての文字を網羅するだけで4桁数字をほとんど使い尽くしてしまう中国語では,語句にもコードを割り振ろうとすれば5桁数字になるのは必然である.また,英字コードも3字でなく4字コードとなっている.たとえば「02881 万 ARJM」「02305 上 ANLF」「 87795 黄 VYZF」「46790 斑 LPZA」といった具合である.

5桁数字の上3桁と英字4字コードの最初の2字は各ページの上部に示されている.そして各行(縦行)の上端には(左から)数字0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9 と英字L, M, P, R, S, T, U, W, Y, Zが割り当てられており,各段(横段)の左端には数字0, 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9と英字A, B, C, D, E, F, G, H, J, Kが割り当てられている.たとえば24ページの左上には023 ANと表示されている.「上」という漢字は0行目(L)の第5段(F)なので,5桁数字コードは02305となり,英字4字コードはANLFとなる.同様に「上ニ碼」は02316またはANMG,「上午四時」は02340またはANSAとなる.

ちなみに,欧米のphrase codeの中国語訳が「成語電碼」となるらしく,Acme Commodity and Phrase Code with Supplementは「啊克米商品與成語電碼附補編本」,Bentley's Second Phrase Codeは「彭特莱第二成語電碼」となるようだ.

参考・リンク

中文商用電碼…電碼とユニコードの対応を示す香港のサイト.『標準電碼本』1972年版を主としつつ,他のバージョンとの異同も示される.(勝手に広告らしきページが開かれるが,Closeすれば実害はないと思う.)緑は旧版(ほぼ『電報新編』(1881)と同じ模様(2479,9652などが例外)),オレンジは新版,青は本土版(簡体字),赤は1981年の本土の修訂版で加えられた字で,香港・台湾では通用しない.グレーは「補充字碼表」(p.114-121)とのことだが,上記の「金編に阿」などがグレーになっている(『電報新編』で空欄だったもの(0026);『電報新編』の字が『明密電碼新編』でいったん削除されその後別の字が入れられたもの(0028,1154)).茶色は「新添字碼參考表」(p.125-127)とのことだが,上記の「乾の異体字らしきもの」がこの茶色になっている(おそらく『明密電碼新編』の1933年版で追加されたものと思うが未確認).8000以降の補遺では緑とオレンジとで全く異なっていることがわかる.


電報碼表…『標準電碼本』とある.上記「中文商用電碼」のオレンジ色のバージョンのコードをプレーンテキストで一覧表示している模様(配列順は不詳).


中文電碼(Chinese Commercial Code)の変換ツール…漢字を入力してConvertボタンを押すと電碼コードが表示される.複数のバージョンをカバーしている模様.(たとえば「働」と入れると0211と8047の両方が表示される.)


林進益(編)『漢字電報コード変換表』(1984)は,大陸の『標準電碼本』を上段,台湾の『電碼新編』(民国65年=1976年版)を下段に並べてコード順に掲載して両者の差異がわかるようになっている.


「電報碼とGBとの対応」では『標準電碼本(修訂本)』の文字コードが一覧できる.(GBというのは国家標準局による漢字コードのこと.)


台湾の1993年「廃止」の「国内電報規則」(中国語)


中国国家図書館…『電報新編』を検索すると「1851」年版などが表示され,カタログ情報だけでは現物を見ないと典拠としにくい.




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First posted on 9 January 2014. Last modified on 22 April 2017.
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