『大脱走』の暗号 Cipher behind The Great Escape

1963年の映画『大脱走』(The Great Escape)はドイツ奥地にあるナチスドイツの第3空軍捕虜収容所から連合軍の捕虜が1944年3月に集団脱走したという史実に基づく話だが,1990年になって,捕虜がアメリカ本国の秘密組織MIS-Xと暗号で連絡を取り合っていたことが関係者の証言で明らかになった.連絡の目的は脱走計画の支援ばかりではなく,捕虜による情報収集もあった.捕虜によるスパイ行為は捕虜の扱いを定めたジュネーヴ条約違反となるため,関係者にも箝口令が敷かれていたのだという.

ここでは,「映画『大脱走』の真相〜明らかになる謎のスパイ組織〜」 世界史発掘!時空タイムス(2010年4月20日NHK BS 103で放送;2009 National Geographic Channel制作)に基づいて概要を紹介する.

手紙を介した暗号連絡

MIS-X (Military Intelligence Service Department-X 陸軍情報部X課)は陸軍参謀本部のG-2(情報部)の下に設立された秘密組織で,同じG-2には有名な暗号解読機関SIS(Signal Intelligence Service)も属していた.その暗号作成・解読主任となった25歳のシルビオ・A・ベディーニ曹長が拝命したのは1942年秋のことだった.ジュネーヴ条約で認められている手紙のやりとりを利用して手紙にメッセージを隠す暗号方式(後述)が考案され,敵に捕まる可能性のある爆撃部隊の搭乗員に教え込まれた.当時,ドイツ勢力圏への戦略爆撃は危険な任務で,撃墜され捕虜になる可能性はかなり高かったのである.

1943年のはじめには,第3空軍捕虜収容所に収容されていたアルバート・P・クラーク中佐(第31戦闘飛行群司令官)がこの暗号方式を利用して,自分が無事であり,87名の仲間とともに指示を待つことを手紙にした(収容所内で大卒の者たちによる暗号文作成チームが作られた).手紙は数週間後,MIS-Xに到着して無事解読された.脱走の計画があるかどうかを尋ねるベディーニの返事(ドイツ側を警戒させないようワシントンではなくボルティモアから送られた)が届くと,クラークと仲間たちは自分たちが孤立していないと知り,希望をもつのだった.4月には脱出用のトンネル掘りが始まり,そのことも暗号で本国に伝えられた.

捕虜たちは目撃したものや監視兵との会話から得た情報を本国に伝えた.あるとき,監視兵との会話から得た情報から士官学校の正確な位置が割り出され,MIS-Xからの情報によって爆撃が行なわれた.件の監視兵は収容所に戻ってきたとき,士官学校にはいって2か月後に爆撃で学校が丸ごとふきとんだと話すのだった.

MIS-Xからは食料などの援助物資が送り届けられたが,特に石鹸,チョコレート,タバコは監視兵の買収にも重宝した.具体的な脱走の支援もあった.ボタンの中に方位磁針を隠し,靴磨きブラシに小さな部品などを入れるなどし,ドイツ兵の検査をくぐり抜けて禁制品も届けられた.もちろん,巧妙に隠した資材を捕虜が見つけられなくては元も子もないので,そうしたものを送ることも暗号の手紙で連絡された.クラーク中佐のほうからは,脱走後に必要になる現金,偽の身分証,証明写真を撮るためのカメラといった要求が伝えられた.

暗号方式

手紙に使われていた暗号は分置式暗号とも呼ばれるオープン・コードの一種で,一見何の変哲もない手紙の中の特定の単語を特定の順序に並べると隠されたメッセージが現われるというものだった.

ニューヨークの仕分け局で,特定の宛名が記された手紙がMIS-Xに転送され,開封・解読されたのち,何事もなかったように本来の宛先に届けられる.手紙の冒頭の日付が3/7/42(画面ではたしかに42年と表示されていたが43年の誤りか?)のように数字で書かれていればそれが暗号の手紙をであることを意味する(英語では月を数字で書くのは比較的まれ).

暗号を仕組んだ手紙はたとえば次のようなものである.

この最初のhow(3文字) good(4文字)というのが暗号解読の鍵になっている.これを見た解読者はまず1行当たり3語×4行ぶんのます目を用意する.次いで5語目,6語目,5語目,6語目…と抜き出した単語をそのます目がいっぱいになるまで書いていくと次のようになる.

あとは右下から始めて斜線に沿って右上に読んでいくと次のようなメッセージが浮かび上がる.
under ground factory two miles north of camp near the train station.
(列車の駅のそばにある収容所の北2マイルに地下工場)

オープン・コード

このように一見何の変哲もない手紙や電報にメッセージを隠すオープン・コードはごく一般的なもので,デーヴィッド・カーンのThe Codebreakersも第16章で多数の例を挙げている.「土曜日に家内に白いランを3本送られたし」といった電報は事前に示し合わせをしておけば簡単に物資の手配の暗号として使えるので,アメリカの検閲当局は花の種類や配達日を指定するのを禁止したほどである(p.516).現に,第一次大戦中にはドイツのスパイが,ニューカースルへの5000のコロナ(タバコ)を注文すると見せかけて,ニューカースル港に5隻の巡洋艦がいることを連絡していたこともあった(p.519).同様のオープン・コード対策として,クロスワードパズルなども手紙から抜き取られた(p.515).検閲官も,パズルを解いて怪しいメッセージが隠されていないことを確認している時間はないからである.このようないかにも秘密のメッセージを隠していそうなパターン以外にもメッセージが隠された手紙がないかどうかをチェックする体制が敷かれていた.全米最大のものはニューヨークの検閲局で,4500の検査官が郵便をチェックしており,怪しい手紙は保安部で詳しく調べることになっていた(p.518-519).

MIS-Xのように手紙の一部の字句を抜き出すとメッセージが現われるというタイプの例では,第一次大戦中に各単語の1字目や2字目をつなげるとメッセージが現われる暗号が使われた事例や,第二次大戦中に拿捕されたUボートの士官が筆記体のわずかな切れ目の直前の文字をつなげるとメッセージになるような方式を使った事例がある(p.521)

ただし,一般論としてはこのタイプの暗号を仕組もうとすると,手紙文がどうしても不自然になりがちである.たとえばMIS-Xの上記の暗号を組み込んだ手紙を作成する手順を考えてみよう.まず埋め込むべきメッセージを考えたら,上記のようなます目を作って右下から順に1語ずつ書きこんでいく.このときもます目に入れた斜線がガイドになる.上図のような単語を書き込んだます目ができたら,それを左上から読んでいくとstation train near the camp North of Miles factory two ground underという語順に並べ替えられる.あとは5語目がstation,そこから6語目がtrain,などとなるように間に無意味な語を入れていくのだが,そのテンプレートを示すと次のようになる.

この空欄を1語ずつ埋めてそれらしい手紙文になるように仕立て上げるのである.こうしてみると,この暗号文を作成するのはそれほど容易ではないことがわかる.

ラジオによる暗号連絡

そもそも手紙を使った方法では連絡に数か月もかかってしまう.このため,イギリスの放送局BBCの協力を得て,ラジオのニュース放送に暗号のメッセージを組み込むことになった.そこで,クリベッジというトランプゲームの得点盤に受信回路が仕組まれて送られ,夏には第3空軍捕虜収容所に届いた.

BBCのラジオニュースに仕組まれた暗号のメッセージはベルの音を合図にして始まり,ニュース原稿の一音節語ならトン,二音節語ならツーという規則でモールス信号を表わすものだった.たとえば,We will to-dayだと「・・―」となるという具合である.

BBCがレジスタンスに向けた暗号通信に協力した事例はいろいろある.最も有名なのは,1944年6月にノルマンディー上陸作戦の決行を予告するヴェルレーヌの詩を放送したことだろう.これに合わせてレジスタンスに鉄道の破壊行動や電話・電信線の切断を一斉に行なわせる「スエズは暑い」「さいはテーブルの上にある」の隠語が放送された.そのほか,レジスタンスからの情報を受け取った合図にコルネイユの詩行を放送した事例などもある.(p.542 ff.)これらはあるまとまった詩行などがあらかじめ約束された一つのメッセージを表わすというものだが,MIS-XがBBCから放送させた暗号はそれに比べて複雑なシステムだったといえる.

当時の技術でクリベッジの得点盤に隠せるような小さな受信機を作成するのは容易ではなく,雑音の中にかろうじて音声が聞き取れるというレベルだったと思われるが,それでも,この方式によりMIS-Xからの直接的なメッセージが捕虜たちに届けられたという.

顛末

1944年3月,第3空軍捕虜収容所からの脱出が決行された.76名が脱走したが,77人目でみつかってしまった.脱走した76名も1週間ほどで3人以外はみな捕まってしまい,50名が射殺された.多くの捕虜たちにとっては悲劇的な結末となったのであるが,ドイツ側の前線の兵力を捕虜の監視・捜索に割かせた功績は大きい.

1945年4月にはドイツの収容所の捕虜はみな解放された.収容所に捕らわれていた捕虜たちはMIS-Xのことは忘れるよう命じられた.8月に日本も降伏して戦争が終わると,陸軍長官の命令でMIS-Xのことは一切記録を残さず消し去られることになった.

イギリスの事例

(2016年7月追記)実はこの同じ暗号方式はイギリス軍でも使われていた.戦争初期の1940年に捕虜になったJohn Pryor中尉は家族への手紙に軍事情報("HMS Undine attack failure. Trawler depth-charged, scuttled in 70 feet, three burnt.")や秘密の差し入れ要請("Clothing and local maps obtained require some of borders especially swiss passport information and renten marks")を隠すのに上記と同じ方法を使っていた(実例は1942年のもの).手紙は(MI9によって必要な情報が解読されたのち)家族のもとに届けられ,保存されていたが,当人も暗号方式は忘れてしまっていた.それが氏の没後の2013年になって解読された.日付が数字で書かれていればメッセージが隠されているという取り決めなど,偶然ではなく,アメリカがイギリスに倣うなど,英米間で何らかの連絡があったことがうかがえる.

ただし,イギリス版では5語目,4語目,5語目…と抜き出すことになっており,さらにその語がtheまたはbutだったら,その次の語から1字ごとの暗号化に切り換わることになっていた.その文字暗号化も複雑で,解読するには,まず各単語の頭文字を抜き出し,それを3字ずつのグループにし,A→1, B→2, C→3, D→1, E→2, F→3のように1, 2, 3で表わし,3桁数字の33=27通りの組み合わせを表に従ってアルファベットの1文字に変換することになる.たとえばtheの次がI can't imagineであれば頭文字を抜き出したICIは131となり,表によりこれは平文のrを表わすことがわかるという具合である.(下記の表ではこれが1行目の2番目のrentenの第1字になる.)

このイギリス版の解読について,詳しくはMail OnlineKlausis Krypto Kolumneを参照.



©2010 S.Tomokiyo
First posted on 8 June 2010. Last modified on 9 July 2016.
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