イングランドが大内戦に突入する直前の1641年,聖職者・科学者のジョン・ウィルキンズ(John Wilkins, 1614-1672)は英語で書かれた初めての暗号についての書物『マーキュリー,あるいは秘密で敏速な使者』(Mercury or the Secret and Swift Messenger)を出版した.本書はタイトルページによると「人がいかにして任意の距離にある友人に考えを秘密裏かつ高速に伝えることができるかを示す」ものである.
いわゆる暗号らしい暗号については6〜9章で扱われている.一方,この激動の時代に実際に政治家の間で使われている暗号は2〜3桁の数字で文字や単語を表わすコード暗号であった(1630年代の暗号についてはStrafford's Ciphers,1640〜1650年代の暗号についてはKing Charles I's Ciphers, Codes and Ciphers of Thurloe's Agents等を参照).こうしたコード暗号は原理としては7章または11章で述べられている換字に属するといえるが,本書は数字を使った換字には言及しておらず,第一線で使われる暗号の実態を記載したものとはなっていない.
なお,こうした正統派の暗号以外に17世紀には「トレヴァニオンの暗号」(本書の第8章の方式),「アーガイルの暗号」(本書の第6章の方式)といった暗号の使用も見られるが,いずれにせよ本書を参照したものかどうかはわからない.
『マーキュリー』のテキスト:
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伝達を扱った古今の著者(1章)
1.秘密
・暗号話法(Cryptologia)
・・表面上別の内容を話す……隠喩,寓喩など(2章)
・・単語による秘匿(3章)
・・・新しい単語の創出……乞食の隠語,魔女の呪文など
・・・既知の単語の変換
・・・・反転(逆綴り)
・・・・転換(換字)(7章)
・・・・縮約(一部省略)
・・・・添加(文字の追加)
・暗号記法(Cryptographia)
・・伝達の秘密(手紙を気づかれないように送る)……地上/水中/空中(4章)
・・記法の秘密
・・・素材の秘密(5章)
・・・・紙の工夫によるもの→スキュタレー
・・・・インクの工夫によるもの→秘密インク
・・・・糸と穴を使う方法,結び目の間隔を使う方法
・・・書記の形の秘密(狭義の暗号)
・・・・普通の文字によるもの
・・・・・文字数が不変なもの
・・・・・・配置を変えるもの(転置式暗号)(6章)
・・・・・・音価を変えるもの(換字式暗号)……アトバシュ,シーザー暗号,キーワードによる換字表の切り換え(7章)
・・・・・文字数を増やすもの……語頭など単語の特定の位置の文字のみが意味をもつもの,カルダン・グリル(分置式暗号)(8章),文字を二進符号のように使うコード化,二重アルファベット,フランシス・ベーコンの暗号(9章)
・・・・・文字数を減らすもの……略語(10章)
・・・・新規の記号を使うもの
・・・・・各文字を記号で表わす方法,頻度分析による解読法,点・線・図形による文字の表現(11章)
・・・・・単語を記号で表わす方法……速記記号(12章)
・・・・・事物・概念を記号で表わす方法……ヒエログリフ,紋章(自然・歴史に由来する寓意図案)(12章)
・・・・・普遍記号(13章)
・記号話法(Semaeologia)……合図,ジェスチャー(14章)
・・表わすものと類似の動作をする方法
・・協定によって意味を決められた合図,手話
2.敏速
・霊感・天使によるもの(15章)
・矢・弾丸などの非生物体または人・鳥獣などの生物体によるもの(16章)
3.秘密と敏速の統合
・音を媒体とする秘密かつ敏速な伝達……想像上の録音管,大音声によるコード通信(17章),音高・音長によるコード通信(18章)
・視覚的伝達媒体による秘密かつ敏速な伝達
・・空想上のもの……磁石による伝達(19章)
・・悪魔術的なもの……鏡を使った文字の投影,質問に答えてくれる魔法のガラス(19章)
・・自然の原理によるもの……火や煙の使用,ポリュビオスの座標式符号や二進式符号との組み合わせ(20章)
理性ある者が対話する手段はその本性によって異なる.人間は天使や精霊のように簡単かつ瞬時に考えを伝達することはできない(p.2).
人間は耳と舌を使い,言葉によって意思疎通ができる.言語は当初一つだったものが複数に分化したが,人間は学習によってどれでも習得でき,天性上の言語というものはない(p.3-4).文字によって場所や時間を超えて対話できる(p.4-5).文字というものが発明当初いかに奇異なものだったかは,最近発見された〔ネイティブ〕アメリカ人から想像できる.アメリカ人は人が書物で対話するのを見て驚き,紙が話すことができるなど信じがたかった(p.5).同様の逸話によれば,あるインド人の奴隷がイチジクを手紙と一緒に届けたが,途中でイチジクをかなり食べてしまい,届け先で手紙に書かれている個数と一致しないと言って責められたが,信じられなかった.次の時には奴隷はつまみ食いをする前に手紙を岩の下に隠して見られないようにしたが,それでもばれたので罪を認めたという(p.5-7).
文字の発明者はマーキュリーというエジプト人と考えられ,彼は神の使者と称され,詩人は敏速の象徴として翼を与えている.水星〔マーキュリー〕は他の惑星よりも動きが多様なのでその名を与えられている(p.7).
伝達手段としては合図やジェスチャーもあるが,秘密でも敏速でもないので古代人は政治家や軍人の役に立てるべくその欠点の克服に努めた(p.8).
秘密かつ敏速な伝達手段の欠如は軍勢や王国の滅亡を導いた.ポリュビオスによれば,古代にはアイネイアス(Aeneas),クレオメネス(Cleomenes),デモクリトス(Democritus)が考察している.古代ギリシア人ユリウス・アフリカヌス(Julius Africanus),機械技師フィロン(Philo Mechanicus)もこの主題を扱っている(p.9).
ローマ人の間での軍事的意義はウェゲティウス(Vegetius),フロンティヌス(Frontinus)が扱っている.(p.10)
秘密の記法および略記法はウァレリウス・プロブス(Valerius Probus), ペトルス・ディアコヌス(Petrus Diaconus)が記述しており,ヤヌス・グルテルス(Janus Gruterus)も記述しているが,その起源はキケロ,大セネカとされている.
後代では,トリテミウス(Tritemius),テオドルス・ビブリアンデル(Theodorus Bibliander),バティスタ・ポルタ(Baptista Porta),カルダーノ(Cardan),イザーク・カゾボン(Isaac Casaubon),ヨハンネス・ワルキウス(Walchius),グスターヴス・セレヌス(Gustavus Selenus),ゲラルデス・ヴォッシウス(Gerardus Vossius),ヘルマンヌス・フーゴー(Hermannus Hugo)他が扱っている.
他ではイングランドのヴェルラム〔フランシス・ベーコンのこと〕も『学問の進歩(Advancement of Learning)』で短く圧縮して扱っており,文法術に属するものとしている.(p.10)従来のほとんどの著者も文法術との関連で扱っている.(p.11)
商人が複数の金種を理解することが必要なように,複数の表現方法を理解することも重要.(p.11)
以下では1.伝達手段の秘密〔2〜14章〕,2.伝達手段の敏速さないしは迅速な長距離伝達〔15〜16章〕,3.両者の統合〔17〜20章〕を探求する.(p.12)
対話の秘密のために必要な条件は次の2つがある.
1.疑われたり調べられたりしても解明するのが難しいこと,
2.そもそも疑われないこと.(p.13)
一般的な秘密情報術はCryptomenysisあるいは秘匿通知(private intimations)と呼ばれる.対話には1.話すこと,2.書くこと,3.合図またはジェスチャーによるものがあるが,それに応じて秘密の方法も三つに分けられる.
1.暗号話法(Cryptologia)〔2〜3章〕
2.暗号記法(Cryptographia)〔4〜13章〕
3.記号話法(Semaeologia)〔14章〕(p.14)
暗号話法あるいは発話の秘密は 1.内容にある または 2.単語にある.
1.内容にある場合:言いたいことが別の内容の表現のもとに隠される.隠喩(metaphor),寓喩(allegory)など.発話を飾ることに関する限りは修辞法に属するが,発話の秘密にも適用できるので文法のこの領域にも還元できる.
異教徒などの秘術もこれに属する.(p.15)
古代人が宗教や哲学の秘密を隠すのに用いた寓話もこの種のもの.神や自然も多くのことを一般の理解に供することを意図していなかったからこそ,多くのことを人間から隠した.そのため古代の学者も知識を不明瞭で神秘的な表現に隠した.(p.16)
加えて,聖書でも聖霊が多くのたとえ話において,一つのことを言っておきながら,別のことを意味する.使徒はこれを平明な発話に対するものとしている(ヨハネ16:29).
救い主がたとえ話を秘密のために用いたことが示唆されている(マタイ13:10-11,マルコ4:11-12).(p.17)
たとえ話を使って相手に〔自分のこととは気取らせずに〕こちらの言い分を認めさせることもできる(IIサムエル12,I列王記20-39,マタイ21-33).ある古代都市が教師と哲学者を追放することを条件に和平を迫られたとき,雄弁家が狼と羊の戦争のたとえ話でそのような和睦条件の愚を説いたこともあった.(p.18)
ユダヤ人の学者もたとえ話を使って書く.(p.19)
たとえ話を使うと,関係者だけが理解できる.何より,普通に議論したのでは,たとえ同意されても,たとえ話のように人の心をつかむことはできない.
たとえ話も詩のように才能が必要である.(p.20)
談話の内容による発話の秘密の手法は上述した〔第2章〕.単語による秘密の手法は二つある.
1.新しい単語を作り出すこと.
2.既知の言語の変更して,発音しても意味不明にすること.(p.21)
第一種のものとしては,乞食の隠語(canting)や魔女の呪文(charm)・魔術師の言葉がある.(p.22)
あるまじないの本では,普通の単語は通常のラテン語のままだが,重要と思われる語は秘密の意味になっており,いかなる言語学者も解明できないと思われる.
第二の方法は既知の言語の変更によるが,ずっと簡単で実用的である.(p.23)
これには4つの方法がある.
2−1.反転(inversion):文字または音節を後ろから綴る.SALUTEMをMETULASとするのが文字の反転.Hostis adest, cave tibi.をStisho estad, veca biti.とするのが音節の反転.
2−2.転換(transmutation):ある文字を別の文字と入れ替える(7章).
2−3.縮約(contracting):単語の一部省略.AristotelesをArl'sとするたぐいだが,英語ではそれほど有用でない.(p.24)
2−4.添加(augmenting):単語に文字を追加する.よく使われる,母音をダブらせて間にGなどの文字を入れるのがこれに当たる.Our plot is discovered.はOugour plogot igis digiscogovegereged.と発音される.書くとそれほど秘匿効果はない.普通の英語で話せるようになったばかりの子供がこの方式でも話せた事例がある.(p.25)
だがこれらの方式には,疑念を招かずにはいないという欠点がある.(p.26)
書かれたメッセージの秘密には,伝達の秘密と記法の秘密(次章以下)がある.
1.伝達の秘密は,手紙をうまく隠して探索や疑念を免れること.(p.26)
それには地上,水上,空中のものがある.
1−1.地上での秘密の伝達には無数の例がある.
ヘロドトスとユスティヌス〔Marcus Junianus Justinus〕が伝えるところでは,キュロスにメディア王への謀反を勧めたハルパゴス(Harpagus)は,野うさぎの腹に手紙を隠した.これにより手紙は疑われることなく届けられ,アステュアゲスは王位を奪われた.(p.27)
また,故国を追われてペルシア宮廷に身を寄せていたデマラトス(Demaratus)はペルシア王クセルクセスのギリシア遠征計画を知り,秘密伝達法を使って故国に急を知らせた.木の板にメッセージを書いてそれを蝋で覆って信頼できる召使にスパルタに届けさせた.(p.28)
エフェソス公会議の教父たちは,ネストリウスが異端とされたとき通常の伝達法が使えなくなり,乞食に身をやつしてコンスタンティノープルに使者を送らねばならなかった.
使者として棺に入れられた者もいた.ヨセフス〔Flavius Josephus〕の伝えるヨタパタ(Iotapata)包囲では,使者は犬の偽装をして夜陰に乗じて町を出た.
〔プルタルコスの伝える〕ポリュクリタ(Polycrita)は食べ物の中に手紙を入れて味方に連絡した.
メディチ家のロレンツォ(Laurentius Medices)は手紙をパンに入れて乞食のなりをした貴人に託した.蝋燭に丸めた手紙を入れた事例もある.(p.29)
〔ウェルギリウスの〕『アエネイス』には,葉にメッセージを書いてそれを傷口にあてがった事例がある.
オウィディウスには体にメッセージを記した事例がある.
最も奇異なのはヘロドトスおよびそれを引用するアウルス・ゲッリウス(Aulus Gellius)の伝えるヒスティアイオス(Histiaeus)の事例である.(p30)ヒスティアイオスはペルシア王ダレイオスのもとにいたとき,ギリシアのアリスタゴラスに以前に話し合った反乱について連絡するのに,召使の毛を剃って頭にメッセージを記し,髪が伸びるのを待って送り出した.(p.31)
ヨセフスの伝えるエルサレム包囲の際,一部のユダヤ人は財産を持ち出すために金を溶かして小球にして飲み込んだというから,その中に手紙を入れれば安全に手紙を送達できたはずだ.
1−2.陸上の連絡が完全に断たれている場合,古代人は水路での秘密伝達を使った.鉛板にメッセージを書いて泳者に縛り付けるなど.フロンティヌスによれば,ルクッルスは包囲された都市〔島〕に救援に赴くことを知らせるために,二つの浮き袋の中に手紙を入れ,それを操って水を渡る兵士に届けさせた.(p.32)
空気を取り入れる管を使って水中を行く発明もあった.だが,そうした伝達を防ぐために古代人は包囲時に網や杭で対策をした.
1−3.空中による伝達も試みられた.ハトやツバメといった鳥を使う方法(16章)と矢や投擲する重りに手紙を付ける方法があった.ダビデとヨナタンが合意した方法もこの種のもの(Iサムエル20).(p.33)ヘロドトスによると,アルタバゾス(Artabazus)とティモクセノス(Timoxenus)が会えないとき,矢文を指定された場所に射ることによって連絡を取り合うようにしていた.
スパルタのクレオニュモス(Cleonymus)はトロイゼーン(Trezene)の包囲中,「この地に自由を回復するために来た」とのメッセージを付けた矢を町に射させて,町は開城した.(p.34)
キケロ〔Quintus Tullius Cicero;雄弁家キケロの弟〕がガリア人に包囲されたとき,カエサルは援軍の知らせを矢文で送った〔紀元前54年〕.
リプシウス(Lypsius)はアッピアノス(Appian)を引用して,包囲された者とその味方がメッセージを鉛片に書いて投擲することでやり取りする古代の方法を述べている.(p.35)
今般のドイツの戦争〔三十年戦争〕で最近発明された,中に手紙ばかりか弾薬まで詰める弾丸もこの種のもの.
何より有用なのは他書〔Daedalus; or, Mechanical Motions, Book II, Chap. VII〕で述べた空飛ぶ馬車.それにより人は鳥のように自由に往来できるかもしれない.(p.36)
書くものの秘密は,素材(紙・インク)の秘密および形の秘密〔6章〕がある.(p.37)
1.古代における紙の工夫の主たるものはスパルタのスキュタレー.アウソニウス(Ausonius)によって簡潔に記述されている.(p.38)ファルナバゾス(Pharnabaz)がリュサンドロス(Lysander)を欺いた事例をプルタルコスが紹介している.
この方法は(スカリゲル〔Julius Caesar Scaliger〕がいうように)簡単に見破られてしまうが,当時の目には今思えるよりも秘匿力があったし,今日ではスカリゲルでさえ見破れない方法もある.(p.39)
解読できるとは思えないような秘密の方法があるかもしれない.(p.40)
2.もう一つの書記の素材であるインクによる秘密の方法もいろいろある.
ろ砂を水に溶かしたもので書くと,火であぶらなければ読めない.これは玉ねぎ汁,レモン汁その他の酸や腐食性の液についても言える.明礬溶液で書いたものは水につけなければ読めない.ろうそくにかざさないと見えない液もある.ポルタが実験したように,腐敗した柳やツチボタルの蒸留液で書いたものは暗所でないと読めない.(p.41)
一方は簡単にこすり落とせ,他方はそうでない似た色の二つのインクを使う方法もある.
生卵で手紙を書いて全面にインクを黒く塗って乾かすと,ナイフでそっとこすると文字の部分だけインクがはがれる.
ミルク,尿,油脂,その他のにかわ質の液で書いたものは,砂をかけると文字のところに砂が付いて読めるようになる.(p.42)これはオウィディウスが触れている.
アッタロス〔ペルガモン王〕は兵士を奮い立たせるためにこの手法を使ったと考えられる.あらかじめ手に粘着性の液で裏返しに「王の勝利」と書いておき,いけにえの獣の臓物を取り出したときに転写した.祭司が臓物を扱ううちにほこりが付いて文字が読めるようになり,兵士たちは奮い立ってその日の戦いに勝利した.(p.43)
板に文字を割り当てた穴をあけておき,糸が穴を通る順番で単語を表わす方法もある.
糸に結び目を作り,その間隔で意味を表わす方法もある.(p.44)それを実行するのは次のような方法による.板の上部に等間隔でアルファベットの24文字〔jとvがない〕を書いておく.板の側部にはギザギザを付けておき,糸をギザギザに順次引っかけることによって糸を往復させる.表わしたい文字のところで結び目を作る.糸を板から外して仲間に送ると,受け取った側は自分の同様の板のギザギザに糸をあてがうことで,結び目に該当する文字を読み取ることができる.(p.45-47)
書記の形による秘密とは,合意により単語や文字が普通でない意味を持つ場合をいう.ヒッポのアウグスティヌスも,人間の発明のうち何を用い,何を退けるべきかを論じる中で,速記記号(notae)も用いるべきである人と人との連絡手段に属するとした.(p.48)
普通の文字による場合と発明された記号を使う場合があるが,いずれも,同数,より多数(8章),より少数(10章)の記号を使う場合がある.
同数の場合,配置(行・文字・両方)〔本章〕または音価〔次章〕を変える.(p.65 *以下 原書のノンブルミス)
1.行の順序を変える.左から右ばかりではなく,東方の言語のように右から左に書いてもよい.上から下に書き,また上に進んでもよい.これは南海のタプロバナ〔Wikipedia〕や中国や日本の住民の間で一般的であると言われている.(p.66)
2.各文字を転置する.第1字を行末に,第2字を行頭に書くなど.
3.文字と行の両方の順序を変えてもよい.たとえば2つの行に交互に文字を書いていく.(p.67)4行(またはそれ以上)に書いてもよい.たとえば第1字を第1行の先頭に,第2字を第4行の先頭に,第3字を第1行の末尾に,第4字を第4行の末尾に,第5字を第2行の先頭に,第6字を第3行の先頭に,第7字を第2行の末尾に,第8字を第3行の末尾に,などとする.〔アーガイルの暗号と似ている〕
この方法は,各行を適当な長さの単語らしきものに区切るとよりわかりにくくなる.(p.68)
文字の配置でなく音価(power)を変える方法もある.LとAを入れ替えるなど.ユダヤ人の学者が使う,任意の既知の順序でアルファベットの文字を入れ替える方法がある.(p.69)
二つが比較的一般的.第一は最初の四つの対応する文字からアルバムと呼ばれる.
〔英語風に書くと,アルファベットを
A B ....
L M ....
と2段に書いて,AとL,BとM,……を入れ替えるようにするもの.最初の4文字を取るとA-L-B-Mとなる.〕
第二の例はアトバシュ.
〔英語風に書くと,アルファベットを折り返し式に
A B ........
T SH ....M L
と書いて,AとT,BとSHを入れ替えるようにするもの.最初の4文字を取ってA-T-B-SHとなる.〕(p.70)
イザヤ書7.6はアルバムによって解釈される.Tabeal〔Tは下ドット付き〕はRamaliah(イスラエル王)を意味する.
アトバシュではエレミヤ書51.1の「レブ・カマイ」は「カルデア」を表わし,51.41の「シェシャク」は「バビロン」を表わす.(p.71)
〔換字は〕古代ローマ人の間でも使われた.スエトニウスによれば,ユリウス・カエサルはアルファベットの3文字あとの字に置き換えた〔シーザー暗号〕.アウグストゥスは1字あとの字に置き換えた.(p.72)
アルファベット〔換字表〕を切り換えることで解読されにくくできる.切り換えのためにはキーワードを使う.キーワードは無意味語のほうが解明されにくい.(p.73)
PRVDENTIAというキーワードの場合,
Abcdef...
Pqrstv...
Rstvwx...
Vwxyza...
のような表を作って,1行ごとまたは1語ごとまたは1字ごとに切り換えて使う.(p.74)
アルファベットをABC…でなく乱れた順序にするとより難しくなる(p.76).
1.行のうち1字のみが有意なアクロスティックがある.(p.77)
2.いくつかの単独文字をつなげて意味を表わすものもある.
3.各単語の1字のみが有意とする場合もある〔トレヴァニオンの暗号もこの一種〕.ラビによれば聖霊がこれを使った.(p.78)有意な字が語頭の場合,語末の場合があり,いずれもラテン語のNotariusから後世のラビはNotariconと呼んでいる.
語頭の例では,創世記49.10の語頭をつなげるとJesuになる.
詩篇72.17も同様.この箇所は救世主の名に関する部分なので,キリスト教の証明に重要な意味があると思われる.(p.79)
創世記1.1の語末をつなげると「真実」になる.(p.80)
時間と忍耐のある人にとっては,いかなる目的のためであれこの種のさまざまな議論を見出すことは容易であった.
4.普通の書簡に秘密の意味を隠す方法として,穴をあけた板を使う方法がある.〔カルダン・グリル〕(p.83)
5.トリテミウス,ポルタ,セレヌスが述べている方法では,通常の単語に文字の数だけ変異を付けて,それらの変異に文字を割り当てるというもの.
最後の二つは大変なので,これ以上踏み込まない.(p.84)
前章で述べた,必要なよりも多くの文字を使うことによる秘匿方法は,別の意味を持つ文に見えるので,疑惑を招きにくい.同様に,無意味語の先頭,真ん中,最後の文字だけが有意であるようにする方法もある.たとえば(p.85)
Fildy, fagodur wyndeeldrare discogure rantibrad.
は単に
Fly for we are discovered.
の意味である.
アルファベットのすべての文字を5字,3字,2字などで表わすこともできる.
たとえばA, B, C, D, Eの5文字による2字の組み合わせで実現できる〔5^2=25〕(p.86)
A, B, Cの3文字による3字の組み合わせでもよい〔3^3=27〕(p.87).
A, Bの2文字による5字の組み合わせでもよい〔2^5=32〕(p.88).
書体が区別できる二通りのアルファベットを使う二重アルファベットで書く方法もある.(p.89)普通の手紙を書いて,第二の書体の文字のみが意味をもつようにできる(p.91)
この方法を2文字による5字の組み合わせを使う方法と組み合わせることができる(フランシス・ベーコンが記述).それはこの暗号化(Cyphering)の最高のものになる.(p.92)たとえば,第一書体の各文字がA,第二書体の各文字がBを表わすとすればよい.
三重アルファベットを使えば,表わしたい意味の三倍の長さですむ.
この方法は 1.書くのも読むのも簡単.2.敵により解読される(decyphered)のが難しい.3.疑いを招かない.(p.97)
だが一般に,複数の種類の秘密記法(たとえばこの方法と〔第7章の〕キーキャラクターなど)を組み合わせることでより巧妙になる.(p.98)
古代でも略語は使われていた.&c.(エトセトラ)に相当するものがヘブライ語にもある.だがそれらは秘密というよりは速記のため.(p.81 *ここから正しいノンブルに戻る)
単語が語頭の文字だけで表わされることもある.ユダヤ人がこれを記念碑に使っていることはブクストルフが扱っている.ユダヤの愛国者ユダがマカベウスの名を得たのもこれによる.すなわち,シリアのアンティオコスとの戦いに臨んで出エジプト記から標語Mi kamokha ba'elim YHWHを取り,その頭文字M-K-B-Yを記章に記したところ,勝利ののち兵士はその名で呼ぶようになった.〔cf. Wikipedia〕
ラビによれば,聖書のことばには多くのミステリーがこのようにして隠されている.詩篇〔3:1〕の「私に立ち向かう者が多くいます」の箇所ではヘブライ文字レシュがローマ人,ベートがバビロニア人,ヨッドはイオニア人すなわちギリシア人,メムはメディア人を表わすと解釈される.創世記49:10の人々が集まるシロは別のラビによれば(p.82)ユダヤ人,キリスト教徒,異教徒およびトルコ人に適用される.
同様に,創世記の最初〔God createdの部分〕が三位一体を証明しているという議論がある.エロヒム〔Godの部分〕は複数形であり,動詞〔ヘブライ文字3文字〕の各文字が子,聖霊,父を表わしているというのである.(p.83)
特定の文字のこの種の神秘的な解釈は,神がアブラムや〔その妻〕サラの名前にHの文字を入れたことによって好まれている面があるように思われる.〔アブラムの名前がアブラハムになった.サライの名前がサラになった.いずれもhに相当するヘブライ文字の追加に当たる.〕Hが神〔ヤハウェJHVH〕を示す4字の一つであることはおそらく,彼らの子孫のうちに彼らがメシアの親になることを示している.
だが聖書の記述全部がそのような秘密を秘めているとすることは荒唐無稽な結果にもなる.そのためエイレナイオス(Irenaeus)は,このような根拠のない風説がヴァレンティーノス派,グノーシス派といった異端の起源になったと述べている.(p.84)
こうした頭文字による略記はユダヤ人だけでなくローマ人にも使われ,今でも残っている多くの略語がある.S.P.D (Salutem plurimum dicit.)〔手紙で常套の挨拶文句〕,S.P.Q.R.(Senatum populusque Romanum)〔ローマ元老院およびローマ市民〕,C.R.(Civis Romanus)〔ローマ市民〕,V.C.(Vrbs condita)〔都(ローマ)の建設〕など.(p.85)
法律家も使った.だが曖昧なので法律の誤解が生じかねず,ユスティニアヌス皇帝は法律書で略語の使用を禁じた.
ローマ人の間での略語使用の主たる目的はスピードだが,協定により秘匿に使われることは容易に理解できる.(p.86)
かつては言葉が一つだったように記法も一つだったが,今日では思考を表現するのに異なる音を使い,また任意の符号を使う.
新規な記号は,文字/単語/概念を表わすものに区別できる.
文字を表わすものとしては,ヘブライ文字を挙げる学者がいる.エズラが発明したのは,その法の秘密を隠すためと,サマリア人や他の分派と記法を共通でなくすためである.(p.88)
そのような記号の解読に普通使われる方法は規則は次のとおり.
1.母音と子音を見分ける.母音はその頻度でわかる.単一記号は英語ならa,i,oのどれかのはず.
2.文字のそれぞれの強さ(power)を調べる.(これは印刷屋が教えてくれる.印刷屋はそれに従って活字を用意しているのである.)どれが連続して現われるかを調べる.H,Q,X,Yは連続しない.(p.89)語頭,語中,語末における母音または子音の数について,表を作る.母音だけからなる語,一つの母音と一つの子音からなる語,母音が先かどうか,などを調べる.これはポルタ,セレヌスによって詳しく扱われている.
このような解読法がわかっていれば,回避する方法もある.(p.90)たとえば,低頻度字を省いて母音で置き換えれば,〔低頻度字を隠す上に〕母音が多価になって識別しにくくなる.あるいは単語の切れ目をなくして連続的に書いたり,あるいは偽りの切れ目を入れたり,冗字(null)または無意味記号を挿入したりしてもよい.
普通の文字と同じように位置や音価を変えてもよい.
だが新規な記号を用いる方法は疑念を招くという欠点がある.
それを防ぐため,点,線,図形による記法がある.(p.91)
点・線の例(p.93)
図形の例,点・線・図形の混合の例(p.94)
作成および解読は次のようにする.アルファベットの文字を等間隔に書く.紙も等間隔に分ける.等間隔に書いたアルファベットをあてがうと,文章の作成・解読ができる.点,線の両端,図形の角がその位置によって文字を表わすのである.(p.95)
アルファベットの文字を三角形に書いてその内側を切り抜いてもよい.(p.96)
単語を表わす記号による記法は速記法(Stenographie or Short-hand)と呼ばれる.この方法によればいろいろな単語に応じてつなげられるよう数音節を表わす図形を考え出す.固有名詞は全体を一つの記号で表わしてもよい.ギリシア人によってよく使われた角張った図形もこの種のものである.その図形は文字に分解できる.(p.97)
〔☆型(ペンタグラム)はυγιεα(「健康」)の文字の組み合わせに分解できる.図参照.〕
このマークは〔シリア王〕アンティオコス・ソテル〔救済王〕が大切にし,コインにも使っていた.〔参考:Pentacles, Pythagoras and the Mystery of Time〕今日でも迷信深い女性はこの記号を幸運の印と信じ,健康を願って産着に刺繍する.
この速記法は今では普通に使われている.(p.98)古代ではそれほど頻繁ではなく,私的なもの,公的なものがあった.
私的な記号はローマの行政官や有力者によって使われた.知りもしない人の推薦状を書くよう頼まれて,秘密の符号を定めておき,真剣な手紙と形だけの手紙を区別できるようにしたのである.
公的な記号はウァレリウス・プロブス(Valerius Probus)によって説明され,ヤヌス・グルテルス(Janus Gruterus)による辞書もある.聖アウグスティヌスがいうように,こうした慣行からNotarius〔(速記)符号(nota)で書く者〕の語が生まれた.(p.99)
その最初の発明はキケロの召使のティロによるとされる〔cf. Wikipedia〕.
ペトルス・ディアコヌス(Petrus Diaconus)はその最初の発明を詩人エンニウス(Ennius)に帰しており,ティロ,フィラルギルス(Philargirus),アクイラ(Aquila),大セネカにより拡大され5000にまで増えた.
だがヘルマンヌス・フーゴー(Hermannus Hugo)は(p.100)ずっと古くから使われているとし,ダビデがその使用を仄めかしており(詩篇45:1),カルデア人を惑わせた壁に書かれた啓示(ダニエル5:25)はこの種の記号で書かれたのだとする〔聖書の注によると実際はアラム語〕.だがその当否は重要ではない.いずれにせよこのような単語記号は秘密に資する.
事物および概念を表わす記号はヒエログリフと紋章がある.
1.ヒエログリフ
オベリスク,ピラミッドなどに見られる.絵で考えを表わした.(p.101)
スキタイ人と戦っていたダリウスに贈られた鳥,ねずみ,かえる,矢も同様で,鳥のように飛び,かえるのように泳ぎ,ねずみのように洞窟に住むのでなければスキタイ人の矢を逃れられないことを意味した.(p.103)
2.紋章
通例飾りとして金の器などに入れられる.古代のメダルの刻印,家紋,書籍扉も同様.二つの種類がある.
2−1.自然なもの.船を固定させる錨に印されたイルカがゆっくり急げ,つまり慎重な検討と迅速な遂行を意味するなど.
2−2.歴史的なもの.鷲についばまれるプロメテウスの絵が好奇心が過ぎたことに対する報いを意味するなど.(p.104)
かつては機知の証として尊重された.(p.105)
アダムの死後,言語が乱れたが,(p.105)助けになるものといえばラテン語やその他の学術語しかない.どの国の人も簡単に読み書きできる普遍記号があれば言葉の習得に費やす時間を研究に割ける.
そのような記法は世界の一部,東洋で用いられている.(p.106)トリゴー(Trigaultius)〔中国で伝道したイエズス会の神父〕によれば,中国と日本はその言語においてヘブライ語とオランダ語のように大きく異なるが,いずれも共通の記号の助けによって,相手の書物および文字を自国のもののように理解できる.
我々の間でもそのようなものはある.
1.多くの国では数を表わすのにローマ式〔ローマ数字〕を使うか蛮族式〔アラビア数字〕を使っている.重さ,長さ,容積などの単位記号も共通.(p.107)
2.黄道十二宮,惑星などの記号
3.化学論文では鉱物の書き方が同じ.惑星の記号を使ったり,△でろ砂,∞〔を斜めにした形〕でヒ素など.
4.音符もほとんどの国で同じ.(p.108)
同じ記号を各国語で異なるように読むが,概念は同じ.(p.109)
記号の学習は言語の学習ほど難しくない.単語の表現より多くの記号は必要ない.中国と日本では,7千または8千があるといわれている.(p.110)
1.一致により意味を表わすもの
表わすものと類似の動作をする.(p.111)
2.互いの協定によって意味を決められた合図.(p.113)
聾唖者もこれによりやりとりできる.(p.114)
古代人は手と指で数を表わした.100未満の数は左手で表わされ,それ以上は右手で表わされた.だからユウェナリスは「すでに右手で数える年」という言い方をした〔cf. 参考〕.
体の各部に文字や数字を割り当てておき,触れることで意味を表わすことができる.(p.116)
指の各部に文字を割り当てたりするのでは疑念を招くので,頭をかく,ひげをひねるなど普通の身ぶりに意味を割り当てるほうがよい.(p.117)
ここまでは秘密を扱ったが,ここから敏速さの話に移る.(p.118)
最も速いのは思考だが,その他者への印象も想像力の大きな力があれば同じくらい速い.
次に速いのは視覚という伝達媒体.
動きの速い存在には霊的なものと物体的なものがある.
最も速いのは天使または霊.(p.119)
ローマにいるウァティニウス(Vatinius)は幻影によってローマの将軍パウルス〔Paulus Aemilius〕がマケドニアでペルセウス王に勝ったことを戦闘当日に知った.
遠隔地にいて友人の死をその瞬間に知ったという話も多くある.(p.121)
だがよい天使を用いるのは容易ではなく,悪い天使に関わるのは安全ではないので,この方法を活用する望みはほとんどない.
トリテミウスはその著作でまじないを扱ったが,魔術と思われた.天使によって世界のどこからでも連絡を受けられると述べたことで,パラティン選帝侯フリードリヒ二世は手稿を焼かせた.(p.122)
矢・弾丸などの非生物体は遠くへは行けないが,行ける限りでは生物体よりも速い.その用法については第4章で述べた.(p.123)
俊足の使者は古代にもいた.(p.124)
かつて異国ではラクダやロバが普通に使われたが,今日我が国では馬が使われる.(p.125)
生物体で最も速いのは鳥.鳥による連絡は古代にも多くの例がある.
これまでは伝達における秘密と敏速を別個に扱ってきたが,両者の組み合わせを論じる.
ここでは話す,書く,ジェスチャー以外を扱う.一般に知覚可能な差異があれば(p.129)考えを伝える手段になりうる.その差異がアルファベットの文字ほど多様ならよいが,二種の区別だけでもよい.第9章で述べたようにA,Bの2文字だけでも5文字の組み合わせでアルファベットの24文字を表現できる.
伝達媒体としては音の媒体と視覚の媒体がある.(p.130)
第一に,音を媒体とするメッセージの秘密および敏速について.(p.131)
ワルキウスは中空の管が数時間ないし数日間声を保持できると述べている.(p.134)
だが明瞭な発声音を閉じ込めることはできないだろう.(p.135)
牢獄に閉じ込められた人や包囲された都市の人と連絡する手だてがある.異なる高さの二つの鐘または銃,大砲,らっぱ,太鼓などの何らかの音を使ってどんな文字でも表わせる(第9章参照).(p.137)三通りの音,五通りの音などを使ってもよい.(p.139)
ポルタによれば,ナヴァールが包囲されたとき,事前に取り決めた順序でさまざまな砲声を発することで必要なものを外の味方に伝え,適切な補給を受けて市を守ることができたという.(p.140)
この目的のために使われる楽器が音程だけでなく時価も表わせるなら〔つまり,らっぱならよいが太鼓ではだめ〕,各文字を一つの音で表わせる.
そうすれば旋律だけからなる言語を構成できる.このような話し方は〔フランシス・ゴドウィン(Francis Godwin)の作中の人物〕ドミンゴ・ゴンザレス(Domingo Gonsales)が発見したように月の住人の間で使われていると空想されている.(p.141)
〔譜例:第五線から下第一線までにA-Zの文字が割り当てられている.一つの高さに二文字ずつ割り当てられており,二分音符と全音符で区別されている.〕KとQは他の文字でも表わせるので除外されている.(p.142)
音が概念を表わすことにすれば,普遍言語に使える.(p.143)
視覚的伝達媒体による秘密かつ敏速な伝達に関する一般的な解説は空想的なもの/魔術的なもの/自然で真実なものに分けられる.
第一は空想的なもの.ファミアヌス・ストラーダ(Famianus Strada)などがいうように空想的なもので最も注目すべきは磁石.磁石に触れさせた二本の針を用意する.(p.145)円の周にアルファベットの各文字を書いておき,方位磁針のように針が動くようにする.一人がその針を回すと,感応により他方も同じ文字を指す.だがこの発明は完全に空想のものだ.(p.146)
こうした解説の契機となったのは,磁石の力が物体を通り抜けてはたらくという事実と極を向くという性質である.そのため長距離でも使えると思われたのだが,どんなものでも作用範囲は限られているし,磁気作用は距離によらない感応によるものではなく媒体を通じた磁気的性質の拡散によるものである.(p.147)
磁力がなぜ物体を通り抜けてはたらくか.(p.148)光は熱い物体も冷たい物体も,固体も液体も同じように透過し,阻むのは不透明さのみ.不透明という性質のみが光に抗するからである.磁気についても同様で,これに抗する性質はない.(p.149)
第二は悪魔術的なもの.ピタゴラスが,月に文字を書いて遠方の人に読ませることができるとしたものがこれに属する.(p.149)
光学では日光で壁などに文字を表現する実験がある.ガラスに反対向きに文字を書いて日陰にある壁に日光を反射させるのである.(p.150)だが壁が近くでないと文字ははっきり見えないだろう.他に考えられる自然な手段もないので悪魔術に属するものとされる.
アグリッパはピタゴラスがどのように行なったかを述べている.大きなガラスに血で文字を書き,それを満月にかざすと,ガラスを通して文字が月面に書かれているかのうように見える.(p.151)
つまり目と月の間にこのガラスが置かれている場合にのみ文字が見えるのであって,これなら何の不思議もなく,悪魔術というほどのこともない.
より適切なものが魔法のガラス.魔術師が尋ねるとどんなことでも教えてくれる.(p.152)
自然な原理に基づくこの種の実験は火や煙を使う.
火による情報伝達は古く,その最初の発明はトロイ戦争におけるシノーン(Sinon)によるものとされる.それは木馬の鍵を開ける合図であった.
だがディオドロス・シクロス(Diodorus Siculus)は〔ギリシア神話の〕メーデイア(Medea)がイアソン(Jason)との共謀において使ったとしている.(p.154)ヘロドトス,ツキディデス,アッピアノス,ウェゲティウスといった他の古代の歴史家にも多くの言及がある.
こうした意味を表わす火の用法は主としてあらかじめ決めた問いへの答えを表わすものだった.(p.155)敵が来るなら松明を振り,救援が来るなら松明を止めておくといった具合である.
だがどんな意味でも表わせるように拡張されている.それを実現する方法は多様であり,主なもののみ述べる.
古代ギリシア人が使ったもので,特にポリュビオスが述べているのは次のようなものである.文字をI〜Vの5つの列に5文字ずつ入れ,1〜5の番号を付ける.(p.156)10本の松明を5本ずつの左右二組に分け,左右で掲げられている松明の数でI〜V,1〜5の二つの数字を表わす.(p.157)
ヨアキムス・フォルティウス(Joachimus Fortius)は3つの光しか使わない方法を述べている.1本の松明は最初の8文字ABCDEFGHを表わす.2本の松明は次の8文字IKLMNOPQを表わす.3本の松明は残りRSTVWXYZを表わす.1つの光が一度見せられればA,2度ならB,2つの光が一度見せられればI,2度ならKなどとするのである.(p.158)
2つの文字からなるアルファベットによる5文字の組み合わせ〔9章参照〕によって二本の松明だけですべての文字を表わすことも容易に考えられる.
二つの光の動きを利用する方法もあり,これは速さの上では他よりもよい.二本の松明をそれぞれ長い竿に取り付ける.それらの上下左右の動きで全アルファベットを表わせる.(p.159)
1つの光が見せられればA,上に上げられればE,下げられればI,右に傾けられればO,左に傾けられればV.
2つの光を上げられればB,下げられればC,右に傾けられればD,左に傾けられればF.
2つの光で右の松明が上げられればG,下げられればH,右に傾けられればK,左に傾けられればL.
左の松明が上げられればM,下げられればN,右に傾けられればP,左に傾けられればQ.
左右の松明を近づけるように動かすとR.右の松明を左に傾けて他方の松明を上げるとS,下げるとT.左の松明を右に傾けて他方の松明を上げるとW,下げるとX.
右の松明を右に傾けて他方の松明を上げるとY,下げるとZ.(p.161)
昼間の煙による情報伝達はこれほど便利ではない.(p.162)
中国では,沿岸に商人が到着すると役人が出身地,商品の種類と数を尋ね,その答えを昼なら煙,夜なら火によって皇帝に伝え,同じようにして受け入れるか否かの皇帝の意向が返ってくるという.(p.163)
これらの秘密・敏速なメッセージは難しく思えるかもしれないが,文字を知らない人にとっては文字も難しい.いずれも慣れと経験によって身につくものである.
音によるか視覚によるかを問わず,説明してきた情報伝達方法は〔フランシス・ゴドウィンの著作〕『非生物の使者』で述べられているものと同じであることは,その説明を読み,同じ著者のドミンゴ・ゴンザレスのような他の記述と比べればすぐわかるであろう.(p.164)