エドガー・アラン・ポーと暗号

推理小説の創始者とも言われる(Poe Society, Wikipedia, Kahn p.794)エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe, 1809-1849)は暗号分野では短編小説「黄金虫」(1843)で有名だが,いくつかの雑誌にも編集者・寄稿者として関与し,暗号についても書いている.ここではそんなポーと暗号との関わりについて紹介する.

目次

エドガー・アラン・ポー「黄金虫」の暗号解読(1843)

『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』誌上の暗号解読(1839-1840)

『グレアムズ・マガジン』誌上の暗号解読(1841-1842)

    ・「暗号論」について

その後の暗号解読(1843-1846)

エドガー・アラン・ポー「暗号論」(1841)(全訳)

    ・小酒井不木訳「暗号記法について」

暗号家としてのポー

リンク

エドガー・アラン・ポー「黄金虫」の暗号解読(1843)

ポーの短編「黄金虫」(1843)は暗号小説の古典とされ,歴史の専門書でも引用されたりしている.下記では暗号解読の部分を中心にそのあらすじを紹介する.

物語の舞台はサウスカロライナ州チャールストン付近のサリヴァン島.暗号を解読するのは語り手の友人でニューオーリンズから移住してきたユグノーの家系のウイリアム・ルグランである.ルグランは語り手に同行させて財宝を発見したあと,事情を説明する.

そもそもの発端はルグランが難破船の残骸のある海辺で新種と思われる黄金虫を発見したことだった.黄金虫をくるむために拾った羊皮紙をたまたまろうそくにかざすとどくろの模様が現われる.さらに加熱すると,どくろの反対側にヤギのようにも見える子供の模様が,そしてそれらの間には暗号文が現われた.ルグランは発見された状況やどくろと子供(kid)の図柄から,これが「海賊」キャプテン・キッドの暗号文で,わざわざ羊皮紙に書かれていることから財宝のありかなどの重要な内容を含んでいるに違いないと考えたのだった.

ルグランが語り手に対して羊皮紙に書かれた暗号文を解読するくだりを下記に訳出する.まず,問題の暗号文は次のようなものである.

"53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;488¶60))85;1(;:*883(88)5*

;46(;88*96*?;8)*‡(;485);5*†2:*‡(;4956*2(5*-4)8¶8*;40692

85);)6†8)4‡‡;1(‡9;48081;8:8‡1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;

(88;4(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;"

この暗号をどのようにして解読したかにつて,ルグランは次のように語る.

それでもこれを解くのはこの記号をぱっと見て思うほど難しくはないのだよ.これらの記号は誰でも想像がつくだろうが暗号になっている.つまり,文章を伝えているんだ.だがキッドについて知られていることからすると,高等な暗号文(cryptographs)を作成する能力があったとは思えない.私はすぐさまこれは単純な暗号だと見当をつけた――それでも船乗りの単純な頭にとっては鍵なしには絶対解読不能なものに見えたのだろうけどね.

……

私はほかに一万倍も高度な暗号だって解読したことがある.境遇ともって生まれた性向からこういう謎解きに興味を抱くようになってね.人間の知力を適切に用いても解読しえないような謎を人間の知力で作り出すことができるかどうかは大いに疑問だと思うね.実のところ,いったんつながって読み取れる記号を浮かび上がらせたら,その内容を明らかにすることくらいの困難などほとんど気にかけなかったね.

今の場合――秘密記法はどんな場合でもそうなのだが――最初の問題は暗号文の言語のことだ.解読の原理は,特にこうした簡単な暗号に関する場合,その特定の言語の特質に依存し,それによって変わるものだからね.一般には,暗号解読を試みる者が知っているあらゆる言語を(それらの可能性を指針として)正しい言語にたどり着くまで試してみるほかはない.だが今我々の目の前にある暗号については,署名のおかげで何の苦労もなかったよ.「キッド」という単語のかけことばが通用するのはあらゆる言語のうちでも英語だけだ.この事情がなければ,カリブ海の海賊がこの種の秘密を書く場合に最も自然と思われる言語として,スペイン語やフランス語から試行を始めるところだった.だが実際には暗号文(cryptograph)は英語だと想定してかかることにした.

ご覧のとおり単語の間の区切りがないだろう.区切りがあったら解読は比較的簡単だったはずだ.そのような場合は,短めの単語を照らし合わせたり分析したりすることから始めるのが定石だ〔※下記のカルプの暗号文の例を参照〕.一文字からなる単語(たとえば冠詞のaやI(私))がたいていはあるだろうから,それがあれば解読はできたも同然と思えただろう.だが今回は区切りがないので,最初の一歩は頻出する文字と最も使用回数が少ない文字を見きわめることだった.すべてを数えて,次のような表を作った.

記号8回数33
;26
419
‡ )16
*13
512
611
† 18
06
9 25
: 34
?3
2
- .1

さて,英語では最も頻繁に使われる文字はeだ.二番目以降は a o i d h n r s t u y c f g l m w b k p q x z の順になる.e の多さは圧倒的で,そこそこの長さの文でこの文字が最高頻度でないものはほとんど見られない.

ここで,さしあたってはこの基本原則は単なる推測以上の何かがあるというにとどめておこう.この表の一般的な用途は明らかだろう.だがこの特定の暗号については,その助けが必要になるのはごく一部でしかない.最も頻繁に使われる記号は 8 なので,手始めにこれが本来のアルファベットの e を表わすと想定してみよう.その仮説を検証するために,8 がよく対になって現われるかどうかを見てみよう.英語では e が二つ続く頻度は非常に高くて,たとえば meet,fleet,speed,seen,been,agree などがあるからね.今の例では,短い暗号文(cryptograph)にも関わらず,この記号は五回も重なって出てくる.

そこで 8 は e であるとしよう.ここで,英語のあらゆる単語のうち,最も普通に使われるのは the だ.よって,同じ並び順で最後が 8 になっている三つの記号が繰り返し現われていないかどうか見てみよう.そのように配列されたそのような文字の繰り返しが見つかれば,それはまず間違いなく単語 the を表わすはずだ.調べてみると,七つものそのような配列があることがわかる.その記号は ;48 だ.よって, ; が t を表わし, 4 が h を表わし, 8 が e を表わすと考えてよいだろう.最後の, 8 が e だというこの仮説は今や十分確証された.これで大きな一歩が踏み出せたことになる.

たった一つの単語を確立したことで,実に重大なポイント,つまりいくつかの他の単語の開始や終了を確定することができる.たとえば ;48 が現われる最後から二番目の箇所を見てみよう.暗号文の終わり近くだ.その直後の ; は単語の先頭だということがわかっている.この the に続く六つの記号のうち,五つもが判明している.それらの記号が表わしていることがわかっている文字を使ってそれらの記号を書き出してみよう.不明な箇所は空白のままにしておく.

t eeth

ここで, th は最初の t で始まる単語の一部をなすものではないとしてただちに捨てることができる.空所に当てはめる文字についてアルファベット全部を試してみれば,この th が一部となりうる単語は作れないことがわかる.よって単語の範囲は次のように狭められる.

t ee

必要なら先ほどのようにアルファベットを順に見ていけば,唯一可能な読みとして単語 tree に到達する.こうしてさらに ( によって表わされている文字 r とともに,隣り合っている the tree という単語が得られた.

これらの単語の先を見てみると,少し行ったところに再び ;48 が現われるので,それをその直前の部分の終わりを表わすものとして使うと,次のような配列が得られる.

the tree;4(‡?34 the,

あるいは,わかっている部分に普通の文字を代入すると次のように読める.

the tree thr‡?3h the.

ここで未知の文字の代わりに空白または代わりの点を入れると次のようになる.

the tree thr...h the,

これで単語throughがただちに見えてくる.この発見で,‡,?,3によって表わされるo,u,gが明らかになる.

ここでわかっている記号の組み合わせがないかどうか暗号文を綿密に調べてみると,先頭近くに次のような配列がある.

83(88 すなわち egree,

これは明らかに単語degreeの末尾であり,†によって表わされているさらにもう一字dが判明する.

単語degreeの四文字先には次の組み合わせがある.

;46(;88*.

先ほどと同様,わかっている記号を翻訳して未知の記号を点で表わすと,th rtee となる.この配列からただちに単語 thirteen が想起され,またもや二つの新たな記号が判明する.6 と * によって表わされている i と n である.

ここで暗号文(cryptograph)の先頭を見ると,次の組み合わせがある.

53‡‡†

先のように翻訳すると次のようになる.

.good

これは最初の文字が a であり,文頭の二語が a good であることを確証してくれる.

このへんで,混乱しないよう,これまでに発見された限りの鍵を表の形に整理してみよう.それは次のようになる.

5が表わすのはa
d
8e
3g
4h
6i
*n
o
(r
;t

このように,最も重要な文字のうち十文字もが含まれており,解読法の詳細をこれ以上続けることは不要だろう.この種の暗号が容易に解読できることを納得してもらい,その内容を明らかにする過程の指導原理についていくらかでもわかってもらうために十分なことは話した.だが我々の前にある例は最も単純な種類の暗号(cryptograph)であることは理解しておいてほしい.あとは羊皮紙に書かれた記号の,解読された完全な翻訳を示すだけだ.これがそうだ.

A good glass in the bishop's hostel in the devil's seat forty-one degrees and thirteen minutes northeast and by north main branch seventh limb east side shoot from the left eye of the death's-head a bee line from the tree through the shot fifty feet out.

ルグランは暗号文において単語間の間隔を空けないことで解読を難しくしようとするあまり,重要な区切りほど無意識のうちに間隔を詰めすぎてしまうことに着目し,この解読文を次のように区切る.

A good glass in the Bishop's hostel in the Devil's seat -- forty-one degrees and thirteen minutes -- northeast and by north -- main branch seventh limb east side -- shoot from the left eye of the death's-head -- a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.

この後はBishop's hostelというのがサリヴァン島で昔Bessop's Castleと呼ばれた岩であるとか,Devil's seatがその岩にある棚のような部分を指すとか,good glassというのは望遠鏡を意味するといった謎解きが続く.

ポーによる文字の頻度について

ポーは上記において英語における文字の頻度を e a o i d h n r s t u y c f g l m w b k p q x z の順としている.これは etaonrish とか etoanirs と言い習わされるよく知られた順番とはかなり異なっているが,ポーが『リース百科事典』の暗号(Cipher)の項目(別稿参照)を参照したと考えれば説明がつく.この百科事典の項目は母音と子音を分けて論じ,母音のうち頻度が高いものが「e,a,i,o」であるとした.一方子音のうちでは最も多いのは「d, h, n, r, s, t」のグループ,次は「c, f, g, l, m, w」,その次に「b, k, p」,そして最後に「q, x, z」とした.これは子音を頻度別に四つのグループに分けたものであって,各グループ内の文字の配列は単にアルファベット順にしているにすぎないのだが,ポーはこれをそのままつなげて小説に使ったのである.

なお,判明した十の記号のリストでuを抜かしているなど,ポーの暗号の記述には誤りもあるが,いちいち指摘はしない.(1845年に書籍で刊行するときに平文のfortyをtwentyに変えて暗号文もそれに合わせて訂正したりしたという(Kahn, p.790).)

単語cryptograph

「暗号で書かれたもの」という意味のcryptogramと同義のcryptographという語を用いたのはポーが最初だという.「黄金虫」では4箇所でこの単語が使われているが,上記の訳文ではその使用箇所を明示しておいた.訳文中の他の「暗号文」は原語cipherなどに対応する.「黄金虫」より前のポーの文通や記事でもcryptographの語は使われている.ポー協会のサイトSingle Words first used or coined by Poeではポーの造語がいろいろ紹介されていて興味深い.

『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』誌上の暗号解読(1839-1840)

「黄金虫」以前にポーが暗号について書いた最初の舞台は週刊誌『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』(Alexander's Weekly Messenger)(Poe Society)であった.ポーは1839年12月18日から1840年5月6日まで寄稿している.これらの無署名の記事がポーのものだと最初に突き止めたのは,Clarence S. Brigham, Edgar Allan Poe's Contributions to Alexander's Weekly Messenger (1943; reprint 1973)だという.(この週刊誌での暗号解読については後述の「秘密記法に関する小論」で言及されているが,これらの記事がみつかる前にはポーの言及が誇張である可能性も取り沙汰されていた.たとえばWilliam F. Friedman, "Edgar Allan Poe, Criptographer" (1936)(Google p.45)参照.)

挑戦 (1839.12.18)

1839年12月18日号(Poe Society)の,読者から送られてきた謎を取り上げた記事において,ポーはどんな象形文字で書かれた文章でも簡単に解読する規則があると述べて,脚注で,単換字暗号で書かれた手紙を送ってもらえれば,どんな特異な記号を使っていようとたちどころに読んで見せると宣言した.この呼びかけは大きな反響を呼び,多数の暗号文が編集部に寄せられた

読者からの暗号(1840.1-2)

1840年1月15日号(Poe Society)では読者から寄せられた暗号文とその解読文を早速紹介している.

だが1840年2月12日号(Poe Society)ではあまりの反響の多さに悲鳴を上げている.最初の一週間ほどは一つか二つの奇妙な象形文字のような謎が送られてきただけで,たちどころに解読したが,その一方で暗号解読など不可能で,自分で謎を作って自分で解いているに違いないと批判されもしたという.それでも送られてきた暗号文の解読を続けたが,投稿は増すばかりで,いよいよ苦境に陥ったポーは,解読を続ければ通常業務ができないし,かといってやめれば解読できなかったと思われるという苦しい胸のうちを吐露している.

1840年2月19日号(Poe Society)では届いたばかりの読者Philomからの手紙の解読文の一部を掲載しているが,七通りものアルファベット(換字表)を使ったことをルール違反としつつ,最初にポーが言った暗号解読の規則を掲載すれば40の購読者がつくと確言しているので例外を認めることにしたと言い,次号での解読法の掲載を予告している.

1840年2月26日号(Poe Society)では,相変わらず反響が大きいとして,ポーは掲載されている暗号解読が自作自演だとする疑惑に答えるためにさらに数人の読者からの暗号の解読を掲載し,一部(普通の活字で対応できるもの)は暗号文も掲載している.ただ,読者T.R.H.またはJ.R.H.からの51通りもの記号を使った暗号文は単換字暗号というルール違反(単換字暗号なら暗号文の記号の種類は高々26のはず)として却下している.

ポーが「いかさま」と断定したカルプの暗号文

同じく2月26日号で,ポーは読者カルプ(Kulp)からの暗号文はいかさまだと断定している.その暗号文は次のようなものである(後述の記載から少なくともVsmukkesはVsmukkeeの誤りであることがわかる).

Ge Jeasgdxv,
Zij gl mw, laam, xzy zmlwhfzek eilvdxw kwke tx Ibr atgh Ibmx aanu bai Vsmukkes pwn vlwk agh gnumk wdlnzweg jnbxvv oaeg enwb zwmgy mo mlw wnbx mw al pnfdcfpkh wzkex hssf xkiyahul. Mk num yexdm wbxy sbc hv wyx Phwkgnamcuk?

ポーはまず,その手書き書体に着目して本物だったとしたらこれほど迷いもなく書き付けられるはずがないと指摘している.さらにVsmukkssのように2つ続く重字で終わる英単語はないとしている.(committeeのような単語はあるのでポーの言い方は正確ではないが,たしかにこの語には当てはまらない.)そして,暗号解読と同じ方法を使ってこの暗号文がいんちきだと実証できるとして次のように論じている.

上記でイタリック体にした語のうち2文字からなる単語mwに着目すると,2文字の一方は母音,他方は子音であり,考えられる候補は次のとおり:ah, am, an, at, ay, if, in, it, of, on, or, up, us, be, by, do, go, ha, he, ho, la, lo, ma, me, my, no, pa, so, to, wo.このうちamはIらしきもの(1文字の単語)がないので除外.次にmlwに着目すると,mwがahだとしたらashしかない.このようにして考えていくと,mlwとして考えられるのはash, aft, aft, ant, apt, art, any, oaf, own, oar, bay, bey, boy, buy, hoe, may, tho', twoのみ.次にlaamに着目すると,mlwがashだとしたらs・・a(途中2文字は同一)の形になるはず.このようにして考えていくとlaam=hootしかない.これはmlw=tho'に対応するが,平文のoの割り当てが矛盾している.

最初に取り上げた読者に対してポーは後述のことを読めば自分でも解読できるようになるだろうと述べているが,ポーのこの反証からは,重字,特に複数の重字を含む単語が手がかりになること,mwのような短い単語の可能性をしらみつぶしに調べてみること,mw→mlw,mlw→laamのようにすでにわかった(または候補を絞った)語を手がかりに同じ文字を含む未知の語を検討していくことで芋づる式に対応を割り出せること,といった単換字暗号の解読の基本を読み取ることができる.ただし,ポーは「考え直して」直接的に解読法を示しはしないことにしたと述べている

このカルプの暗号文が実はれっきとした暗号だったことが1975年になって判明し,1977年の雑誌Cryptologiaの創刊号で明らかにされた.それはUnited Statesを鍵とする多表式換字暗号だったのである.暗号文の誤植を正して解読すると次のようになる.

Mr. Alexander,
How is it that? The messenger arrives here at the same time with the Saturday cou-rier and other Saturday papers. When acco-rding to the date it is published three days previous. Is the fault with you or the postmasters?

ポーは「いかさま」ではなく,「単換字暗号で暗号化されたものではない」と言うべきだったのである.

読者からの暗号(1840.3)

1840年3月4日号(Poe Society)ではポーの解読の正しさを認める投稿者のコメントを紹介するのに続いてさらに二人の挑戦に対する解読を掲載し,別の二人に対する次号での回答を約束している.

1840年3月11日号(Poe Society)では予告された二人を含め三人からの暗号の解読文を掲載している.そのうち一人についてはルールを破って単語の区切りを示していないと改めて苦言を呈している.

1840年3月25日号(Poe Society)ではさらにいくつかの暗号の解読文(一部は暗号文も)も掲載しているが,hbjgggという語を含む読者Incogからの暗号文は3つの同じ文字で終わる単語はないとして不正としている.ただし,「いかさま」と断定した上記のカルプの暗号文のときとは異なり,ポーが指定したルールには従っていないがそれなりの暗号ではあるのだろうとは認めている.その上で,解読してみせると言ったのは単換字暗号(しかも単語の区切りが明示されているもの)だが,作成に苦労したからと言って解読も難しいとは限らないと指摘した.

ポーはここで,人間の知恵が我々に解読できない適正な暗号を作り出すことはできないと断言している.ポーのこの信念はのちの「黄金虫」の「人間の知力を適切に用いても解読しえないような謎を人間の知力で作り出すことができるかどうかは大いに疑問だ」とのせりふや「秘密記法に関する小論」(「暗号論」)の同様の陳述にも反映されている.

読者(政府関係者?)からの暗号(1840.4)

1840年4月8日号(Poe Society)でもいくつかの暗号の解読文(一部は暗号文も)を掲載し,Incogのその後の投書に対する返事も掲載している.また,上記の号で保留にしたHamilton Brownからの暗号文とその解読を掲載しているが,これが政府のための第一線での暗号解読に採用するための試験であると示唆されていることも興味深い.暗号文を寄せたHamilton Brownの手紙は,もしポーがそれらの解読に成功したら,Bloodhound War(当時進行中のセミノール族インディアンとの第二次セミノール戦争(1835-1842)のこと)で捕獲された暗号で書かれた通信文の解読にポーを用いるのが適切だと進言すると述べているのである.

なお,Poe Societyの一覧(Poe Society)によれば4月22日号に"Cyphers Again"と題した記事があるようだが,リンクをたどると上記の4月8日付の記事が出てしまう.

1840年4月29日号(Poe Society)でも暗号文一通とその解読を示している.この暗号文の送り主スカイラー・コールファックス(Schuyler Colfax)はのちにグラント大統領のもとで副大統領を務める17歳の青年だった.

『グレアムズ・マガジン』誌上の暗号解読(1841-1842)

1841年4月号での呼びかけ

『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』での一連の暗号解読の約一年後,ポーは『グレアムズ・マガジン』(Graham's Magazine)の1841年4月号でR. M. Walsh〔英訳者〕のSketches of Conspicuous Living Characters of Franceの書評(Poe Society)において同じような呼びかけを行った.

同書は同時代のフランスの著名人十数名について紹介するものだが,そのうちベリエ(Wikipedia)の記事に関し,ポーは,ベリー公爵夫人〔七月革命(1830)で王位を追われたシャルル十世の子の妻〕がパリの正統主義者〔ブルボン派〕に宛てて到着予定(1832)を知らせた手紙に付された長い暗号文のエピソードを紹介している.公爵夫人は暗号の鍵を与えるのを忘れてしまったが,伝記作者は「ベリエの洞察力はまもなく鍵を発見した.それはアルファベット二十四文字を置換する句Le gouvernement provisoire〔全24文字〕であった.」と述べているという.だがポーは逸話としてはよいが,フランス人に宛てた手紙の暗号の鍵がフランス語であることを指摘し,それほどの洞察力を必要としたものとは思えないと述べている.(下記で紹介する7月号の「秘密記法に関する小論」では同じ件を若干切り口を変えて批判している.)その上で,ここで提案されているのと同じ方法の暗号文を送ってもらえば,鍵句が「フランス語,イタリア語,スペイン語,ドイツ語,ラテン語またはギリシア語(またはこれらの言語の方言のいずれか)」のいずれであろうと,必ずやその謎を解いてみせようと断言した.

ベリー公爵夫人のキーフレーズ暗号

ベリー公爵夫人の暗号は鍵句(キーフレーズ)Le gouvernement provisoireを使って平文のアルファベット24文字(フランス語なのでkとwがない)を次のような換字表により換字するものである.

   平 文:abcdefghijlmnopqrstuvxyz
   暗号文:LEGOUVERNEMENTPROVISOIRE

この暗号ではアルファベット24文字を表わす鍵句の24文字のうちに同じ文字が何度も現われる一方,qなど使われていない文字もある.よって暗号文には決してqが現われず,一方,暗号文のeは平文の5通りの文字を表わすことになる.このような一対多の対応のため一意的な解読ができないという意味で不完全な暗号であり,それだけ解読は難しいことになる.

フランスのカルボナリ党員が同時期に同様の暗号を使ったことが知られているが,それは複数の平文を表す暗号文字は上付き数字を添えて区別するようになっていた.このような区別する手立てがないと鍵を所持している本来の受信者でさえ解読に苦労するのは明らかで,ベリー公爵夫人の暗号もそのような添え字を使っていたのかもしれない.出典の不完全な説明をポーがそのまま紹介してしまったという可能性が指摘されている(Kahn, p.787)

1841年7月号「秘密記法に関する小論」(いわゆるエドガー・アラン・ポーの「暗号論」)

このポーの呼びかけに応えたのは一通のみであった.ポーは7月号の「秘密記法に関する小論(A Few Words on Secret Writing)」(Poe Society)において「エドガー・A・ポー」と名を明かしてその暗号文と解読を公表しているが,それにあたりポーは,4月号での呼びかけや『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』誌上でのやりとりの概要も組み込んで自己完結した読み物としている.そのほかいくつか基本的な暗号法を紹介するなどして,暗号についてのある程度まとまった論評に仕立てている.これは「全集」(たとえばG.P. Putnam's Sonsのもの)にCryptographyとのタイトルで収録され,日本でも「暗号論」「暗号術」などの訳題で紹介されている(下記に拙訳を掲げる).

もっともここで紹介された暗号に関するうんちくは『ブリタニカ百科事典』などからの受け売りだという(ジョヴァンニ・ポルタをCap.ポルタと記すなどの誤記も含めて)(Kahn, p.788).冒頭でのド・ラ・ギユティエールを引用してのスキュタレーの説明も『リース百科事典』の暗号(Cipher)の項目(1807)(別稿参照)からの引用を思わせる.

また,読者からの暗号の解読を示したあと,ポーは一対多の対応を含む暗号文の解読がいかに難しいかを延々と述べている.たとえば暗号文の i が e, i, s, w の四文字を表わすので平文で wise という単語があれば iiii となってしまうのだ.これではたしかに,鍵句を知っている本来の受信者であっても iiii が何を表わすかを突き止めるのは容易ではないことになってしまう.そこでポーは,このような暗号を使うときには,暗号文中で最初に i が現われるときは平文の s を表わし,二番目の i は i を表わすなどという順序を決めておくべきだと主張して,読者からの暗号が何らの順序も守られていないと苦言を呈している.だがそのような何の順序もなく暗号文字が複数の平文文字を表わすために使われるのはポーが4月号で述べたベリー公爵夫人の暗号の特質(欠点)であって,読者からの暗号が「ベリエが解いた暗号と同一の構成」と認めているのにこのような難癖をつけるのは理解しがたい.そもそも,ポーのいうような「順序」を決めるというのは平文中に文字が現われる順序を決めておくと言っているに等しく,実現不可能だろう.

なお,ポーは暗号解読の結果を示しはしたが,(冒頭でスキュタレーの解読に言及しているほかは)暗号解読法については明かしていない.ポーの一連の暗号解読によって関心をかきたてられた読者は二年後の「黄金虫」の発表まで待たされることになる.

なお,この7月号では名指しはしないものの『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』が触れられたことで,同誌発行人チャールズ・W・アレグザンダーは1841年7月13日に『デイリー・クロニクル』(Daily Chronicle)で,国じゅうから寄せられた暗号をポーが解読したことが事実であるとの証言を発表した(Poe Society)

4月号のポーの呼びかけへの反応が乏しかったのはやはり暗号とは直接関係のない書評記事に埋もれたためであったらしく,この7月号は大きな反響を呼んだ.その結果,8月号,10月号,12月号に続編が掲載されることになる.

8月号とフレイリー暗号

8月号(Poe Society)では,ポーは友人フレデリック・ウイリアム・トマス(F. W. Thomas)の手紙(7月1日付けの手紙(Poe Society))で送られてきたフレイリー(Frailey)博士の暗号文に対する解読を返送したことを紹介するとともに,「きわめて巧妙」な暗号なので読者の腕試しにと解読文なしに暗号文のみを掲載した.(ポーは読者が誰も解読できなければ9月号で鍵だけ公表するとしたが, それでも解読は難しいと考えていた.だが9月号では結局鍵は公表されなかった.)

トマスはポーの解読の正しさを認めるフレイリーの手紙も転送し,同時にいきさつも述べた.同号に掲載されたその記述によると,ポーがアーロン・バーの暗号を笑ってそのような暗号は簡単に解読できると言ったので,友人Dowが前年(『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』に)挑戦として暗号を送ったところ見事に解読されたことがあったという.この話をしてもフレイリーがポーの力量を信じようとしなかったところへ『グレアムズ・マガジン』の7月号に「秘密記法に関する小論」の記事が出たので,それを見せたところ,フレイリーは暗号文を作ってきたのだという.

ポーは改めてベリー公爵夫人の暗号方式を説明し,フレイリーの暗号がその制限を越えていたが,解読できまいとあまりに断言するので解読したと述べている.

その一方,E.St.J.なる読者から送られてきた暗号文にはアルファベットのすべての文字が使われており,そのためキーフレーズ暗号のルールに従っているとすれば平文と暗号文の文字は一対一に対応するはずである.だとすると,暗号文に現われるllのような単語はありえないことになる.フレイリーのように挑発的なことは書かなかったらしいこの読者の暗号文は,ポーはルール違反だとして,解読できないのではなく,解読しないと宣言した.

猟官運動と政府関係者からの暗号

フレイリー暗号を転送してきたトマスはワシントンにいるポーの友人であり,ポーはこの夏,タイラー大統領の政府でポストを得るべくトマスに口利きを依頼していた.トマスも多忙な要人たちになかなか話を切り出せずにいたが,7月19日付けの手紙(Poe Society)で財務長官の息子のユーイングからの暗号の手紙を送ってきて,できるものなら8月号で解読を発表するように言った.だが結局ポーはこの暗号は解読できなかったらしく,誌上で扱っていない.

トマスは8月30日付けの手紙(Poe Society, 解説)で大統領の息子たちと話をして前向きな言葉を引き出したが,政治危機下の現時点でタイラー大統領に申し入れても無駄なことや,ポーの暗号に関する著作がワシントンで大層評判になっていて,書籍商に8月号の注文が殺到していることなどを伝えてきた.そして財務省の主任書記官であるマクリントック・ヤング(McClintock Young)の暗号文を送ってきた.ポーが誌上で解読すると宣言した暗号とはかけ離れたものであることは承知の上で,何かわかるかどうかを尋ねてきているのだった.これもポーが解読した形跡はない.

10月号とフレイリー暗号の解読

10月号(Poe Society)では,読者Thomas Whackemwellからの暗号文の解読を公表している.

さらに,8月号で公表したフレイリーの暗号の解読文が公表された.結局,この時点までに解読を寄せた読者はなかったとされた.同時に掲載されたフレイリーからの手紙は,単語全体やtion/sionのような語尾を表わす記号を使ったり,同じ単語がそのような独自の記号と鍵句(による換字)の両方で表わせる場合にはそれらを交互に使って難度を高めていたとしてポーの解読の正しさを認めている.その鍵はBut find this out, and I give it up.(26文字)であった.

また,この暗号は平文が難解な単語を多用した奇怪きわまりない文章だという点でも解読を難しくした.その解読文とは次のようなものである.

In one of those peripatetic circumrotations I obviated a rustic whom I subjected to catechetical interrogation respecting the nosocomical characteristics of the edifice to which I was approximate. With a volubility uncongealed by the frigorific powers of villatic bashfulness, he ejaculated a voluminous replication from the universal tenor of whose contents I deduce the subsequent amalgamation of heterogeneous facts. Without dubiety incipient pretension is apt to terminate in final vulgarity, as parturient mountains have been fabulated to produce muscupular abortions. The institution the subject of my remarks, has not been without cause the theme of the ephemeral columns of quotidian journalism, and enthusiastic encomiations in conversational intercourse.

フレイリー暗号の解読のクレジット

ポーは12月号の記事の末尾で,フレイリー暗号はリチャード・ボルトン(Richard Bolton)という読者が解読したが,11月号での掲載に間に合わなかったと記している.ボルトンは1841年11月4日付けのポーへの手紙(Poe Society)で,9月9日に編集部宛に解読を送ったこと,10月号で発表されたポーの解読文と2箇所以外は完全に一致することを伝えた.ポーは11月18日の返信(Poe Society)で,ボルトンが自分とは独立に解読したことを認め,11月号で言及できなかった理由として,発行日より一か月前には印刷所に入稿しなければならないなどの事情を説明し,10日前には準備完了した12月号で言及することを述べている.(ついでにポーは12月号に掲載するタイラーの暗号(下記)が誤植だらけであることをあらかじめ伝えた.)

ボルトンは1月号を入手してから1842年1月10日の返書(Poe Society)でポーの問いに答えて自分の解読過程の概要を説明するとともに,単換字暗号より解読されにくい暗号法として文字ごとに暗号化が変わる方式を提案している.これは「グロンスフェルト暗号」として知られるものと実質的に同じ方式において,さらに所定の文字数ごとに鍵数字の末位の数字を各桁に加えて鍵数字を更新することを提案したものである(Poe Societyのテキストには鍵数字にいくつかの明らかな誤りがあるので注意).

公にはボルトンの解読を認めてクレジットする一方,ポーは11月26日のフレデリック・ウイリアム・トマス宛ての手紙(Poe Society)では,12月号でボルトンをクレジットするがボルトンの解読は自分の解読を見た上でのもので,自分の解読に含まれる三つの誤りを引き写していると述べ,クレジットするのはあくまでも体面上の方便にすぎないとしている.だが上記のボルトンの手紙からすると,ポーの疑念は邪推だったと思われる(Poe Society)

12月号とタイラー暗号

一連の記事の最後になる12月号(Poe Society)の主題は読者タイラー(W.B.Tyler)からの手紙である.タイラーはポーの解読を讃えた上で,解読できない暗号を作り出すことは不可能だとのポーの主張は十分な根拠がないと述べ,ベリー公爵夫人の暗号が同じ文字が複数の平文の文字を表わすので不完全であること,解読に当たっては記号の形は関係ないことなどを指摘し,単換字暗号の解読を偉業と大騒ぎする大衆とは異なる力量の持ち主とポーも認めている.

タイラーは単語を逆向きに綴り,切れ目をなくせば完全な暗号になりうるとして暗号文を提供している.もちろんこれがポーが解読してみせると言った暗号ではないことは承知しており,ポーが解読できない暗号を作り出すことが不可能だと述べた点に反論しているのだと断っている.そしてベリー公爵夫人の暗号とは逆に,平文の同じ文字が複数の暗号文字で表わされるとしたら解読が難しくなると指摘し,極端な場合,暗号文のすべての文字が異なることもありうるとしている.そして大文字・小文字・小型大文字およびそれらを逆さにしたものも含めて130通りの記号を使ってそのアイデアを実践した第二の暗号文も作成している.

このタイラーの暗号文に対し,ポーは解読不能との主張に疑問を呈し,フランシス・ベーコンが解読不能とした暗号も解読されたし,最も完璧に近いフランスの正方形暗号(chiffre quarré)も1000人のうち999人には無理でも解読の可能性はあると述べている.ただし,ポーの論拠には事実誤認がある.フランシス・ベーコンは自分が考案した二文字暗号を解読不能とは言っていない.また,正方形暗号はヴィジュネル暗号として古くから知られたもので,ポーがこの方式では「どの文字も同じ記号によって表わされることがない」と言っているのは完全な誤りである(タイラーの同様の表現を受けた誇張のつもりかもしれない).

ポーはさらに,単語を逆に綴り単語の区切りをなくすのは単に若干苦労が増すだけで,ポーが『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』で行なった数多くの解読の域を出ないと述べ,第二の暗号についてもタイラーの説明の細部に反論している.いずれにせよポーはタイラーの暗号は解読しなかった.

そしてポーは暗号解読に関する話題は打ち切りとすることを宣言する.その決心をしたのは前月だが,タイラーの「冷静で真に巧妙な論考」を受け取って最後にもう一度扱ったのだという.

タイラーの第一の暗号文はTerence Whalen (1991年の博士論文,1994年に出版),John Hodgson (1993)によって独立に解読された.タイラーの第二の暗号文は2000年にGil Brozaによって解読された.(The Edgar Allan Poe Crypto Challenge参照.)

その後の暗号解読(1843-1846)

雑誌上で暗号解読をやめたと宣言したにもかかわらず,ポーはその後も暗号解読に付き合わされている.

1843年8月9日付けでJohn Tomlin(Poe Society)からMeekの暗号が送られてきた.ポーは8月28日付けでその簡単な暗号の解読を送りながらも,暗号解読は時間の無駄になってしまうと苦言を呈している(Poe Society)

1845年5月14日(Poe Society)にはトマスの依頼に応えてワシントンの官庁でたまたま見つかった暗号の手紙の解読をしている.結局はたいした内容ではなかったようだ.

1846年1月3日(Poe Society)にもChas. G. Percivalからの依頼に応えて解読結果を報告している.その暗号は欠陥があったが,一部を解読したところ聖書のヨハネ伝の一節だった.Poe Societyに数字の暗号文がその解読とともに示されている.暗号数字と平文文字の対応は次のように一対多になっている.

   平 文:abcdefghijklmnopqrstuvwxyz&
   暗号文:98765432112345678989674 2 1

一部の文字には上下に線がついているということなので,平文文字を区別するためだったのだろう.(1箇所g=8の対応があるが誤記だろう.k, qは推測.x, zは不明.)

エドガー・アラン・ポー「暗号論」(1841)(全訳)

上述したように『グレアムズ・マガジン』1841年7月号の「秘密記法に関する小論」はポーの「暗号論」としても知られる.下記にこれを全訳する.

[古代の暗号:スキュタレー]

一個人から他に,余人に把握されないような仕方で情報を伝達する必要性,また少なくとも欲求が存在しなかった時代は想像することさえほとんど不可能であり,暗号記法の実践は太古からのものと考えてもよいであろう.よって,ド・ラ・ギユティエールがその著作『スパルタ:古代と現代』においてスパルタ人が暗号法の発明者であると述べるのは明らかに誤りである.氏は暗号術の起源としてスキュタレーのことを述べているが,これは挙げるとしても記録が残る限りにおける最初期の事例の一つとすべきであった.スキュタレーとはあらゆる観点で正確に同じ二つの木製円筒である.軍の将は出陣に際して民選長官から円筒の一本を受け取り,他の一本は政府のもとに残された.いずれか一方が相手に連絡する必要があるときには,羊皮紙の細い帯が,帯の縁がぴったり合うようにしてスキュタレーに巻きつけられる.次いで文章が縦方向に記され,ほどかれた手紙が送られる.運悪く使者が捕らえられたとしても,捕縛した側にとって手紙は理解不能となるのであった.これに対し,無事目的地に着いた場合には,受取人は第二の円筒に帯を巻くだけで文章を解読できる.この暗号法が我々の時代まで伝わっている理由は,おそらく歴史上使われたことがあるという以外の何物でもあるまい.同様の秘密通信手段は文字の発明とほぼ時を同じくして存在していたはずである.

[スキュタレーの解読]

ついでながら述べてもよいだろうが,我々の知る限り本稿の主題に関するどの論考においても,どんな暗号にも当てはまるようなこと以外には,スキュタレーによる暗号文の解読法を示したものは見たことがない.たしかに捕獲された羊皮紙が解読されたという事例を記載したものはあるが,たまたまできたということ以外に解読できたとは聞かない.それでも,次のようにすれば絶対確実な仕方で解が得られる:羊皮紙の帯が捕獲されたら,比較的長めの,たとえば六フィート〔約180cm〕の長さで,底面の周が少なくとも帯の長さに等しい円錐を用意する.帯を底のところで上述したように縁と縁を合わせて〔つまり一周目の上の縁と二周目の下の縁を合わせて〕円錐に巻きつける.次いで,縁と縁を合わせ,羊皮紙を円錐に密着させたまま,徐々に頂点のほうにすべらせていく.この過程において,円錐の直径が暗号文を書く際に使われたスキュタレーの直径に等しくなる円錐上の点で,つながるべき単語,音節または文字のいくつかが合致する.円錐の頂点に向かって進めていく際にあらゆる可能な直径を通過するので,失敗する可能性はない.こうしてスキュタレーの周長が確かめられたら,同じものを作って暗号文をそれに当てはめることができる.

[暗号解読の可能性]

解読の努力を阻む秘密記法を考案することが全く容易なことではないということはなかなか信じてもらえない.だが人知が解決できない暗号を作り上げることは人知の及ぶところではないと断言してもよいであろう.とはいえ,暗号文を解読する容易さは知性が異なれば大幅に異なることがある.衆目が認める同等の二人の個人の一方はごくありきたりの暗号さえ解くことができないのに他方はこの上なく難解な暗号にもほとんど惑わされないということもよくある.一般に,かかる解読の努力においては分析能力が否応なくものをいうと言ってよく,そのため暗号解読は,知力の最も重要な部分に基調を与える手段として学業に導入されてもよいであろう

[アルファベットによる換字]

暗号について何の予備知識もない二人の人物が手紙によって自分たち以外には理解不能な連絡を行ないたがっているとすると,真っ先に思いつくのは,両名が鍵をもつ特異なアルファベットであろう.最初にたとえば「a」は「z」を表わし,「b」は「y」を,「c」は「x」を,「d」は「w」を表わすなどと取り決められる.これは文字の順番を逆にするということである.もう少し考えればこの取り決めはあまりに見えすいているので,より複雑な方法が採用されるだろう.前半の十三文字を後半の十三文字の下に書く:

n o p q r s t u v w x y z

a b c d e f g h i j k l m

このような配置では,「a」は「n」,「n」は「a」を表わし,「o」は「b」を,「b」は「o」を表わすなどとなる.これでも規則性があり見抜かれるかもしれないので,鍵アルファベットは完全に無秩序に構築されてもよい.

aはpを表わし,

bはxを表わし,

cはuを表わし,

dはoを表わす,など.

[記号による換字]

文通者は,自分たちの暗号の解読を見せつけられて自分たちの誤りを思い知らされるのでない限り,この方式で完全な安全性が得られると満足してしまうだろう.だがそうでないとしたら,おそらくは通常文字の代わりに恣意的な記号を使う方式を思いつくであろう.たとえば,

aの代わりに(を使う;

bの代わりに.を使う;

cの代わりに:を使う;

dの代わりに;を使う;

eの代わりに)を使う,などである.

[文書ごとに変わる換字]

そのような記号で構成された手紙が難解な印象を与えることは間違いない.だが,それでも完全な満足を与えなかった場合には,永久シフト・アルファベットを考案することもありうる.それは次のように実施される:二枚の円形の厚紙を用意し,一方の直径を他方より二分の一インチ〔約1.3センチ〕小さくしておく.小さいほうの円の中心を大きい円の中心に置き,ずれないよう暫時固定しつつ,共通の中心から小さな円の周に半径を描き,さらに大きな円の周まで延ばす.そうした半径を二十六本描けば,各厚紙に二十六の空欄ができる.下の円の各空白にアルファベットの一文字を書いて全アルファベットを書き込む――無秩序であればなおよい.同じことを上の円にも行なう.ここで共通の中心にピンを刺して,下の円を固定したまま上の円を回転させる.ここで上の円の回転を止め,両方の円が静止している間に必要とされる通信文を書く.その際,「a」の代わりに,大きな円の「a」に対応する小さな円の文字を使い,「b」の代わりに,大きな円の「b」に対応する小さな円の文字を使う,などとする.このようにして書かれた通信文が意図された受取人によって読めるためには,受取人が今述べたように構成された二枚の円を所持し,通信相手が暗号文を書いたときに隣り合っていた任意の二つの記号(一方は下の円,他方は上の円にあるもの)を知るだけでよい.この後者の点については,受取人は,鍵のはたらきをする文書の二つの頭文字を見ることによって通知される.よって,冒頭に「a m」とあったら,それらの文字が隣り合うよう二つの円を回すことによって用いられたアルファベットに到達しうると結論する.

[上記の変形が大同小異であること]

一見すればこれらさまざまな暗号構成法はうかがい知ることのできない秘密の雰囲気を帯びているように思える.そのように複雑な方法によって作り上げられたものを解明することはほとんど不可能なことに思われる.一部の人にとってはその困難は大きなものであろう.たが他の者,暗号解読に通じた者にとっては,そのような謎は全くもって単純なものでしかない.読者は,こうした問題に関する限り,一切の解読法の基礎は言語自身の成り立ちの一般的原則に見出されるものであり,何らかの暗号を支配する特定の法則や鍵の構成とは独立であることを留意すべきである.暗号による謎を読む困難は,それを構築したときの苦労や工夫に常に見合うものでは決してない.実際,鍵の唯一の用途はその暗号に通じている者のためであって,第三者による探査においては鍵など全く参照されない.秘密の錠前は〔鍵を使わずに〕こじ開けられるのである.上述した種々の暗号法では,徐々に複雑さが増していることがわかるであろう.だがこの複雑さは幻影でしかなく,何ら実のないものである.単に〔暗号文の〕形成に関するものであって,暗号の解読には何の影響もない.最後に挙げた方法でさえ,最初に挙げたものに比べていささかなりとも解読が難しいものではない.それらの難しさがいかほどであろうとも.

『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』での読者の暗号の解読

約十八か月前に当市の週刊誌〔上記の『アレグザンダーズ・ウィークリー・メッセンジャー』〕で同様の主題を論じたとき,本稿の筆者は,あらゆる思考形態における厳格な方法の適用,その利点,純粋な空想のはたらきと考えられるものにまでのその用途の拡張について,そしてその後暗号の解法について述べる機会を得た.筆者はさらに,上記のような性質の暗号を週刊誌の住所宛てに送ってもらえば筆者に解読できないものはないとまで言った.思いもよらなかったことだが,この挑戦はその雑誌の多くの読者の間に非常な関心を呼び起こした.編集者のもとに国じゅうから手紙が舞い込んだ.そうした手紙の筆者の多くは自らの秘法は解読不能と確信するあまり,なんとかその件について賭けに引き込もうと骨折っていた.同時に,彼らは指定された点を守ることについては必ずしも注意を払わなかった.送られてきた暗号文は,多くの場合,最初に定めた範囲を完全に超えていた.外国語が使われていた.単語や文が区切りなしにつなげられていた.同じ暗号文においていくつかのアルファベットが使われていた.ある紳士はさほどの良心もなく,印刷所の最も突飛な活字でさえ似たものがないような曲がりくねった記号で構成された謎を送りつけてきて,字間や行間の区切りもなしに七つもの異なるアルファベットをごたまぜにしてきた〔1840年2月19日号〕.暗号文の多くはフィラデルフィアが発信地で,賭けの問題を熱心に説くいくつかは当市の紳士によって書かれていた.受け取った全部で百ほどの暗号文のうち,すぐ解読できなかったものは一つだけである.その一つはいかさまであることを実証した〔1840年2月26日号〕.すなわち,でたらめな記号のごたまぜであり,何の意味もないことを余すところなく証明したのである.七つのアルファベットの手紙については,幸い,迅速かつ文句ない解読文によってその送り主の鼻を明かすことができた.

上述した週刊誌は数か月の間,各方面から送られた象形文字や秘術のような暗号文の解読が大きな紙数を占めた.だが,それらの暗号文の書き手のほかは,その雑誌の読者は,その件を途方もないでたらめ以外の何物とも見ていなかっただろう.つまり,それらの回答が本物であるとは誰も本気で信じはしなかった.ある者は,神秘的な記号は注意を引くために紙面に風変わりな雰囲気を与えようとして挿入されたに過ぎないと断言した.他の者は我々が暗号文を解いただけではなく,解読用に暗号文を作成したのも我々自身だろうと考えた.そういう事情で当時はそれ以上魔術と関わるのは御免こうむるのが適当だが,本稿の筆者はこの機会を利用して問題の雑誌の真実を主張し,これまでの攻撃にあった駄弁とのそしりをはねつけ,暗号文はみな偽りなく書かれたものであり,同じ精神で解かれたことを本名を明かして宣言するものである.

[カルダーノ格子]

非常に一般的だがあまりに見えすいているともいえる秘密通信法は次のようなものである.カードのそこここに不規則な間隔で,9ポイントの活字で三音節の普通の単語の長さ程度の細長い空所を開ける.もう一枚のカードを正確に一致するように作って,各当事者が一枚ずつ所持する.手紙を書くときは鍵となるカードを用紙の上に載せ,真の意味を伝える単語を空所のところに書き込んでいく.次いでカードをどけて空いているところを埋めて,真の意味とは異なる意味をなすようにする.名宛人が暗号文を受け取ったら,単に自分のカードにあてがうだけで余計な単語が隠され,意味のある単語だけが見えるようになる.この暗号法の主たる難点は文章がこじつけに見えないように余白を埋めるのが難しいことである.空所に書き込まれた単語とカードを外して書かれた単語の書き方の違いも注意深く観察すれば必ずや見分けられるであろう.

[トランプによる転置式暗号]

一組のトランプが次のようにして暗号文の媒体とされることもある.まず当事者はトランプのある配列を決めておく.たとえば,書き始めるにあたって,いちばん上にスペード,次にハート,次にダイヤ,最後にクラブとして数字を自然な並びにすることを取り決める.この順序ができたら,書き手はいちばん上のカードに手紙の最初の文字を書き,二番目のカードに次の文字を書き,三番目の文字を次のカードに書き,などとトランプの終わりまで書いていく.そのときには無論,五十二文字を書いたことになる.そこであらかじめ打ち合わせた仕方でトランプを切る.たとえば下から三枚のカードを取って上に載せ,上から一枚のカードを取って下に入れ,などと所定の回数の操作をする.それができたら再び先ほどと同様に五十二文字を書き,このようにして手紙を最後まで書く.連絡相手がトランプを受け取ったら,単にカードを取り決めた順序にして,意図されたとおりに最初の五十二文字を一文字ずつ読んでいく.次いであらかじめ打ち合わせた仕方で切ってからいま一度読み進めて次の五十二文字の系列を解読し,このようにして終わりまで進む.この暗号法の難点は通信文の性質にある.ある人物から他の人物に送られるトランプはまず疑いを招かずにはいられない.捕獲されたときに安全なようにする試みに無駄な時間を費やすよりも,暗号が検討されるのを防ぐほうがずっといいことは間違いない.巧緻を尽くした暗号でもいったん疑われたら解くことができ,解読されるであろうことは経験が示している.

[書籍暗号]

次のような仕組みの並外れて安全な秘密通信法がある.当事者どうしである書籍の同じ版を所持しておく.その版やその書籍が希少なほどよい.暗号文ではもっぱら数字が使われ,その数字が本の中の文字の位置を指す.たとえば受け取った暗号文が121-6-8で始まっていたとする.受取人は121ページを見て上から8行目の,ページの左から6番目の文字を見る.何であれそこにある文字が手紙の最初の文字である,などとなる.この方法は非常に安全であるが,それでもこの方法で書かれた任意の暗号文を解読することは可能である.そうでなくとも,鍵となる本があっても答えを見つけるために必要とされる時間を考えると,大いに問題がある.

[実際の暗号]

重要な情報を伝える手段として,真剣なものとしての暗号法が今日使用されなくなっているとは考えるべきではない.暗号はいまだ外交において普通に使われており,今でもさまざまな外国政府に目を光らせる部局の人々がおり,その本当の仕事は暗号解読である.暗号の問題,少なくとも高度な暗号の問題を解くには特有の精神活動が求められることは述べた.よい暗号家は実にまれであり,よってその職務は,必要とされることは少なくても,必ずや十分に報われる.

[ベリー公爵夫人のキーフレーズ暗号]

暗号記法の現代における使用の一例が当市〔フィラデルフィア〕のリー,ブランチャード両氏〔出版者〕によって最近出版された著作Sketches of Conspicuous Living Characters in Franceで言及されている.ベリエ(Wikipedia)の記事において,ベリー公爵夫人がパリの正統主義者〔ブルボン派〕に宛てて到着予定を知らせた手紙に長い暗号のメモがついていたが,公爵夫人は鍵を与えるのを忘れてしまった.伝記作者は「ベリエの洞察力はまもなく鍵を発見した.それはアルファベット二十四文字を置換する句Le gouvernement provisoire〔全24文字〕であった.」ベリエが「まもなく鍵句を発見した」という主張は単にこの回想録の筆者が暗号学の知識を全く持ち合わせていないということを証明するに過ぎない.B氏が鍵句を突き止めたことは疑いないが,それは単に,謎を解いたあと,好奇心を満足させるためであった.解読にその鍵を用いたわけではない.暗号は〔鍵を使わずに〕破られたのだ.

[4月号での読者への挑戦]

件の本の紹介(本誌の四月号で発表)ではこの主題について次のように述べた.

「句Le gouvernement provisoireはフランス語であり,暗号のメモはフランス人に宛てられている.鍵が外国語であったとしたら,解読の困難はより大きかったであろう.だが,その労を取ろうという人はここで提案したのと同じ仕方のメモを送られるとよい.鍵句はフランス語,イタリア語,スペイン語,ドイツ語,ラテン語またはギリシア語(またはこれらの言語の方言のいずれか)のいずれでもよい.必ずやその謎を解いてみせよう.」

[読者からの暗号文]

この挑戦に応じたのは次の手紙に含まれる一つの応答だけであった.この手紙についての唯一の不満はその書き手がフルネームを明かそうとしなかったことである.氏には早い機会を捉えて氏名を明かしていただきたい.そうすれば上述した週刊誌の暗号に寄せられた疑惑――暗号文を作成したのが自分自身であるという疑惑――の可能性が晴らされる.

その手紙の消印は「コネティカット州ストーニングトン」である.

  S―,コネティカット州,1841年4月

『グレアムズマガジン』編集者殿

貴誌の四月号で,Sketches of Conspicuous Living Characters of Franceのウォルシュ氏による翻訳の書評にあたって,読者に暗号文を送るよう促し,「鍵句はフランス語,イタリア語,スペイン語,ドイツ語,ラテン語またはギリシア語のいずれでもよい」として必ずや解いてみせると宣言しておられます.貴誌の言葉によりこの種の暗号記法に興味を引かれ,自らの楽しみのために下記の練習問題を作成しました.最初のものでは鍵句は英語で,二番目のものではラテン語です.(五月号では)読者の誰かが貴誌の申し出に応じた様子がなかったので,同封のものをお送りさせていただきます.取り組むに値するとお考えでしたらご自身の洞察力の演習となさるとよかろうかと存じます.

 敬具

S.D.L.


その1

"Cauhiif aud ftd sdftirf ithot tacd wdde rdchfdr tiu fuaefshffheo fdoudf hetiusafhie tuis led herhchriai fi aeiftdu wn sdaef it iuhfheo hiidohwid fi aen deodsf ths tiu itis hf iaf iuhoheaiin rdffhedr; aer ftd auf it ftif fdoudfin oissiehoafheo hef diihodeod taf wdde odeduaiin fdusdr ounsfiouastn. Saen fsdohdf it fdoudf iuhfheo idud weiie fi ftd aeohdeff; fisdfhsdf a fiacdf tdar iaf ftacdr aer ftd ouiie iuhffde isie ihft fisd herdihwid oiiiuheo tiihr, atfdu ithot ftd tahu wdheo sdushffdr fi ouii aoahe, hetiusafhie oiiir wd fuaefshffdr ihft ihffid raeodu ftaf rhfoicdim iiiir defid iefhi ftd aswiiafiun dshffid fatdin udaotdr hff rdffheafhie. Ounsfiouastn tiidcdu siud suisduin dswuaodf ftifd sirdf it iuhfheo ithot aud uderdudr idohwid iein wn sdaef it fisd desiaeafitm wdn ithot sawdf weiie ftd udai fhoehthoafhie it ftd ohstduf dssiindr fi hff siffdffiu."


その2

" Ofoiioiiaso ortsiii sov eodisoioe af diiiostif oi ft iftvi si tri oistoiv oiniafetsorit ifeov rsri afotiiiiv ridiiot irio riwio eovit atrotf etsoria aioriti iitri tf oitovin tri aetifei ioreitit sov usttoi oioittstifo dfti afdooitior trso ifeov tri dfit otftfeov softriedi ft oistoiv oriofiforiti suitteii viireiiitif oi ft tri iarfoisiti iiti trir uet otiiiotiv uitfti rid io tri eoviieeiiiv rfasueostr ft rii dftrit tfoeei."


これらの暗号文のうち最初のものの解読では通常以上の労はなかった.二番目のものは実に難しく,知力を総動員してどうにか読めた.

最初のものは次の通り:

"Various are the methods which have been devised for transmitting secret information from one individual to another by means of writing, illegible to any except him for whom it was originally destined; and the art of thus secretly communicating intelligence has been generally termed " cryptography." Many species of secret writing were known to the ancients. Sometimes a slave's head was shaved and the crown written upon with some indelible coloring fluid; after which, the hair being permitted to grow again, information could be transmitted with little danger that discovery would ensue until the ambulatory epistle safely reached its destination. Cryptography, however pure, properly embraces those modes of writing which are rendered legible only by means of some explanatory key which makes known the real signification of the ciphers employed to its possessor."

この暗号文の鍵句は「A word to the wise is sufficient.」〔26文字〕である.

二番目のものは次のように翻訳される.

" Nonsensical phrases and unmeaning combinations of words, as the learned lexicographer would have confessed himself, when hidden under cryptographic ciphers, serve to perpdex the curious enquirer, and baffle penetration more completely than would the most profound apothegms of learned philosophers. Abstruse disquisitions of the scholiasts were they but presented before him in the tmdisguised vocabulary of his mother tongue ――"

ここで見て取れるように最後の文は尻切れトンボになっている.綴りは厳密に再現した.「perplex」の「l」が間違って「d」になっている.

鍵句はSuaviter in modo, fortiter in re.〔26文字〕である.

[キーフレーズ暗号の不完全性]

通常の暗号文では,上記で述べたものの多くを見ればわかるように,普通の,つまり自然なアルファベットの代わりに,通信者が取り決める人工アルファベットが一文字対一文字の対応で用いられる.たとえば,二人の当事者が秘密に連絡しあうことを望む場合,別れる前に次のように取り決める.

)はaを表わす

(はbを表わす

-はcを表わす

*はdを表わす

.はeを表わす

,はfを表わす

;はgを表わす

:はhを表わす

?はiまたはjを表わす

!はkを表わす

&はlを表わす

○はmを表わす

‘はnを表わす

†はoを表わす

‡はpを表わす

¶はqを表わす

☞はrを表わす

]はsを表わす

[はtを表わす

£はuまたはvを表わす

$はwを表わす

¿はxを表わす

¡はyを表わす

☜はzを表わす

さて,次のメモを連絡するとする.

"We must see you immediately upon a matter of great importance. Plots have been discovered, and the conspirators are in our hands. Hasten!"

これらの単語は次のように書かれる.

$. ○£][ ].. ¡†£ ?○○.*?)[.&¡ £‡†‘ ) ○)[[.☞ †, ;☞.)[ ?○‡†☞[)‘-. ‡&†[] :)£. (..‘ *?]-†£.☞.* )‘* [:. -†‘]‡?☞)[†☞] )☞. ?‘ †£☞ :)‘*] :)][.‘

これは確かに難解に見え,暗号に通じていない者にとってはきわめて難しい暗号となろう.だがたとえばaは)以外の記号で表わされることはなく,bは(以外の記号で表わされることがないなどとなっている.よって,偶然だろうと何だろうとある一文字を発見すれば,手紙を捕獲した者は永続的な確たる足がかりを得ることになり,その知識を暗号文中でその記号が使われるすべての場合に適用できる.

一方,ストーニングトンの読者によって送られた暗号文ではベリエが解いた暗号と同一の構成であり,そのような永続的な足がかりは得られない.

二番目の謎を見てみよう.その鍵句は次のようなものである.

Suaviter in modo, fortiter in re.

この句の下に一文字ずつ対応させてアルファベットを置いてみよう.

   Suaviterinmodofortiterinre
   Abcdefghijklmnopqrstuvwxyz

これからわかるように,

a は c を表わし,

d は m を表わし,

e は g,u,z を表わし,

f は o を表わし,

i は e,i,s,w を表わし,

m は k を表わし,

n は j,x を表わし,

o は l,n,p を表わし,

r は h,q,v,y を表わし,

s は a を表わし,

t は f,r,t を表わし,

u は b を表わし,

v は d を表わす.

このように,n は二文字を表わし,e,o,t は三文字を表わし,i および r に至ってはそれぞれ四文字も表わしている.十三通りの記号でアルファベット全体の機能を担わされているのである.そのような鍵句を使った暗号の結果は,e,o,t,r,i の文字がひたすら並んでいるというもので,記号 i はたいていの言語において極度に頻出する文字――e および i――に使われているという偶然を通じて大きく他を圧倒している

このように書かれた手紙が捕獲され,鍵句が未知であれば,解読しようとする者はある記号(たとえば i)が文字 e を表わすと推定する,またはそう思い込もうとすることが想像されよう.この発想の確証を求めて暗号文を見回して得られるのはその反証でしかない.e を表わすはずのない状況においてその記号が現われるのを見るであろう.たとえば,他の記号を交えることなく四つの i だけで一語をなしているのに戸惑うはずだ.その場合,四つの i がみな e ということはありえない.「wise」という単語はそのような構成になることがわかるだろう.今は鍵句がわかっているのでこういうことを言える.だが問題は,鍵句なしに,暗号文中の一文字たりとも知らずに,そのような暗号文の捕獲者はどうして「iiii」のような単語が何を表わしているかをつかむことができようかということである.

繰り返すが,一つの記号が七文字,八文字,いや十文字を表わす鍵句だって簡単に作ることができる.その場合,本来の鍵句を知らない者に対して暗号文中で単語「iiiiiiiiii」が現われたと想像してみよう.あるいはこれがややこしすぎるというのであれば,その語が当の暗号が意図されており,鍵句を知っている人物に対して呈示されたとしよう.「iiiiiiiiii」のような単語をどうすればいいだろうか.代数についてのいかなる普通の本にも,m文字から n文字選んだ場合の配列の数を確認する非常に簡単な公式が載っている(それをここに挿入するための必要な活字がない).だが読者のうちにこれら十個の i から作れる組み合わせが無数にあることを知らない者はないであろう.だが,何らかの偶然によりわかるのでない限り,その暗号文を受け取った通信相手は意図された単語を得るにはそうしたあらゆる組み合わせを書き出す必要があり,書いたとしても,順列により生じる他の無数の語のうちから意図された語を選び出すにあたって形容を絶するほど戸惑うことになろう.

したがって,鍵句の所持者にとってこの種の暗号文を解読する過度の困難を解消し,深い込み入った謎をその暗号文が意図しているのではない者に対してのみに限るためには,通信する当事者間で何らかの順序――二つ以上の文字を表わす記号を読むための何らかの順序――を取り決めておく必要があり,暗号文の書き手はこの順序を参照できるようにしておく必要がある.たとえば,暗号文中で最初に i が現われるときは鍵句のうちで最初の i に対応する文字を表わすと理解され,二度目に i が現われるときは鍵句のうちで二番目の i に対応する文字を表わすと想定される,などという具合である.このように,正確な意味を決定するためには,各暗号文字(cipherical letter〔ポーの造語〕)の位置を,その記号自身とともに考慮する必要がある.

この種のあらかじめ打ち合わせておく何らかの順序は暗号文が真の鍵があっても解読できないほどの難しさにならぬよう必要であると言うのである.だがストーニングトンの読者が送りつけてきた暗号文では何らの順序も守られておらず,多くの記号がそれぞれ全くでたらめに多くの文字を表わしているいことは,調べてみればすぐわかろう.したがって,我々が四月に投げた手袋に対し,件の読者が我々を大ぼら吹きとそしるつもりが少しでもあったとしても,我々が公言したことを十二分に果たしたことは認めるであろう.我々が先に言ったことが suaviter in modo〔態度は柔らかに〕でなかったとしても,我々が今していることは少なくとも fortiter in re〔行動は毅然と〕に則って行なわれている.

[さらなる情報について]

この小論において,暗号の主題を語りつくすことを試みたつもりは全くない.そのような目的には二つ折り判の紙面が必要であろう.我々が述べたのは普通の暗号法の若干に過ぎない.二千年前にすでにアイネイアス・タクティクスが二十の相異なる方法を詳述しており,現代の工夫が暗号学に多くを付加している.我々の意図は主として示唆することであり,すでに本誌の読者を退屈させたかもしれない.この話題に関するさらなる情報を望む読者のために,トリテミウス,Cap.ポルタ,ヴィジュネルおよびP・ニセロンによる論考があることを言っておいてもいいであろう.最後の二者の著作はハーヴァード大学の図書館にあると思う.だがもしこれらの著作または何らかの著作に暗号解読の規則を求めるとしたら,その者は失望するであろう.言語の一般的な構造に関する若干のヒントのほかは,自らの知性のうちに有さないようなことは何の記録も見出さないであろう.

小酒井不木訳「暗号記法について」

日本では雑誌『新青年』の大正11年(1922年)8月の特別増刊号で小酒井不木訳が「暗号記法について」と題してこの作品の翻訳を初めて発表している.下記にその冒頭部分を転載しておく(用字・仮名遣いは現代風に改めた).(国会図書館のマイクロフィッシュでは下記の部分に続く2ページが抜けていた.)

甲から乙に通信を送る際,第三者にその通信の内容が了解せられないようにするという必要,又は少なくともかかる希望を持たぬ時代は恐らく無かったであろうから,暗号を以って物を書くとは非常に古くから行なわれていたもの考えて差し支えない.それゆえスパルタ人が暗号記法の発明者であるというド・ラ・ギユイユティエエル氏の説の誤れることは明らかである.氏は「スキタラ」をこの技術の起源となしているが,実はこれは比較的古い時代に存したものの一例に過ぎないのである.この「スキタラ」と称するものは同一の大きさに出来ている二個の木製の円筒の謂(いい)であった.将軍が遠征に赴くとき出発に際して政府から「スキタラ」の一を受け取り,一は政府に残しておく.そこでお互いに通信する場合にはリボンの形をした一条の幅の狭い長い羊皮(ようひ)の紐をその縁(ふち)と縁とがきっちりと合って隙間のないようにこの円筒に巻き付けそしてそれに紐と紐とに語(ことば)の跨るよう筒の長軸に沿いて通信を認め,後(のち)この紐を解して送るのである.でもし誤って使者が中途で敵軍に捕らえられたとしても捕らえたほうでは読むことが出来ない.もし目的地に安全に到達したら,相手ではただこの紐を自分の持っている円筒に前と同じように巻いてみれば通信は訳なく読めるという仕掛けである.これと同じような秘密通信の方法は文字の発明せられるとほとんど時を同じうして存在していたに違いないのである.

事のついでに言っておくが「スキタラ」の通信が第三者の手に落ちたとき,その第三者がいかにして解読したかというその方法に関しては自分の知る範囲ではいまだ何人も言い及んでいないようである.中途で奪った羊皮の紐をうまく解読し得たという例はたびたび聞き及んでいるが,しかしそれはほとんど全部あてずっぽうで解釈し得たというに過ぎないらしい.けれど次のようにすれば絶対に正確な解釈が得られる訳である.例の羊皮(ひつじかわ)の紐を中途に要して奪い得たとして,長い――まず六フィート位の 根元の円周(まわり)が少なくも紐の長さ位に当たるという円錐体すなわち紡錘状の物(木製でも何でもよい)を用意する.そしてこの紐をまず根元近くに前述の如く縁(へり)と縁とがきっちりと合うようにして巻いてみる,そして読んでみる.

もし意味が通じないときは,紐を円錐の頂点に向かって少しずつすべらし,再びかたくそして隙間のあかぬように巻き,読んでみる.こうしてだんだん頂点に向かって進んでゆくうちに,最初通信が書かれるとき用いられた「スキタラ」の直径と,今の円錐の直径とが等しいという点に来るから,ある言葉なり,綴りなりが最初書かれた通りにつながってはじめて通信の全意が判明するのである.頂点まで動かすうちには必ず一度はまだ見たことのない「スキタラ」と同じ直径の部分に出逢うから,決して失敗することはなく,一旦その直径が知れたら,他人の持っている「スキタラ」と同じものを製造して,いつでも秘密通信を読むことが出来る訳である.

多くの読者は,他人には決して解読することの出来ない暗号法を容易に発明することが出来ると思うであろう.しかし人間の智慧で発明したものは,人間の智慧で解けぬ訳はないものである.ただ智力の程度の異なるに従って解読する力の程度もまた大いに異なっている.もっとも普通の精神上の仕事では同程度と目されている二人の人が暗号解読の際には非常に差異を来して,一人は最も平凡な暗号をも読むことが出来ないのに一人のほうは最も難解な物をもすらすらと解いてしまうという場合もある.一般にかかる探究には推理分析力が非常に必要であって,この点から云っても暗号解読法を学校の科目に加える価値は十分あろうと思う.

全く暗号を作った経験の無い者同士が他人に判らぬように文通したいという場合にはまず二人で協定して,特殊のアルファベットを用いようと考えつくに違いない.そして最も手近な方法としてaをzに代用し,yはbに,cはxにという風に以下同様にしてつまり字の順序を逆にすることを思いつくであろう.しかしよく考えてみるとこの方法はあまり明々白々であるから,もう少し複雑な方法を工夫するであろう.例えば次のように始めの十三字を後の十三字の下に書くのである.

……

暗号家としてのポー

暗号小説の古典「黄金虫」を著し,多くの読者から寄せられた暗号を次々に解読して見せたポーだが,受け付けた暗号は最も簡単な単換字暗号に限られていた.若干ひねりを加えたものも解読したし,『グレアムズ・マガジン』時代にはベリー公爵夫人のキーフレーズ暗号も受け付けたが,これも平文文字が一意的に定まらない場合がある点で複雑ではあるが,根本的に変わるものではない.その一方,「秘密記法に関する小論」(「暗号論」)で紹介される暗号は当時の百科事典に記載されている情報の域を出るものではなく,それに先立つ読者への呼びかけであえてキーフレーズ暗号という不完全な暗号を取り上げたかと思えば,それに従って送られてきた暗号文に理屈の通らない難癖をつけたりしている.

ポーの「黄金虫」によって暗号の道を歩むことになり,太平戦争前夜に日本外務省の暗号の解読にも携わったウイリアム・F・フリードマンの次の評価が的を射ているように思われる.

暗号学を真剣に学んだ者であれば,その気になれば,この主題に関するポーのエッセイその他の著作に,素人には気づかれないような多くのことを見て取ることができる.意に反して,ポーは暗号学を道楽でやっていただけに過ぎないとの結論に至らざるを得ないであろう.ただ,我が国や外国における当時の大多数の人々と比べれば,アマチュアとしての暗号についてのポーの知識は注目に値するものであった.

「当時の大多数の人々」が単換字暗号の解読すら不可能だと決め付けてなかなか信じようとしなかった時代に,ポーが「黄金虫」などの著作を通じて暗号や暗号解読についての関心と知識を大衆に広めたことは間違いない.

リンク・参考文献

The Edgar Allan Poe Society of Baltimoreサイトの主なページ

Main Menu

Poe's WorksThe Collected Works of Edgar Allan Poe (1969 and 1978) はMain Menuから)

・・Some Editions…出版された作品

・・Annuals, Magazines and Periodicals…雑誌への寄稿など

・・・Alexander's Weekly Messenger

・・・Graham's Magazine

・・・・"A Few Words on Secret Writing"…「秘密記法に関する小論」(「暗号論」)

・・Poe's Letters…手紙

・・・Frederick William Thomas…トマスとの間の手紙


A Poe Bookshelf…ポーに関する著作(Arthur Hobson Quinnによる評伝(1941)The Poe LogなどはMain Menuから)

・・・"Poe, Creator of Words"…ポーの造語について

・・・・"Single Words First Used or Coined by Poe"…ポーの造語リスト


Googleでエドガー・アラン・ポー協会のサイト内を検索

その他

Edgar Allan Poe: Gold Bug…黄金虫の英文テキスト

エドガー・アラン・ポー「黄金虫」の日本語テキスト(佐々木直次郎訳)へのリンク

G.P. Putnam's Sonsの「全集」の「暗号論」を含む巻…Internet Archive

W. K. Wimsatt, Jr., "What Poe Knew about Cryptography", PMLA, LVIII (September 1943), 754-779

William F. Friedman, "Edgar Allan Poe, Criptographer" (1936)(Google

David Kahn, The Codebreakers (1967)



©2013 S.Tomokiyo
First posted on 6 January 2013. Last modified on 22 April 2017.
Articles on Historical Cryptography
inserted by FC2 system