ジェームズ二世の信仰自由宣言(1687)

(歴史文書邦訳プロジェクト)

ジェームズ二世の信仰自由宣言:Declaration of Indulgence (1687)
ジェームズ二世が非イングランド国教徒に対して信仰の自由を認めた宣言.チャールズ二世の信仰自由宣言がイングランド国教会護持を強くうたった上でのものであったのに対し,この宣言ではその信仰が認められるという内容に後退しているなど,チャールズ二世の宣言以上にカトリックに傾斜した内容となっている.
翌年にも同様の宣言が繰り返され,名誉革命の原因の一つとなった.

◆信仰自由宣言
良心の自由のための国王陛下の恩寵による忠実なるすべての臣民への宣言

国王ジェームズ

全能なる神のご意志により,余が多大なる困難を経て諸王国の主権者としての王冠に至ったのみならず,ひとかたならぬ神慮によって余の王家の先祖の王座を保ち続けてきた今,余にとって何にも増しての切なる願いは,余の政府を,余の臣民を幸福たらしめ,義務のみならず心情からも余に結びつけることができるような基礎の上にうち立てることである.それを実現するためには,臣民に今後は各自の宗教の自由な実践,そしてそれに加えて余が王座について以来いかなる場合にも侵害されたことのない財産権の完全なる享受を認めることほど有効な手だてはないと余は考える.この二つは人が最も重んずるものであり,余が臣民に君臨する間,諸王国において臣民の平和および余の栄光の最も真なる方策として常変わらず保たれることであろう.
容易に信じられることだろうが,余は,余の領土のすべての人民がカトリック教会の一員であることを心から願わずにはいられない.しかしながら,余は全能なる神に謹んで感謝しよう,良心は束縛されるべきではなく,人民も単なる宗教の問題で強制されるべきではないというのが(何度か折に触れて宣言してきたように)長らく余の変わらぬ見解であり持論であり続けてきた.そのようなことはこれまで常に余の意向,そして余が思うに施政の利益とに対して真っ向から対立するものであった.それは貿易を損ない,地方を閑散化し,外国人をしり込みさせることによって施政の利益を破壊し,しかも最終的にそれが行なわれた本来の目的を得ることにはならなかった.そしてこのことに関しては,余は,先の四代の治世のやり方について顧みた結果によってますます確信するに至っている.なぜならば,各治世においてこの王国を宗教上の厳密な国教遵奉に陥れようとするためにあれほどたびたび熱烈なる努力が払われたにもかかわらず,企図は成功を生むことなく,困難がうち勝ちがたいものであることは明らかである.
ゆえに,余は君主としての心遣いならびに余のすべての忠実なる臣民が安穏に暮らせるようにとの愛情から,そして貿易増進と外国人支援のために,余の国王大権の力によってこの余の信仰自由宣言を発布することを適当と思うに至った.余が議会を開会することが適当と考えた暁には,余の議会の両院が同意することも疑わないものである.
まず第一に,余は,イングランド国教会の大主教,主教,牧師,そして他のすべての余の臣民を,彼らが確立された法に従いその宗教を自由に実践することにおいて,またすべての所有物をいかなる干渉も妨害もなく,つつがなく完全に享受することにおいて,保護し,維持することを宣言する.
同様に,今より以後,教会に行かないこと,聖餐を受けないこと,もしくは確立された宗教へのその他いかなる非遵奉,もしくはいかなる形であれ信仰を実践したという理由に関しては,教会の問題におけるすべての刑罰法規とそれに類するすべてのものはただちにその効力を停止されるものとする.そして前記刑罰法規のさらなる執行はそのいっさいがここに停止されるものとする.
ここに認められた自由の実施において余の政府の平和と安全が危機にさらされることがないようにするため,そして余が,個人宅であろうとその用途のために目的をもって借り上げられたあるいは建てられた場所においてであろうと,彼ら自身の方法とやり方に従って集会し,神に仕えることを気前よく許したことに鑑み,余のすべての忠実なる臣民に,彼らの間で,余の人民の心を余もしくは余の政府からいかなる仕方であれ離反させるような内容のことは説教したり教えたりされることのないよう,そして彼らの集会が平和に,おおっぴらに,公に,行なわれ,すべての人が彼らに加われるよう,そして彼らがどの場所をそれらの用途に確保するかを表明し,次期の治安判事たちのうちの誰か一人以上の者に知らせるよう,ここに厳命をもって託し命令することが適当と考えるに至り,ここにそうするものである.
余のすべての臣民がより大いなる保証と保護のもとにその宗教的な集いを享受できるよう,余は,彼らに対しいかなる種類の妨害をもなされないことが必須と考えるに至り,ここにそれを命ずるものである.これに反した者は余の不興を受け,さらに最大の厳罰をもって訴追されるであろう.
そして余は余の忠実なるすべての臣民から奉仕を受ける恩恵を望み,この気持ちは自然の法則により余の身体に結びついており,またそれに内在しているものであるゆえ,そして今後は余の臣民の何人たりとも(他の面においては余に仕える善良なる意思があり適格である限り)そのような場合に通常行なわれてきた何らかの宣誓や審査の理由によっていかなる形でもしり込みさせられたり欠格とされたりすることがないよう,余はここにさらに宣言する.一般に「至上権と忠誠に関する宣誓」と呼ばれている宣誓,そしてまた亡き余の兄王チャールズ二世の治世の第二十五年〔一六七三年〕と三十年〔一六七九年〕につくられた議会立法で述べられている個々の審査や宣言については,今後いかなる時においても,余または余の政府のもとで文官武官を問わず職あるいは信託職に用いられているまたは採用されようとしているいかなる人物に対しても,これを行なったり,宣言したり,あるいは署名したりするよう要求されることはないものとすることが余の意思であり望みである.そして余はさらに宣言する.今後そのように用いられる余の忠実なる臣民が件の宣誓を行わず,上述の法のおよび他のすべての法における審査または宣言に署名したり宣言したりすることを拒む場合,折に触れて余の国璽のもとに王権による法の適用免除を与えることが余の望みであり意図である.
そしてここに意図されている余の寛大なる信仰自由化の恩恵と利益を余のすべての忠実なる臣民が完全に受け,享受できるよう,そしてまた非遵奉または自分たちの宗教の実践を理由として彼らあるいは彼らのうちの何人かが受け,あるいは課されている,または今後何らかの時点において適用されることになっている,またはその可能性があるすべての罰,刑罰,没収,欠格処分から,また同じ理由によるすべての訴訟,困難,妨害から放免され,解放される目的に向け,余はここにすべての非遵奉者,国教忌避者,そしてその他の余の忠実なる臣民に対し,信仰およびその告白ないしは実践に関してつくられた以前の刑罰法規に反して犯されたあるいはなされたすべての犯罪および行為に関し,余の自由にして寛大な恩赦を与えるものである.同時にここに宣言する.この余の恩赦ならびに免責は,あらゆる意味において,すべての個人がそこに一人一人名を示された,あるいは一人一人に余の国璽のもとに恩赦が下された場合のごとくに有効であり実効をもつものとする.なお,そのような恩赦は,何人かが裁判官,判事その他の官吏にここにおいてすでに宣言された余の意志と望みを知らせて従わせることを望んだり必要としたりするために発行を希望する人に対して折に触れて実際に与えられるであろうことを宣言する.
そして,宗教ならびに財産に関連してここに与えられた自由と保証は,余の忠実なる臣民の心から両者に関連したすべてのおそれや疑心暗鬼を取り除くのに足るものであろうが,余はここにさらに,彼らの教会や修道院の土地の財産,所有物すべてにおいても,他のあらゆる土地ならびに財産と同じく彼らの現状を維持するであろうことを宣言しておくことにする.
余のホワイトホールの宮廷にて.余の治世第三年一六八七年四月四日.


テキストはDecclaration of Indulgence of King James IIによった.

(C) 2004.2. 友清理士; 訳文の最終修正日2004.2
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