マールバラ・デンマーク公・アン王女の置き手紙
〜名誉革命・寝返り組の言い分(1688)

(歴史文書邦訳プロジェクト)

オレンジ公ウイリアムの軍勢がイングランドに上陸すると,ジェームズ二世はこれを迎え撃つべくソールズベリーに軍勢を集結させた.しかし,将軍チャーチル(のちのマールバラ公)は国王軍を去ってオレンジ公の陣営に身を投じる.翌晩にはジェームズの実の娘アンの夫デンマーク公も去った.そしてジェームズ二世がロンドンに戻ってみると,アン王女までもが去っていた.こうしてイギリスの名誉革命は本格的な戦闘なくなしとげられることになる.
ここに訳出するのはチャーチル,デンマーク公が国王宛てに,アンが王妃宛てに残した置き手紙である.



◆チャーチルの置き手紙(1688年11月23日)(全訳)

己の利に反する行ないをした者の誠意というものはなかなか信じてもらえないものです.最悪の時期における私の陛下への忠義(私のわずかばかりの奉仕はすでに過分に報われていると思っております)だけでは,私の行動を慈悲深く解釈していただくには不十分かもしれません.それでも,陛下のもとで賜わった多大なる恩顧は政体がいかに変わろうと二度と期待できないもので,それを考えると陛下も世間も,理に照らしてご納得いただけるのではないかと期待しております.陛下のまつりごとがあらゆる臣民にとって,とりわけ考えうる最大の恩義を個人的に負っている者にとって脅威となったときに,私が己の性向,義務,利益に反する挙に出ることにしたのは,高い理念に従っての行動にほかならないということを.
陛下,これは私の良心,そして私の宗教に対するやむにやまれぬ懸念に発するもので,それは抗いがたい使命なのです(このことは善良な人なら誰も反対できないはずです).これについてはどんなものも匹敵し得ないと教えられています.
神のみぞ知ることですが,無思慮で利己的な人々が陛下の真の利益ならびにプロテスタントの信仰に反して形づくった不幸な施策の数々を私がこれまで代弁してきたのは,陛下への忠義心から節を曲げて行なってきたものにほかなりません.しかしながら,もはやそのような施策に加担し,力によって実施してまで偽りを続けることはできません.したがって,今後は生命と財産とを危険にさらしてでも(それもみな陛下の恩顧によるものです),常に陛下の御身体と正統なる権利をしかるべき気遣いと忠義な尊敬をもってお守り申し上げるために尽くす所存でございます.
陛下の最も忠実にして恩義を受けている家臣にして僕.

テキストは Churchill, Winston S. (1933): Marlborough, His Life and Times を用いた.なお,改行を適宜加えた(以下同じ).



◆デンマーク公ジョージの置き手紙(抄)

新教の敵による不断の企みがフランスの残忍な熱意と圧倒的な武力の後押しを受け,キリスト教世界のすべてのプロテスタントの主権者が正当にも警戒し,団結し,その護持のため多大な犠牲を払う覚悟を決めた今,私だけが卑小にして卑劣な役割を演じるわけにいきましょうか.陛下ならびにヨーロッパのプロテスタントの宗教の安寧がよって立つべき諸法の実施と政府の確立によって陛下の迷いを解くという,かほどに有徳な努力への同調を拒むことができましょうか.

テキストは同じく Churchill(1933) より.チャーチルは,ブレニム宮殿で上のマールバラの手紙の写しをみつけた際,デンマーク公の筆跡によるこの手紙にくるまれていたとしてこの一節を紹介している.Gregg(1980)にもこの引用がある.全文はここで見られる.



◆デンマーク公妃アンの王妃メアリー・ベアトリスに宛てた置き手紙(全訳)

王后陛下

〔デンマーク〕公がいなくなったという驚くべき報せに深く動転しておりますので,直接お目にかかることもできず,この手紙を残すことで国王とあなたさまに対する謙虚な忠誠を表明し,わたしが去るのが国王の不興を避けるためであるとお伝えすることをお許しください.わたし自身に対してであれ〔デンマーク〕公に対してであれ,国王陛下の不興を受けるなどわたしには耐えられないことでございます.そして,和解のうれしい報せを聞くまでは戻らぬよう,かなり距離をおいたところにとどまるつもりです.
〔デンマーク〕公が国王のもとを去ったのも,国王の御身をお守りするためにできる限りの手を尽くそうとしてのことに違いないと思っています.わたしが公に従うのもそれ以外の理由ではあり得ないということをなにとぞご理解いただきたいと存じます.
今のわたしほど不幸な境遇におかれたことのある人はいません.父親と夫に対する義務と愛情の板挟みになっているのです.ですから,その一方に従うことによってもう一方を守ることしかできません.
わたしは,国王に自分たちの宗教の安全を保証してもらうこと以外に何らの目的もないと公言している貴族や地主階級の全般的な落伍※を目にしています.彼らは自分たちの宗教が司祭たちの非道な助言により危機にさらされていると思っているのです.司祭たちは自分たちの宗教の増進を図るためには国王をいかなる危険にさらしているかも構わないのです.
オレンジ公は国王の安全と護持を意図していると確信しています.議会を招集することによってこれ以上の流血なくすべてのことが沈静化しますように.神様,この騒乱に平穏な結末をお与えください.そして国王の治世が栄え,あなたにもすぐ完全な平和と安全のうちに会えますように.そのときまで,これまでと同じ好意を持ち続けていただきますようお願いします.

陛下の最も従順な娘にしてしもべ

アン

テキストはLetter of Princess Anne of Denmark to the Queen によった.それによると,王妃はこの手紙を受け取らなかった模様だとしている.いずれにせよ,この手紙はその年のうちに印刷・公表された.
なお,Gregg(1980)もこの一節を引用しているが,受け取られたかどうかについては触れていない.
※の箇所だが,ここで用いたテキストでは general falling off となっているが,Gregg(1980)では general feeling となっている点が異なる.


(C) 2004 友清理士; 訳文の最終修正日2004.5.5
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