ウォルポールの議会演説(1741)

(歴史文書邦訳プロジェクト)

ウォルポールの議会演説
1741年2月に下院でウォルポール罷免を国王に求める動議が提出され,ウォルポールが抗弁として述べたもの.初代首相と言われるウォルポールだが,ウォルポール時代には,prime minister はウォルポールの権勢を非難する用語として使われており,ウォルポールが懸命に「prime minister などではなかった」と主張している点が注目される.また,国王と国民の権利についても現代とは異なる当時の政治感覚が出ていて興味深い.
なお,動議は大差で否決された.

数名の議員の方がこの動議を擁護して,もし通過しても私の生命や自由,財産が脅かされることはないと述べられました.しかし,その方々は私の人格や評判は脅かされても大した問題ではないとお考えなのでしょうか.四十年間も議員を務めてきた本院において糾弾され,後世に不名誉と悪名によって名を残すことは汚辱とは言えないでしょうか.議会において審問の対象として名指しされることは私にとっては大問題だという気持ちをお伝えせずにはいられません.しかし,同時に,私にとっては幸いなことに,それによって与えられる印象は,告発する側の論拠と動機の一貫性いかんによって大きく変わってくるものなのです.
私の最大の罪は長期間の在任です.言い換えれば,今私を責め立てている人々を長く官職から排除してきたことです.これが何にも増して憎むべき罪だというのです.私はその人たちが熱烈に,執拗なまでに望んでいる権力や名誉,役得を手にするのを阻んできました.党派争いにも存在意義や必要性があることは否定するつもりはありません.しかし,その争いも理念と正義に則って行なう必要があります.トーリーの方々だろうと,〔私の在任中,政府から〕最も目の敵にされた人々でも,法を無視した権力濫用を受けた例はほとんどなかったと認めざるを得ないことでありましょう.告発されるときには,その罪状が被告に対して明確に示されてきました.公平な裁判も受けられ,抗弁の機会も与えられました.この公明正大な訴追方式の恩恵を受けてきたその当の人々が,正義の理念のことごとくに真っ向から反する,議会による審問というこの致命的な先例を打ち立てようというのでしょうか.このような,理念にも先例にも反するふるまいによって,いったい誰におもねろうというのでしょうか.
議員の方々は愛国心について大いに議論してこられました.正しく実践されるならば,愛国心とはまことに結構なことです.しかし,残念ながら,その言葉はこのところ濫用がはなはだしく,不名誉な言葉に転落する危険があると言わざるを得ません.真の愛国心とは何かが忘れられ,その言葉だけが卑劣な目的のために悪用されているのです.愛国者ですと!愛国者など雨後の竹の子のように出てくるものだ.私だって二十四時間もあれば五十人の愛国者を集めてご覧に入れましょう.一晩で相当数の愛国者を立たせたこともあります.ただ理不尽な願いや身勝手な要求を認めるのを拒否しただけで,愛国者が立ち上がるのです.愛国者の反発を買うのを恐れたことはありませんが,そのなすところはどれも忌むべきことです.このまやかしの志は個人的な悪意とくじかれた野心から出たものでしかありません.そうした人々が実際に何を目指しているのか,私には手に取るようにわかります.また,野党陣営に与した動機もしかりです.
ではそうした人々による私に対する告発の内容を見ていくことにいたしますが,告発といっても個別の罪状は明示なさらなかったようであります.そこで,動議をお出しになった議員の方によって述べられている順番に検討していくことにします.まず外交問題,次に内政,そして第三に戦争の遂行についてです.
外交問題については,野党席の方々は数多くの条約や複雑な外交交渉をいっしょくたにして論じている点を指摘しておかねばなりません.
問題を偏りなく公正に判断するには,条約をそれだけ取り出して検討するのではなく,締結された時代背景,調印時のヨーロッパ情勢,私がおかれていた固有の状況,そして私が有していた権限に注意を向ける必要があります.私は何度となく陰険な仕方で筆頭にして単独の大臣〔prime and sole minister〕と呼ばれてきました.しかしながら,議論のために百歩譲って私がこの国の筆頭にして単独の大臣〔prime and sole minister〕であるとしても,それゆえに全ヨーロッパの筆頭にして単独の大臣だと言えるでしょうか.自国のみならず,他国の行動についても責任を問われるのでしょうか.公共の平穏を乱した危機をもたらしたのが各国宮廷それぞれの主張であったことを示す証言には事欠きません.それでも何もかもが私の責任に帰されるのでしょうか.これだけではありません.イングランドの行動がどうであっても,私は同じように糾弾されるのです.平和路線を進み,外交問題に手を出さなければ,我々は軟弱で臆病だと叱責されます.その一方,国際紛争に干渉すれば,ドンキホーテ呼ばわりされ,諸外国にいいように使われていると言われます.〔国際問題で〕保証の役割を引き受ければ,なぜ軽々しく国民に負担をかけたと問われ,保証を断われば同盟国がないと叱責された.
次に二番目の論点に移りたいと思います.内政における政策です.内政問題では実にいまいましい告発がなされています.負債を返済し,税を廃止するだけのために国民が不必要な出費を強いられているというのです.ですがこの攻撃は私個人にというよりは内閣評議会〔cabinet council〕全体の責となるべきことです.この非難にいささかなりとも根拠があるとすれば,それは国王および上下両院が腐敗した,ないしはつけこまれたことに対する告発です.こうした主張に対しては何らの証拠も示されず,世評と悪名によって裏づけられたかのような態度をとっています.
〔ですが,〕議会で承認され,議会によって提供されたもの以外,いかなる支出もなされてはいません.公金は議会で割り当てられた用途にしかるべく振り向けられ,支出のすべての品目について毎年議会に定期会計報告が提出されていました.外国における変事や外国どうしの紛争,あるいは我が国に対する企てといった事態により国がしばしば非常の出費を強いられたことがあったとしても,その支出が不必要であったなどとは言えないはずです.それを惜しんで勢力均衡〔balance of power〕を危険にさらすか,我が国自身を攻撃にさらすかしていれば,その危険から回復したり攻撃を撃退したりするには,必要な金額はおそらく百倍にもなっていたことでありましょう.
そのどの場合においてもさまざまな意見があることでしょう.私はたまたまこうした出費がすべて必要だと考えた一人でした.そして幸運にも議会の上下両院の多数は私にご賛同くださいました.しかし,それが贈賄と汚職によるものとされているようなのです.私が議会における投票を左右するために上院,下院いずれかの議員に報酬をもちかけたり,あるいは議員の官職剥奪をちらつかせて脅したりといったことがあったでしょうか.一つなりとも例を挙げていただければ,証拠を示していただければ,この告発にもいくらかの根拠はあったかもしれません.ですが,告発文の表現はごくあいまいで,私としても同じようにあいまいだが断固とした形で否定するよりほか言いようがありません.そしてありがたいことに証拠が提出されない限りは,国法も仁義も私の味方です.
確かに,上下両院議員の中には国王のもとでの官職から罷免された者もいます.ですが,そうした人々がかつて私だろうと陛下の大臣の誰かだろうと,議会において政府の政策に反対したために罷免されたと主張した人がいたでしょうか.その人々が罷免されたのは,陛下が単に任を続けるに適当でないとお考えになったからに過ぎないのです.免職は陛下の権限であります.陛下に対して「何をする」と尋ねる権利のある者は私の知る限り誰一人いません.もし陛下が国王の寵は順送りにするのがいいとお考えだとしたら,それだけで誰を罷免してもいい十分な理由になるのではないでしょうか.その理由が,罷免される当の官職保有者以外の全国民の承認を得なければならないとでも言うのでしょうか.このように,どうにも理解に苦しむのです.どうしてこれが犯罪だと責められるのでしょうか.どうしてもともと国民が口を出す性質でない国事行為を国王がしたからといって国王の大臣が非難されるのでしょうか.きちんと誠実に任を果たしている限り,誰が任にあるかは国民の知ったところではないはずです.
さて,告発の三番目の論点,戦争の遂行について述べたいと思います.戦争状態がどのようにして,またどのような状況において始まったかはすでに申し上げました.そして私は将軍でも提督でもありませんので―私は我が国の海軍とも陸軍とも関係ありませんので―戦争の遂行に関して責任を問われる立場ではないと確信しております.しかし,もし私が万事について責任を負うべき立場にあるとしても,戦争の遂行において私の行動にはいささかの問題もないものと思います.開戦当初より,我が国のおかれた状況で可能な限り最大限の熱意をもって,また本国の安全の妨げとならない限り我が国の貿易にも最大限の配慮をしつつ行なわれてきました.もし敵に対する我が国の攻撃があまりに遅れるようなことがあれば,また熱意や頻度において欠けるようなことがあれば,責められるべきは長年にわたって常備軍に反対してきた人々です.というのも,近隣諸国の軍に見合った十分な数の正規軍なくしては,自国の防衛も敵の攻撃も満足にすることはできないからであります.言われるところの戦争遂行の不手際についてですが,それがねじまげられた形で述べられ,不当に私の責に帰されていることは明らかであり,反論し得ない鉄壁の抗弁をいともたやすく用意することができます.しかし,すでに議院の時間をかなり長くとってしまいました.海軍省のトップでおられる有徳な議員殿〔Sir Charles Wager?〕によって公平無私な立場から十分な形で述べられた申し分のない弁護演説の効果を薄めることはやめておきましょう.
私の政権についてあらゆる角度から吟味し,裁こうというのなら,功績の部分に言及しないのはどうしたことでしょう.ある面からの事実を積み重ねるのであれば,別の面からもそうしない理由はないではありませんか.なぜ私が自分自身の弁護の演説をすることが許されないのでしょうか.私はそもそも,南海プロジェクトの破綻後の恐慌を収拾し,どん底にあった信用を回復するため,国王と国民によって任につけられたのではなかったでしょうか.国家歳入が最も混乱をきわめていたときに大蔵部のトップに起用されたのではなかったでしょうか.信用回復は実現したのではないでしょうか.今や順調と言えるのではないでしょうか.今やかつてない高水準にあるのではありませんか.だとしたら,それは誰の功績と言うべきでしょうか.理不尽この上ない激しい野党活動があったにもかかわらず,国内においても海外においても長らく平穏が保たれたのではありませんか.我が国の真の利益が追求されたのではないでしょうか.貿易が振興したのではないでしょうか.議院諸君のうちに,私が国のあらゆる分野で途方もない権限をふるったという点について,一つでも例を挙げられた方がいたでしょうか.反対派を抑圧するために専制権力を行使した例を,支持者に恣意的に見返りを与えた例を挙げられた方がいたでしょうか.自分たちのほうから嘲り半分の称号をつけ,私に対し首相〔prime minister〕なる呼び方をすることで,許しがたい権力濫用をしているとなじっているだけではありませんか.そのような奇怪な権威は自分たち自身がつくり出し,与えたものではありませんか.
もし本当に毎年の軍備を承認しているのが私で,官職や栄誉の配分を私が一手に握っており,その権限の行使により自由の破滅と通商の減退をもたらしていると信じているのであれば,その幻想から目を覚まして差し上げましょう.そうした見方に対して,公共の福利が現実にいかなる状態にあるかを示したいと思います.まず,国王がいかなる国民の権利の侵害をもおこなっていないことをご理解いただきたいと思います.資金支出はすべて議会によって認められたものであり,私の影響力が増して国に害をなしたと言われる時期もそれ以前と同じようにあらゆる問題は自由に討議されてきました.それこそが,貿易減退,隷属の始まり,国王大権の優位,影響力の増大をもたらしたと言われる私の政権の真の姿なのです.しかし,私は彼らがこれほど懸命に主張している懸念を,本人たちが本気で信じているとは思っていません.議院諸君の聡明さは十分承知しておりますので,つまるところ,本人たちも,実際に被害を受けていないことは承知で,公共の福利ではなく己の私欲のために非難しているのだと結論せざるを得ません.
私が一手に我がものにしたと言われる無際限の権限とはどういうものでしょうか.どのようにして発見され,どのようにして証明されたのでしょうか.非難の大合唱の的となっている腐敗,野心,貪欲が実際にどのようなことを引き起こしていたのでしょうか.
私がかつて収賄の嫌疑を受けたことがありますでしょうか.不思議なこともあるものです.贈賄をもいとわぬ人が賄賂を受け取ったこともないとは!私が野心家だと責めるのでしょうか.ではどうしていまだに平民なのです.私は〔大蔵卿の職を示す〕白い職杖も貴族の叙爵も断わったのです.確かに肩にかかるこのささやかな飾り〔ガーター勲章〕は痛いところで,議院諸君からも繰り返し汚点だと蔑みの言葉を浴びせられています〔平民へのガーター勲章授与は異例のこと〕.ですが,確かによそではうらやみ,あるは憤りをもって受け止められるかもしれませんが,本院において批判を受けるというのは意外なことです.父祖の時代に受けたことのある栄誉が再び下院議員に授与されたことを喜んでもいいくらいではないですか.
私が貪欲な性向のしるしを見せたことがあったでしょうか.大蔵部のトップに就任して以来,王領地を拝領したことがあったでしょうか.同じ立場におかれた人間が誰でもしたであろうことから外れたふるまいをしたことがあったでしょうか.監査官の地位を息子に与え,自分の家族に配慮したことが悪かったというのでしょうか.こうした取り立てが私の犯罪だと責められるとしたら,それは当人たちに適性のない官職や地位につけたということが証明されたときだけであるべきです.
しかし,私が単独にして筆頭の大臣〔sole and prime minister〕であり,政府のあらゆる施策が私の指揮と影響力のもとにあったという主張は断固として否定するものの,私が務めさせていただいている職務についての責任は逃れるつもりはありません.万が一にも,私がこの任にあった長い期間中,政府のとった行動に一つでも我が国の不名誉ないしは不利益となるものがあったとしたら,それについては責任をとる用意があります.
しめくくりますと,私は陛下から受けている信用や信頼の栄については常に名誉に思っておりますが,陛下がそうおぼしめした場合にはいつでも任を返上し,御前を去る用意があります.したがって,私自身としては,国王大権が侵害されない限りは,本件の結果がどうなろうと全く関心ありません.しかし,具体的な罪状を述べることもなく陛下にお仕えするしもべを罷免するよう求める奏上文は,国王大権へのかつてない重大な侵害の一つであると考えています.したがって,私自身の利害とは関係なく,我が国の国憲と,国憲の護持に欠かせない国王陛下の権利と大権とを大切に思うすべての議院諸君には,本動議に反対することを求めるものであります.


翻訳にあたってのテキストはここを用いた.

(C) 2005.5. 友清理士; 訳文の最終修正日2005.5.5
革命の世紀のイギリス〜イギリス革命からスペイン継承戦争へ〜    歴史文書邦訳プロジェクト   

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