ウエストファリア条約ラテン語表現集・初級編

ウエストファリア条約で使われているラテン語の単語,簡単な表現を紹介します.「初級編」とありますが,上級編の予定はありません.私自身が初級者だからです.なお,条文番号は拙訳のベースとした英語版の番号です.ラテン語版などとはずれがありますので,ご了承ください.

前文

ローマ帝国  Imperium Romanum  (英語) the Roman Empire
原文では前置詞inの次なのでin Imperio Romano という奪格形になっています.
なお,ラテン語では語順は自由なのでRomanum Imperiumでもどちらでもいいです.

ヴュルテンベルク  W¨urtemberga  (英語)Wirtemburg
英語の綴りが間違いみたいですが,この時代の文書では普通に見られるものです.

ルイ13世  Ludovicus XIII  (英語)Lewis the Thirteenth
ルイはドイツ語ではルートヴィヒとなりますが,ラテン語のルドヴィクスはその原形を彷彿とさせます.なお,英語の綴りは現在ではフランス語と同じLouis を使うのが普通ですが,昔は英語化したLewisが普通でした(史家HumeやMacaulayもLewisを使っています).

フランス国王  Galliarum Rex  (英語)the King of France
なんとフランス国王はラテン語では「ガリアの国王」となるのですね.GalliarumはGalliaの複数属格形で,「ガリアの」の意味(なぜ複数かは?です.「ガリア人」の意味もあるのでしょうか…).97条にもGalliarum Regeという奪格形で出てきますが,89条では筆が滑ったのかRex Franciaeとなっています.
同様に,「ヴィルヘルム」(英語のWilliam)はラテン語ではだいたいGuilhelminusですが,ところどころWilhelmusというドイツ語に近い形が使われています.

ヴェネツィア共和国  Republica Veneta  (英語)Republick of Venice
英語のrepublic(共和国)の語源はラテン語の res publica で,res=thing(第五変化名詞), publica=publicで,「公共のこと」が原義です.
前文の最後付近では「ヴェネツィア大使の仲介により」という部分がinterventu ... legati ... Veneti と違う語形で現われます.

大使  legatus  (英語)Ambassador
原文では属格のlegatiとして現われます.

1641年12月25日に  die vigesima quinta ... Decembris, Anno Domini millesimo sexcentesimo quadragesimo  (英語)in the year of our Lord 1641. the 25th of December
dieが「日」という意味のdiesの奪格形(第五変化名詞).「…に」という副詞的用法なので後続の数詞ともども奪格形になっています(Decembrisは属格で「25日」にかかる).Annoが「年」という意味のannusの奪格形で「…年に」という意味になり,属格Domini(「主の」)がこれにかかっています.
言うまでもなく「主の年」というのはキリスト紀元のことで,こうした大時代の表現を見ると,西暦というのがキリスト教と結びついていることが改めて思い起こされます.

新暦/旧暦  stylo novo / stylo veteri  (英語)N.S. / O.S. [new style / old styleの略]
当時,カトリック諸国を中心とした大陸諸国はグレゴリオ暦(新暦)を使っていましたが,イギリスや新教国の一部はユリウス暦(旧暦)を使っていました.このため新暦と旧暦の間には17世紀においては10日のずれがあります.
18世紀になるとユリウス暦を使い続けるのはイギリスとスウェーデンくらいになってしまうので,条約本文は新暦で記述されることが多いですが,イギリスで発表される英語版には新暦・旧暦が併記されたりします.イギリスが新暦に移行するのは1752年のことになります.

1643年7月11日に  dies undecima ... Julii, Anno Domini 1643  (英語)the 11th of July ... in the year 1643
前と同じでdies undecima(11日に)をJulii(7月の)が修飾,anno(年に)をdominiが修飾しています.ここではなぜか1643年がアラビア数字です.

ミュンスター  Monasterium  (英語)Munster
羅和辞典を引くと「修道院」と出ています.英語のmonasteryですね.オスナブリュックと対で出てくればぴんとくるのですが,109条で単独で出てきたときには私もあやうく誤訳するところでした.

第一条
平和  pax  (英語)peace
「パックス・ロマーナ」など日本語でも定着しています.

皇帝陛下  Mejestas Caesarea  (英語)Imperial Majesty
Caesareaは「カエサル」に由来する形容詞で「皇帝の」.Majestasは「威厳」といった意味の名詞ですが,英語でも「陛下」をHis Majestyといったりするのと同じです.
ここでは前置詞inter(…の間の)のあとなので対格形Majestatem Caesareamになっています.ラテン語では名詞が格変化すると,それを修飾する形容詞も一緒に変化します.

フランス国王陛下  Majestas Christianissima  (英語)most Christian Majesty
Christianissimaは形容詞Christianaの最上級.音楽で「最も強く」をfortissimo(フォルテシモ)というのと(これはイタリア語ですが)同系の語尾であることがわかります.ここでは前記「皇帝陛下」と同様,対格形Majestatem Christianissimamとなっています.
この時代,フランス国王は条約文などでしばしば「most Christian Majesty 至高のキリスト教陛下」と呼ばれていました.スペイン国王は「most Catholic Majesty 至高のカトリック陛下」です.イギリス国王は(1707年に大ブリテン王国となる前からすでに)「his Britannic Majesty」と呼ばれていました.意外なところではポルトガル国王で「most Faithful Majesty」というのがあります.

オーストリア家  Domus Austriaca  (英語)House of Austria
ラテン語をかじった人だと形容詞のAustriacaはAustriacusとすべきではないか,と思うかもしれません.しかし,このdomusは実は第四変化名詞なので語尾からは男性・女性が判断できません.辞書を見ると実はこれは女性名詞で,形容詞もAustriacaでいいのです.ウエストファリア条約に頻出する単語としてはほかにmotus, status, tractatus(これらは男性名詞)が第四変化名詞です.
なお,この時代,オーストリア,スペインのハプスブルク家はまとめて「オーストリア家」と呼ばれていました.ルイ13世の妃「アンヌ・ドートリッシュ(Anne d'Autriche,英語でAnne of Austria)」というのはオーストリアではなく,スペイン国王の姫君でした.

女王  regna  (英語)Queen

スウェーデン王国  Regnum Sueciae  (英語)Kingdom of Swedeland
見ただけではわかりませんが,これも前置詞の支配を受けているので対格形です.中性名詞regnumは主格と対格が同形なのです.なお,Sueciaeは「スウェーデン人」という名詞の属格形で「スウェーデン人の」の意味です.形容詞だったら名詞と一緒に対格になるところですが,名詞の属格なのでそのままです.
なお,原文には Regnumque Sueciae という形で出てきます.このqueは実はandという意味で,"and Regnum..."というのを"Regnumque..."とするのです.
なお,英語のSwedelandというのも大時代な響きです.現在ならもちろんSweden.ただ,後出のSwitzerland(スイス)はこの時代からずっと現代まで英語に残って受験生を悩ませています.

フランス王国  Regnum Galliae  (英語)Kingdom of France
奪格形Regnoと属格形Regniが使われています.属格Galliaeが変化しないのは上に同じ.

第二条
戦争  bellum  (英語)War
ante bellumで「戦争前に」,in belloで「戦争中に」です.前置詞は対格支配のものと奪格支配のものがありますが,inは「…の中で」の意味の時には奪格支配で,対格がくると「…に」という意味になります.

第三条
皇帝  Imperator  (英語)Emperor
古代ローマの「最高司令官(インペラトール)」から「皇帝」に移行していった歴史をしのばせる語です.帝国はImperium(英語Empire)です.
ウエストファリア条約ではCaesareum(皇帝の)という形容詞もよく使われています.

第四条
フランス・スペイン間の紛争  controversia inter Galliam Hispaniamque  (英語)Disputes between France and Spain
上で述べたように,-queは「アンド」の意味なので,inter Galliam Hispaniamque というのはinter Galliam et Hispaniam というのと同じになります.

圏・クライス  Circulus  (英語)Circle
神聖ローマ帝国全土(ボヘミア,モラヴィア,シレシアは別として)を十の行政圏に分けたものです.ドイツ語のKreis.

第五条
ロレーヌの  Lotharingica  (英語)Lorraine
フランス語のロレーヌはドイツ語ではロタリンギア.ラテン語のロタリンギカはその原形です.

条約  tractatus  (英語)treaty
ここでは「フランス・スペイン間の条約」をtractatu Gallo-Hispanico(「…によって」という意味で副詞的に使うので奪格になっている)と表わしています.第三条の表現を応用してtractatu inter Galliam Hispaniamque ということもできます.

第九条
神聖ローマ帝国  Sacrum Romanum Imperium  (英語)Sacred Roman Empire
今の普通の英語ではHoly Roman Empireとなるところ.

トリール選帝侯  Princeps Elector Trevirens  (英語)Prince Elector of Treves
原文では前置詞adのうしろにくるので対格形Principem Electorem Trevirensemになっています.

ルクセンブルク公領  ducatus Luxemburgens  (英語)Dutchy of Luxemburg
原文では前置詞inのうしろにきて(「…に」の意味なので)対格形ducatum Luxemburgensemになっています.
言うまでもなく「公領」は現代英語ではDuchyと綴ります.

第十三条
1300万  tredecim Millionum  (英語)Thirteen Millions
現代英語ではthirteen millionのようにmillionに-sを付けないところ.

第十四条

ここではちょっと趣向を変えてセンテンスを読んでみましょう.
Imperator cum Imperio publicae tranquillitatis causa consentit, ut vigore praesentis conventionis institutus sit Electoratus Octavus
皇帝と帝国は,公共の平穏のために,本協定の効力により,八番目の選帝侯位が創設されることに同意する
というものです.
Imperator cum Imperio …「皇帝および帝国は」 cumは英語のwithで,次にくるImperioは奪格形になっています.
publicae tranquillitatis causa…「公共の平穏のために」 causaが「ため」で,副詞的に使うので奪格形になっています.tranquillitatisはtranquillitasの属格形で「平穏の」となり,causaを修飾しています.publicaeは「公共の」という形容詞で修飾するtranquillitatisに合わせて属格になっています.
consentit…「同意する」 consentireという動詞の三人称単数現在形.
ut…「〜するように」という感じ.
vigore…「効力」 英語のvigorで法律などの効力をいいます.ここでは「効力により」という副詞的な意味なので奪格になっています.
praesentis conventionis…「本協定」 英語でいうとpresent convention.上のvigoreを修飾するためにconventioという名詞が属格形になり,それを修飾する形容詞praesensも合わせて属格になっています.
institutus…instituereという動詞の過去分詞.英語でいえばinstituteで,「設立する」といった意味.
sit…英語のbe動詞にあたるesseの接続法三人称単数現在形.ut節の中なので接続法になっています.英語と同じで「esse+過去分詞」で受け身になります.
Electoratus Octavus…「八番目の選帝侯位」 これが上のsitの主語.

第十五条
ボヘミアの争乱  motus Bohemicos  (英語)the Troubles of Bohemia
「三十年戦争」という語は後世の歴史家が付けたもので,ウエストファリア条約でも当然使われていません.
前置詞anteのあとなので,motusは複数対格形です.「ボヘミアの」という形容詞Bohemicusもそれに合わせて複数対格形になっています.
なお,英訳はラテン語のmotusを場所によりtroubleと訳したりcommotionと訳したりしています.

スペイン国王  Rex Catholicus  (英語)Catholic King

第十六条
マインツ選帝侯  Elector Moguntinensis  (英語)Elector of Mayence

管区  praefectura  (英語) Jurisdiction
日本語訳をまだ迷っていて曖昧な語を当てています.英訳者も迷ったようで,条項によって同じpraefecturaの訳が次のように次第にBayliwick(現代英語ではbailiwickと綴るようです)に変遷していきます.
第九条 Jurisdiction(羅 praefecturae 与格; praefectura 主格)
第五十二条 Jurisdictions and Bayliwick (羅 praefecturas 複数対格)
第五十六条 Bayliwicks (羅praefecturarum 複数属格)
第五十七条 Bayliwicks (羅praefecturarum 複数属格)
第五十八条 Bayliwicks (羅praefecturas 複数対格)
一方,第八十七条,八十八条では英語は同じBayliwicksですが,ラテン語の原文にも Balivatibus が使われています.これは羅和辞典にも載っていないので,中世にできた語かもしれません.
それが八十九条と七十四条になるとLordshipsと訳されています.確かにこの2箇所のpraefecturaは上記のbailiwickとは意味が異なるように思えます.

ほかの箇所ではlordshipはditioあるいはdominiumの訳語として使っているようです.
第六条 Lordships (羅ditiones et bona) 領主権および領地
第九条 Lordship (羅dominii) 領主権
 〃  Jurisdition, Lordship (羅 praefectura et dominium)管区,領主権
第三十四条 Lordships (羅 Ditiones) 領主権
第六十四条 Lordships (羅 ditionibus) 領主権
第七十三条 Right of direct Lordship (羅 jus directi dominii) 直接領主の権利
第七十四条 Provincial Lordship (羅 Praefecturamque provincialem) 地方領主位
第八十条 the said Lordships and Places (羅 dictarum ditionum ac locorum) 前記領土および地点
第八十七条 Lordships and Rights (羅 ditionum juriumque) 領土および権利
第八十九条 Lordships (羅 praefecturae) 領土
第百条 the Places, Lordships, States, and all other Rights (羅 locorum, ditionum, statuum, omniumque jurium) 地点,領主権,諸邦,その他すべての権利

第二十一条
四〔〇〕万ライヒスターラー  quadringinta imperialium thalerorum millia  (英語)forty thousand Rixdollars
imperialium thalerorumは「帝国ターラーの」という属格形になっています.「ライヒスターラーの四〔〇〕万」という感じです.
率爾ながら,英語版はこの金額を「四万」としていますが,『羅和辞典』(研究社)の巻末付録によるとquadringintaは400で40はquadragintaのはず.上のラテン語の意味は「四〇万」ではないかと思われます.英訳を担当した官僚が勘違いしたのでしょうか????

ここでまたセンテンスを読んでみます.
singulis annis centena millia solvantur, una cum anno censu quinque de centium computatis.
支払いは毎年一〔〇〕万ライヒスターラーずつ,五パーセントの利子とともになされるものとする
singulis annis…「それぞれの年に」 singulisは複数形に使う形容詞singuliの奪格形,annisはannus(年)の複数形の奪格形.副詞的に使うので奪格になっています.
centena millia…英訳は「一万」となっていますが,このラテン語だと「100千」だから十万のはず.どうも英語版は怪しい気がします.
solvantur…solvere(支払う)という動詞の受動態の接続法三人称単数現在形.「(一〔〇〕万が)支払われるものとする」という意味になります.
una cum…unaは「一緒に」という副詞.cumは英語のwithなので,together with(…とともに)の意.
annuo censu…「年利子」 annusだと「年」ですが,ここはannuus「年の」で,修飾するcensuに合わせて奪格になっています.censuは「利子」の意味のcensusの奪格形(羅和辞典によると,censusは「財産」でcensum「利子」とは別語になっており,不詳).前置詞cumの後ろなので奪格になっています.
quinque…「5」 フランス語のcinqを思い出します.
de centium…これは羅和辞典に見あたりませんが,「100の(うちの)」,つまり「パーセント」です.per centoでないのが意外な感じ.

第二十七条

同様に  Item  (英語)Item
英語でitemと言えばアイテム,箇条書きの時の箇条ですが,ラテン語ではもともと副詞でした.そう思って英和辞典を見直すと,英語のitemにも副詞用法が残っていることがわかります.

第二十八条
アウクスブルク信仰告白派の信徒に  Augustanae confessionis consortibus  (英語)those of the Confession of Augsburg
consortibusは「協力者,きょうだい」といった意味のconsorsの複数与格形.
「プロテスタント」を表わした表現ですが,四十九条では「改革派」という表現が出てきます.

教会  templum  (英語)Church

第三十条
ヴュルツブルク  Herbipolensis  (英語)Wirtzberg
あまりに違うので英語版の誤訳かと思いきや,ドイツ語のW¨urzeは「ハーブ」の意味で,ラテン語のHerbipolensisでcity of herbsの意味になるそうです.ただし,同じ条文のうしろのほうではWiltzburgという形が使われているから不思議です.
なお,前出ヴュルテンベルクもそうだったけれども,古い英語の文献ではドイツ語のW¨ur-はWir-となってしまうことが多いようです.
※余談ながら,ヴュルツブルクは森鴎外の知人橋本春規が滞在していたとかで書簡に「烏城」と表記されているとのこと.

ブランデンブルク辺境伯  Marchio Brandenburgicus  (英語)Marquiss of Brandenburg
現代英語では辺境伯(margrave)と侯爵(marquiss)は区別していますが,ラテン語はどちらもMarchio.英訳者はこれをそのままMarquissとしているので油断がなりません.

第三十二条
ヴュルテンベルク公爵  Dux Wurtembergicus  (英語)
原文では与格形Duci Wurtembergico になっています.

第三十三条
これらの諸戦争の開始前に  ante initium horum bellorum  (英語)before the Beginning of these Wars
ante…「〜の前に」
initium…「開始」 「イニシャル」の語源ですね.
horum…「これらの」 「この」の意味のhicの変化形ですが,次のbellorumに合わせて複数属格になっています.
bellorum…「戦争の」 bellumの複数属格形.initiumにかかります.

第三十四条
ボヘミアにおける争乱開始以前に  ante exortos Bohemiae motus  (英語)before the beginning of the Troubles of Bohemia
ante…「〜の前に」
exortos…「開始」 前条ではinitiumでした.これは複数対格形です.
Bohemiae…「ボヘミアの」 次のmotusにかかる属格形です.
motus…前にも触れた,「争乱」

第三十七条
条約  instrumenta  (英語)Treatys
instrumentumは「文書」で,英語でもinstrumentと訳すことが多いのですが,ここでは「条約」としています.前条の「帝国とスウェーデンの間の条約」も原文は Instrumentu Caesareo-Suecico (奪格形)とinstrumentumが使われていますが,英語はなぜかInstruor Treatyとなっています.確かに37条のinstrumentaは第二変化名詞なのに,36条のinstrumentuは第四変化になっているので,微妙な意味の違いがあるのかも知れません(不詳).

第四十九条
講和条約  instrumentum pacis  (英語)the Instrument and Treaty of Peace

改革派と呼ばれる者たち  qui Reformati vocantur  (英語)those call'd the Reformed
これも「プロテスタント」の表現の一つ.

第五十条
ヘッセン・カッセル家  Domus Hasso-Cassellana  (英語)House of Hesse Cassel

ヴィルヘルム  Wilhelmus  (英語)William

ボヘミアにおける戦争の開始  initium belli Bohemici  (英語)the beginning of the War in Bohemia
三十四条ではBohemiaという名詞を属格にしてBohemiae motusとしていたのが,ここではBohemicumという形容詞を使っています.belliがinitium(開始)にかかる属格形なのでそれに合わせて属格になっています.

第五十二条
ヘッセン方伯  Hassiae Landgravium  (英語)Landgrave of Hesse

第五十三条
マインツ大司教領  Archiepiscopatus Moguntinensi  (英語)Archbishoprick of Mayence

ケルン大司教領  Archiepiscopatus Coloniensi  (英語)Archbishoprick of Cologne

ミュンスター司教領  Episcopatus Monasteriensi  (英語)Bishoprick of Munster

六十万ライヒスターラー  sexies centena millia Thalerorum Imperialium  (英語)Six Hundred Thousand Rixdollars

第五十六条
三十万ライヒスターラー  trecenta millia Thalerorum Imperialium  (英語)Three Hundred Thousand Rixdollars

五パーセント  singulis centenis quinque  (英語)Five per Cent
「パーセント」の表現が二十六条とは違う方法で表わされています.ここでは singulis cetenisという奪格で「各百から」という感じです.

第五十七条
和平の批准  ratificationem pacis  (英語)the Ratification of the Peace
前置詞のあとで属格形になっています.

講和条約  Pacis instrumentum  (英語)Treaty of Peace

第五十八条
和平の批准  ratificaiione pacis  (英語)the Ratification of the Peace
これは奪格形です.

第六十四条
領土の権利の自由な行使  libero juris territorialis ... exercitio  (英語) free exercise of Territorial Right
exercitioはexercitium(執行)の奪格形.それを修飾する形容詞liberumも合わせて奪格になっています(ラテン語は語順が自由ですが,このように格の一致により修飾関係がわかります).jurisはjus(権利)の属格でexercitioを修飾し,jurisを修飾する形容詞territorialis(領土の)がそれに合わせて形容詞になっています.

第六十五条
同盟  foedera  (英語)Alliance
英語のfederation, confederateといった単語の語根にあるのがこれです.羅和辞典にはfoederatioまたはfoederusという形で載っていますが,こういう形もあるのでしょうか.

ここでまたセンテンスを訳してみましょう.
jus faciendi inter se et cum exteris foedera pro sua cujusque conservatione ac securitate singulis statibus perpetuo liberum esto
彼ら自身およびその保全と安全のために互いの間で,そして外国と同盟を結ぶ権利は,それぞれの帝国等族に永久に自由であるものとする.
jus…「権利」
faciendi…facere「作る」という動詞(英語のfactoryやmanufactureの語幹にはいっています)の未来受動分詞faciendumの属格で,jusに続いて「作られる権利」と続きます.
inter se…「自分たちの間で」
et…「アンド」
cum exteris…「外国と」 cumがwithで,exterisは「外の,外国の」という意味の形容詞の複数奪格形exteris(cumのあとは奪格)を名詞化して使っているのでしょう.
foedera…「同盟」 前述のように辞書と違うのでよくわからないのですが,「作る」の目的語のはずです.それから逆算すると,foederumという中性名詞の複数形だと思うのですが…
pro…「〜のために」
sua…「彼ら自身の」という意味で「彼ら」は主語の「帝国等族」です.女性単数奪格形ですが,これは修飾される女性名詞の単数奪格形conservationeに合わせているのでしょう.
cujusque…「そしてその」.前述のように-queは「アンド」の意味.そしてcujusは関係代名詞の属格で「その人の」.
cujusで思い出したのが,アウクスブルクの和議(1555)の標語 cujus regio, ejus religio [または cuius regio, eius religio].後半が「彼の宗教(religio)」で,前半の「その人の領地(regio)(なら)」といった感じでしょう.つまり,有名な「領主の宗教がその領地の宗教」という意味になります.
conversatione…「保存」という意味のconversatioの奪格形.
ac…atqueの略で「そして」
securitate…「安全」という意味のsecuritasの奪格形.
singulis statibus…「それぞれの(帝国)等族に」 singulisが「それぞれの」で次に合わせて複数与格形.statibusはstatuusの複数与格形で,英語でいうstateです.ドイツ語でいうReichsstandとかLandstandで,ドイツ史ではそれぞれ「帝国等族」「領邦等族」と訳されますが,「inhabitants of the states」のような場合には「諸邦」としないとわかりにくいと思うので悩む語です.
perpetuo…「永久に」という副詞.英語のperpetualと同じ語根です.
liberum…「自由な」という形容詞.主語のjusに合わせて中性形になっています.
esto…英語のbe動詞にあたるesseの二・三人称命令形.「…であるべし」

第六十六条

帝国議会  Comitia Imperii  (英語)the Diets of the Empire
Comitiaは羅和辞典によるとローマの民会を指した語で,常に複数で使います.
ImperiiはImperium(帝国)の属格形で「帝国の」.

和平の批准後六か月以内に  intra sex menses a dato ratificatae Pacis  (英語)within six Months after the Ratification of the Peace
intraは「…内に」,sexは「6つの」,mensesは「(暦の)月」の意のmensisの複数対格形.
aはabの略で,ここでは「…から」.datoは「与えられたもの」の意味のdatumの奪格形(abのあとは奪格).これでは何のことだかわかりませんが,現代英語のdate(日付)とかdata(データ)の意味もあると思っていいでしょう.
ratificataeは現代英語のratification(批准)に当たる語の属格形と容易に想像がつきます.Pacisは「平和」の意のpaxの属格形で「平和の」.よってこのあたりは「平和の批准の日付から」となります.
ところで,この「批准」を表わすratificataですが,五十六条にもpost ratificatamとして使われていますが,第五十七,五十八,百二十八条ではratificationemという違う(より現代英語に近い)形が使われており,また別のところではratihabitatioという形が使われています.不思議なものです.

第七十条
ドイツにおける争乱  Germaniae motus  (英語)Troubles of Germany

第七十一条
至上統治権  supremum dominium  (英語)chief Dominion

主権  jura superioritatis  (英語)Right of Sovereignty

第七十三条
直接領主の権利  jus directi dominii  (英語)Right of direct Lordship

主権  jus superioritatis  (英語)Right of Sovereignty

第七十六条
主権と至上統治権  superioritate, supremoque dominio  (英語)Sovereignty
cumのあとなので奪格形になっている.

第七十七条
戦争中に忍び込んだあらゆる刷新  omnes quae durante hoc bello novitates irrepserunt  (英語)all Innovations crept in during the War
プロテスタント運動のことをこのように表現しています.
omnesは「すべて」,quaeが関係代名詞,duranteはdurare(持続する)という動詞の動名詞の奪格形で,「…の間に」.durante hoc belloで「この戦争の間に」となります.
novitatesはnovitas(新しいこと)の複数形.
irrepseruntはirrepere(忍び込む)の完了形.

八十八条
黒い森(シュヴァルツヴァルト)  sylvam nigram  (英語) the Black Forest
これは対格形で,主格ならsylva nigraです.

崇高なる領土の権利  sublime teritorii jus  (英語)the Sovereign Right of Territory

第九十条
同盟軍  Confederatorum  (英語)Confederates
属格形です.

第九十二条
ストラスブール(シュトラスブルク)  Argentinensis  (英語)Strasburg
現在はフランス語ならStrasbourg,ドイツ語ならStrassburgの綴りが普通.

至上統治権  supremi dominii jure  (英語)Sovereign Dominion
奪格形です.

第九十三条
三〇〇万フランスリーヴル  tres Milliones Librarum Turonensium  (英語)three millions of French Livres
「フランスリーヴル」はフランス語ではlivre tournoisで,「トゥールのリーヴル」というのが直訳です.librarum Turonesiumという属格形が300万という数字を修飾する形になっています.

第九十四条
本条約の調印後ただちに  statim a subscripto Tractatu Pacis  (英語)immediately after the signing of this present Treaty
statimは「ただちに」.aはabの略で奪格名詞を従えて,この場合「…から」.subscriptoはsubscribereという動詞の過去分詞の奪格形で,「署名された」の意でしょう.

第九十七条
サヴォイ公爵  Dux Sabaudiae  (英語)Duke of Savoy

マントヴァ公爵  Dux Mantuae  (英語)Duke of Mantua
原文中では両者まとめてSabaudiae et Mantuae Ducesとなっています.

モンフェラート  Montisferratus  (英語)Montserrat
少なくとも現代英語ではイタリアのモンフェラートはMonferrato.Montserratとすると西インド諸島のモントセラトまたはスペインの修道院所在地になってしまいます.昔のイギリスの活字ではsがfみたいな形の"long s"という活字を使っているのでもしかしたら入力者が間違えたのかもしれません.

ケラスコ条約  Tractatus Cherasci  (英語)Treaty of Cheras

第九十八条
四九万四〇〇〇クラウン  quadringenta et nonaginta quatuor aureorum millia  (英語)four hundred ninety four thousand Crowns
40だったらquadragintaですが,400はquadringentaとなります.aureorumは「金貨」の意のaureusの複数属格形です.

第百一条
主権  Jure Superioritatis  (英語)Right of Sovereignty

第百三条
六〇〇〇クラウン  sex millibus Scutorum  (英語)Six Thousand Crowns
scutorumはscutum(盾)の複数属格形.ポルトガルの(ユーロになる前の)通貨単位エスクード(escudo)とかフランスの歴史上の通貨単位ecuはこのscutumが語源になっています.英語では Webster Dictionary(1913) が scuteという単語に「古いフランスの金貨.3シリング4ペンス,または約80セント」という意味を挙げていますが,改訂版の第3版では小額硬貨と変わっています.いずれにせよ,この条文でのscutumはなんらかの金貨を表わしているようです.

第百十五条
守備隊の隊長  Praefecti praesidiorum  (英語)Governors of the Garisons

兵士の隊長  Praefecti militum  (英語)Captains of the ... Soldiers

士官  Officialibus  (英語)Officers

第百十七条
主権  juribus superioritatis  (英語)Right of Sovereignty



条約での使用言語

ウエストファリア条約はラテン語で作成されましたが,以後,国際公用語の地位は徐々にフランス語にとってかわられるようになっていきます.たとえば当初イングランド・オランダ間で結ばれた三国同盟(1668)はラテン語でしたが,フランス・スペイン間のエクス・ラ・シャペル条約(1668),イングランド・フランス間のドーヴァー条約(1670)やユトレヒト条約(1713)はフランス語でした(ユトレヒト条約に際しては,新興王国プロイセンに対しては条文で「王」と記すことを認めたフランスは,プロイセン国内での発表用にラテン語版も作成することを認めたそうですが).
それでも1718年の英仏蘭墺の四国同盟はラテン語です.
フランス語の優位というのは太陽王ルイ14世時代以降のことかと思っていたら,ウエストファリアの講和会議ですでに,フランス使節は文書でも討論でもフランス語だけを用い,ドイツ人,スウェーデン人の反感を買っていたそうです.結局,交渉にはオスナブリュックではドイツ語が,ミュンスターではラテン語,フランス語,イタリア語が使われたということです(下村寅太郎『スウェーデン女王クリスチナ』p.83).
もっとさかのぼれば,16世紀のネーデルラントではすでに宮廷の言語はフランス語だったということです(ウェッジウッド『沈黙公ウィレム』).外交用語としてのフランス語の地位は,フランス宮廷というより中世ブルゴーニュ宮廷の繁栄が下地にあったような気がしてきました.
なお,アーヘン条約(1748),パリ条約(1763),英仏間のヴェルサイユ条約(1783)ではフランス語を使いつつもフランス語を用いたことは先例としない,といちいち断わっています(米英間のパリ条約(1783)はもちろん英語).おもしろいことに,ナポレオンを破った列強によるウイーン条約(1815年6月)さえフランス語で,フランス語の国際語としての地位が確立していたことを示していますが,それでもなお同様の断わり書きがあることです.


BackgroundCity.com…壁紙提供元へのリンク
歴史文書邦訳プロジェクト   
inserted by FC2 system