ウエストファリア条約
(三十年戦争の講和条約, 1648)

(歴史文書邦訳プロジェクト)

ウエストファリア条約(ウェストファリア条約,ヴェストファーレン条約):Treaty of Westphalia; Treaties of Westphalia; Peace of Westphalia
ウエストファリア地方のミュンスター,オスナブリュックで締結された,三十年戦争(1618-1648)の一連の講和条約.神聖ローマ皇帝と戦っていたスウェーデンやドイツのプロテスタント諸侯の使節は新教の司教都市オスナブリュックに,フランスの使節は旧教の司教都市ミュンスターに滞在して交渉が行なわれ,1648年1月,まずスペインとオランダの講和(ミュンスター条約)によりオランダの独立が正式に認められた.そして1648年10月24日,帝国とフランス(ミュンスター条約),帝国とスウェーデン(オスナブリュック条約)の間の講和が成立した.フランスとスペインの講和は実現せず,両国の講和は1659年のピレネー条約を待つことになる.
ここに訳出するのはこの10月24日の帝国とフランスとの間の条約である.

条文番号ラテン語版の番号条項
第1条1〔平和の樹立〕
第2条2〔免責〕
第3条3〔敵の援助の禁止〕
第4条 4
5
〔フランス・スペイン間で継続する戦争への諸侯の関わり〕
第5条6〔ロレーヌ〕
第6条7〔諸侯の領土の回復〕
第7条8〔返還に対する例外主張〕
第8条9〔特に重要な事例を挙げるにあたって〕
第9条10〔トリール選帝侯への返還〕
第10条11〔トリールの城〕
第11条12〔プファルツ問題〕
第12条13〔バイエルン選帝侯位の確認〕
第13条14〔バイエルンの権利放棄〕
第14条15〔プファルツ選帝侯位の再設〕
第15条16〔プファルツの処遇〕
第16条17〔マインツ選帝侯の管区の再取得〕
第17条18〔トリール選帝侯の下プファルツに関する主張〕
第18条19〔バイエルン家断絶の場合の上下プファルツ統合〕
第19条20〔プファルツの分家〕
第20条21〔ユーリヒにおけるプファルツの権利〕
第21条22〔プファルツへの補償〕
第22条23〔プファルツ関係者への大赦の確認〕
第23条24〔上プファルツの放棄〕
第24条25〔プファルツ一族への補償〕
第25条26〔下プファルツ内の独立伯領〕
第26条27〔各地の帝国自由貴族〕
第27条28〔プファルツ領内で皇帝から下賜された領土等〕
第28条29〔プロテスタントの容認〕
第29条30〔ライン宮中伯への返還など〕
第30条31〔ブランデンブルクとヴュルツブルクの係争〕
第31条32〔ブランデンブルク〕
第32条33〔ヴュルテンベルク〕
第33条34〔ヴュルテンベルクの分家〕
第34条 35
36
〔バーデン・ドゥルラハ〕
第35条37〔バーデン〕
第36条 36
37
38
〔諸侯への回復〕
第37条39〔不法な契約の無効〕
第38条39〔債務の確認〕
第39条40〔強制的な債務の無効〕
第40条40〔強制的な債務の無効〕
第41条41〔戦争中の裁判〕
第42条42〔封土の回復〕
第43条43〔ハプスブルク家領以外の人々の権利〕
第44条44〔ハプスブルク家領の人々の良心の自由以外の権利〕
第45条 45
46
〔フランス・スウェーデンに加担する以前の没収物〕
第46条47〔ハプスブルク世襲領における正義〕
第47条48〔回復され得ないもの〕
第48条49〔ユーリヒ〕
第49条50〔プロテスタントの処遇〕
第50条51〔ヘッセン・カッセル〕
第51条52〔ヘッセン・カッセル〕
第52条53〔ヘッセン・カッセル〕
第53条54〔ヘッセン・カッセル〕
第54条55〔ヘッセン・カッセル〕
第55条56〔ヘッセン・カッセル〕
第56条57〔ヘッセン・カッセル〕
第57条57〔ヘッセン・カッセル〕
第58条58〔ヘッセン・カッセル〕
第59条59〔ヘッセン・カッセル〕
第60条60〔ヘッセン・カッセルとヘッセン・ダルムシュタット〕
第61条61〔ヘッセン・カッセル〕
第62条62〔ヘッセン・カッセル〕
第63条63〔スイスの独立〕
第64条64〔古来の権利〕
第65条65〔帝国諸侯の権利〕
第66条66〔帝国議会〕
第67条67〔帝国議会で確認される権利〕
第68条68〔債務の穏便な決着〕
条文番号ラテン語版の番号条項
第69条69〔通商の再開〕
第70条 70 71 〔水運に関係した権利〕
第71条72〔トゥール,ヴェルダン,メッス〕
第72条73〔ロレーヌ公〕
第73条74〔ピニュロール〕
第74条75〔ブライザハとアルザス十都市に関する権利〕
第75条76〔アルザス方伯位など〕
第76条76〔アルザスの人民など〕
第77条76〔アルザスの宗教〕
第78条77〔フィリップスブルク〕
第79条78〔フィリップスブルク〕
第80条79〔スペインも含めたハプスブルク家による権利放棄〕
第81条80〔放棄に関連した法の撤廃〕
第82条81〔譲渡される領土の帝国からの除外〕
第83条82〔防備の破壊〕
第84条83〔ライン川の無砦化〕
第85条84〔エンスハイムの負債〕
第86条85〔各地の負債〕
第87条86〔ハプスブルク家への返還〕
第88条86〔ハプスブルク家への返還〕
第89条 86
87
〔ハプスブルク家への返還とライン川の水運〕
第90条88〔家臣たちの財産回復〕
第91条88〔免責〕
第92条89〔ストラスブールとアルザス十都市〕
第93条90〔フランスからティロル大公への補償〕
第94条91〔エンスハイムの負債〕
第95条92〔文書の返還〕
第96条93〔文書の返還〕
第97条94〔サヴォイ,マントヴァ〕
第98条95〔サヴォイ,マントヴァ〕
第99条95〔サヴォイ,マントヴァ〕
第100条96〔サヴォイ〕
第101条97〔サヴォイ〕
第102条98〔その他の回復〕
第103条99〔マントヴァ〕
第104条100〔和平への着手〕
第105条101〔返還の時期・方法などの協議〕
第106条102〔返還の執行責任〕
第107条103〔返還への立ち会い委員〕
第108条104〔返還などの実行〕
第109条105〔執行の妨害の禁止〕
第110条106〔捕虜の解放〕
第111条107〔フランス側の撤兵〕
第112条108〔諸侯の権利の回復と肩書きについての注記〕
第113条109〔返還執行〕
第114条110〔文書や物資〕
第115条111〔輸送手段の提供〕
第116条112〔守備隊駐屯なきこと〕
第117条113〔都市や住民の権利〕
第118条114〔兵員削減〕
第119条115〔批准〕
第120条116〔帝国法への組み込み〕
第121条117〔条約に反することの禁止〕
第122条118〔平和の攪乱者の処罰〕
第123条119〔紛争の平和的解決〕
第124条120〔紛争の解決〕
第125条121〔圏システムによる平和維持〕
第126条122〔兵員の他国通過〕
第127条123〔他の参加国〕
第128条124〔調印〕

オスナブリュック条約について










神聖ローマ皇帝とフランス国王およびそれぞれの同盟者の間の平和条約

最も神聖にして分かちがたき三位一体の名において.関係する,あるいは必要であるすべての各人に知らしむべし.過去長年にわたって不和と民の分断がローマ帝国においてかきたてられ,それはドイツ全土のみならず近隣の諸王国とりわけフランスまでもが長く残酷な戦争の争乱に巻き込まれるまでに程度を増し,そして第一に最もやんごとなく最も力ある君主にして領主で名高き追憶のうちにあるフェルディナント二世―ローマ皇帝として選ばれた者,常なる尊厳者,ドイツ,ハンガリー,ボヘミア,ダルマティア,クロアティア,スラヴォニア国王,オーストリア大公,ブルグント,ブラバント,スティリア〔シュタイアーマルク〕,カリンシア〔ケルンテン〕,カルニオラ公爵,モラヴィア侯爵,ルクセンブルク,上下シレシア〔シュレジエン〕,ヴュルテンベルクおよびテック公爵,スワービア〔シュヴァーベン〕女侯爵,ハプスブルク,ティロル,〔スイスの〕キュブルク,〔イタリアの〕ゴリツィア伯爵,神聖なるローマ帝国の侯爵,ブルゴヴィア〔ブルガウ〕,上下ルサティア〔ラウジッツ〕領主,スラヴォニア侯爵領,ポートナオン,サランの領主―およびその同盟者と支持者を一方とし,最もやんごとなくもっとも力ある君主にして領主ルイ十四世―フランスおよびナヴァール国王―およびその同盟者と支持者を他方としていたが,それはキリスト教徒の血の多大なる流出と諸地方の荒廃とをもたらした.神の恵みのみわざにより,〔また〕キリスト教世界全体が混乱のうちにあるこの悲しき時勢において公共の福利と平穏のための助言を供し続けてきた最もやんごとなきヴェネツィア共和国の努力によって後押しされ,ついに双方の側において普遍的な平和の考えを抱くに至った.そしてこの目的のために,両者の相互の合意と協定により,主の年一六四一年,十二月二十五日(新暦)あるいは十五日(旧暦)にハンブルクにおいて,ウエストファリアのミュンスターおよびオスナブリュックに一六四三年七月十一日(新暦)あるいは同月一日(旧暦)に参集する全権大使の会合を開催することが決意された.しかるべく任じられ,定められた時に現われる双方の側の全権大使は,皇帝陛下を代表しては,@最も高名にして最も秀逸なる領主マクシミリアン―トラウマンスドルフおよびヴァイセンベルク伯爵,グライヘンベルク,ノイシュタット,ネガン,ブルガウ,トルツェンバッハ男爵,タイニッツの領主,金羊毛騎士団の騎士,神聖なる皇帝陛下の枢密顧問官にして宮内官,皇室家政長官―,Aヨハン・ルートヴィヒ卿―ナッサウ,カツェネレボーゲン,フィアンデン,ディーツ伯爵,ビルシュタインの領主,皇帝の枢密顧問官,金羊毛騎士団の騎士―,Bイザーク・フォルママルス―法学博士,顧問官,最もやんごとなき領主〔ティロル大公〕フェルディナント・カール大公の官房の長官―が,そしてフランス国王を代表しては@最も卓越せる君主にして領主アンリ・ドルレアン―ロングヴィルおよびエトゥートヴィル公爵,ノイシャテル公にして主権をもつ伯爵,デュノワおよびタンセルヴィル伯爵,ノルマンディーの世襲城代,同属州の総督にして中将,百人警護隊の隊長,国王の勲爵士団の騎士等―そしてまたA最も高名にして最も秀逸なる領主クロード・ド・メーム―ダヴォー伯爵,前記国王の勲爵士団の分領団長,財務総監の一,フランス王国の大臣等―そしてBアベル・セルヴィアン―ラ・ロシュ・ドービエ伯爵,またフランス王国の大臣の一―である.そして最も高名にして最も秀逸なるヴェネツィアの大使にして元老アロイシウス・コンタリーニ騎士―およそ五年の間大いなる精励そして全く無私の精神をもってこれらの事項における仲介者たる意思をもち続けてきた―の仲介および介在により, 天の助力を懇願し,互いに書状,委任状,全権委任状(その写しはこの条約の末尾に挿入されている)をやりとりしたのち,神聖なるローマ帝国の選帝侯,その他の諸侯および諸邦の臨席する場において,神の栄光およびキリスト教世界の福利に向け,以下の条項が合意,同意された.

第一条〔平和の樹立〕
神聖なる皇帝陛下および神聖なるフランス国王陛下の間に,そしてまた前記皇帝陛下,オーストリア家とその世継ぎと継承者のすべての各同盟者および支持者,特に帝国の選帝侯,諸侯および諸邦を一方とし,前記フランス国王陛下とそのすべての世継ぎと継承者のすべての各同盟者,特に最もやんごとなきスウェーデン王国女王,帝国のそれぞれの選帝侯,諸侯および諸邦を他方として,キリスト教徒の普遍的な平和が到来すべきである.この平和と友好が誠実かつ厳粛に遵守され,培われるよう,各締約国は他の締約国の福利,名誉,利益を得るべく努め,それによりすべての陣営,ローマ帝国のフランス王国との,またフランス王国とローマ帝国との間に,誠実な近縁関係ならびに変わらぬ平和と友好の努力の習慣とが力を回復し,栄えるようにする.

第二条〔免責〕
敵対行為が行なわれた場所,しかたを問わず,これらの戦乱の開始以来犯されたすべてのことについては,互いに永久に忘却,大赦,赦免が行なわれるものとする.それにより,いかなる口実のもとであろうと,何人たりとも互いに敵対行為を行なったり,敵意を抱いたり,問題を起こしたりすることは,身体,所有物,安全のいずれにかかわるものであろうとも,自らによっても他のものを使ってでも,密にでも公然とでも,直接にでも間接にでも,権利の旗印のもとにでも行為によってでも,帝国の領域内においても領域外においても,以前になされたそれに反するいかなる協定があろうとも,ないものとする.何人たりとも誰に対しても何らかの不正や害をなしたり,なされることを許したりしないものする.そうではなくむしろ,戦争以前または戦争中にそれぞれにおいて,生起したすべてのことは,言葉,文書,非道,暴力,敵対行為,損害,出費のいずれであろうと,〔被害を受けた〕人や物に関わりなく,完全に排されるものとし,それによりそのために互いに要求される,あるいは主張されるかもしれないすべてのものは永遠に忘却のうちに埋められるものとする.

第三条〔敵の援助の禁止〕
そして皇帝とフランス国王,選帝侯,諸侯および諸邦の間の相互の友愛がより確固として誠実なるものとして維持されるよう(のちに述べる保障条項は有効であるが)締約国は,いかなる肩書きや主張のもとであろうと,武器,資金,兵員,なんらかの弾薬のどの形であろうとも,他の締約国の敵を現在または将来の敵を決して援助しないものとする.またこの和平の一員であるいかなる締約国もいかなる敵兵をも自国に受け入れたり滞在させたりしないものとする.

第四条〔フランス・スペイン間で継続する戦争への諸侯の関わり〕
フランスとスペインの間の紛争が終結し,この条約に含められたのち,ブルグント圏は帝国の一員であり,そうあり続けるものとする.ただし,皇帝も帝国のいかなる諸邦も,フランス,スペイン間で進行中の戦争に介入しないものとする.★将来この二つの王国の間になんらかの紛争が生じたときには,互いの敵を援助しないという前述の相互の義務は常に帝国とフランス王国の間で有効であり続け,それでいて諸邦が帝国の枠組みなしに,しかし帝国の体制に従っていずれかの王国を救援するのは自由とする.
〔注:ラテン語版では上記の★以下が「第五条」になっており,以下,条文番号が1ずつずれている.〕

第五条〔ロレーヌ〕
ロレーヌに関する係争は双方によって指名される仲裁者に託されるものとする.あるいはフランスとスペインの間の条約あるいは他の何らかの友好的な手段によってに決着されてもよい.そして皇帝も,帝国の選帝侯や諸侯および諸邦も,武力を用いることなく友好的な仲介その他の和解のためのとりなしによってその協定を助け,推進することは自由とする.

第六条〔諸侯の領土の回復〕
この互いの友好と全般的な大赦の基礎に従って,すべての各神聖ローマ帝国の選帝侯,諸侯および諸邦(それには帝国直属の貴族も含む),その封臣,臣下,市民,住民(それらに対し,各地で生起しているボヘミアあるいはドイツの紛争もしくは同盟のために,いずれかの締約国によって,なんらかのしかたで,あるいはなんらかの主張のもとに,封土,陪封土,完全私有地の領主権および領地,あるいは爵位,免責,権利,特権においてなんらかの害あるいは損害がなされたかもしれない)は,それぞれにおいて,彼らが享受していたあるいは合法的に享受することができるはずの宗教上あるいは世俗上の状態において,この間にそれに反する形でなされた変更にも関わらず,完全に地位を回復される.

第七条〔返還に対する例外主張〕
返還される所領の現保有者が合法的に例外とされると考える場合であっても,それは返還を妨げることはないものとする.返還がなされたのちに,彼らの理由と例外は所管の裁判官の前で審理され,決定される.

第八条〔特に重要な事例を挙げるにあたって〕
そして,先の一般規則により誰が対象であり,どこまで返還がなされるかは容易に理解されるであろうが,それにもかかわらず,以下の重要な場合について特に言及しておくことが適切と考えられた.ただし,明示的な言辞によって名指されていないものが除外ないし忘却されたと解されるものではない.

第九条〔トリール選帝侯への返還〕
皇帝がかつて地方議会においてトリール選帝侯の動産に対して行なわせしめた差し押さえ〔一六三五〕は,その後ルクセンブルク公領に移送され,解放され,廃止されたとはいえ,一部のものの提議により再開された.これに加えて前記議会が〔トリール〕大司教職に属するブルフの管区,ヨハン・ラインハルト・フォン・ゼーテレン〔トリール選帝侯の兄弟〕に属する聖ヨハネ領主権の一部に対しても仮差し押さえを行なったが,これは一五四八年に帝国の公的な仲裁のもとトリール選帝侯とブルグント公領との間にアウクスブルクにて作成された政教協約に反するものである.それゆえに以下のことが合意された.前述の差し押さえならびに仮差し押さえはすみやかにルクセンブルクの議会から除去されるものである.前記選帝侯には,その財産,管区,領主権,選帝侯領に付随する,また先祖伝来の財産は仮差し押さえされた歳入とともに,解放され,返還されるものとし,もし事故により損なわれたものがあったとしても完全に返還されるものとする.権利の確認を得たい嘆願者は,帝国内所管の選帝侯の裁判官に回付されるものとする.

第十条〔トリールの城〕
エーレンブライトシュタインとホメシュタインの城に関することについては,皇帝は,こののち執行条項において限定される期限としかたによって退去し,あるいは守備兵を退去せしめ,それらの城をトリール選帝侯およびその大司教区聖堂参事会に返還し,それらは帝国と選帝侯領の保護下におかれるものとする.その目的のため,選帝侯によってその地におかれる守備兵とその隊長はまた選帝侯およびその聖堂参事会に対して忠節の誓いを立てるものとする.

第十一条〔プファルツ問題〕
ミュンスター・オスナブリュック会議ではプファルツ問題は煮詰められ,長く続いた紛争はついに終止符を打たれた.その内容は以下の通りである.

第十二条〔バイエルン選帝侯位の確認〕
第一に,バイエルン家に関することについては,これまでプファルツ選帝侯が有してきた選帝侯の地位は,そのすべての表章,官職,優先権,紋章および権利などこの地位に属するいっさいとともに,いかなるものも例外とせず,そしてまた上プファルツおよびチャム伯領とともに,過去にそうであったように,将来についても,すべての従物,表章,権利とともに,ライン宮中伯にしてバイエルン選帝侯マクシミリアン卿およびその子らそして男子ある限りすべてのヴィルヘルムの系統のものにとどまるものとする.
〔注:1294年に没した上バイエルン公ルートヴィヒ2世の息子の代からプファルツとバイエルンが分離し,長男ルドルフの家系がプファルツ選帝侯になった.バイエルンの家系はなぜかヴィルヘルム系と呼ばれている.なお,両者の間には選帝侯位をもちまわりにする取り決めがなされたが(1339),金印勅書(1356)によって選帝侯位がプファルツに固定され,三十年戦争初期にプファルツ選帝侯位がバイエルンに移される伏線となった.〕

第十三条〔バイエルンの権利放棄〕
それに対応して,バイエルン選帝侯は自分自身,そしてその世継ぎと継承者について一三〇〇万の債権ならびに上オーストリアにおける権利を完全に放棄する.そして和平の公表後ただちに,その目的のために獲得したすべての文書を皇帝陛下に送り,破棄,無効化されるようにする.

第十四条〔プファルツ選帝侯位の再設〕
プファルツ家に関することについては,皇帝と帝国は,公共の平穏のために,本協定の効力により,八番目の選帝侯位が創設されることに同意する.それは今後ライン宮中伯カール・ルートヴィヒ卿ならびにそのルドルフ系統の世継ぎと子孫が金印勅書に定められている継承順序に従って享受するものとする.そしてこの叙任によって,カール・ルートヴィヒもその継承者も,選帝侯の地位とともにバイエルン選帝侯およびすべてのヴィルヘルム系統に与えられたものに対してはなんらの権利ももたないものとする.

第十五条〔プファルツの処遇〕
第二に,下プファルツは,代々のプファルツ選帝侯がボヘミアの争乱以前に享受してきたすべての各教会および世俗領土,権利,従物とともに,完全にプファルツ選帝侯に復されるものとする.また,その地に属するすべての文書,登記簿,書類も同様であり,それに反するすべてのことは無効とする.そして皇帝は,スペイン国王も,それに関する何らかを有するいかなる者も,この返還に反対しないことを約する.

第十六条〔マインツ選帝侯の管区の再取得〕
ベルクシュトラッセのある管区は古来よりマインツ選帝侯に属しており,一四六三年にプファルツ家に対してある金額に対して抵当に入れられた.永続的に償還が行なわれるという条件のもとに,これらの管区が現マインツ選帝侯およびそのマインツ大司教位の継承者に返還されることが合意された.ただし,償還金は締結される和平による期限内に現金で支払われ,抵当証書の文面によって拘束される他の条件をも満たすものとする.

第十七条〔トリール選帝侯の下プファルツに関する主張〕
また,トリール選帝侯がシュパイアー司教またはヴォルムス司教としての資格において下ラインの領域内に位置するある教会領について主張する権利に関し,諸侯間で友好的な合意に達することができない場合には,所管の裁判官に訴え出ることは自由とする.

第十八条〔バイエルン家断絶の場合の上下プファルツ統合〕
ヴィルヘルム系統の男系が完全に絶え,プファルツ系統がまだ残っているようなことがあった場合,上プファルツのみならずバイエルン公の選帝侯の地位も,前記した残っているプファルツ〔選帝侯〕のものとなるものとし,プファルツ選帝侯は同時に〔十四条の〕叙任を享受するものの,その場合,八番目の選帝侯位は完全に無効となるものとする.しかし,上プファルツが残っているプファルツ家に返還されるような場合には,バイエルン選帝侯の完全私有地の相続者は法的に彼らに属する権利や利益を有し続けるものとする.

第十九条〔プファルツの分家〕
選帝侯位の継承に関するハイデルベルクの選帝侯家とノイブルク家との間の家族協約は,歴代皇帝によって確認されたものであり,ルドルフ系列のすべての権利とともに,このたびの取り決めに反しない限りにおいて,完全なものとして保持され,維持される.

第二十条〔ユーリヒにおけるプファルツの権利〕
さらに,もしもユーリヒにおいて法的手続きにおいて何らかの封土が権利者不定と判明した場合には,問題はプファルツ家に有利に決着されるものとする.

第二十一条〔プファルツへの補償〕
さらに,〔プファルツ選帝侯〕カール・ルートヴィヒ卿の兄弟たちに資産を与える問題をいくらかでも助けるため,皇帝陛下は来たる一六四九年に始まりその後四年間のうちに四〔〇〕万ライヒスターラーが前記兄弟たちに支払われるよう命令を出すものとする.支払いは毎年一〔〇〕万ライヒスターラーずつ,五パーセントの利子とともになされるものとする.

第二十二条〔プファルツ関係者への大赦の確認〕
さらに,プファルツ家のすべては,なんらかのしかたでプファルツ家に従っている,あるいは従ったことのあるすべての各人とともに,そして特にこの議会に名を連ねたことがあり,あるいはかつてこの家に仕えたことのある者,そしてまたプファルツから追放とされたすべての者は,ここに上述した大赦を享受し,そこに含まれている者,あるいは不平条項においてより具体的でより充実した言及がなされている者と同じ権利を認められるものとする.

第二十三条〔上プファルツの放棄〕
これに対応して,カール・ルートヴィヒ卿およびその兄弟たちは服従をもって応え,帝国の他の選帝侯や諸侯と同じように皇帝陛下に忠実であるものとする.そして自らについても継承者についても,ヴィルヘルム系統の合法的で男系の継承者が生存し続ける限り,上プファルツへの権利主張は放棄するものとする.

第二十四条〔プファルツ一族への補償〕
前記〔プファルツ〕選帝侯の母后〔エリザベス・オブ・ボヘミア〕ならびにその姉妹たちに持参金や年金与える件について言及されたことに関し,神聖なる皇帝陛下は(プファルツ家に対して抱いている愛情ゆえに),前記母后に対してはその体面と生活のために,一回限り,二万ライヒスターラーを支払い,そして前記領主カール・ルートヴィヒの姉妹のそれぞれに対しては,結婚するときに一万ライヒスターラーを支払うものとし,超過分については前記領主カール・ルートヴィヒが支払う責を負う.

第二十五条〔下プファルツ内の独立伯領〕
前記領主カール・ルートヴィヒは下プファルツ内のライニンゲン伯およびダクスブルク伯やその継承者に対して問題を起こさず,幾時代も前に獲得され,歴代皇帝によって確認されている権利を平和裡に享受させるものとする.

第二十六条〔各地の帝国自由貴族〕
フランコニア,スワービア,ライン川全域およびそれに属する地域にある帝国自由貴族は侵すことなく現在ある状況のままにしておく.

第二十七条〔プファルツ領内で皇帝から下賜された領土等〕
皇帝によってゲルハルト・フォン・ヴァルデンブルク男爵に授けられたシェンクヘルンと呼ばれる封土,マインツ聖庁尚書院長ニコラス・ゲオルク・ライゲルスペルク,ルーデハイム男爵ハインリヒ・ブレムザーに授けられた封土,同様にバイエルン選帝侯によってヨハン・アドルフ・ヴォルフに授けられたメッテルニヒと呼ばれる封土は確固として安堵されるものとする.しかしながら,これらの封臣はカール・ルートヴィヒおよびその継承者に対して直接の領主として忠節の誓いを立て,これに対して封土の更新を求めなければならない.

第二十八条〔プロテスタントの容認〕
教会を有していたアウクスブルク信仰告白派の信徒,特にオッペンハイムの市民および住民は,一六二四年の時点における宗教上の状態を回復される.また,前記アウクスブルク信仰告白派の他のすべての者でそれを求める者には,教会で指定された時間に公に,あるいは自宅もしくはその目的のために選定された他の場所で私的に彼らの宗教を実践することは,彼ら自身〔ルター派〕も,もしくは福音を説く類似のしもべたち〔カルヴァン派〕も自由とする.

第二十九条〔ライン宮中伯への返還など〕
ルートヴィヒ・フィリップ公等,フリードリヒ公等,レオポルト・ルートヴィヒ等といった段がその文書,すなわち帝国とスウェーデンの条約〔オスナブリュック条約〕において含まれているのと同じ形でここに挿入されているものと理解するものとする.

第三十条〔ブランデンブルクとヴュルツブルクの係争〕
バンベルク,ヴュルツブルク両司教を一方とし,ブランデンブルク,クルムバハ,アンスバハ辺境伯を他方とするフランコニアのマイン河畔のキッツィンゲンの城,町,司法権,修道院に関して係争中の紛争は友好的に解決されるものとする.さもなくば裁判により二年以内に行なうものとし,それを遅らせる者は権利主張を失うものとする.その間,ヴュルツブルク砦は前記諸辺境伯に奪取されたときと同じ状態で,合意,規定されたことに従い,引き渡されるものとする.

第三十一条〔ブランデンブルク〕
ブランデンブルク辺境伯クリスチャン・ヴィルヘルム卿の処遇に関してなされた合意は,帝国とスウェーデンの間の条約〔オスナブリュック条約〕の第十四条に述べられているのと同じ形であたかもここに引用されているがごとくに守られるものとする.

第三十二条〔ヴュルテンベルク〕
フランス国王はヴュルテンベルク公爵に対し,こののち守備兵の退去について述べるところで語られるしかたにおいて,ヴュルテンベルク公領内で守備兵をおいているホーエンヴィール,ショレンドルフ,トゥルビンゲンおよび他のすべての地点の町および砦を,保留なく返還するものとする.残りについては,ヴュルテンベルク等の段が,帝国とスウェーデンの間の条約に含まれているのと同じ形でここに挿入されているかのごとくに理解されるものとする.

第三十三条〔ヴュルテンベルクの分家〕
モンベイヤール系統のヴュルテンベルク〔分家〕の領主たちはアルザスにおけるすべての所領において,それがどこに位置するかによらず,しかし特にブルゴーニュ,〔フランシュコンテの〕クレルヴァル,パサヴァンの三封土において権利を回復される.両陣営は,これらの諸戦争の開始前に彼らが享受していた地位,権利,特権において彼らの権利を回復するものとする.

第三十四条〔バーデン・ドゥルラハ
 ※バーデンは16世紀にバーデン・バーデン(上バーデン)とバーデン・ドゥルラハ(下バーデン)に分離した
バーデンおよびハハベルク辺境伯フリードリヒ〔五世;在位1622-1659〕およびその息子と世継ぎは,いかなるしかたであれ彼らに仕え,今も仕えている,身分を問わずすべての者とともに前述第二,三条の大赦をそのすべての帰結と福利において享受するものとする.そしてその効力により,彼らは教会,世俗を問わず,バーデンおよびハハベルク辺境伯ゲオルク・フリードリヒ卿〔1573-1638;在位1577-1622〕がボヘミアにおける争乱開始以前に有していたのと同じ形で,下バーデン辺境伯位,俗にバーデン・ドゥルラハと呼ばれるものに関するあらゆること,ならびにハハベルク辺境伯位,ロッテレン,バーデンヴァイラー,ザウセンベルクの領主権に関することについて,それに反する形でなされたあらゆる変更にも関わらずそれらを無効として,完全に権利を回復されるものとする.★次に辺境伯フリードリヒには,シュタインおよびレンヒンゲンの司法権が回復されるものとし,それには〔バーデン・バーデン〕辺境伯ヴィルヘルム〔在位1622-77〕が歳入,利子,請求の形でこの間になした,一六二九年のエトリンゲンで成立した和解において述べられており,すべての権利,文書,書類および付随する他のいっさいとともにバーデン辺境伯ヴィルヘルムに移管された負債は伴わないものとする.それにより,請求および歳入に関しては受け取ったものも受け取るものも,あらゆる申し立てはその損害も利益もともに,完全に取り去られ,消滅されるものとする.
〔注:ラテン語版では★から先は次の条文に含まれている.〕

第三十五条〔バーデン〕
以前の慣習により下バーデンから上バーデンに支払われる年金は,本条約の効力により,完全に取り去られ,なくされるものとする.そして今後はそれを理由として,過去についてであろうと将来についてであろうと,何も主張,要求されないものとする.

第三十六条〔諸侯への回復〕
今後は,スワービアの地方議会および圏における,あるいは帝国の他の一般的なあるいは個別な会合における優先権と着席順についてはバーデンの二つの系統,すなわち上バーデン辺境伯位の系統および下バーデン辺境伯位の系統において交互とする.しかし,それにもかかわらずこの優先権は辺境伯フリードリヒの存命中はこれにとどまるものとする.★ホーエンゲロルトゼックの男爵位に関しては,もしバーデン〔辺境伯フリードリヒ〕妃〔アンナ・マリア〕が正式な文書によって前記男爵位について主張する権利を証明したならば,判決がなされたのちただちに,彼女に対して前記文書の権利と内容に従って返還がなされるものとすることが合意された.しかし,この審理は,和平の公表の日から二年以内に終了するものとする.最後に,いかなる申し立ても,契約も,例外も,一般的なものであろうと個別的なものであろうと,またこの平和条約に含まれている条項であろうとも,それによって本条の効力を減じるようなものは,いかなる時点においても,どの締約国によっても,この特別の協定に反するものであると主張されてはならない.☆以下の段:クロイ公爵等,ナッサウ・ジーゲンの係争について等,ナッサウ・ザールブリュッケン等,ハーナウ家等,ゾルムス伯ヨハン・アルブレヒト等,同様にゾルムス家ホーエンゾルムスは権利を回復するものとする等,イセンブルク等,ライン伯等,ザイネンの伯爵エルンストの未亡人等,フラッケンシュタインの城と郡等,またうヴァルデック家も権利を回復され等,オッティンゲン伯ヨアヒム・エルンスト等,同様にホーエンロー家等,フリードリヒ・ルートヴィヒ等,ブランデンシュタイン伯の未亡人と世継ぎ等,パウル・ケーフェンフラー男爵等は,帝国とスウェーデンの間の条約に記されているとおりにこの場所に一語一語挿入されていると理解されるものとする.
〔ラテン語版では★までの冒頭部分は前条に含められている.☆以降は独立した三十八条になっている.〕

第三十七条〔不法な契約の無効〕
拘束や脅迫によってなされ,諸邦や臣民に不法に押しつけられた契約,交換,処置,債務,条約は(例として特に,シュパイアーの住民が訴えており,またライン河畔のヴィサンブールの住民,ランダウ,ライトリンゲン,ハイルブロンその他の住民がそうするような)は完全に無効とされ,廃止されるものとし,それらについてはさらなる調査は行なわれないものとする.

第三十八条〔債務の確認〕
もし債務者が債権者から力によって債権の証書を強取していた場合には,それは返還され,効力は保たれるものとする.
〔注:ラテン語版ではこれは前条の末尾に付加されている.〕

第三十九条〔強制的な債務の無効〕
もし債務が,購入,販売,歳入あるいは他のいかなる名で呼ばれていようとも,それが暴力によって交戦国の一に押しつけられたものであり,もし債務者が真なる暴力と実際の弁済があったことを主張し,その証明を申し出るならば,まずこれらの例外に対する主張の認知が決定されたのでなければ,いかなる執行手続きも許可されない.上述の手続きの申請は和平の公表後二年以内に限定されるものであり,そうしなかった場合には頑固な債務者に対し永久に沈黙することを課されるものとする.

第四十条〔強制的な債務の無効〕
この件に関しこれまでに開始されている手続きは,債務の回復のためになされた契約や約束とともに,無効とみなされるものとする.ただし,戦いたけなわのさなかにより大きな危難と損害を避けるために善意とよき意図によって支払われた金額は有効とする.
〔注:英語版ではこの条文は前条の末尾に付加されている.〕

第四十一条〔戦争中の裁判〕
戦争中に純粋に世俗的な事項について下された判決は,審理の欠陥が完全に明らかであったり,ただちに立証できたりするものでなければ,そっくり無効とはみなされないものとする.しかし,判決証書(もし当事者の一が和平の公表後六か月の間にその審理の見直しのために要求すれば)が適切な法廷において,先の判決を確認するか,修正するか,あるいは無効の場合には完全に抹消するかするために,帝国内で用いられている通常,あるいは例外的な形式に従って見直され,考量されるまでの間,その効果は停止されるものとする.

第四十二条〔封土の回復〕
同様にして,一六一八年以来更新されていない国王のもしくは個人の封土があり,その間地代が支払われていなかったとしても,そのことは権利を害するものではないとする.〔その封土の〕授与は和平が締結される日に更新されるものとする.

第四十三条〔ハプスブルク家領以外の人々の権利〕
あらゆる各任官者は,軍人であろうと顧問官,法官であろうと,位階を問わず聖職者であろうと,同盟者あるいはその支持者のうちのいずれかの当事者に法廷においてであっても戦場においてであっても仕えた者は,上から下まで,いかなる区別も例外もなく,その妻,子,跡継ぎ,継承者,召使いとともに,その財産のみならず位階についても,前述の争乱以前に享受していた位階,名誉,名声,良心の自由,権利と特権においてすべての締約国によって回復される.彼らの所有物にも身体にもいかなる害もなされないものとし,彼らに対しいかなる訴訟も告訴も提出されないものとする.そしてさらに,彼らに対していかなる処罰も加えられず,彼らがいかなる名目においてであれ損害を受けることはないものとする.そしてこのすべては皇帝陛下の,すなわちオーストリア家〔ハプスブルク家〕の臣民,封臣でない者すべてについて完全に有効なる者とする.

第四十四条〔ハプスブルク家領の人々の良心の自由以外の権利〕
しかし,皇帝の,そしてオーストリア家〔ハプスブルク家〕臣民および譜代の封臣である者については,その身体,位階,評判,名誉に関して大赦の恩恵を受けるものとする.そして安全に以前いた国に戻ることができる.しかし,彼らは自分が属する王国,あるいは個々の属領の法に従い,服する義務を負う.

第四十五条〔フランス・スウェーデンに加担する以前の没収物〕
フランス王あるいはスウェーデン王の陣営に加担する以前に没収その他のしかたで失った財産については,スウェーデンの全権が長らく繰り返し要請をしていたにもかかわらず,やはり返還されるものとする.しかしながら,神聖なる皇帝陛下にはものごとにおいて他からなんらかが指示されることも,皇帝派の変わらぬ反対に抗して別の決着をすることもできないので,そして帝国等族によってそのために戦争が継続され,それによって損失物が現保有者のもとにとどまることは帝国のためにならないとみなされるからである.★しかし,皇帝およびオーストリア家に反し,フランスもしくはスウェーデンのために武器を取ったことを理由として取り上げられた財産については,現状のまま返還されるものとし,利益や損害に対するいかなる補償もなされないものとする.
〔注:ラテン語版では★以降は第四十六条として独立している.〕

第四十六条〔ハプスブルク世襲領における正義〕
残りについては,ボヘミアおよび他のすべての皇帝世襲属領において,カトリック教徒であろうと,またアウクスブルク信仰告白派の臣民,債権者,相続人,個人であろうと,なんらかの権利主張をもち,正義を得るためになんらかの訴状を提出し,また提訴する者には,法と正義が執行されるものとする.

第四十七条〔回復され得ないもの〕
しかし,回復され得ない事物についてはこの全般的な返還からは除外されるものとする.動産や収穫された作物,当事者の長の権威によって譲渡されたもの,破壊され,荒廃され,公共もしくは個人の建物で神聖なものだろうと世俗のものだろうと公共の安全のため他の用途に転換されたもの,敵の襲撃により没収され,合法的に売却され,自発的に譲渡された公共もしくは個人の委託財産などである.

第四十八条〔ユーリヒ〕
ユーリヒの継承問題については,もしそれについて何らかの方策がとられなければ,関係者がいつの日か帝国に大いなる問題を引き起こしかねないことから,和平が締結されたのち遅滞なく,皇帝陛下の御前での通常の方法によって,もしくは友好的な和議によって,もしくは他の何らかの合法的な方法によって決着がつけられることが合意された.

第四十九条〔プロテスタントの処遇〕
また,教会財産および宗教の実際の自由に関する紛争について,帝国のより大いなる平穏が固められるよう,その全般的な和平についての会議において,皇帝,選帝侯,諸侯,帝国等族の間で確かな合意が結ばれ,そしてスウェーデンの女王および王室の全権との間で締結された講和条約〔オスナブリュック条約〕に挿入され,その合意を,〔帝国・スウェーデン〕両者の間でそれを協定したのと同じ形で改革派と呼ばれる者たちにもまた本条約が十分なしかたで,あたかも一語一語この文書に挿入されているがごとくに確固とし,確かなものとすることが適当と考えられた.

第五十条〔ヘッセン・カッセル〕
ヘッセン・カッセルの問題については次のように合意された.第一に,ヘッセン・カッセル家およびそのすべての太子,特にアマーリエ・エリーザベト夫人ヘッセン方伯太妃〔1602-51〕およびその息子たる領主〔ヘッセン・カッセル方伯〕ヴィルヘルム〔1629-63〕およびその世継ぎ,大臣,任官者,封臣,臣民,兵士,そしていかなる形であれこれに仕える他の者は,いかなる例外もなく,それに反する契約,手続き,禁制,宣言,判決,執行令状,取り決めがあったとしても,また中立者,あるいは武装した者から受けた損害,傷害についてのいかなる訴訟や主張があったとしても,ここに前述の通り確立された全般的な大赦により無効とされ,ボヘミアにおける戦争の開始時点にまで完全な復権を受けることにより(あらゆる各任官者等で始まる段〔第四十三条〕において規定されているように,皇帝陛下およびオーストリア家の封臣と世襲領の臣民を除く),この神聖なる和平から帰結するあらゆる利益にあずかるものとし,Unanimi等で始まる条〔第六十四条?〕において述べられているような他の諸邦と同じ権利を享受するものとする.

第五十一条〔ヘッセン・カッセル〕
第二に,ヘッセン・カッセル家とその継承者は,ヘルスフェルト大修道院について,その世俗ならびに教会の,彼の領土(ゲリンゲンの首席司祭管区としての)の内外に位置するものを問わずすべての付属領とともに,ただし太古の昔よりザクセン家によって有される権利を除いて,皇帝陛下の叙任を保持するものとし,そしてこの目的のためにいつでも,そしてその期限が来たときにはこれを要求するものとし,その忠節の誓いを受けるものとする.

第五十二条〔ヘッセン・カッセル〕
第三に,これまでミンダウ司教領に与えられ,そう判断されてきた管区シャウンブルク,ビュッケブルク,ザクセンハーゲン,シュタットハーゲンにおける直接にして有効な支配権は,今後は現ヘッセン方伯である領主ヴィルヘルムおよびその継承者に完全な保有権のもとに永久に属するものとし,前記司教も他の何人もこれを乱すことはできない.ただし,ブラウンシュヴァイク・リューネブルク公爵クリスチャン・ルートヴィヒ,ヘッセン方伯太妃,リッペ伯爵フィリップの間でなされた取り決めは別である.また前記方伯太妃と前記伯爵の間で結ばれた協定も有効であり続ける.

第五十三条〔ヘッセン・カッセル〕
この戦争の間に奪われた地点の返還のため,そして後見人であるヘッセン方伯太妃たる夫人への保証のため,マインツ,ケルン大司教領,パーデルボルン,ミュンスター司教領,フルデン大修道院から,六〇万ライヒスターラーが,皇帝の現在の状況に対する交流の善意により,彼女およびその息子あるいはその後継者たるヘッセン領主に与えられ,その金額はカッセルにおいて和平の批准の日から起算して八か月の期間内に支払い者の危険と責任のもとに支払われるものとする.そして,いかなる主張によっても,この約束された支払いを避けるためにいかなる例外も設けられてはならない.ましてや合意された金額を差し押さえることはならない.

第五十四条〔ヘッセン・カッセル〕
方伯太妃たる夫人がより一層支払いを確信できるよう,下記の条件のもとにノイス,キュスフェルト,ノイハウスを保持し,それらの地点に太妃のみに従う守備兵をおくものとする.ただし,規定として,士官および守備兵において必要な他の人員を別として,前述した三つの地点の守備兵は歩兵一二〇〇,騎兵一〇〇を超えないものとする.騎兵と歩兵をこれらの地点のそれぞれに置く数の分配,および誰を総督に選任するかについては方伯太妃たる夫人に任される.

第五十五条〔ヘッセン・カッセル〕
守備兵はこれまでヘッセンの兵や士官を維持するために通常行なわれてきた秩序に従って維持されるものとする.そして砦を保持するために必要なことは前記の要塞が位置する大司教領および司教領によって供されるものとし,それによって前述した金額が減額されることはないものとする.守備兵は,支払いをあまりに長く遅らせる者,反抗的な者から金を取り立てることは許されるが,認められた額の範囲内においてである.至上権および司法権は,教会上も世俗上も,そして前記城および町の歳入はケルン選帝侯のものにとどまる.

第五十六条〔ヘッセン・カッセル〕
和平の批准後,三〇万ライヒスターラーが方伯太妃たる夫人に支払われたらただちに,太妃はノイスを放棄し,キュスフェルトおよびノイハウスのみを保持するものとする.ただし,ノイスの守備兵が他の二地点に投入されることはなく,またその理由で何らかの要求がなされることもなく,そしてキュスフェルトの守備兵が歩兵六〇〇,騎兵五〇を超えることもないようにする.また,もし九か月の期間内に方伯太妃たる夫人に全額が支払われなかった場合には,キュスフェルトおよびノイハウスが完全な支払いまで太妃のもとにとどまるばかりでなく,残りの額については太妃は五パーセントの利子を受け取るものとする.そして前述の大司教領,司教領,大修道院に属する管区の会計官および徴税官は方伯太妃たる夫人に宣誓により従うものとし,彼らの領主の禁令に関わらず年ごとの歳入から毎年残額の利子を支払うものとする.もし会計官および徴税官がその支払いを遅らせたり,歳入を譲渡したりしたら,方伯太妃たる夫人は,常に領土の領主の権利は別として,あらゆる手段を使って彼らに支払いを強いる自由をもつ.

第五十七条〔ヘッセン・カッセル〕
しかし,方伯太妃たる夫人が完全な額すべての利子とともに受け取るやただちに,担保として保持していた前記の地点を放棄するものとする.支払いは停止され,先に言及された会計官と徴税官はその宣誓から解放される.金額の支払いのために歳入が割り当てられる管区については,和平の批准前に調整されるものとし,その協定はこの講和条約に劣らぬ効力を有するものとする.
〔注:ラテン語版ではこの条文は前条に追い込まれている〕

第五十八条〔ヘッセン・カッセル〕
前述したように方伯太妃たる夫人のもとに残され,支払い後に返還する担保の地点は別として,方伯太妃は和平の批准後,あらゆる属州および司教領,またそのすべての都市,管区,城塞,砦,すなわち一言で言えばこの戦争中太妃によって奪取されたあらゆる不動産およびあらゆる権利を返還するものとする.よって,保証として保持する三地点においても,返還される他の地点においても,前記方伯太妃たる夫人は,太妃がそこに投入した軍事上のあらゆる物資および弾薬(太妃がそこに送ったのでなく,奪取の時点ですでにあり,今もそこにあるものは,そこにとどまるものとする)が運び去られるようはからうのみならず,それらの地点の保持中に建築された防備や塁壁は,町,城塞,城,宿営地を侵略や略奪にさらすことなきように可能な限り取り壊され,破壊されるものとする.

第五十九条〔ヘッセン・カッセル〕
そして,方伯太妃たる夫人はマインツ,ケルン,パーデルボルン,ミュンスターの大司教および司教ならびにフルデンの大修道院による返還および補償を要求しただけであり,この目的のためにそれ以外のものからはいっさい何も望まなかったのであるが,それにもかかわらず,〔講和〕会議は,物事の衡平と状況に従い,先のこの戦争の間に奪われた等で始まる段〔第五十三条〕の内容を損なうことなく,さらに次なることが合意された.ラインの両岸の諸邦で本年三月一日以来ヘッセンに貢租を支払ったことのあるものは,これまでの貢租に比例して,先に名を挙げた大司教領,司教領,大修道院のともに前記金額をつくるのを負担し,保証都市の守備兵の支払いを助けるものとする.支払いを分担するはずの他の者の遅滞によって損害を受けるものが出た場合には,皇帝陛下,フランス国王,ヘッセン方伯太妃の士官も兵士も,遅れている者に強要するのを妨げないものとする.そしてヘッセン兵は,この強要に例外をなそうとしてこの宣言を損なうようなことはしないものとするが,分担分をしかるべく払い終えた者はそれによりあらゆる請求から解放されるものとする.

第六十条〔ヘッセン・カッセルとヘッセン・ダルムシュタット〕
ヘッセン・カッセル,ヘッセン・ダルムシュタット両家の間にマルブルク〔方伯領〕の継承に関して生じた意見の相違については,去る四月十四日にカッセルにて利害当事者相互の同意により調整がなされており,その取り決めはそのすべての帰結とともに双方によってカッセルで締結され,調印されたままに〔講和〕会議に伝えられることが適切と考えられた.そしてこの条約の効力により,それは一語一語挿入されている場合と同じ効力をもつものとし,これは締約国からも他の何人からも,いかなる主張のもとによっても,契約,宣誓,他のいかなるものに基づいても,決して侵害されることはないものとし,関係当事者の一部はそれを確認することを拒むかもしれないが,すべての者によって最も厳密に守られるべきである.

第六十一条〔ヘッセン・カッセル〕
また,ヘッセン方伯だった領主故ヴィルヘルムとヴァルデック伯爵クリスチャン,ヴォルラート両名の間で一六三五年四月十一日になされ,一六四八年四月十四日にヘッセン方伯たる領主ゲオルクに認められた取り決めも,この講和の効力により完全にして永続的な効力を得,ヘッセンのすべての領主,ヴァルデックのすべての伯爵を束縛するものとする.

第六十二条〔ヘッセン・カッセル〕
ヘッセン・カッセル,ヘッセン・ダルムシュタット両家に導入され,皇帝陛下によって確認された長子相続制は確固として侵されざるものにとどまり,守られるものとする.

第六十三条〔スイスの独立〕
そして,本〔講和〕会議に派遣された全権の前でのバーゼル市ならびにスイス全体の名において,皇室政府から同市および他のスイス地方の連合諸州に対して発せられる処置や執行令状に関して行なわれた申し立てに基づき,またそれらの市民と臣民が帝国諸邦およびその評議会の助言を求めたことから,皇帝陛下は,前記バーゼル市ならびに他のスイス諸州は完全な自由と帝国からの除外を有していることを宣言した.よって,それらはいかなる形においても帝国の司法権や審判を受けることはない.そしてそのことをこの講和条約に挿入し,確認し,それによりいかなる形であれこの件についてなされたあらゆる処置や拘束を無効とし,破棄することが適当と考えられた.

第六十四条〔古来の権利〕
そして今後,政治体制においてなんらかの意見の相違が生じるのを防ぐため,ローマ帝国の選帝侯,諸侯および諸邦のすべての各員はその古来の権利,大権,自由,特権,教会上また政治上の領土の権利の自由な行使や領主権,表章が本取り決めによって確立され,確認される.それにより,何人によっても,いかなる形の主張によってもそれにおいて決して乱され得ず,また乱されてはならないものとする.

第六十五条〔帝国諸侯の権利〕
それらは,帝国の問題に関するあらゆる審議において,とりわけ,目下の議事が法の制定や解釈,宣戦布告,課税,兵の徴募や宿営,諸邦の領土内での新たな防塞の建築,あるいはすでにある守備兵の増強といったことである際には,また,和平や同盟が締結されたり,交渉されたりする際には,反対されることなく政治参与の権利を享受する.今後はこれらのいかなることも帝国のすべての諸邦の自由な会議の政治参与と同意なくしては実行されないものとする.とりわけ,自らの保全と安全のために互いの間で,そして外国と同盟を結ぶ権利は,それぞれの帝国等族に永久に自由であるものとする.ただし,そのような同盟は皇帝や帝国に反するもの,公共の平和やこの条約に反するものであってはならず,また皇帝および帝国に対して各員が束縛されている宣誓にもとるものであってはならない.

第六十六条〔帝国議会〕
和平の批准後六か月以内に帝国議会が開催されるものとする.そしてその時よりのちは公共の利便もしくは必要性に応じて開かれる.最初の帝国議会ではこれまでの会期の欠陥が修正される.そしてそれからまた,確かで確固とした皇帝承認文書によるローマ王の選出,〔ならびに〕ある一つあるいはそれ以上の邦が帝国の領内にあることを宣言するための,帝国基本法において他のしかたで述べられている方法のほかの方法と順序が,諸邦の共通の同意によって扱われ,決着される.彼らはまた,以下のことについて考慮する.圏〔クライス〕の再建,帝国等族台帳の刷新,窮状におかれた諸邦の救済,帝国の徴税の調整と軽減,行政と司法の改革,裁判所における手数料への課税,しかるべく形成された公共の便宜と福利のための通常の代表者,帝国合議体における長官の正当な職,そしてその他ここで明記されていない事項である.

第六十七条〔帝国議会で確認される権利〕
一般のまた個々の帝国議会において,自由都市および帝国の他の諸邦は表決の票をもつものとする.それらは妨げられることなく表章,関税,毎年の歳入,自由,押収したり税を課したりする特権,その他の皇帝および帝国から合法的に獲得された,あるいはこのたびの争乱のずっと以前より享受されてきた権利を,その城壁の囲いおよびその領土内での完全な司法権とともに維持するものとする.同時に,対敵国強奪,差し押さえ,通行止め,その他の侵害的な行為によって,戦争中いかなる口実のもとであろうと個々の当局によってなされ,もしくはこれまでに試みられてきたことであろうと,あるいは今後事前の権利と執行の合法的な手続きなしに実行されるかもしれないことのことであろうと,そのすべては無効とされ,廃棄され,将来については禁止されるものとする.残りについては,神聖ローマ帝国のすべての健全な関税,基本的な体制および法は,将来にわたり厳密に遵守され,戦時にもたらされた,あるいはもたらされうるあらゆる混乱は排除され,放棄される.

第六十八条〔債務の穏便な決着〕
戦争の惨禍によって破滅した債務者に対して訴訟を提訴する公平で適切な方法を見出すことに関しては,これらの問題は,より大きな不都合が生じることを防ぎ,公共の平穏をもたらすため,穏便な形で終結するよう,皇帝陛下は,枢密院のみならず,皇室政府やこの問題に関して確固として不変の基本法を策定する目的で集まる予定の等族の助言にも耳を傾けるよう,心を配るものとする.そしてその間,当事者たちの主張する理由や状況は帝国の最高法廷あるいは諸邦の下位法廷に持ち込まれた事例においてしかるべく考量され,何人たりとも過度の執行によって抑圧されることはないものとする.そしてこれらすべてはホルシュタインの基本法を損なうものではないとする.

第六十九条〔通商の再開〕
そして,和平の締結にあたり,通商が再開されることが公共に関係するため,その目的のために,次のことが合意された.それを損ない,公共の福利に反して,権威によって戦争に際し,個々の当局によって権利や特権に反して,皇帝や帝国諸侯の同意なしに新たに導入された通行税,関税,またブラバント大典の濫用,そしてそれから生成する対敵国強奪および差し押さえは,外国の証明書,強制取り立て,抑留とともに,同様に過大な郵便料金やその他通商,航海を減退させるすべての障害は,完全に除去される.そしてこれらの戦争の争乱のずっと以前から行なわれていた古来の安全,司法権,習慣は,属州や港,川において回復され,侵されざるものとして維持される.

第七十条〔水運に関係した権利〕
川その他によって水運のある領土の権利と特権は,他のうちでもヴェーゼル川上のオルデンブルク伯爵に選帝侯の同意のもとに皇帝によって認められた,あるいは長年の慣習によって導入された関税は,完全に効力をとどめ,その執行を求めるものとする.通商の完全なる自由,海陸の安全な通行が来たるべきであり,同様にして双方の同盟者たちのすべての各封臣,臣民,住民,従者は,本条の効力により,ドイツにおける争乱以前に認められていたのと同じ形で行き来し,交易して戻る完全なる権限を有するものである.双方の行政官は,本協定の他の条項や各地の個々の法や権利をそこなうことなく,彼らを,自らの臣民と等しく,あらゆる種類の抑圧から保護し,守る義務を負う.★そして皇帝とフランス国王との間の前記の平和と友好がより強化されるよう,そして公共の安全への備えがなされるよう,帝国の選帝侯,諸侯,諸邦の同意,助言,意思のもとに,平和のために以下のことが協定された.
〔注:ラテン語版では★から先は第七十一条になっている.〕

第七十一条〔トゥール,ヴェルダン,メッス〕
第一に,司教領メッス,トゥール,ヴェルダンについて,その名の都市もその司教管区も,特にマイエンヌについて,その至上統治権,主権および他のすべての権利は,以前に皇帝に属していたのと同じように,以後はフランス王室に属するものとし,トリール大司教に保留される大司教の権利を別として,変更し得ない形で永遠にそこに組み込まれるものとする.

第七十二条〔ロレーヌ公〕
ロレーヌ公爵たる領主フランツはヴェルダン司教領の領有をその合法的な司教として回復される.そして(国王ならびに個々の人物にの権利を別として)この司教領とその大修道院の平和裡の施政を任され,父祖伝来の所領について,それらがどこに位置しようとも(それがここで述べている放棄と矛盾しない限りにおいて),その特権,歳入,収入を享受するものとする.もしも先に国王に忠節の誓いを立て,陛下の君臨と福利に反する何事も企図しないことを述べたならばである.

第七十三条〔ピニュロール〕
第二に,皇帝と帝国はフランス国王およびその継承者に対し,ピニュロールに関する直接領主の権利および主権および皇帝または神聖ローマ帝国にこれまで属してき,あるいはこれから属するかもしれないすべての権利を譲渡し,移譲する.

第七十四条〔ブライザハとアルザス十都市に関する権利〕
第三に,皇帝は,自らについても,最もやんごとなきオーストリア家全体についても,また帝国についても,都市ブライザハ,上下アルザス,ズントガウ〔アルトキルクの首都〕方伯位,アルザスに位置する十帝国都市―すなわち,アグノー,コルマール,セレスタ,ヴィサンブール,ランダウ,オベルネ,ロサイム,聖グレゴリー渓谷のマンステール,カイザスベルグ,トゥルクハイム,および前記都市の管轄に付属するすべての村その他の権利―の地方領主位に関し,これまで皇帝あるいは帝国,そしてオーストリア家に属してきたすべての権利,財産,属領,所有物,司法権を放棄する.そしてこれらのすべてはフランス国王およびフランス王国に引き渡される.ブライザハの共同体に属するヘヒシュテット,ニーデライムジンク,ハルテン,アハレンの村も,そのすべての古来の領土と付属領とともに都市ブライザハと同様とする.ただし,以前オーストリア家によって前記都市〔ブライザハ〕に認められた特権と自由をそこなうことはないものとする.

第七十五条〔アルザス方伯位など〕
アルザス,ズントガウのそれぞれの方伯位ならびに明記された十都市の地方市長位およびその付属領も同様に,
〔注:ラテン語版では第七十五,七十六,七十八条が第七十六条としてまとめられている.〕

第七十六条〔アルザスの人民など〕
すべての封臣,臣民,人民,町,城塞,城,家屋,要塞,森林,薪炭林,金山銀山,鉱物,河川,小川,草原,一言で言えばすべての権利,表章,従物も同様に,なんらの留保もなく,フランス国王陛下に属し,あらゆる形の司法権,主権,至上統治権とともに,皇帝,帝国,オーストリア家,あるいは他の何人からもいかなる反対も受けることなく永遠にフランス王国に組み込まれ,皇帝もオーストリア家のいかなる領主も前記国土に対して,ライン川のどちら側についてであってもいかなる権利も権限も奪取せず,また主張さえせず,またしてはならないものとする.

第七十七条〔アルザスの宗教〕
しかしながら,フランス国王はこれらの国土のすべてにおいて,,オーストリアの領主のもとで維持されてきたようなカトリックの宗教を保持し,戦争中に忍び込んだあらゆる刷新を廃する義務を負う.

第七十八条〔フィリップスブルク〕
第四に,皇帝および帝国全体の同意により,フランス国王およびその継承者はフィリップスブルクの城に守備兵を置く永続的な権利をもつものとする.ただし,兵の数は近隣に不満やほんの疑念さえをも生じさせることができない程度に限られ,守備兵はフランス王室の負担によって維持されるものとする.同国王は,兵員や輸送隊を送り,この地に必要なものを届ける際にはいつでも,水路により帝国にはいる通行は開かれているものとする.

第七十九条〔フィリップスブルク〕
しかしながら,国王はフィリップスブルクの城まで守備兵を保護し,安全に通らせること以上のことを試みてはならない.しかし,その地の財産,すべての司法権,領有権,そのすべての利益,歳入,購入,権利,表章,用益権,人民,臣民,封臣,そして古くシュパイアーの司教領およびそれに組み込まれている諸教会内でシュパイアーの聖堂参事会に属している,あるいはそれに属していたかもしれないすべてのものは,同国王が受ける保護の権利は別として,同聖堂参事会に属し,完全に,侵されざるものとして保持されるものとする.

第八十条〔スペインも含めたハプスブルク家による権利放棄〕
皇帝〔フェルディナント三世(1608-57)〕,帝国,全能なる大公フェルディナント・カール〔ティロル大公またはインスブルック大公〕はそれぞれに,前記それぞれの領土および地点の共同体,行政官,任官者,臣民に対し,彼らをこれまでオーストリア家に束縛し,結びつけてきた拘束と宣誓から解放し,彼らがフランスの国王および王国に対してなす臣従,服従,忠節のもとにおき,その義務を負わせる.そしてそれにより,フランス王室に前記すべての地点に対する完全にして正当な権限を確認し,現時点より永遠に,これまで有してきた権利と主張を放棄する.この放棄を,皇帝,前記大公および皇帝の弟〔レオポルト・ヴィルヘルム(1614-1662)〕は(前記放棄が彼らに関係する限りにおいて)彼ら自身および彼らの子孫のための個別の書状によって確認し,またスペイン国王が同じ放棄をしかるべく正式な形で,帝国全体の名において,本条約が調印されるのと同じ日に行なうようはからうものとする.

第八十一条〔放棄に関連した法の撤廃〕
前記割譲と切り離しをより有効なものとするため,皇帝と帝国は,本条約の効力により,歴代の皇帝および神聖ローマ帝国の勅令,基本法,制定法,慣習のすべてを,それが宣誓によって確認されたものであろうと,今後確認されようとも,いっさい,特にあらゆる方法での帝国の財産や権利の切り離しを禁じた皇帝承認文書の条項をここに明確に廃止する.そして同様にして,彼らは,いかなる権利や肩書きに基づくものであろうとも,あらゆる例外よび回復を永遠に除外する.

第八十二条〔譲渡される領土の帝国からの除外〕
さらに,皇帝および帝国諸邦によって今後次なる帝国議会において約束されている批准に加え,彼らは前記領土および権利について,もし皇帝承認文書によって認められたとしても,あるいは将来帝国議会において帝国の領土や権利を回復する提案がなされたとしても,上に明記された事物は公共の平穏のため,諸邦の共通の同意により合法的に他国の領土に移譲されたものとしてそれに含まれないよう,切り離しを新たに認めることが合意された.その理由で,前記領地は帝国等族台帳から抹消されることが適当と考えられた.

第八十三条〔防備の破壊〕
ベンフェルトが返還され次第,その地の防備は取り払われるものとする.アルザスにおける直近のライナウ,タベルンの,またライン河畔のホーエンバール,ノイブルクも同様とする.そしてこれらの地点にはいかなる兵員も守備兵も置いてはならない.

第八十四条〔ライン川の無砦化〕
前記都市タベルンの行政官と住民は厳正な中立を守り,国王の兵員は望むだけ自由にそこを通過できるものとする.ライン川のこちら側にはバーゼルからフィリップスブルクまでいかなる砦も築いてはならない.また,双方いずれの側も,川の流路を変えようといかなる努力もしてはならない.

第八十五条〔エンスハイムの負債〕
エンスハイムの議会に課されている負債に関することについては,大公フェルディナント・カールが,フランス国王から返還を受ける属州の分については債権であろうと抵当であろうと区別なく,それが正式な形のものであり,返還される,あるいは移譲される属領のいずれにあろうと特定の抵当物がある限り,三分の一を支払うことを引き受けるものとする.抵当がない場合には,一六三二年の末までにエンスハイムの評議会の受領記録と一致する形で会計帳簿に記載されており,公共の評議会の負債のうちに挿入されていれば,大公はこの支払いを行ない,フランス国王はその必要は負わない.

第八十六条〔各地の負債〕
そして帝国都市会議に対し,オーストリア家の領主によってそれぞれの地方議会においてなされた個々の合意に従って課されてきた,あるいは前記諸法が公共の名において契約し,負う必要のある負債については,フランス国王に忠誠を移す者とオーストリア家への服従のもとにとどまる者との間で同負債の公正な割り当てが行なわれ,それぞれの当事者が前記負債のどの割合を支払うことになっているかを知ることができるようにするものとする.

第八十七条〔ハプスブルク家への返還〕
フランス国王はオーストリア家に対し,そして特に大公レオポルトの長男である大公フェルディナント・カールに対し,四つの町,すなわち,ラインゼルデン,ゼッキンゲン,ラウセンベルク,ヴァルツフートゥムを,そのすべての領域,管区,家屋,村,水車,森,森林,封臣,臣民,そしてライン川の両側の他のすべての従物とともに返還する.
〔注:ラテン語版では続く八十八条および八十九条の前半もここに追い込まれている.〕

第八十八条〔ハプスブルク家への返還〕
同様に,ハウエンシュタイン郡,黒い森〔シュヴァルツヴァルト〕,上下ブリスガウ,そしてその中に位置する古来の権利によりオーストリア家に属する町,すなわち,ノイブルク,フライブルク,エディンゲン,ケンツィンゲン,ヴァルトキルヒ,ヴィリンゲン,ブルエンリンゲンは,そのすべての領域とともに,また,修道院,大修道院,高位聖職,助祭職,騎士料,分領団長の職,そのすべての管区,荘園,城,要塞,国土,男爵,貴族,封臣,人々,臣民,川,小川,森林,森,そしてすべての表章,権利,司法権,封土,官職推挙権,そして古来から引き続き全体としてオーストリア家の崇高なる領土の権利ならびにその世襲財産に属する他のすべてのものとともに.

第八十九条〔ハプスブルク家への返還とライン川の水運〕
オルトナウ全土については,帝国都市オッフェンブルク,ゲンゲンバッハ,ツェラ・アーム・ハンメルスバッハもそれら前記領土が明らかにオルトナウに付属する限りにおいてともに,フランス国王はライン川の両側に位置する前記部分においていかなる権利も権限も決して主張したり奪取したりできず,するべきでないようにする.しかしながら,この返還により,オーストリアの領主が新たな権利を獲得することもない.★今後はライン川の両側および隣接する属州の住民に対して通商と交通は自由であるものとする.とりわけ,ライン川の航行は自由であり,締約国のいずれも上り下りする船舶を妨げ,抑留し,停戦させ,妨害することは,商品に対して通常行なわれる検分と捜索を除いては,いかなる主張のもとであっても認められないものとする.そしてライン川において従来にない新しい通行税,関税,税金,賦課金,その他の徴収金を課すことは認められず,それぞれの締約国はこれらの戦争前にオーストリアの領主たちの統治下において支払われていた貢納金,税金,通行税で満足するものとする.
〔注:ラテン語版では★までは前条に追い込まれている.〕

第九十条〔家臣たちの財産回復〕
ライン川のこちら側のみならず反対側においてもすべての封臣,臣民,市民,住民は,オーストリア家の臣下であった者も,帝国直属であった者も,あるいは帝国の他の権威を宗主として認めた者も,その属州の占領以来,スウェーデン軍あるいは同盟軍の隊長や将軍によってなされ,フランス国王によって認められ,あるいは自身の発意によって宣言された没収,移譲,寄進のいっさいにかかわらず,和平の公表後ただちに,その財産―不動産および静止したもの―,農場,家畜,村,領地,所有物について,現保有者が主張するかもしれない費用や請求の補償といった理由に基づくいかなる例外もなく,動産や持ち去られるもの,収穫された作物の返還は伴わずに,回復されるものとする.

第九十一条〔免責〕
戦争中になされた重量,数量,度合いからなる事物の没収,取り立て,脅迫,強奪については,手続きや訴訟の紛争を避けるため,その返還請求は双方において完全に無効され,除かれるものとする.
〔注:ラテン語版ではこの条文は前条に追い込まれている.〕

第九十二条〔ストラスブールとアルザス十都市〕
フランス国王はシュトラスブルク〔ストラスブール〕司教およびバーゼル司教のもとにシュトラスブルクの市を残すのみならず,ローマ帝国に直属の上下アルザスを通じての他の諸邦や聖界権威,ムルバハ,ルデレンの大修道院長,アンドラフィーン女子大修道院長,聖ゲオルク渓谷の聖ベネット修道院,ルツェルシュタインの宮中伯,ハーナウ,フレッケンシュタイン,オーベルシュタインの伯爵,男爵,そして下アルザスのすべての貴族,そして同様にアグノーの市長権に付属する前記十帝国都市に対し,これまで享受してきたローマ帝国に対して直接の自由と所有権を認める.そのため,〔フランス国王は〕それらに対して王としての主権を主張することができず,オーストリア家に属していてこの講和条約によってフランスに譲渡される権利で満足しなければならない.しかしながら,この宣言によって,この上記にてすでに合意された至上統治権がいっさい減じられることはないものと理解される.

第九十三条〔フランスからティロル大公への補償〕
同様に,フランス国王は,譲り受けるものの代償として,前記大公フェルディナント・カールに三〇〇万フランスリーヴルを続く一六四九,一六五〇,一六五一年にかけて支払う.毎年洗礼者聖ヨハネの祝日に前記金額の三分の一ずつをバーゼルで前記大公の代理人に対して良貨にて支払うものとする.

第九十四条〔エンスハイムの負債〕
前記金額のほかに,フランス国王はエンスハイムの評議会の負債について,債権であろうと抵当であろうと区別なく,それが正式な形のものであり,移譲されるあるいは返還される属領のいずれにあろうと特定の抵当物がある限り,その三分の二を引き受ける義務を負うものとする.抵当がない場合には,一六三二年の末までにエンスハイムの評議会の受領記録と一致する形で会計帳簿に記載されており,前記の金額が共同体の負債のうちに挿入されて評議会が利子を支払う義務を負っていれば,とする.そして国王がこの支払いをなし,大公はその分についてはその必要は負わない.そしてそのことが公正に執行されるよう,本条約の調印後ただちに双方から委員が派遣され,最初の金額の支払いの前に双方が支払わなければならない負債額について協定するものとする.

第九十五条〔文書の返還〕
フランス国王は前記大公に善意のもとに遅滞なく,いかなる性質のものであろうと大公に引き渡される領土に属するすべての書類,文書を,エンスハイムあるいはブライザハの政府および評議会の法務部,あるいは〔フランスの〕軍勢によって占領されていた士官,町,城の記録のうちにみつかるだけいっさい返還する.

第九十六条〔文書の返還〕
もしそれらの文書が公共のもので,国王に譲渡される領土にも不可分に関わるものである場合には,大公はそれらの正式な写しを必要なときにはいつでも要求して受け取ることができるものとする.

第九十七条〔サヴォイ,マントヴァ〕
同様に,サヴォイ公爵とマントヴァ公爵の間でモンフェラートに関して生起し,両陛下の父である皇帝フェルディナント二世とフランス王ルイ十三世によって決着され,終結された紛争がいつの日かキリスト教世界の福利に対する破滅を再開することをおそれることから,以下の通り協定された.一六三一年四月六日のケラスコ条約は,モンフェラートにおいて生じたその執行とともに,そのすべての条項について永遠に有効であり続ける.しかしながら,ピニュロールとその従物は例外とされ,それについてはフランス国王陛下とサヴォイ公爵との間で協定がなされており,フランス国王およびその王国は個別の諸条約によってピニュロールを購入しており,それはその地点およびその従物の移譲と放棄に関しては確固として安定し続けるものである.しかし,前記の個別の諸条約が,帝国の平和を乱し,イタリアにおいて現在進行中で,終わろうとしているこのたびの戦争ののちに新たな騒動を引き起こすかもしれないようななにごとかを含んでいるとしたら,それは無効で何らの効力も有さないものとみなされる.それにもかかわらず,前記の〔ピニュロールの〕割譲は合意されたフランス国王のみならずサヴォイ公爵にも有利である他の条件とともに,侵されざるものであり続ける.その理由で,皇帝陛下ならびにフランス国王陛下は,前記ケラスコ条約に関する他のすべてのことおよびその執行において,とりわけアルバ,トリノ,その領土およびその他の地点については,直接間接を問わず,権利によってでも既成事実によってでも,それらに違背することは決してせず,そして侵略側に救援を送ったりそれを認めたりすることもなく,むしろ双方の共通の権威によって,何人たりともいかなる主張のもとであろうともそれらを侵犯することがないよう努力することを相互に約束する.それに鑑み,フランス国王は宣言する.前記条約の執行をあらゆる手だてを講じて推進し,武力をも辞さずにそれを維持することが同王のこの上ない義務であり,そして何よりも,前記領主サヴォイ公爵は上述の節にも関わらず,トリノ,アルバ,そして前記条約によって,またそれに基づきひき続いて行なわれたモンフェラート公領の叙任によって公に認められ,割り当てられたその他の地点の平和裡の領有を常に維持される.

第九十八条〔サヴォイ,マントヴァ〕
そして,これらの公爵の間でのあらゆる不和と紛争の種が完全に一掃されるよう,祝福された追憶のうちにある今は亡きルイ十三世がサヴォイ公爵の負担でマントヴァ公爵に支払うことを約束した四九万四〇〇〇クラウンについて,フランス国王陛下は前記領主マントヴァ公爵に現金で支払われるようはからうものとする.これによりサヴォイ公爵は,その世継ぎと継承者ともども,この責務から解放され,前記金額についてマントヴァ公爵またはその継承者からなされるかもしれないあらゆる要求から守られる.よって,今後はサヴォイ公爵もその世継ぎと継承者も,マントヴァ公爵,その世継ぎと継承者からこの問題について,またこの主張のもとにいかなる妨害も問題も受けないものである.

第九十九条〔サヴォイ,マントヴァ〕
マントヴァ公爵は今後,皇帝陛下およびフランス国王陛下の権威と合意のもと,この厳粛なる講和条約の効力により,この件についてサヴォイ公爵またはその世継ぎと継承者に対して訴訟を起こさないものとする.
〔注:ラテン語版では前条に追い込まれている.〕

第百条〔サヴォイ〕
皇帝陛下は,サヴォイ公爵の謙虚な要請により,祝福されたる追憶のうちにある故フェルディナント二世がサヴォイ公爵ヴィットリオ・アマデオに与えた古来の封土と諸邦の叙任とともに,上述のケラスコ条約の効力および引き続いて起こったその執行によって公に譲渡されたモンフェラートおよびその従物の地点,領主権,諸邦,その他すべての権利の叙任を与える.また,ニューモンフォール,シネ,モンケーリ,カステルの封土は,その従物とともに,前記公爵ヴィットリオ・アマデオによって一六三四年十月十三日に作成された取得条約に従って,そして皇帝陛下の譲歩あるいは許可と賛同に一致して与えられる.同時に,これまでサヴォイ公爵に認められてきたすべての特権の確認は,サヴォイ公爵がいつでも求め,要求し,受け取ることができる.

第百一条〔サヴォイ〕
同様に,サヴォイ公爵,その世継ぎと後継者は,いかなる形でもローマ帝国に付属しないロシュヴェラン,オルム,カソールおよびその従物に対して有する主権に関して,皇帝陛下から問題を起こされたり説明を求められたりすることはいかなる形でもないものとすることが合意された.そして前記封土のすべての寄進と叙任は撤回され,無効とされ,公爵は正統なる領主としてその領有権を維持され,必要であれば復位されるものとする.同じ理由により,公の封臣たるド・ヴェリュ伯爵は同じオルムおよびカソールの封土,そしてロシュヴェランの四分の一の保有,そして彼のすべての歳入において復位されるものとする.

第百二条〔その他の回復〕
同様に,皇帝陛下はシャルル・カシュラン伯爵の息子クレマンとジャンの両伯爵に対し,そして息子オクタヴィアンを通じた孫たちに対し,ロシュ・ダルジーの封土全体を従物と付属領とともに,いかなる障害もなく返還することが合意された.

第百三条〔マントヴァ〕
皇帝は同様に以下の通り宣言するものとする.マントヴァ公領の叙任にはレッジョーリおよびルツァーラの城がその領土と付属領とともに含まれる.その保有をグアスタラ公爵はマントヴァ公爵に譲渡する義務を負うが,自らに彼が主張する年額六〇〇〇クラウンを受ける権利を留保する.それについて彼は皇帝陛下の前でマントヴァ公に対して提訴し裁判に訴えることができる.

第百四条〔和平への着手〕
全権および大使によって講和条約が調印され,封され次第,すべての敵対行為は停止するものとする.そしてすべての締約国はただちに合意された内容を実行に移すことに努めるものとする.そしてそのことがよりよく,より迅速に遂行されるため,講和調印の翌日に,ミュンスターおよびオスナブリュックの両都市の〔市場の〕十字架において通常の形で講和が厳粛に発表されるものとする.これら二箇所で調印がなされたことが知れた際には,まもなくして種々の急使が軍隊の将軍たちに送られ,和平が締結されたことを伝えるとともに,将軍たちが軍隊内で講和を発表するためにすべての陣営において武力行使と敵対行為が停止される日を選ぶようはからうものとする.そして軍民を問わずすべての主たる任官者や要塞司令官に対し,今後いっさいの敵対行為を慎むよう命令が発される.そして前記発表後になんらかのことが試みられ,あるいは実際に新局面が生じた場合には,それはただちに修復され,もとの状態に復されるものとする.

第百五条〔返還の時期・方法などの協議〕
すべての陣営の全権は互いの間で,講和の締結から批准までの間に,各地点の返還および部隊の解散のための方法,時期,保証について,双方が合意された事柄が誠実に遂行されると確信できるよう,合意するものとする.

第百六条〔返還の執行責任〕
皇帝は何よりも帝国じゅうに勅令を発布し,これらの協定およびこの講和により返還あるいは何かをなすことを義務づけられているすべての者に,言い逃れや害することなく本条約の批准と調印の間に取り決めが遂行されるよう厳粛に命じるものとする.アウスシュライベンデン・フュルステンと呼ばれる長官ならびに圏のクリュイス・オブリステンと呼ばれる軍団司令官に対し,これらの執行命令および協定に従って返還物の請求および各人の返還を促進し,完遂するよう命じる.また勅令には次の節が挿入されるものとする.アウスシュウライベンデ・フュルステンと呼ばれる圏の長官またはクライス・オブリステンと呼ばれる圏の軍団司令官が所有権の返還の件においてこれこれの事例について執行にあまり適任でないと判断された場合,あるいは同様に長官または圏の軍団司令官がこの任命を拒んだ場合には,近隣の圏の長官または圏の軍団司令官がその機能を果たし,関係当事者の要請の上に他の圏におけるこれらの返還の遂行を執り行なう.

第百七条〔返還への立ち会い委員〕
もし何か返還を受ける者がある返還(それは本人の選択に任される)の執行に皇帝の委員が立ち会うことが必要だと考える場合には,それを得ることができる.その場合,合意された事項への妨げを減らすよう,講和の締結と調印後ただちに返還を受ける者と同様に返還をなす者も二ないし三名の委員を指名し,そのなかから皇帝陛下が返還者側に一名,返還を受ける側に一名を選び,その際それぞれの宗教からの人数が等しくなるようにし,本条約の効力によりなされるべきすべての事項を遅滞なく遂行するよう命じるものとする.もし返還者が委員を指名しなかった場合には,皇帝陛下は返還を受ける側が指名した人物の中から一名を,もう一名は陛下が適当と考える人物を選ぶ(それでも,それぞれの宗教双方に任命される者の均衡は守られるものとする).これらの人物に対し,反対するいかなる異議にもかかわらず,陛下は執行委任状を委ねる.そして返還を請求する者に代わり,委員たちは,講和締結後ただちにこれらの条項の趣意を返還者に伝えるものとする.

第百八条〔返還などの実行〕
最後に,この取り決めおよびその条項全般の効力によって,あるいはそのいずれかの明示的かつ個別的な処置によって,なんからを返還,移譲,譲渡,実効,執行する義務を負うすべての各諸邦,庶民,個人は,聖職か世俗かを問わず,皇帝の勅令発布後,そして通知を受け取ったのちただちに,遅滞なく,例外なく,先の大赦に含まれる一般的あるいは個別的な節を言い逃れに使わず,またいかなる義務を負うにしても異議や欺瞞なく,その返還,移譲,譲渡,実効,執行を行なうことを義務づけられる.

第百九条〔執行の妨害の禁止〕
守備隊の士官,兵士あるいは何人も,長官や圏の軍団司令官あるいは委員たちによる執行を妨害してはなく,むしろ執行を促進するべきであり,そして前記執行者が執行をいかなるしかたであれ妨害せんと努める者に対しては武力を用いることが認められるものとする.

第百十条〔捕虜の解放〕
さらに,双方のすべての捕虜は,文官か軍人かを問わず,軍の将軍同士の間で皇帝陛下の同意のもとに盟約された,あるいは合意されるしかたに従って解放される.

第百十一条〔フランス側の撤兵〕
大赦条項および不平条項に従って返還がなされ,捕虜が解放されるのと同時に,皇帝陛下およびその同盟者の,ならびにフランス国王陛下およびヘッセン方伯およびその同盟者と支持者の,あるいは彼らによって投入されたすべての兵と守備隊は,帝国都市その他返還されるすべての地点から,破壊,例外,遅滞なく,引き上げられるものとする.

第百十二条〔諸侯の権利の回復と肩書きについての注記〕
ボヘミア王国および帝国の他の国土およびオーストリア家の世襲領において,また帝国の他の圏において,一方または他方の軍隊によって占領され,保持されてきた当の地点,都市,町,城塞,村,城,要塞,砦,あるいは他の方法で譲渡されたものは,遅滞なく以前の合法的な保有者にして領主に返還される.彼らが帝国直属の等族であろうと間接の等族であろうと,教会領であろうと世俗領であろうと,また帝国の自由貴族もそこに含まれるものとする.そして彼らは,権利と慣習に従って,あるいは本条約がもつべき効力に従って,いかなる寄進,下封,割譲(ある等族の自由意思によって行なわれたものを除く),捕虜の請け出しあるいは焼き討ち,略奪を防ぐために強いられた提供,あるいは以前の合法的な領主にして領有者の権利を害して獲得された他の同様の肩書きにもかかわらず,自由な裁量を任されるものとする.また,前記回復に反するあらゆる契約,取引,すべての例外は停止され,すべて無効とみなされるものとする.ただし,先の条項でそうでないものとして合意された,フランス国王に対してなされる割譲,また帝国の選帝侯や諸侯に与えられる割譲や同等の補償は有効とする.皇帝とスウェーデンの間の条約でスペイン国王が言及され〔カール四世の〕ロレーヌ公爵が名指されたこと,ましてやアルザス方伯の称号が皇帝に用いられたことは,フランス国王に対していかなる害をなすものでもない.また,スウェーデン軍への補償に関してなされた合意も〔フランス〕国王に関していかなる影響ももたない.

第百十三条〔返還執行〕
そして占領された地点のこの返還は,皇帝陛下によっても,フランス国王によっても,また双方の同盟者と支持者によっても,相互に善意をもって執行されるものとする.

第百十四条〔文書や物資〕
記録,書類,文書その他の動産も,また同様に,地点の占領時にあった大砲でまだそこにあるものも返還される.しかし,地点の占領後にそこに運び込まれたものは,戦闘時に捕獲されたものであろうと,使用と保護のためにそこに占領者によって持ち込まれたものであろうと,付属物,戦備品を持ち去り,運び去ることが許されるものとする.

第百十五条〔輸送手段の提供〕
各地点の住民は,兵士や守備隊が退去する際,帝国内の指定された場所にすべてのものを運び去るために必要な荷車,馬,舟や装備を無償で提供する義務を負う.その荷車,馬,舟について,守備隊の隊長および退去する兵士の隊長はいかなる欺瞞も虚偽もなく返却するものとする.諸邦の住民は,物資を一つの領土から他の領土へ,帝国内の指定された地点まで運ぶ問題から互いを解放するものとする.守備隊長も他の士官も,借用した荷車,馬,舟また提供を受けた他のいかなるものもそれらが属する境界を越えて持ち去ることは,ましてや帝国外に持ち去ることは許されない.

第百十六条〔守備隊駐屯なきこと〕
返還される地点は,海上のものであろうと,国境上のものであろうと,国土内の飛び地であろうと,今後永遠に,戦争中に導入されたあらゆる守備隊はおかれないものとし,その領主の完全な自由と裁量のもとにおかれる(他のことについては各人の権利を害することなく)ものとする.

第百十七条〔都市や住民の権利〕
交戦国のいずれかに奪取され,占領されていた都市は現在も将来も,損害や侵害を受けることがなく,そのすべては市民,住民とともに,大赦の全般的な恩恵ならびにこの講和の他の部分も享受する.そしてこれらの争乱以前に享受していたその他の権利と特権については,宗教上のものも世俗上のものも,彼らに維持されるものとする.ただし,彼らが属する領土の主権およびそれに付属するものは別である.

第百十八条〔兵員削減〕
最後に,帝国内で交戦していたすべての兵員と軍隊は解散され,解役され,各当事者が自らの安全に必要と判断する程度の,彼らのそしてその適正な状態に減じられた数にとどまるものとする.

第百十九条〔批准〕
皇帝,〔フランス〕国王,帝国等族の大使および全権は,それぞれに,そして互いに,皇帝,フランス国王,神聖ローマ帝国の選帝侯,諸侯と諸邦がこのようにして全般的な同意により締結された講和に合意し,批准することをうながし,そして調印の日から起算して八週間のうちに厳粛なる批准の文書がミュンスターにおいて呈示され,互いに有効な形において交換されるよう間違いなく命令が下されるようにする.

第百二十条〔帝国法への組み込み〕
これらのすべての各条項をより確固として確かなものにするため,本取り決めは帝国の永続的な法,確立された裁定としてはたらくものとし,帝国の他の法や基本法と同様に次の帝国議会の制定法および皇帝承認文書のうちに挿入される.その拘束力は出席者のみならず欠席者にも,世俗のみならず聖界にも,帝国等族であるかどうかにかかわらず及ぶ.それにより,それは帝国の高貴なる枢密顧問官および任官者からも,他の諸侯やあらゆる裁判所の裁判官と廷吏からも永遠に遵守される,規定された規則となる.

第百二十一条〔条約に反することの禁止〕
この取り決めやその条項または節に反するような,いかなる教会法,民事法も,いかなる全般的もしくは個別的な枢密院令も,いかなる特権も,いかなる猶予も,いかなる勅令も,いかなる辞令,禁止,命令,政令,皇帝勅裁書,法律の停止,いつの時点だろうと下された判決,宣告,皇帝承認文書,その他の宗教上の教団の規定や例外も,過去もしくは将来の抗議,反論,請願,叙任,処置,宣誓,放棄,契約も,ましてや一六二九年の〔皇帝フェルディナント二世による回復〕令も,プラハ協定やその付則も,また教皇との政教協約も,〔皇帝カール五世による〕一五四八年の仮〔信条〕協定も,その他のいかなる世俗の制定法,教会令,適用免除,赦免も,いかなる他の例外も,どのような主張や旗印のもとでなされたとしても,決して主張されたり,聞き入れられたり,認められたりすることはなく,なんらかのしかたでこの取り決めに反してする裁定または委任は,禁止的なものだろうと他のものだろうと,原告にも被告にも決して裁定されてはならない.

第百二十二条〔平和の攪乱者の処罰〕
助言もしくは行為によってこの取り決めもしくは公共の平和に違背する,あるいはその執行や返還を妨害する者,または上述した方法により逸脱なく合法的に返還がなされたのちに合法的な理由の審問も通常の司法上の手続きもなく返還されたものを新たにかき乱そうと努める者は,聖職者であろうと世俗者であろうと,それに対して,帝国の基本法に従って,法律上また事実上平和の破壊に対する罰を受けるものとし,返還および修復が完全なる効果をもって承認され,委ねられるようにする.

第百二十三条〔紛争の平和的解決〕
それにもかかわらず締結された講和が効力を持ち続けるよう,この取り決めのすべての締約国がこの講和のすべての各条項を宗教の別を問わず他の締約国に対して守り,護持する義務を負い,もしなんらかの点で違反があったとしたら,被害者は何よりもまず侵害者に敵対行為に出ないよう勧告し,その件を友好的な和議あるいは通常の司法手続きに委ねるものとする.

第百二十四条〔紛争の解決〕
それにもかかわらずこれらのいずれの手段でも三年の間対立が解消しなかった場合には,まず被害者が穏便な手段と正義により成果が得られなかったことを訴えたのち,この取り決めに関わるすべての当事者は被害者に合力し,助言と武力において侵害者を退けるべくこれを助ける義務を負う.ただし,それでもそれぞれの司法権ならびにそれぞれの諸侯,諸邦の法に則った裁きの施行が妨げられるものではない.そして帝国のどの邦も,その権利を実力行使と武力によって追求することは認められるものではなく,もし意見の相違が起こったなら,あるいは将来起こるなら,みな通常の裁きの手段を試みるべきであり,違背者は平和の侵害者とみなされるべきである.裁判官の判決によって決定されたことは条件による区別なく,帝国の法によって判決の執行について定められていることに従って執行されるべきである.

第百二十五条〔圏システムによる平和維持〕
そして公共の平和が全きものとしてよりよく保持されるよう,圏が再建される.そして問題の萌芽が感知されればただちに,公共の平和の遂行と保持に関する帝国の基本法に含まれる事項に従って行動される.

第百二十六条〔兵員の他国通過〕
そして兵員を他の領土内を通過させたいときには,この通行は常にその軍勢の所属者の負担であり,軍勢が進む国土全体に決して不正や害や損害を与えたりしないものとする.一言で言えば,公共の平和の保持に関して帝国基本法が定め,規定しているすべてのことが厳密に遵守される.

第百二十七条〔他の参加国〕
本講和条約には,批准書の交換前,あるいはその後六か月以内に双方の全般的な同意によって指名される者が含められる.一方,共通の合意によって,ヴェネツィア共和国はこの条約の仲介者としてこれに含まれる.またサヴォイおよびマントヴァ公爵に対しては,イタリアにてフランス国王のために戦争を行なう,あるいは行なっていることに関し,何らの妨げにもならないものとする.

第百二十八条〔調印〕
これらすべての各事項の証として,そしてそれがより有効となるよう,皇帝陛下およびフランス国王陛下の大使,帝国の選帝侯,諸侯,諸邦の名において特にこの目的のために(下で触れられる年の十月十三日に締結され,マインツの宰相の印章のもとの署名の当日フランス大使に送達されたことの効力により)派遣された代表.すなわち,マインツ選帝侯からはニコラス・ゲオルク・フォン・ライゲルスベルク氏―騎士にして宰相―.バイエルン選帝侯からはヨハン・アドルフ・クレプス氏―枢密顧問官―.ブランデンブルク選帝侯からはザイン・ウント・ヴィトゲンシュタイン伯爵たるヨハン氏―ホンブルクおよびファレンダルにおける領主,枢密顧問官―.オーストリア家の名においてはヴォルケンシュタイン伯爵たるゲオルク・ウルリヒ氏―皇帝の宮廷の顧問官―,コルネイユ・ゴベリウス氏―バンベルク司教の顧問官―,ゼバスティアン・ヴィルヘルム・メール氏―ヴュルツブルク司教の枢密顧問官―,ヨハン・エルンスト氏―バイエルン公爵の宮廷の顧問官―,ヴォルフガング・コンラート・フォン・トゥンブシルン氏―ザクセン・アルテンブルクおよびコーブルクの宮廷の顧問官―,アウグスト・カルプツォヴィウス―ザクセン・アルテンブルクおよびコーブルクの顧問官―,ヨハン・フロムホルト氏―ブランデンブルク,クルムバハ,アンスバハ家の枢密顧問官―,ハインリヒ・ラウゲンベック氏―法律家,ツェレ系統のブラウンシュヴァイク・リューネブルク家の枢密顧問官―,ヤーコプ・ランパート氏―法律家,〔ブラウンシュヴァイク・リューネブルク家の〕カレンベルク系統の枢密顧問官および国務大臣―.ヴェッテラウのベンチの伯爵らの名においてはマタイ・ウェーゼンベック氏―法律家で顧問官―.他のそれぞれのベンチの名においてはストラスブールのマルク・オットー氏,レーゲンスブルクのヨハン・ヤーコプ・ヴォルフ氏,リューベックのデーヴィッド・グロクシニウス氏,ニュルンベルク共和国のルートヴィヒ・クリストフ・クレス・フォン・クレセンシュタイン氏〔.〕それぞれの評議員,元老,顧問官,法律顧問はその自らの手と印章をもってこの講和の文書を証明し,確認し,各位階の前記代表は定められた期限内に,盟約されたしかたにおいてそれぞれの君主の批准を得ることを約した.他の諸邦の全権には彼らが適当と考える場合に署名し,その君主の批准を得る自由が残された.しかし,この協定と法に関しては,前に述べた代表の署名と同時に,署名と批准を控えているすべての他の諸邦も,彼らもこれに署名し,批准書を呈示したかの場合と同様に,この講和の文書に含まれていることを維持し,遵守する義務を負う.そしてローマ帝国の枢密院からの前記代表によってなされた署名に反する抗議も反論も受理されず,有効ではない.

一六四八年十月二十四日,ウエストファリアのミュンスターにおいて作成.


オスナブリュック条約について

ミュンスター条約,オスナブリュック条約は基本的なところでは同内容だったり,相互に参照して補完しあったりしているが,Forschungsstelle "Westfalischer Friede"によると,オスナブリュック条約(Instrumentum Pacis Osnabrugense)のほうが(帝国の体制との関連で)当時から重要と考えられていたとのことで,どうも普通に引用される「ウエストファリア条約」とはそちらのほうらしい.同サイトなどから集めた条文番号は次のとおり.
第五条第三十項 帝国等族の領土の権利および主権(jus territorii et superioritatis)
第五条第五十二項 帝国議会における宗教問題での多数決原理の廃止
第六条 カルヴァン派も含むプロテスタントの承認
第八条第一項 帝国等族の領土の権利の自由な行使(上記第六十四条に相当)
第八条第二項 帝国等族が外国と同盟を結ぶ権利(上記第六十五条に相当)
第十三条 オスナブリュック司教位
第十四条 ブランデンブルク選帝侯の処遇(上記第三十一条参照)
第十七条第二項 ウエストファリア条約を帝国議会に諮り,帝国の基本法に(上記第百二十条に相当)


ウエストファリア条約ラテン語表現集・初級編
ウエストファリア条約の英語テキストについて(English)
リンク
The Thirty Years War: The Peace of Westphalia…ウエストファリア条約の内容について簡単にまとめられている.
オスナブリュック条約(ドイツ語)ミュンスター条約は両者の対応がわかりやすい.
Der Westfalische Friede…オスナブリュック条約の表紙写真あり.


翻訳は英訳版を底本としたが,いろいろ問題が多く,随所でラテン語原文を参照した.英訳テキストはインターネット上あちこちにあるが,The Avalon ProjectおよびThe Fletcher School の2箇所のものを用いた.それぞれ1〜2の条文番号の(異なる)誤記があるほかは(タイプミスらしい箇所も含め)一字一句同一であった.
(C) 2003.10.24(ウエストファリア条約調印355周年記念日) 友清理士; 訳文の最終修正日2004.1.31
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