歴史小説でたどる英国史(など)

Mary of Carisbrooke (Margaret Campbell Barnes)

ピューリタン革命時にワイト島に逃れたチャールズ一世の様子を島の娘メアリーの視点から描く.上っ面の歴史だけかじっていると,国王への協力と議会への忠誠のはざまにいた人々の立場がどのようなものだったのか想像がつきにくいのだが,そのあたりの各人の立場も小説として具体的に描き出されていて,「ワイト島のチャールズ一世」に興味のある人にとっては一読の価値あり.
無名の人物を主人公とした歴史小説の場合,私個人の好みとしては,あまりに歴史から離れた単なる時代劇になってしまってはつまらないし,逆に無名の主人公が歴史を動かしていたというような史実から離れた描写も興ざめに思えてしまう.本書の場合,チャールズ一世自身はワイト島で虜囚同然の状態だったので,自然にメアリーら周囲の人物たちに焦点が当たるようになっていて違和感がない.しかも,話の大筋が史実に則っていることはもちろん,総督ハモンド,ホイーラー夫人,ジェーン・ホアウッド,ファイアブレース,ボスヴィル,タイタス,マイルドメイ,ホプキンズなど実在の人物(別稿(英文)参照)も多く登場するのもうれしい(ファーストネームをはじめ年齢・経歴などフィクションも交えているようだが).オズボーンの叔父のガーンジー総督(p.340) (Wikipedia) はともかく,リチャード・オズボーンは架空だと思っていたのだが,オズボーンもその仇敵ロルフも実在するらしい(Lords Journal, 手紙).
イギリスで歴史小説というとピューリタン革命のころが一つのポピュラーな時期らしく,本書も近年再版されて多くの読者に読まれているらしい (書評サイト)
〔1647年11月〕ハンプトン宮殿で議会派に捕らわれていたチャールズ一世が脱出し,ワイト島にやってきた.新総督ハモンド〔かつて国王の恩顧を受けた者の息子という設定になっている〕に側近が接触した結果,信頼できると判断したのだった.
本土の騒乱からは隔離されていた島は突然の国王の来訪に色めき立った.総督のいるカリスブルック城では,わずか十人余りの守備隊の曹長サイラス・フロイドが出迎えのための兵の訓練に張り切る.その姉妹で女中頭のホイーラー夫人〔故サー・ウイリアム・ホイーラーの未亡人という設定になっている〕とフロイドの娘メアリーは国王を迎える準備に奔走した.城に向かう国王に泥を投げる者もいたが,メアリーの親友のフランシス・トラトルは花を差し出し,場を和ませた.
だが議会派に任命された総督ハモンドは職務に忠実に国王の来訪を議会に報告していた.議会はチャールズの荷物や付き人らをハンプトン宮殿から送ってくれたが,その要求は厳しく,交渉は決裂した.
穏健派のハモンドに対し,同じ本土から送られてきたのでも守備隊長ロルフ(フロイドの上官)は強硬派だったが,メアリーに気があった.だがメアリーはその後出会った国王侍従のハリー・ファイアブレースに親近感をもった.メアリーら以前からの城の住人にとっては前年までとは打って変わって面白みのないクリスマスになったが,メアリーはファイアブレースとトラトルの宿屋に行ったのが無上の喜びだった.
フランス亡命中の王妃がサウサンプトンまで船を派遣し,国王らは狩りに出た際に船で逃走しようとしたが,風が変わって断念した.このことは総督側に察知され,国王の付き人が大幅に減らされ,主だった側近も追放されることになった.側近が最後に国王に面会したとき,ロルフはあえてプライバシーを与えまいとしてメアリーら城の者に用事を見つけてその場に出入りさせた.そのときメアリーはファイアブレースが秘密の伝言を交わすのを聞いてしまうが,ファイアブレースと目が合って,秘密を共有したような喜びを覚えるのだった.退役軍人のバーリーが国王を助け出そうと騒ぐが,すぐに捕まって投獄された.
メアリーは宿屋の主人トラトル(フランシスの父)に見込まれ,国王のエージェントのボスヴィルから国王への手紙を託される.ファイアブレースに届ければ国王に届くということだった.
バーリーは本土で死刑になったが,これによって島では議会への反感が高まった.だがファイアブレースは,議会派が国王にも同じことをするのではと危惧し,脱出が急務と考えた.
メアリーは,国王の部屋の壁が薄いことなどをファイアブレースに話し,部屋に出入りしなくても手紙を授受できる方法を考えついた.ファイアブレースら王党派はホイーラー夫人の部屋で毎週会合を開くようになった.メアリーは,自分がメッセージを届けたなどといったことを国王が暗号の手紙や口頭の隠語でやりとりしていることを聞いて驚いた(p.122-123).メアリーの父サイラスも王党派だったが,ホイーラー夫人はサイラスを関与させることは断固として拒否した.軍人であるサイラスが職務に反することをすれば死刑になる公算が高かったのだ.
バレンタインデーのころ.密議に加わっていたうちの二人が追放された.どこかから情報が漏れたらしい.いつもならニューポートまで自由に行けるメアリーもロルフに止められた.ファイアブレースは,国王が人を信じすぎるために情報が漏れたのではと口にした.
ボスヴィルが国王への手紙の束を託した男は過分な報酬で泥酔してしまい,手紙は総督に届けられてしまった.ロルフは開封したがったが,総督は未開封のまま議会に送付することにした.
手紙の仲介はメアリーか下女のリビーと思われたが,リビーがメアリーをかばって追放された.だがロルフはメアリーがニューポートにいる愛人のために手紙を仲介していると勘ぐっていた.
〔1648年〕3月,脱出の準備が整ったが,国王は鉄格子を通ることができず,失敗した.泥酔した見張り兵は,一味ではないながらも事情を察したサイラスがロルフの見回りの前に交代させたので,ばれずにすんだ.
計画は失敗したものの,緊張がほどけてくつろいだ気分になったとき,メアリーはファイアブレースと話し込んだ.仲むつまじさが明らかだったので,二人きりにされたが,メアリーは,ファイアブレースがさらりと妻がいると言ったことに愕然とする.妻は病んでいるということだったが,それでも生きるよすががなくなったようだった.(偶然にも今放映中のNHK朝ドラ「花子とアン」によく似た展開.)メアリーは,ファイアブレースの親友だが軽薄なキャラのオズボーンに,君はハリーのことを何も知らないと言われたことを思い出すのだった.
ホワイトホールの宮廷も知るハモンド夫人(総督の母)の発案で,場内にローンボウリングの芝を整備することになった.島民も議会派もみな一丸となって施設を完成させた.不満なのは,ロルフら一部の強硬派だけだった.
脱走計画が具体的に察知されたわけではないが,タイタスとファイアブレースは近日中に去ることになった.しかもクロムウェルの甥(ハモンドの遠縁)がおそらく監視役として送り込まれてきた.総督は国王が保管しているはずの,スコットランドとの交渉の際に要求された条件を秘密に入手するよう求められて悩んでいた.ある日,国王らがローンボウリングで留守の間に書類をあさっているとき,にわか雨で戻ってきた国王は慌てて逃走計画の書類を火に投げ込んだ.
秘密は守られたが,それでも禁じていたはずの文通が続けられていたことが明らかになった.国王は,議会派に捕らわれている次男ヨーク公のことが気になっていた.議会派にはどんな暗号でも解読してしまう数学者〔ジョン・ウォリスのことだろう〕がいるとのことだが,国王がヨーク公に送った暗号の手紙がみつかったときは,ヨーク公はロンドン塔送りにすると脅されて暗号を明かさざるを得なかったという(p.189).
いずれにせよ,城内に国王の協力者がいることは明らかで,総督は国王の部屋をより安全な部屋に移すことに決めた.
ファイアブレースは城を去る直前まで新たな逃走計画を練った.協力者ジェーン・ホアウッドが送った硝酸は届かなかったが,鉄格子を切るやすりは入手した.だが,女あさりの手管の伝授でロルフに接近していたオズボーンは,ロルフから国王暗殺計画をもちかけられ,脱出をますます急務と考えた.だがまた衛兵を酔わせるわけにはいかず,大金で協力させることにした.
五月末,決行の日になったが,協力するはずの一人が自傷して曹長のサイラスにすべてを告白し,サイラスは自分が代わりに歩哨に立つことにした.メアリーはロルフが見回りに出るのを見て,不本意ながら色仕掛けでなんとかロルフの部屋に連れ戻したが,そこに総督が慌ててやってきた.二人の衛兵が総督にすべてを打ち明けたのだという.ロルフは国王が窓から降りたところに駆けつけた.メアリーが火薬を抜いておいたおかげでロルフの銃は発砲されなかったが,別の銃がサイラスの命を奪った.外で待機していたオズボーンらは逃げられたようだった.
後日,教会の父の墓前で,メアリーはオズボーンと再会する.メアリーは,国王を絶対視するファイアブレースと異なり,脱力系のオズボーンが王党派ながら国王や王妃の非妥協的な態度やを批判するのに新鮮な驚きを覚えた.オズボーンはメアリーがファイアブレースを愛していたことを承知しつつ,今度会えたら結婚してほしいと言って,追っ手が迫ると去っていった.国王の監察役のマイルドメイ少佐はメアリーの尾行を命じられていたが,お尋ね者のオズボーンを見ても何もしなかった.
国王の従者はほんの一握りまで減らされていた.メアリーは国王がスパニエル犬を好きなのを思い出して,血統種ではないながら自分の犬を慰めに差し出すことにする.その縁もあってメアリーは,雨でボウリングが出来ない日々,国王から親しく身上話を聞くことになるのだった.
オズボーンはロルフらの非道を議会に訴え,本土で裁判が行なわれていた.
ある日,男装したジェーン・ホアウッド(40代)が潜入してきた.ジェーンは議会派の裁判といえどもオズボーンを罪に問うことはできなかったと報告した.そして,こそこそ逃げ出すのではなく,反乱を起こして城を奪取して国王を解放すると主張する.そして,ロルフが裁判のために本土に行っている今こそがチャンスだという.メアリーの手配で国王と密会できたジェーンは,オズボーンからの荷物をメアリーに渡し,女たらしで有名な男が何週間も女に目もくれないときは本気で恋をしているということ,本気で愛されるのは愛するよりも痛みが少ないものだと意味深長なことを言って帰っていった.
ジェーンの大胆な計画はさすがに非現実的だったが,議会と軍が互いに不信感を高めているとの報告が国王らに希望をもたらした.国王は,総督ハモンドの賛同のもとに議会に手紙を送り,再び交渉を始めることにした.ニューポートで交渉をすることとなり,国王は再び外出もできるようになった.
国王の付き人も大勢ニューポートにやってきて,メアリーはファイアブレースとも再会した.だが,動揺することもなくメアリーの手を取って挨拶するファイアブレースを見て,彼は自分ほど深く愛してはいなかったのだと感じる.
ニューポートでは王党派も議会派も友好的なムードに包まれたが,交渉が行き詰ると再び険悪になった.穏健派の総督ハモンドは軍部から呼び出され,王党派は今まで目の敵にしていたハモンドが強硬派からの防波堤になっていたことを痛感する.留守を預かるロルフは国王の宿所に兵を送り,国王は島外に連れ出された.ホイーラー夫人は同行を許されたものの,メアリーは置き去りにされた.国王はさらにウインザー,セントジェームズへと送られる.ウインザーでは国王はかなりの自由を享受したものの,裁判にかけられるとなると命運は尽きたと悟った.「プライドのパージ」で議会は軍部が牛耳るようになっていたのだ.
クロムウェルの兵であふれる城に戻る気にならず,メアリーはトラトルの宿屋に身を寄せた.二か月が過ぎ,国王の裁判の行方を案じていたところにオズボーンが現われた.国王は処刑されたという.オズボーンは亡命中の新たな国王チャールズ二世のために活動する意気込みを話す.
フランシスは,メアリーが「リチャード」と呼びかけたり,オズボーンがメアリーに示すちょっとした仕草から二人の仲に感づいた.
議会はワイト島にチャールズ二世の遺児エリザベスとヘンリーを送ってきた.チャールズ二世の上陸が懸念されるなか,国王の遺児が本土にいて王党派の旗印となることを避けたかったのだ.
マイルドメイ少佐の依頼でメアリーは,いまだ十八歳ながら本土に行っている叔母に代わって女中頭となって王女・王子を迎えることになった.
エリザベスはもともと病弱で,ダンスやボウリングに興じることもあったが,静かに息を引き取った.だがその前にメアリーに,父王が死ぬ前に息子チャールズに託した遺言を言付けていた.
エリザベスの手紙に応えて議会はエリザベスとヘンリーのオランダへの出国を認めてきたが,ロルフが帰ってきて一切は無に帰した.メアリーはマイルドメイから船が出ること,オズボーンもきっと乗ることを聞き,城を抜け出して船に乗り,オズボーンに迎えられた.二人はハーグで結婚してブレダのチャールズ二世に面会した.陽気なチャールズは困窮の身にありながら,遠慮するメアリーを笑い飛ばし,二人を食事に招くのだった.



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