歴史小説紹介

The King's Bed (Margaret Campbell Barnes)

リチャード三世の庶子の物語.
リチャード三世が最後の戦いであるボズワースの戦いに赴く前に滞在した宿屋の娘タンジーがリチャードの庶子ディッコンと出会い,ほんの短期間の出会いにもかかわらず惹かれるものを感じる.後半はランカスター朝の天下のもとで一介の市民として平穏に生きようと思いつつもプランタジネット家の誇りに目覚めたディッコンの葛藤を描く.メインストリームの歴史的事件とところどころリンクしながら,当時の空気や庶民の生活ぶりも生き生きと描き出している.
作者も巻末で書いているように,主人公ディッコン(Wikipedia)や青い猪亭・国王のベッド(University of Leicester)といった基本設定は史実に基づいている.ラヴェル聖堂のエピソードも通説ではないものの発掘された事実に基づいており,歴史家の否定的見解(Wikipedia)に対しても説明がつく筋運びになっている.

あらすじ

ネタばれあります.(歴史小説でネタばれもないものですが,無名の主人公なので一応注意しておきます.)

レスターの宿屋「白い猪亭」の主人はかつてグロスター公(現リチャード三世)のもとで戦ったことがあり,公の紋章である白い猪を宿屋の看板にしていた.ある日,ほかならぬリチャードの軍勢がやってきて,その看板を見て国王らが宿泊することになった.主人の娘タンジーは,寝つきの悪い国王が常時持ち運んでいるという専用のベッドをまじまじと眺めていて,近くにいた男からその来歴を語られるが,それが当のリチャード三世だった.リチャードは,王位を狙って上陸してウェールズ方面から迫るヘンリー・テューダーを迎え撃つつもりだったが,戦いの行方などどうでもいいかのような悠然とした態度だった.
近くのボズワースの平原で行なわれる会戦では,誰もがリチャードの勝利を疑わなかったが,戦闘が終わって村にやってきたのはテューダー軍だった.リチャードは戦死したという. その晩,タンジーはランカスター派に追われている若者を助けたのだが,それは宿に遅れて到着して,タンジーがリチャードの行き先を教えてやったディッコンだった.ディッコンは,戦いの前夜,リチャード本人からリチャードの実の子だと知らされたという.名乗っていた苗字ブルームは,プランタジネットの語源となった植物(エニシダ)の英語名だった.ディッコンはなぜかまたタンジーのところに戻りたくなったのだという.
タンジーはディッコンを屋根裏にかくまうが,酔った客からヨーク派をかくまっていると問い詰められる.だが継母のローズはタンジーが男を引き込んでいたと決めつけ,タンジーはあえて反論しなかった.幼なじみのトム・フッドが話を聞いて気にするが,事情を聞くと,戦い以来町にあふれていた主のいない馬を調達してくれ,ディッコンはロンドンに向かうことができた.戻ってくるつもりだったリチャード三世が残していったベッドは,ローズは資金回収のため売却するつもりだった.だが,ローズはリチャードの本には興味を示さず,タンジーはディッコンに渡すことができた.職人見習いだったディッコンは「白い猪亭」の看板を修復するとともに「青い猪」に描き直してやった.
トム・フッドのアドバイスで,国王のベッドを売却するのはやめて金を取って見世物にしたところ,一定の収入を得ることができた.
ばら戦争が終わって矢職人のトム・フッドの商売は不調だったが,ロンドンのディッコンからカレー防備のための矢職人のポジションを紹介されてうまく軌道に乗ることができた.ライバル視していたディッコンともうまくやっているらしい.
タンジーとの結婚を望んでいたトムだが,新たな展望が開けるとそちらに夢中になったようだった.タンジーも,ディッコンと会って以来,トムを男として愛しているわけではないと自覚するようになっていた.
青い猪亭では急に継母ローズの金遣いが派手になり,ライバル店を首になった歌姫グラディスがローズの小間使いとして住み込むことになった.だが,グラディスはライバル宿屋の主マルパスを家に引き込み,一緒にローズの部屋に忍び込んで,国王のベッドの隠し引き出しから大量の金貨を発見していた.目を覚ましたローズは絞殺され,目撃したタンジーは,ローズと不仲なことが知られていたのでスケープゴートにされた.
タンジーの証言以外にはマルパスとグラディスの犯行の証拠はなく,タンジーが裁判にかけられた.マルパスやグラディスの部屋で金貨がみつからない一方,タンジーの部屋から数枚の金貨がみつかったことでタンジーの疑惑は深まったが,そこに群集をかきわけてディッコンが到着し,金貨はボズワースの戦いの直後に自分が借りて返したものだと証言して流れが変わった.(ディッコンがヨーク派だと名乗り出たとき,裁判官の口調がやわらいだが,その後,ディッコンの顔を食い入るようにみつめたのが気になった.)慌てたグラディスが逃げようとしてマルパスもそれに続いたことで両名が調べられ,有罪となった.金貨は共犯者が持ち逃げしたものとされた.
マルパスとグラディスは死刑になった.ディッコンはあと数か月で徒弟の年季が明けるので,それまでは結婚できなかったが,タンジーはディッコンについてロンドンに行く決意をした.
リチャード三世の甥のウォリック伯を名乗る人物(ランバート・シムネル)が正統な国王を名乗ってアイルランドで迎えられていた.ヘンリー七世は親ヨーク派感情を刺激する覚悟で,ロンドン塔で捕らわれていた本物のウォリック伯に市内を一周させた.タンジーとディッコンはそれを見物する.ストークの戦いでヨーク派は敗れたが,ヘンリー七世の慈悲でシムネルは厨房の下働きとされることになった.
ウォリック見物の折に知り合った商人ヤン・ウィーバーはディッコンがプランタジネット王家の面差しを持っていることに気づき,リチャード三世の姉であるブルゴーニュ公妃のもとでロンドン塔で暗殺されたという噂の少年リチャードとして教育を受けることを勧めるが,迷った末,ディッコンは断った.父リチャード三世から,担ぎ上げられたりせずに一介の市民として生を全うするよう諭されていたことが決め手だった.
レスターの青い猪亭は売却され,旧知の教師ジョーダンが売上金をロンドンまで持ってきてくれた.
ディッコンは無事職人の試験に合格し,タンジーと結婚する.ディッコンを高く買ってくれている顧客のモイル一家のおかげで厩のある新居を安く借りることもできた.モイルはトムの雇い主でもあったが,その娘エイミーとトムは恋仲になっていた.ある日,新居でモイルはディッコンの本を見ていてリチャードの署名を見るが,何も言わなかった.
ディッコンは腕を見込まれてヘンリー七世廟の建築に加わるよう打診されるが,ランカスター朝のためにはたらくのを潔しとせず断ってしまう.これでロンドンでは仕事の見込みはなくなった.
ディッコンは仕事を探しにオクスフォードに行ってラヴェル聖堂の修復をしたのだが,帰ってきたディッコンは先の仕事にありついたわけでもないのに,満足そうにしていた.ストークの戦いで戦死したと思われていたラヴェル卿に会ったのだ.聖堂はテューダー家に接収されていたが使われていなかった.修復されたということはまた人が住む可能性があるので,ディッコンはラヴェルとともに秘密の隠れ場所を作り上げ,その間,父リチャードの人となりについても聞くことができた.
ディッコンがラヴェルにもらった本の署名を見て,モイルはディッコンが国王廟の仕事を断った理由を確信した.問われてディッコンも出自を認めたが,モイルはそれを口外するつもりはなかった.むしろ,ケントの邸宅の改築をディッコンに任せると言った.才能に見合う栄達ではないまでも,人目につかずに満ち足りた生活が保証されたのだ.
数年後,モイルは家長の座を継承し,エイミーとトムも結婚できた.親方となったディッコンとタンジーには息子ロバートも生まれて,ケントで幸せに暮らしていた.ロバートは母親似で,リチャード三世に生き写しのディッコンのような苦労をせずに一市民として暮らせそうだった.


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