歴史小説

Jane Grey (A.C.H. Smith, 1985)

「九日間の女王」ジェーン・グレーを描いた映画Lady Jane(『レディ・ジェーン 愛と運命のふたり』;1986英)のノベライズ.
学問好きで信仰に篤いジェーンが酒場に入り浸る放蕩息子のギルフォードと政略結婚させられるが,真実の愛に目覚め……というストーリーの根幹部分はフィクションだが,べたとはいえ手堅く感動的にまとめている.まだ十五歳の少女ジェーンがノーサンバランド公爵の野望のためにその子ギルフォードと結婚させられイングランド王位に据えられるが,9日間の治世に終わるという政治的な展開は歴史の通りで,かなり細かいところまで史実に忠実に描いている模様.場面転換や視覚的な描写で映画を意識したようなところはあるが,小説単独でも十分味わえる.忠実なノベライズでありながら,映画で描ききれていなかったディテールまで書き込まれているので,映画版をすでに見た人にもおすすめ.
(私事になるが,本作には不思議な縁がある.最初に知ったのは有隣堂本店の店頭で見た本書のペーパーバック.中学生のころエインズワースの『ロンドン塔』が好きだった記憶があったので迷わず買った.数年後,たまたま父からもらった券で池袋の電気フェアを見に行ったが,そこでもらった冊子に映画のビデオが紹介されていて,VHSビデオの再生機がないにもかかわらず取り寄せて買ってしまった.)
一五四七年,ヘンリー八世が没し,少年王エドワード六世が即位したが,一五五二年には摂政サマセット公爵が処刑され,ノーサンバランド公爵が実権を握った.
ノーサンバランドは病弱なエドワードの死後のことを考えていた.エドワードの姉メアリー,エリザベス王女を庶子などと理由をつけて王位継承から外せば,次の継承者はサフォーク公妃フランシス,そしてその娘のジェーンとなるのだった.
ジェーンが一人でプラトンを読んでいると,カトリックのフェッケナム司祭がメアリー王女から父サフォーク公と狩りに出ている少年王エドワードへの手紙を持ってやってきた.ジェーンは熱心なプロテスタントで,初対面のフェッケナムに対して,パンが主の体であるとするカトリックの教義に食ってかかる.
一五五三年.ノーサンバランドの仄めかしを受け,サフォーク公妃もジェーンを王エドワードと結婚させるつもりになっていた.しかし,国王の命が長くないと知り,ノーサンバランドはジェーンの結婚相手として自分の三男ギルフォードを考えた.
ジェーンは断わったが,母親はそんな強情なジェーンを鞭でお仕置きした.その場を抜け出したノーサンバランドは王宮に行ってエドワードにジェーンの説得を依頼した.プロテスタントを守るためにこの結婚が必要なのだと言われ,自分の死期が近いことを自覚しているエドワードは承知した.エドワードはお仕置きの間に現われてみなを下がらせると,幼なじみのジェーンに駆け寄って慰めたつつ,両親のいいつけに従うよう諭すのだった.
ノーサンバランドの息子ギルフォードは放蕩息子で,婚約が決まったときも売春宿から連れてこなければならなかった.ジェーンはギルフォードに面と向かって気乗りがしないと言い,ギルフォードのほうも仕返しのように売春宿で楽しんでいたと告げた.
結婚式のあとの祝宴で,ギルフォードのあまりのだらしなさにサフォーク公は不安を漏らしたが,ノーサンバランドは「彼なら操れる」と言うばかりだった.
新居となる修道院に行く途中,馬車が浮浪者の一団に囲まれた.ギルフォードが応対し,金を渡したが,男は胸の焼き印を見せた.いかがわしいところに出入りして庶民と交わっているだけあって,ギルフォードは物乞いをしたために焼き印を押されたのだということがわかっていた.男は金などより,土地を返せというが,二人のせいでないことはわかっていた.
その日の夕食の席で,ジェーンが昼間の浮浪者を怠け者だと言った.学識のあるジェーンの無知に驚いたギルフォードは,かつては彼らも土地を耕していたが,それをギルフォードの父,ジェーンの父らが取り上げ,あげくに物乞いに焼き印をする法律を作ったという事情を説明した.ジェーンが金を渡しても喜ばなかった点を指摘すると,ギルフォードはシリング貨を寄越した.シリングなら銀貨のはずなのでジェーンはてっきりペニー貨だと思ったほど,貨幣の質が下がっているのだった.ジェーンは宗教の問題はよく知っていると言い張ったが,ギルフォードはそんな知識は温かい心に包まれていなければ意味がないと言い放つ.ジェーンは別々の寝室を用意させると言って席を立ち,立ち去り際,ギルフォードは知っていても何も行動していないとなじった.ギルフォードは何をしても無駄だからだと言う.
翌晩,ジェーンが寝台で本を読んでいると,ギルフォードがはいってきた.ギルフォードは昨夜のことを謝り,魂のことについてジェーンの教えを請いたいと言った.ジェーンは説明していたが,いつしかギルフォードにキスしていた.政略結婚なので結婚は完遂しない予定だったが,そんなことはすでに意に介さなくなっていた.ジェーンは,ギルフォードが売春宿では酔いつぶれてしまい何もなかったと知って喜んだ.
この間,死期が近いエドワードは,ノーサンバランドの指示で砒素を与えられ,無理矢理生きながらえさせられていた.姉を王位継承から外し,ジェーンを継承者とする遺書への署名を求めてられいたのである.エドワードもついに根負けして署名した.
地方長官の訪問予定を断ったある晩,ギルフォードはガラスのゴブレットにぶどう酒を満たし,ジェーンに望みを聞いた.ジェーンが魂の解放を述べると,「すんだ」と言ってゴブレットを落として割った.ノーサンバランド公が結婚祝いにくれた,ベネチア製の高級品である.そしてギルフォードはジェーンに望みを聞くように促す.ジェーンに聞かれ,ギルフォードは「焼き印のない世の中を」と言った.ジェーンもおそるおそるゴブレットを落とした.そして二人は代わる代わる望みを言い,ゴブレットを割っていった.そして最期にジェーンは「本物のシリングを」と言った.
ジェーンの気がかりはノーサンバランド公のたくらみだった.結婚させたのには何か理由があるはず.ギルフォードは父は悪人ではない,プロテスタントのためにやっていることだと言う.
ノーサンバランド公は国王の遺書を手に枢密院から,ジェーンの王位継承への同意を取り付けた.しかし,メアリーとエリザベスの身柄を拘束することには失敗した.そこにエドワードの逝去の報せがはいる.もはや後戻りはできなかった.
夜中にジェーンが呼び出された.
居並ぶ貴顕たちの前でノーサンバランド公が国王の逝去を告げ,遺言によりジェーンが王位につくことを宣言する.
「ジェーン女王万歳」
ジェーンは仕方なく王冠を受けたが,ギルフォードにも王冠を授けると聞かされ,耐えられなくなった.ジェーンの叫びを聞いて,ギルフォードが兄たちの制止をふりきってジェーンを抱きかかえる.ギルフォードは女王になれば世を正すために何かができると言ってジェーンを説得した.ジェーンは最初の命令として,本物のシリング貨の鋳造を命じた.
枢密院で王位を要求するメアリー追討を決めたところにジェーンとギルフォードがはいってきて命令事項を述べ始めた.議会を招集して焼き印の法を撤回すること,庶民に修道院の土地を使わせること,貧しい者への学校を設立し,父サフォーク公を設立責任者とすること….そこでノーサンバランドが立ち上がった.サフォーク公はメアリー追討軍を率いることになっていると.
別室に下がってサフォーク公夫妻がジェーンを説得しようとしていた.そこにギルフォードが助言する.ノーサンバランド公に行かせればいいと.ノーサンバランド公はやむなく指揮官の名を書き換えた上で辞令を差し出し,ジェーンの署名を得た.フランシスは「彼なら操れる」というノーサンバランドの言葉を持ち出して皮肉った.
ジェーンはスペイン大使との面会もそっちのけで善政を敷こうとした.囚人を解放し,そしてある日,造幣局から銀のシリングが届けられた.
ところがまもなく,ギルフォードの兄がノーサンバランドの敗報を届けてきた.ギルフォードは休んでいたジェーンを起こして枢密院の会議室に連れていった.そこには誰もいなかった.
たったの九日だったと感慨深げに言うジェーンに,ギルフォードは願いを聞いた.ジェーンは焼き印のない世界を望み,ギルフォードは「すんだ」と言ってろうそくを吹き消した.ギルフォードのほうもジェーンの言っていた子供が愛される世界を望み,ジェーンが「すんだ」と言ってろうそくを吹き消した.そしてジェーンが何もかも終わりにしたいと言うと,「すんだ」と声がした.サフォーク公だった.枢密院はノーサンバランド公を反逆者と宣言したというのだ.
サフォーク公は償いはすると言って去り,ジェーンはロンドン塔に入れられた.まもなくメアリーが女王としてロンドン塔に入城し,歓声を受けた.
メアリーはジェーンに謁見を許し,死刑判決が出るだろうが赦免するつもりだと話した.ジェーンは,ギルフォードとの同室も許された.だが,サフォーク公が反乱を起こし,捕らえられた.反乱軍はジェーン女王を旗印としており,ジェーンの立場は悪くなった.
ようやく裁判が開かれ,ジェーンとギルフォードに予想通りの死刑判決が下った.メアリーは赦免するつもりだったが,メアリーはスペイン王子フェリペとの結婚に熱心で,スペイン大使は,フェリペは不安要因の中心人物が排除されなければ出港しないと指摘する.流血を避けたいメアリーはジェーンたちが真の信仰に帰依するようになれば脅威も減るはずと言い,大使も了承した.そこでフェッケナムがジェーンを訪れ,説得しようとしたが,ジェーンの信仰は堅かった.
フェッケナムのはからいでジェーンとギルフォードは最期に一時間だけ一緒に過ごすことができたが,まもなくギルフォードは処刑場に連れていかれ,それを見届けたフェッケナムが今度はジェーンを迎えに来た.
処刑台までつきあってくれたフェッケナムに,ジェーンは手に持っていたコインを渡し,処刑に臨んだ.
メアリーに報告したフェッケナムは,ジェーンと読んだ,魂の救いを述べるプラトンの一節を思い浮かべるのだった.


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