歴史小説

Luke's Story: The Jesus Chronicles (Tim LaHaye and Jerry B. Jenkins)

聖書の『ルカ伝』と『使途行伝』の著者とされるルカを主人公にした小説.ルカについてはパウロの書簡で3回だけ言及されていることや『使途行伝』での「私たち」という表現のほかはほとんど何も知られていないので具体的なエピソードの大半はフィクションなのだが,冒頭からテオピロが出てきたり,パウロも早くから登場するなど,聖書とのつながりを多分に意識した構成になっている.『ルカ伝』の時期で終わりにせず,『使途行伝』に基づくパウロの伝道旅行やローマ行きの時期まで扱っているのがうれしい.
全般的に淡白な印象だが,パウロの性格描写がわかりやすく,今風にいうとキャラ立ちしている.ルカはパウロと大学の同期で,パウロの回心後にその影響で信仰に導かれるという設定になっている.
あらすじ
西暦20年のアンティオキアの富裕な商人テオピロの奴隷ルカは,好奇心旺盛で歴史や医術に関心があり,ラテン語まで勉強している少年だったが,大理石を買い付けに行ったときに事故で大怪我をした奴隷の命を救ったことでテオピロに注目される.ルカは肉体労働を免除され,大学進学へ向けて勉強に専念することになった.テオピロは万人は平等であり誰をも愛するというストア哲学の道を悩みながらも追求しており,奴隷の扱いも他に類がないほど人道的だった.ルカがラテン語の独習までできていたのもそのおかげだった.疫病でルカの両親を含め多くの奴隷が死んだとき,テオピロはルカに,亡くなった者たちの遺族に取材して弔辞を起草する役目を与えた.
大学に進学する際,テオピロの助言で,気取っていると思われないよう,ルカはロウコン(Loukon)という本名ではなく,愛称のルカ(Luke)を名乗ることにした.
タルソスの大学ではサウロという人物が同輩だった.サウロは幼いころから優秀で,今でもどんな話題でも自信たっぷりに持論を述べ立てる.周囲は辟易するものの,その才能は誰しも認めていた.サウロが企画したマラソン大会でサウロ以外に唯一完走したことをきっかけにルカはサウロと親しくなるが,ルカは,テオピロのようにストア哲学を実践しようとするものの,誰からも注目されるサウロへの嫉妬心に悩んでいた.あるときユダヤ教の熱烈な信奉者であるサウロに,それほどユダヤ教を勉強したおかげで自分個人に何か影響はあったかと尋ねたが,答えは要領を得なかった.しかもサウロがユダヤ教徒でない自分を見下していたと知って疎遠になる.
大学を卒業したルカは五年間テオピロのもとで医師として働いたあと,自由の身にしてもらえた.長年ルカのことを妬んでそれを隠そうともしなかったディアボロスとも和解できた.
ルカは仲間と貧しい人々のための無料の病院を開くことにし,交代で船の船医を務めることで資金を稼ぐつもりだった.テオピロも賛同してくれて若干の資金を出してくれた.出発するとき,ルカは奇跡を起こして難病を治してしまう人物が評判になっていると聞く.自分が医術でいくら努力しても限界があるのに,何でも治すという評判がこんな遠方の地にまで聞こえてくるその人物に対して疑念を抱く.開業してからも多くの患者からそのナザレのイエスという人物のことを聞かされ,しかも患者たちは一様にその教えはルカにぴったりだという.だが科学者・医者としての誇りがあるルカは認める気にならず,そんな人物は長続きしないだろうと思う.案の定,まもなくイエスは処刑されたと聞いた.
あるときルカは時間をみつけてエルサレムに行ってサウロの消息を尋ねた.さぞユダヤ教のお偉いさんになっているだろうと思っていたが,意外にも行方をくらましており,自らが迫害していた教徒に寝返ったとの噂さえあった.
紀元42年.ルカは船医として出航しようとしているときに思いがけず旧友のサウロと再会し,サウロも同乗することにした.船上でサウロは,キリスト教徒に改宗したことが本当であること,今はパウロと名乗っていることなどを話した.ユダヤ教の有力者としてキリスト教徒を迫害することに意義を覚えていたが,そのため各地に逃れる者によってキリスト教が広がることになり,ダマスカスに逃れたキリスト教徒を捕らえるつもりで向かったのだが,その途上,神の声を聞いて目覚めたのだという.ルカはキリスト教の罪の考えが,自分がストア哲学で物足りないと考えていたものに当たることは感じたものの,パウロの話す神の話は科学者として信じられなかった.だがあるとき,指に大怪我をした船員に与える薬を取りに部屋に戻っている間に,パウロが船員を治してしまったという.パウロが言うには,キリストの話をして信じれば救われると言い,信じたら治ったのだという.実際深手と思われた傷が治っているのを見たルカは衝撃を受け,信じるようになった.
テオピロにもそのことを伝える.テオピロもルカ同様に,奇跡など信じないたちだったが,ほかならぬルカの話とあってアンティオキアで集会に出て話を聞くことを承知した.いつもは手紙を通じて考えを伝えるパウロが直接話すとあってその日は大勢が集まっていたが,肉により生きる者は死んでいるなどというパウロの話はあたかも自分に向けられたかのようで,テオピロは衝撃を受けた.その後もとりあえず集会に出るだけの状態が続いたが,やがて信じることになった.
ルカは仕事の合間にキリスト教徒たちの経験を取材して記録していた.イエスをじかに知っているペテロやヨハネらからも話を聞くことができた.そして伝道旅行中のパウロからの手紙では初期の教会の歴史も伝えられ,キリスト教の歴史を書く気になっていた.
いよいよパウロの伝道旅行に同行できることになったが,途中,フィリピの町に残され,地元の信徒のために黒子として尽力した.再びパウロと一緒になったが,パウロは危険が予想されるエルサレムへ向かう.実際,ユダヤ教徒に襲われそうになったところをローマ兵によってかろうじて助けられた.ローマの総督はパウロの安全を図るために拘束しつつ,面会などの自由は制限しなかった.同行者たちは散っていったが,ルカだけは残っていた.だがルカはエフェソスでヨハネが世話しているというイエスの母に会って話を聞きたいとの思いを募らせていた.歴史家としての本分を発揮して緻密な福音書を書くことが天命だとパウロに話すと,パウロも賛同してくれた.
マリアはすでに七十代だが,すすんで話してくれた.
マリアのもとを辞したルカがパウロのもとに向かう途上,郷里でテオピロに報告し,福音書をテオピロへの書簡の形で書く意向を伝えると,テオピロも書写と頒布に尽力することを約束してくれた.ルカがカエサレアに帰ると,パウロはローマへ送られた後だった.ルカはローマへ赴くが,パウロの船は難破したと聞く.だがやがてたどり着いた生存者の中にパウロもいた.
ローマで裁判を待つ間,パウロは精力的に書簡を書き,ルカは祈祷書の執筆を報告した.パウロはそれで終わりではない,イエスの死後の使徒たちのはたらきも書くべきだと励ます.
福音書ができたとき,その最後の部分を読んでもらったパウロは涙し,祈るのだった.


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