アーバスノット『ジョン・ブル物語』 第一部全訳

この作品について
スペイン継承戦争(1701〜1714)終盤に発表された,戦争を遂行したホイッグ前政権を批判するトーリーの立場から書かれた風刺読み物.
スペイン継承戦争はイギリスが主導する同盟軍優勢のうちにが進んでいたが,イギリス政権を牛耳るに至ったホイッグは戦争終結に持ち込むことができずにいた.1710年にはトーリーが政権奪取に成功し,翌年末には同盟軍を率いるマールバラ将軍も解任された.そんな1712年に現われたジョン・アーバスノットの『ジョン・ブル物語』はトーリー政権の立場から書かれた風刺読み物で,スペイン継承戦争を近所の訴訟合戦に見立ててホイッグ政権やマールバラを批判し,トーリー政権が模索していた講和の方針を訴えるものだった.
作中ではイギリスが主人公ジョン・ブル,ホイッグ政権がジョン・ブルの最初の妻,トーリー政府がジョン・ブルの後妻などと擬人化されている.この設定において,スペイン継承戦争は,ジョン・ブル(イギリス)とフロッグ(オランダ)がストラット家(スペイン)に服地を納入する権利をフィリップ・バブーン(アンジュー公フィリップ)に奪われたことで共同提訴したものの,訴訟代理人ハンフリー・ホーガス(マールバラ)の言うがままに資金をつぎ込まされ,いくら勝訴を重ねても次こそは終わらせるとの約束ばかりで泥沼にはまるという筋立てになっている.話の中心は周囲がなんとか訴訟を続けさせようとするなか,ジョン・ブルの後妻(トーリー政権)が争いの不毛さを指摘し,ジョン・ブル自身も和解に傾くというものである.その後,計4回に分けて刊行され,講和問題のほかにトーリーの擁護するイングランド国教会〔ジョン・ブルの母〕護持の立場を訴える章やスコットランド〔ジョン・ブルの妹〕との連合を扱う章もある.
4回分のタイトルは順に次のようになっていた.
1.法は底なし沼なり:訴訟に身代をつぶしたストラット卿,ジョン・ブル,ニコラス・フロッグ,ルイ・バブーンの事例におけるその例証(Law is a Bottomless Pit, exemplified in the case of Lord Strutt, John Bull, Nicholas Frog, and Lewis Baboon, who spent all they had in a Law-suit)
2.分別に目覚めたジョン・ブル(John Bull in his Senses)
3.いまだ分別あるジョン・ブル(John Bull still in his Senses)
4.正直者になったルイ・バブーンと政治家になったジョン・ブル(Lewis Baboon turned Honest, and John Bull Politician)
これがのちに2部構成にされ,ここに訳出するのもそのバージョンである.また,ここに訳出する版の前書きでは,1712年の印紙法でジャーナリズムが大打撃を受けたことへの不満が述べられている.
ちなみにこの『ジョン・ブル物語』はイギリスの代名詞としての「ジョン・ブル」の名称を定着させることにもなった.本作のジョン・ブルは一時はやせていたとの記述もあるが,一般にはジョン・ブルは赤ら顔で小太りとされている.だまされやすいが正直者の商人で,良識もあり,ひとたびなすべきことを悟ればやり通す――そんなイギリス人の自画像がジョン・ブルなのである.

原著者まえがき
第一部
第二部


革命の世紀のイギリス〜イギリス革命からスペイン継承戦争へ〜    inserted by FC2 system