『ロンドン・ガゼット』でたどる名誉革命


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見どころ:「外国の軍勢が余に対する準備を進めているとの報せはしばらく前に得ていたが」としつつ,初めてオレンジ公の侵攻に対する警告が発されている.侵攻計画を知ったジェームズ二世は二十一日付の宣言で確認したばかりの選挙実施を中止している. また,オランダに対しては使節を通じて,フランスとプロテスタント撲滅のための秘密同盟を結んでいるとの観測を否定し,ネイメーヘンの和(1678),レーゲンスブルクの休戦条約(1684)を守るためならオランダとともにフランスに対する用意があることまで伝えている.

2386号

ロンドン・ガゼット


政府当局により発行

1688年9月27日木曜日‐10月1日月曜日

ホワイトホール,9月30日

る金曜日,主教閣下たちが国王のおそばに侍り,陛下はさまざまな慈悲深いお言葉のなかでも特に,ロンドン主教閣下の職務停止を解除するご意向をお示しになると知らしめられた.それにしたがい実施された.

国王による
宣言

国王ジェームズ
が受け取った確かな情報によると,外国人,異邦人の軍勢によるオランダからの突然にして大規模な侵攻が,敵意のもとに,余ならびに余の王国に対して行なわれようとしている.自由,財産,宗教に関するなにがしかのまやかしの理由づけが巧妙でさりげない言い回しによって(そのような企みに有用と考えられるように)なされるかもしれない.しかしながら,(進行中の膨大な戦備を考慮するならば)この侵攻によって提起され,企図されているのは,余の王国の絶対的なる征服,余ならびに余の民を完全に抑圧し,外国の勢力に従属せしめること以外の何物でもない.ほとんど信じがたいことと思われるかもしれないが,この外国の勢力は(余の理解するところ)余の臣下の一部によって助長されている.よこしまで満足を知らない性向,癒やしがたい悪意,自暴自棄の意図をもった人物たちである.これらの人々は,先の国内の争乱による悲惨の記憶を意識してそれ以後長らく享受されてきた平和と幸福に価値を見出すことなく,また余の度重なる恩赦と慈悲によって余のすべての臣民に,それどころかかつて余の公然たる敵であった人物たちに対してまでも喜んで手を広げるべく余が努力してきたことにも動かされることがなかったのだ.そして今,自らの野心と悪意のために,世の混乱における獲物と略奪をあてにしてこの王国を再び流血と破滅に巻き込もうと努めている.
ここで次のことを知らしめるのを省くわけにはいかない.外国の軍勢が余に対する準備を進めているとの報せはしばらく前に得ていたが,余は外国からの救援軍は常に断わってきた.むしろ余は,(神の次に)余の臣民の真実にして古来からある勇気,信仰,そして忠誠を頼る.そうした臣民と余は我が国のためにしばしば生死をともにしてきており,彼らを余の敵から守るためにこそ余は生き,そして死ぬものと堅く決意している.それゆえに,余は余の臣民らに,あらゆる敵愾心,猜疑心,偏見をわきにおき,心から喜んで余と自分たちの祖国の防衛のために団結するよう厳粛に懇請する.このことのみが(神のもとで)余の敵らの主要な希望と企図とをうち破り,くじくことであろう.そうした敵は民が分断されていることを期待しており,おそらくはプロテスタントの宗教を維持し,余の民の自由と財産権を主張するといったたぐいのもっともらしいが偽りのまことしやかな理由をこの地に来寇する理由として公表することにより,この偉大にして誉れ高い王国を征服することを望んでいる.しかし,企みが余を欺くべく考えうる限りの秘密と努力のうちに進められたにもかかわらず,余のほうとしては余にふさわしい準備を怠りなく進めている.神の恵みによって,余が十分な態勢にあることを見出した余の敵が,この無謀にして不正な試みを悔いることであろうことを疑うものではない.

余は(最近宣言を発したように)来たる十一月に議会を開催する意向であり,それに向けて選挙の詔書も発していた.とりわけ,宗教問題に関して,余がそのために公表した各宣言に従って余のすべての民の心を安らかにすることを狙ってのものである.しかし,余の前記した慈悲深い目的を転覆させるためのこの奇異にして法外な余の隣国からの計画(いかなる挑発もなかったにもかかわらず)に鑑み,余は余の前記した詔書を撤回することを必要と感じており,ここに撤回するものである.余の忠実なる臣民には,それに留意し,それについて今後いっさいの手続きを中止するよう命令し,要求する.そして現在身近に迫りつつある危難が大規模で精力的な防衛を必要とすることに鑑み,余はここに余の海陸のすべての忠実なる臣民(かくも正当な大義にあってのこれらの人物が進んで協力し,剛勇とと勇気を示すであろうことを余は疑わない)に祖国を防衛する準備を整えておく任を課し,命令する.そして余はここに,すべての統監,副統監に最大限の努力を尽くして,これらの余の王国を侵略し,征服すべく,準備万端で自信にあふれてやってくる余の敵に抵抗し,これをはねのけ,押さえつけるよう命令し,要求する.そして最後に,余は,等級や状態を問わず余のすべての臣民に対して,余の敵,あるいはその共謀者たちのいずれにも,いかなる形であれ助力,援助,是認,救援を与えたり,彼らと通信を交わしたりすることなきようこの上なく明白な形で厳しく申しつけ,またこれらのことを禁止するものである.違背せる者は大逆罪に問われ,この上ない厳格さをもって起訴,訴追される.

一六八八年,余の治世第四年,九月二十八日,ホワイトホールの余の宮廷にて.

リヴォルノ,九月十八日.ネグロポント前に展開するヴェネツィア軍からの情報によると,その地に対して砲台六を設置し,攻撃もかなり進んで総攻撃の準備にかかっている.ダルマティアからの報せでは,クリムの守備隊が八日のうちに救援が来なければ投降すると申し入れたというが,コルナーロ将軍は二十四時間の猶予しか認めなかったとのことで,その地の降伏の報せが来る可能性が急浮上した.そうなればザラおよびセベニーコが敵の襲撃から解放されることになる.アレクサンドリアから来た船の船長の報告では,価値一五〇万の財貨を積んだトルコのガレー船三隻と船十隻がコンスタンティノープルに向かっている.大将軍ヴェニールはその報せを受けると,これに対処すべく二十隻の船を三個戦隊に分けて送り出した.スミルナからの船が同市を襲った先の地震と火災による大破局を確認した上で,商人のほとんどはその地からキオスに退去したとの追加情報をもたらした.トスカナ太子とバイエルン皇女との結婚がこの地で厳粛さをもって発表された.
ヴェネツィア,9月24日.ザンテからの去る二十三日付の書状によれば,ヴェネツィア軍がネグロポントの外堡全体を奪取したとの情報がコリント経由ではいっている.トルコ側の損失は一六〇〇を数え,数日のうちにヴェネツィア軍がその町の支配者となることは疑いないとのこと.去る日曜日,この地にフェラッカ船が到着し,その重要な***の奪取の報せをもたらした.*********************


*******************城壁に突破口をつくると,突撃を敢行し,そのあまりの激しさと勇猛さに敵はかなう限りの防御をしてしまったあとは,城に引き下がった.そして総督と五名の軍司令官を含む約一〇〇〇が捕虜となった.その地には真鍮製の大砲十門がみつかり,一五〇名の奴隷が解放された.さらなる詳報は次号掲載.
ヴェネツィア,9月23日.帝国軍は今月十三日にベオグラードの陣営をたたんだ―というより分散した.数個連隊はバーデン公ルートヴィヒの増援のためボスニアに進軍するよう命令された.同様に,ワラキア戦線のヴェテラーニ将軍と合流すべく一部隊が,さらにティミショアラに一部隊が派遣された.そして帝国軍の残りはセルビア,トランシルヴァニア,上ハンガリーにおいて冬営にはいった.他の補助兵は帰国することになっている.兵力一万のセルビア人はソフィアに進軍し,この地を獲得することを計画している.イェグヘン・オスマンはニシュから撤退したが,セルビア軍接近を恐れてのことか,他の計略があってのことかは不明.カラッファ将軍の保護下にあるトルコの大使たちが三〜四日のうちにこの地に到着する見込み.大使たちは講和の条件としてグロースヴァルダイン,ジューラ,ジェノ,ティミショアラ割譲を申し出るものと言われているが,これらの地点はシゲト,カニサとともにすでに窮乏状態に追い込まれており,まもなく帝国軍の手に落ちるものに違いないと思われている.ロレーヌ公がグラーツに到着したが,当地に来るものかインスブリュックに直行するのかの情報はない.バイエルン選帝侯は来週始めにこの地を発ってミュンヘンに向かう.
ブリュッセル,10月5日.情報によると,サンブル川とマース川の間に集結したユミエール元帥麾下のフランス軍はシャルルモンでマース川を渡河するために進発した.その兵力は,エノー,フランドルの各地のフランス軍守備隊から引き抜いた一万二〇〇〇ほどと言われている.ルクセンブルクとロレーヌから派遣された部隊はケルン選帝侯領とプファルツに向かっている.ケルン市は中立を認めるようフランスからの強硬な圧力を受けている.そして,伝えられるところによると,行政官たちは,同盟軍によってフランス軍が領土内から退去せざるを得なくならない限り,要求を飲むことを強いられるだろうと帝国公使に報せたとされる.ストラスブールからの便りによれば,シュパイアー市がフランス軍守備隊を受け入れた.フランス軍は同様にプファルツのノイシュタットにもはいった.そしてフィリップスブルクとカイゼルラウテルは包囲されている.この前者には二四〇〇の守備兵がおり,必死で防衛すれば救援まで持ちこたえられるかもしれない.ローマからの去る十八日の書状によれば,教皇は,教皇枢密会議の会合の報告に従って,バイエルンの太子クレメンスのケルン大司教選出を確認した.
ハーグ,10月6日.昨日午後,大ブリテン国王陛下からの特命使節アルブヴィル侯爵が連邦議会の代表八名と会談,次の覚え書きを渡した.この覚え書きは今朝連邦議会の会合において読み上げられる.
名の大ブリテン国王からの特命使節は,本国から受けた訓令により,閣下たちに申し立てます.陛下は,貴国の駐イングランド大使にすでに断言したことならびに同じ件につき陛下の前記特命使節に下した一連の命令によって閣下たちを満足させ得たものと信じてはいるものの,陛下とフランス国王陛下との間には公表され印刷されているもの以外いかなる条約も存在しないことを申し伝えるようにとの訓令でした.しかしながら,使節の主たる国王がフランス国王とそれ以外の条約や同盟関係を結んでいるとあくまでも世界に信じさせようとして多大な努力がつぎ込まれてきたことに鑑み,

陛下は,陛下と閣下たちとの間に存在する友好と同盟を重んじ,そうし続けることを望んでいる証として,前記特命使節への命令で,陛下の名において閣下たちに陛下とフランス国王との間には公表され印刷されているもの以外のいかなる条約も存在しないことを保証するよう求めました.そしてさらに,陛下は平和の保持とキリスト教世界の安息とを何にも増して望んでおり,またネイメーヘンの和および一六八四年に締結された二十年の休戦〔レーゲンスブルク条約〕を維持するためには閣下たちとともにそれに最もふさわしい措置を喜んでとるだろうとのことであります.一六八八年十月五日,ハーグにて作成.
アルブヴィル侯爵
この地でしばらく前から進行中の大規模な準備は,並はずれた熱心さで継続されている.募集が命じられた新兵の数は一万二〇〇〇に上る.そしてブランデンブルク,リューネブルク,ヘッセン・カッセルの兵一万三〇〇〇がこの州の指揮下にはいった.艦隊は今フレー沖に停泊しており,軍宿営地はテセル,ゼーラント,ヘレフットスライス,ロッテルダムでの乗船に向けて兵を送り出すことができるよう命令され,現にそうしている.来週にはイングランド侵攻に向けて出港するための準備が万事整うものと見られる.

ホワイトホール,9月30日.ニューカースル公爵閣下,リンゼー伯爵,ダービー伯爵,ジャーミン卿,その他の貴族が,侵攻計画の報せを聞いて陛下に奉公を申し出た.陛下はこの忠義の申し入れをとても丁重に受け入れられ,各人にそれぞれの国において兵を募るよう辞令を発した.

ホワイトホール,9月28日.本日,いと高きガーター勲爵士団の総会が開かれており,ベリック公爵閣下〔ジェームズ二世の庶子〕とオーモンド公爵閣下が同勲爵士団の勲爵士に選出され,まず君主によってナイトに叙されたのち,ガーター〔左脚に付ける〕とジョージ〔聖ジョージのバッジ〕を与えられて叙任された.

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灯の特許権者たちはこれまで自分たちに代わって行動することを一人もしくはそれ以上の特許権者に認めてきたが,その後それらの代理委任状を撤回する必要を感じるようになった.したがって,ここに通知する.特許権者たちは毎月曜日と木曜日に午後三時から六時までの間,カティートン通りのバーンズ・コーヒーハウスにて会合し,前記灯の設置のための提案を受け,協定を結ぶものとする.
王陛下の開封勅許状により郷士ジョン・スミスに,サウサンプトン州のウェイヒル近くのアプルショーにて二つの市の開催を認可している.毎年五月の十一,十二,十三日と十月の二十四,二十五,二十六日.扱うのは羊,馬,豚,去勢牛,そしてあらゆる種類の家畜,羊毛,リネン製品,チーズ,コーン,そして市場や定期市で売られる他のあらゆる商品.
ャリングクロスのブラックスプレッドイーグル亭の隣のポンプコーナーのブルーポスツ亭にて,売り買いするものがある人誰でも歓迎.融資は担保物件があれば(ロンドンから離れていても)五パーセントで一〇〇ポンドから二〇〇〇〇ポンドまで.迅速対応秘密厳守.個人保証の場合は六パーセントで.必要のある者には雇用口も獲得可.紳士には都市でも地方でもあらゆる種類の召使い斡旋.
っすぐな黒い短髪でくすんだ色の外套を着た天然痘痕のあるやせた男がノーサンプトン州のトフラーのトマス・ホイッティア(国立公園内民有地保有者)より茶色の去勢馬を盗難.体高約十三ハンド,七〜八歳.白毛は尾の一部のみ.首は短く,少ししわがある.大きな銀のジョッキとスプーン,T・M・Wのイニシャルあり.馬と食器の回復に役立つ情報をロンバード街の中央郵便局のソーテル氏あるいは前述のホイッティアに通知した者には二ギニーの報酬が支払われる.
二十五歳のウイリアム・クルーフなる者が先日ニューカースル・アポン・タインの主人のもとから逃走.正真正銘のいかれ者で,亜麻色の髪,灰色の帽子,外套は明るい色の布地で袖とポケットに金銀色のレースあり.この人物の身柄を確保し,ニューカースルのジョン・ウィルキンソン大尉またはロンドン王立交換所のもとのケンブリッジ・ヘッドの書籍商トマス・フィッシャー氏に通知した者には三ギニーの報酬が支払われる.

(C) 2004.6. 友清理士; 訳文の最終修正日2003.10.2
革命の世紀のイギリス〜イギリス革命からスペイン継承戦争へ〜   歴史文書邦訳プロジェクト   

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