(My blog carreis an introduction in English.)
NHK大河ドラマ「べらぼう」第12回(2025年3月23日放送)の冒頭で若き松平定信が読んでいた本に暗号が出てきた。
一見意味不明な文字列だが、か行の文字を抜くと意味のある文が現れるというものだ。
家臣は「遊里のことばで、か行を抜いて話すのでございます」と説明し、定信は「遊里にもさような優れた符号が」と感心する。
ガイドブックによると、このとき読んでいたのは家臣から取り上げた恋川春町『金々先生栄花夢』(1775年刊)(Wikipedia)とのこと。言われてみれば表紙の題字がネットで見られるものと似ていたし、画面上でアップになったテキストでは「戀川春町」「金々先生」などの文字が確認できた。
画面に映っていた暗号が出てくるページを含む全文のオリジナルは、国書データベースや国会図書館で見られる。
上記の簡単な暗号方式は「たぬき暗号」として子供たちにもおなじみのものだ。「た」を抜いて読むと意味がわかるので「た抜き」=「たぬき」というわけだ。同じように使える単語は「お話」(オは無し)、「回覧」(カ要らん)など多数あり、たとえば謎解きWikiは多くの類例を挙げている。このように平文がそのままテキストの一部として埋め込まれていて、決まりに従って文字を拾い出せば読める暗号を分置式暗号、挿入式暗号などとして知られている暗号の一種だ。「たぬき暗号」はあだち充の漫画『MIX』第5巻のギャグでちょっと出てきたのを覚えているが(「たぬき」「毛抜き」「手抜き」)、テレビや本のクイズでも見たことがある。
同じ方式はもちろん英語でも使うことができる。ジョン・ウィルキンズ『マーキュリー』(別稿)には、(本来は口頭でやるらしいが)母音をだぶらせて間にGなどの文字を入れることで、たとえばOur plot is discovered.がOugour plogot igis digiscogovegereged.となる例が紹介されている。
ここまで書いてふと検索してみると、すでに日本のことば遊び・第4回(2002)に詳しい解説があった。「深川言葉」「唐言(からこと)」「はさみことば」などとして知られていたらしい。
『金々先生栄花夢』も他の類例とともに取り上げられている。大河ドラマの画面には映らなかったページ下端にはもう一つ暗号文があるが、それは次のように解読できる。
平文にか行の文字がある場合は、このように他のか行の文字ではさむことによって表すらしい。冒頭で紹介した例は「き」の扱いが不徹底だった(冗字の連続挿入はしないという規約を設ければ、解読の際にはか行音が2つ続いたら1つめは削除しない、という対応もできる)。
『金々先生栄花夢』の例ではか行音の挿入の仕方は任意だが、各音の次に同じ母音のか行音を加えるという規則的な方式もある。たとえば「客」は、「キキヤカクク」とする。このような規則的な挿入法の場合、解読側は一文字おきに削除していけばいいので、平文にか行音があっても問題なく使える(「き」→「キキ」)。
『辰巳之園』(1770)(国書データベース)、朋誠堂喜三二『見徳一炊夢』(1781)(国書データベース)が同じ方式を使っている。(この方式の深川言葉は菊池寛『半自叙伝』でも言及されているという(道浦俊彦の読書日記)。)
これは私も小学生のころ(1980年ごろ、横浜)「ば行音」を加える方式でやっていた。「客」なら「キビヤバクブ」となる。同じ母音の音節を加えるぶんには、リアルタイムの会話で言ったり聞いたりすることも案外できるものだ。それに対し、『金々先生栄花夢』の不規則な挿入法だと、秘匿性は高くなるが使うのは一層難しくなるのではないか。
日本のことば遊び・第4回(2002)では、深川言葉を英語のミステリー小説の暗号の翻訳に使った例が、クレイグ・ライス作、長谷川修二訳『スイート・ホーム殺人事件』(Home Sweet Homicide, 1944)の第2章にあることも紹介されている。たとえば「オコ・ダカ・マカ・リキ」で「おだまり」になる。2002年には入手困難だった原書が今では電子書籍ですぐ読める。この例の原文は
"Shush-u-tut u-pup"
とある。各語の最初の文字だけをつなげるとShut up!(おだまり)となるのだ(ここではshで1文字扱いされている)。もう少し長い例は
小説ではこれを子供たちが会話で使っており、その一人はこの方式の秘密話法を(おそらくこのようにtを表すのにtutをよく使うから)King Tut Englishと呼んでいる。