アメリカの連続殺人犯「ゾディアック」が1969年にメディアに送りつけた暗号文Z340が2020年に解読されたことは別稿で報告した.未解読として残っているZ13,Z32は短すぎて(それぞれ13文字,32文字)解読不可能と思われていたが,Z13の解読が発表され,一部の海外メディアで大きく取り上げられた.Z13は1970年にマスコミに送られたMy name isに続く13文字の暗号文で,解読で犯人の名前が明らかになれば,世紀の謎を解決することになる.
解読を発表したのはアレックス・ベイバー(Alex Baber)で,解読された平文はMARVIN MERRILL(マーヴィン・メリル).これはゾディアック殺人鬼による連続殺人より約20年も前のエリザベス・ショート(Elizabeth Short)殺人事件の容疑者として(一時)名前が挙がっていた人物マーヴィン・マーゴリス(Marvin Margolis)の別名だ.解読が正しければ,ゾディアック殺人犯を突き止めたばかりか,同じエリアではあるが全く別の未解決殺人事件との関連も示すことになる.
元NSA職員の検証を読んで私も納得しかけたのだが,やはり解読には大きな瑕疵があると言わざるを得ない.一部の海外メディアでは大きく取り上げられているので,日本で誤解が広まる前に解説しておきたいと思う(敬称略).
Z13の13文字の暗号を次のように転記する(記号は後出の「ノートブック」に倣った).
これを下記のように2行に分けて配置する.その際,2行目は逆順にし,1行目の末尾にヌル(行の字数を揃えるための無意味な記号)を挿入する.次に列を入れ替える(列の転置はよくある暗号方式の一つだ).そして換字鍵にしたがって換字を復号すると,MARVIN MERRILLという名前が現れる.
暗号文を記入 転置 換字解読 ---------------- ----------------- ---------------- A E N + 8 K _ ---> N + 8 _ E A K ---> M A R _ V I N M A N V 8 M 8 N V 8 8 A M M M E R R I L L 使用した換字鍵: 暗号文: + V A M N K 8 E 平 文: A E I L M N R V
(Daily Mail紙がベイバーによる説明の動画を公開したらしく,後述するオランチャクによる動画Part 1に解説あり(5:42〜).)
たしかに言われたとおりの操作をすれば暗号文から解読MARVIN MERRILLが得られる.だがこれだけの説明では,「数ある可能性のうちの一つを示しただけで,ほかにもいろいろな可能性がある」として誰にも相手にされないだろう.ところがどういうわけか,ベイバーの解読は元NSA職員らの支持を得ることになり,多くのメディアでも取り上げられた.
(本節は主にLAタイムズの記事Christopher Goffard, "An amateur codebreaker may have just solved the Black Dahlia and Zodiac killings…"(2025-12-23)に基づき,一部,Peter Larsen, "Michael Connelly says same killer committed Black Dahlia, Zodiac murders"(The Orange County Register, 2026-1-14))も参考にした.)
ベイバーは未解決事件を解決したとして当局に報告したらしいが,ロサンゼルス市警察(LAPD)は容疑者が生きている事件に注力するとして関心を示さなかった.だが幸いにも,退役した刑事のリック・ジャクソン(Rick Jackson)が協力してくれた.彼はマーゴリスが軍で衛生兵(corpsman)の経験があり,エリザベス・ショートの死体切断などができたはずだと思い,かつて未解決事件捜査班(cold case unit)にいた元同僚ミッツィ・ロバーツ(Mitzi Roberts)を呼び込んだ.2人はベイバーの解読の支持者となった.
彼らから連絡を受けた犯罪小説家のマイケル・コナリー(Michael Connelly)はKiller in the Codeというポッドキャスト(Transcripts)でこの件を扱い,さらに兄弟が元NSA職員だった縁で,元NSAで暗号作成・暗号解読に携わったエド・ジョルジオ(Ed Giorgio)に検証を依頼した.ジョルジオは元NSAの同僚パトリック・ヘンリー(Patrick Henry),リッチ・ウィズニエフスキ(Rich Wisniewski)も引き込んだ.
こうして一民間人の解読結果が,元NSAの暗号専門家の検証にかけられることになった.
Z13解読の報を聞いて,スウェーデンのトマス・ヘフナー(Thomas Hefner)はベイバーの手法をZ18に適用したところ,やはりMarvin Merrillの名前が出てくると発表した(Redditとそのフォローアップのことだと思う).
Z18というのは最初に解読された暗号文Z408の末尾の18文字なのだが,Z408を解読していくと末尾のこの部分だけは
となって意味をなさなかった.
意味のない埋め草だとの意見もあったが,ヘフナーは,この意味をなさない解読文からEを削除するとちょうど13文字になり,それにベイバーによるZ13の解読を適用するとやはりMarvin Merrillの名前が出てくるとした.
具体的には,まず上記からEを削除すると,
となる.頻度ごとに文字を並べるとIII TTT HH B M O P Rであり,Z13の解読の頻度分布RRR II LL MM A E N Vと似ている.Z13のMARVINのIが誤ってLと書かれたとするとRRR LLL MM A I E N Vとなり,Z18はこれと同じ頻度構造になる.つまり,転置パターンと換字表を適切に選べば、Z13と同じMARV[I]N MERRILLという解読文を導出できるというわけだ.
ジョルジオはこれが解読の正しさに対する確信を一層強めたと言っている.
ベイバーは最後に残るZ32も解読したと言っている(Daily Mail+, 2026-2-25).だがこれは32文字中,2回現れる記号が3つしかない.この3つの反復条件だけ満たせば,あとはなんであれ,32文字のテキストをもってくれば暗号学的には「解読」として成り立つのだ.ベイバーの解読は
estimate four radian and three inches
というものだ.エリザベス・ショートの墓の方角と(地図上の)距離を表すらしい.
Z13の解読でベイバーを支持したヘンリーも,「ほとんどあらゆる解が有効」であり,ベイバーの解読が他のものよりもよいという説得力のある議論はできず,ベイバーによる,暗号以外の根拠に基づいていると述べている.Z13のときは鍵の導出を発見できたが,Z32についてはそうではないとも認めている(上記ポッドキャストEpisode 4).
パトリック・ヘンリー,エド・ジョルジオ,リッチ・ウィズニエフスキの3氏による解読の詳細がPythonノートブック「Zodiac Z13 Decryption」にある.追試の助けとしてPythonコードも掲載されている.
先に解読されたZ340は桂馬飛びを使った転置と換字の組み合わせだった.ベイバーが提案するのは列転置と換字の組み合わせだ.(なお,これだけ短い暗号文で同じ記号の反復があることから,ホモフォニック暗号でないと仮定するのは許されるだろう.)
だがこれだけ短い暗号文では通常の頻度分析などの暗号解読技法は適用できない.(一意的な解が求まるための暗号文の最小の長さを表す一意性距離(unicity distance)は,英語の単換字暗号の場合で約25文字.転置もあるとするとずっと長くなるはずだ.)そこでチームは,換字・転置を行っても変わらない性質に着目した.
それは頻度分布(frequency distribution)だ.Z13では8が3回,A,N,Mが2回,残るE,+,K,Vが1回ずつ現れる.この頻度分布を(f1=4,f2=3,f3=1)と表す.もちろん,頻度の合計はちゃんと13(=1×4+2×3+3×1)になる.解読はこのような分布をもたなければならない.
一方,出現順序(order of appearance, OOA)は何番目と何番目に同じ記号が現れるかを示す.今回は短いので数字で表すと次のようになる.
AEN+8K8M8VNAM
1234565758317
これも換字を行っても変わらない.転置操作をすれば変わるが,下記のようなグリッド配置を仮定した上であらゆる列転置を行って上記パターンを再現できないものを排除するということらしい(「5番目と7番目が同じ記号」という性質は保存される).
ベイバーの解読における転置部分は,文字(記号)をグリッドに書き込んで列の転置を行うもので,NSAチームはボックス順列置換(box permutation)と呼んでいる.
Z13を解読するのに,NSAチームは暗号文を2行に分け,2行目を逆順に書き,行の字数を合わせるために1行目の末尾にヌル文字を挿入した.
A E N + 8 K _ M A N V 8 M 8
2行目を逆順にしたりヌル文字を1行目に挿入したりするのは,英字は英字だけ,非英字記号(+,V,8)は非英字記号だけの列にするためだ(Vは記号↓を表すことにしたことに注意).
これまでに挙がっているゾディアック殺人犯の候補の名前をミドルネームを略したりして13文字にしたものでは,ARTHURLEALLEN(Arthur Leigh Allen)が頻度分布に合致する.出現順序については,チームはコードを作って5040(=7!)とおりの列転置と14とおりのヌルの挿入位置を試したが,Z13の出現順序に合うものはできなかった.
チームはもちろん,他の名前や他の転置方式がありうることもわかっているが,公開されている大規模な名前のリスト(もちろんMarvin,Merrillも含まれている)を使って,転置パターンに頼らずに候補を絞り込めることを指摘している.暗号学的に絞り込んだなかから,「population data」を使うことで候補を1つに絞り込んだという.
上記では,NSAチームは暗号文の頻度分布と,(想定された転置の範囲内で)出現順序を再現するという要件を課すことで,候補となる名前を絞り込めることを示した.
だが,これだけでは本当にMARVIN MERRILL以外に条件を満たすものがないのかどうかはわからない.
そこでチームは,転置を導き出す規則性がないかどうかを調べた.全く任意の転置をしてよければ,思いのままの名前を「解読」できてしまう可能性があるからだ(頻度分布と出現順序の制約はあるが).
チームはなんと,ベイバーの転置は,ELIZABETHというキーワードから導けることを発見した.マーヴィン・メリルはかつてエリザベス・ショート殺害の容疑者とされた一人だ.被害者の名前からZ13の解読のキーワードが導けるとしたら,これはもう偶然ではなく,正解だと言えるのではないか,という論法だ.
ELIZABETHというキーワードから列転置を導くために,次のようにキーワードの各文字にアルファベット順に番号を振る.
E L I Z A B E T H 6 5 1 2 3 7 4
ここで,2回現れる文字Eについては一方のみを選ぶ必要があるから,後者を選んだ.また,Zは8になるが,今想定しているのは7列しかないからこれは除外する.
この転置鍵651237を使うと,Z13の暗号文を再現できる.
平文 換字 転置鍵による転置 暗号文 -------------- ------------- ------------- 1 2 3 4 5 6 7 1 2 3 4 5 6 7 6 5 1 2 3 7 4 M A R _ V I N → N + 8 _ E A K → A E N + 8 K _ → AEN+8K8M8VNAM M E R R I L L N V 8 8 A M M M A N V 8 M 8 使用した換字の鍵: 平 文:A E I L M N R V 暗号文: + V A M N K 8 E
NSAチームは,信じられないほど強力な偶然の連鎖だと呼びつつ,ベイバーの解読が「多くの可能な解のうちの一つでしかない」と認めている.そして,彼らの解読が何を前提としており,他にどのような可能性があるのかをまとめている.かいつまんでいうと,次のようなことがこの「解読」の前提になっている.
・換字が行われている.Z408やZ340とは異なり,同音字のない単換字暗号を想定.
・13文字の暗号文では換字を解読することは不可能だが,換字で変化しない性質をチェックに使う.
・2×7のグリッドに基づくボックス置換が使われおり,1つのヌルが挿入されている.これについて,2×7のグリッドは暗号文の文字数13から正当化できそうだという.
・(通常の列転置暗号と異なり)暗号文の読み出し方向は横方向とした.これについて,縦方向の読み出しではヌルの位置が見え見えになってしまうという.レールフェンス式の読み出しや,簡単な桂馬飛びは可能性としてはありうるという.
・グリッドの2行目を逆順にする点は唯一の可能性ではないとしつつ,非英字記号が揃う唯一のやり方だと述べている.ヌルを行末に置いたことの根拠もやはり非英字記号を揃えることだ.
・7文字のファーストネーム+6文字の苗字で上下の行の入れ替えを伴うものも可能と述べていることから,6文字のファーストネーム+7文字の姓も前提としていたようだ.そのことは,ヌルの挿入が有意な位置(つまり,普通はファーストネームと姓の間;St. Johnのような姓ではSt.の後もありうる)で行われると述べていることからわかる.ファーストネームと姓の文字数が(6,7)または(7,6)というのは(換字後の非英字記号が揃うために)自明だったという.
・列転置はキーワードから導かれる.
(Codeの節の中のMost Likely Parameter Sets to Investigateという節で,これらの点をいろいろ変更して実験できるようになっているらしい.これについて誰か詳しい解説をしてほしい.)
上記では,チームは列の転置パターンをキーワードELIZABETHから導けることを示したが,さらに(「ノートブック」では専門的なCodeが続いた後のRevisiting the Substitutionという節参照),換字についてもキーワードから鍵を導けることを示した.しかも,可能なキーワードのうちの一つがCHERI JOであった.シェリ・ジョー・ベイツ(Cheri Jo Bates)はゾディアック連続殺人事件の2年前の殺人事件の被害者で,やはりゾディアック殺人犯の被害者ではないかと言われたこともある人物だ.
具体的には,平文のa-zに対し,暗号文の文字を逆順のZ-Aで割り当てるのだが,まずキーワードCHERIJOを右端に書いて,そこで使われなかった文字のみを逆アルファベット順で埋めることにする.(キーワードを左端に書いてから残りはアルファベットに埋めるのはよくある手法.逆順にしたり,キーワードを右端にしたりするのはひとひねり加えているが,ありえないというほどではないだろう.)
平文文字: abcdefghijklmnopqrstuvwxyz
暗号文字: ZYXWVUTSQPNMLKGFDBACHERIJO
^ ^ ^ ^^^ ^ ^
MARVIN MERRILLという解読を導くことに使われた換字は
平文文字:A E I L M N R V 暗文文字: + V A M N K 8 E
であった.このうち平文文字L,N,Vに対する換字は再現できる.また,+→Z,↓→V,8→Bというアルファベットによる置き換えを受け入れるとしたら,8文字中6文字が再現できる.
改めて元NSAチームの分析を読んでみたが,何を仮定した上でのことか,他にどのような可能性があるのかも明示しており,かなりまともだと思うが,これを見ても「アレックス・ベイバーによって提案されたZ13の解は説得力がある」(要約)と結論づけられるとは思えない.分析は比較的冷静だと思うのだが,ジョルジオらが積極的にベイバーの解読の正しさをメディアで主張しているのは理解に苦しむ.
私がベイバーによるZ13の「解読」のことを知ったのは,エロンカ・デューニンからの私信だ(彼女とクラウス・シュメーとの共著(ブログ参照)の草稿へのコメントを依頼された縁でたまにやりとりがある).彼女のメールは,Z340の解読者の一人であるデーヴィッド・オランチャクがこの件について暗号の専門家らに見解を問うメールを転送しつつ,見てもらえないかというものだった.検証を読んで翌日送った返信はオランチャクらのグループに転送され,他の方々の見解と並んでオランチャクが公開した分析動画Part 1(YouTube)でも引用されることとなった(50:10).
当時はNSAチームのフェアな態度に好意的な印象を抱いたが,改めてよく読んでみると,2つの大きな弱点があると思う.
まず,頻度分布と出現順序という性質を満たす名前を1つに絞り込む段階で,大規模な名前のリストと「population data」を使ったというのだが,このプロセスが不透明に思える.
先のLAタイムズの記事によれば,ベイバーはAIを使って7100万とおりの13文字の名前を生成したあと,目撃者の証言に基づくゾディアック殺人犯の情報を使って,これらの名前を軍人,結婚,国勢調査などの公的記録と突き合わせて9か月がかりで,身長が高すぎ,低すぎ,人種が違うなどとふるい分けして絞り込んだらしい.NSAチームの分析は,この絞り込みの過程について独立に検証しているようには見えない.
少なくとも,ベイバーが解読が先にあって,検証チームが作業したのはその後だという時系列は間違いない.
また,仮に引用されている大規模な人名リストを使って頻度分布,出現順序に合う名前の組み合わせがMARVIN MERRILLだけであることを確かめたのであったとしても,出現順序の確認は特定の転置パターンに依存する.転置パターンを絞りすぎているように思えることがチームの分析の第2の弱点だ.(私はチームが「新規」な解析手法と呼ぶ出現順序の利用が面白いと思ったが,これはやはり,転置がない,または転置パターンが固まっている場合にしか意味をなさないのではないか.)
チームが仮定した転置は「7×2で2行目を逆順にし,1行目の末尾にヌルを入れる」というグリッド配置を前提としている.チームは他の可能性もあることは認めているが,それでもなぜか「対称性」(ボックスに並べたときに非英字記号が同じ列に揃うこと)を重視している.この対称性にそれほどこだわる必要があるとは思えない(少なくとも,そうでない可能性を排除することはできない).そして,ヌルが6文字のファーストネームと7文字の姓の間にはいるというのも前提として強すぎるように思える.(そもそも,非英字記号がどのような配置になるかは平文に依存するはずで,どのような平文が入力されても暗号文の非英字記号が同じ列に揃うというのはありえないのではないか.チームは換字は,暗号化の過程で,転置を行う前であれ後であれ,文字をグリッドに配置した後で換字が行われると言っているが,この点についての説明にはならないと思う.)
元NSAチームの自信は,MARVIN MERRILLという解読結果から転置鍵ELIZABETHや置換鍵CHERIJOを導くことができたという「信じられないほど強力な偶然の連鎖」に由来するようだ.彼ら自身,他の名前や他の転置方式を試すよう促しているように,「他の可能性」を示すことができれば,ベイバーの解読に対する最善の反証になるだろう.
次に紹介するオランチャクの動画は,その点を徹底的に指摘していて興味深い.
Z340を解読したチームの一員であるデーヴィッド・オランチャク(David Oranchak)は,ベイバーの解読を批判する3部構成の動画"Zodiac and Black Dahlia SOLVED! By Sherlock or Charlatan?"をYouTubeで公開した(Part 1: The Codebreaking,Part 2: The evidence,Part 3: The investigator).暗号学的な側面からの考察をしているのはこのうちPart 1だ.
まず,そもそも転置など導入しなくても,13文字の暗号文の「頻度分布」に合致する名前はいくらでもみつかる(8:58).
AEN+8K8M8VNAM LuisRoryReily StevePeteWest (※Tに2通りの記号を割り当てている.ありえなくはないが,まずは単換字に絞ってもよかった.) LJacobODonald GaryLyleLarge ※これもAに2通りの記号. EddieResendes ※これもDに2通りの記号. ReaganAdalard
元NSAチームは出現順序も満たすものは限られると主張するが,上述したように,「出現順序」はどのような転置パターンを想定するかで変わってくるので,絶対的な基準にはならない.
またそもそも,オランチャクは,My name isの後に名前がくるとは限らず,フレーズやニックネームの可能性もあると指摘する.(下記のうちMy name isにかろうじてつながるのは最初の2つだけだが,オランチャクは,そもそも犯人が本当のことを言っているとは限らない根拠も列挙する(9:50).)
AEN+8K8M8VNAM OnTVAWarActor ObsceneNelson ISawAlanAgain SoImASatanist KanePopsPunks IWasAManAgain
さらにミススペルの可能性も考えれば候補はさらに増えるし(ゾディアック殺人犯の手紙のミススペルの事例はいくつもある),My name is not...と続くなどいろいろ可能性が考えられる.検証チームが大規模な名前のリストをチェックしたのだとしても,こうした他の可能性を検討した形跡はない.
ベイバーは特定のグリッドに基づく特定の列転置パターンを使ったが,(とりあえず非英字記号を揃えたベイバーのグリッドを受け入れるとしても)他の転置をすればJames Isabelle, Joseph Johnson, Robert Bennett(これはR,Tに2つの記号を割り当てている), Michael Latham, Charles Hirschなど8万とおりもの他の名前を導くこともできる(15:22).正しい名前に限らなければ,Dreaded Ripper(これはE,Dに2つの記号を割り当てている), Erik the Killer, Literally Dead, Literally Gary, Fred and I'm a man, Nathan I am a man(これはNに2つの記号を割り当てている), also a male name, Dead-eyed Allen(これはD,Eに2つの記号を割り当てている), an abomination(これはAに2つの記号を割り当てている), mentioned in it, written within(これはTに2つの記号を割り当てている),encoded inside(これはEに2つの記号を割り当てている), never Jefferey(これはEに2つの記号を割り当てている), known by nobody(これはNに2つの記号を割り当てている)などいくらでも可能性が広がる.
転置鍵をキーワードELIZABETHから導出した点はどうだろうか(22:30).マーヴィン・メリルが容疑者とされた殺人事件の被害者の名前が出てきたことは偶然とは思えないとして,元NSAチームが解読の正しさを確信するのに寄与した部分だ.
元NSAチームは,2つあるEのうちの一つ目を消去し,8番目となるZも消去してLIABETHを鍵とした.(2つあるうちの一つを消去すること自体は普通に行われていること.)
オランチャクは,別のキーワードでも同じ転置を導出することができることを示した.
T-Shirts(同じ文字が2回出てくる場合の扱いはどうなるのだろう),One Girl, Old Girl, On a Girl, Spinoso(Oが2回), To Be Fun, On a Desk, Side Eyeなどだ.
検証チームがやったように2つまでの文字を消去できればさらに容易になる.Robinson(だがnを削除しないのは恣意的かも),Pendelton(oを削除する根拠は検証チームがzを削除した場合ほど強くはないように思う), Robberies(これもsを削除してbを削除しないのは恣意的)などがある.オランチャクは,数千もできるという(25:45,26:50).削除についてもう少し一貫した方針のものに限定する必要があるとは思うが(「2つあるものの一方は必ず削除する」,「重複でない文字で削除できるのは8番目以降」など),それでも相当数の候補が残ると思うと,「被害者の名前ELIZABETHが出てきた」というのが奇跡的な符合であるかのように飛びつくのは問題かもしれない.
さらに,転置を表す数字そのものが電話番号などから取られたキーワードかもしれず,そもそも転置がキーワードに基づくものではない可能性も排除できない(キーワード方式にこだわらなければ,前節で挙げられたようなさまざまな「解読」が可能になる).
検証チームは換字表がキーワードCHERY JOによって(ほぼ)生成できることを示したが,これはどうだろうか(28:45).チーム自身,CHERI JO以外にも同じ表を導けるキーワードがいろいろあることを示しているし,チームが示したほかにも多数ある.キーワードを右端に書くか左端に書くか,キーワードを逆転するかしないか,アルファベットを逆順にするかしないかなどの選択肢を考慮すれば,可能性はさらに広がる.
それにそもそも,換字表の8文字中の6文字が一致するだけでは再現できたとはいえないのではないか.非英字記号をZ,V,Bに割り当てるというのもかなり恣意的だ(オランチャクは他の割り当ての可能性も示している).やはり,非英字記号を含む換字表をキーワードから導出するという発想に無理があるのではないかと思う.
これまではベイバーの7×2グリッドに基づいて,排除しきれない多数の可能性を指摘してきたが,それ以外のグリッドが使われた可能性だってある(36:00).そうした違うグリッドを使えばさらに多数の名前を導出でき,ベイバーが導き出したMARVIN MERRILLが唯一の可能性だとする必然性はますます低くなる.
ジョルジオの確信を強めることになったというトマス・ヘフナーによるZ18の解読についてはどうだろうか(38:17)(上記のZ18の説明はこの動画を参考にした).
もともとEを無視して18文字を13文字にし,さらに1文字の誤記を仮定した上で無理やり対応パターンを付けようとしたものでかなり無理があると思えるものだが,オランチャクは,Z18からは何百万もの名前を導出できると指摘し,Marvin Merrillだけでなくこれらの名前についても同様のパターンを見つけられるかどうかを検証すべきだが,おそらくそのようなことはされていないと批判している.
Z32は反復が少ないことからZ18よりも難しい.オランチャクは,ここでも,他の多数の可能性があると指摘している(42:20).
動画Zodiac and Black Dahlia SOLVED! By Sherlock or Charlatan?のPart 2は,ベイバーの解読について,暗号学的な側面以外の疑問点を挙げている.
・ベイバーはマーヴィン・メリルをゾディアックと結びつける間接証拠として,メリルが沖縄戦から日本の銃剣を持ち帰っており(ゾディアックの犯行にも銃剣が使われた),その刻印が暗号記号の一つ(上記で「8」と転記したもの)に似ていることを指摘しているが,メリルの銃剣についての確かな証拠がない(0:33).
・ベイバーは,マーゴリスの息子を訪ねてゾディアックの筆跡を見せたところ,筆跡を父のものだと認識したような反応をしたという.だが,筆跡鑑定家の経歴は疑わしいし,きちんとした比較資料も公表されていない(1:55).
・ベイバーは,「ゾディアック・モーテル」という宿所がマーゴリスがエリザベス・ショートの遺体をバスタブで洗った場所だとし,マーゴリスはそこから「ゾディアック」の名前を思いついたとしているが,後年の売り出し広告ではここの「バス」は「バスタブ」のないタイプのものだとわかった(3:45).
・マーゴリスは「エリザベス」というタイトルのスケッチを残したが,生前のエリザベスはベティなどと呼ばれており,「エリザベス」ではなかった.何より,ベイバーはスケッチのスペクトル解析を行って黒く塗りつぶされた部分にZODIACの文字が隠されていたと主張しているが,ポッドキャストに提供された画像とデイリーメール紙に提供された画像が異なっているなど不審な点があり,どのような処理をしたのか説明が求められる(5:30).
・マーゴリスの写真とゾディアック殺人犯の似顔絵も似ているとされているが,眼鏡を追加するだけでなく,写真がいろいろ加工されていた(14:43).
・ゾディアックの手紙はサンフランシスコの消印だったのにマーゴリスがいた場所が合わない(16:35)
・マーゴリスが名前を偽っていたことがあるとされているが,偽っていたのではなく,ベイバーのチームが別人と混同している(19:25)
しめくくりに,ベイバーの解読に懐疑的な証言・報道も出てきていること(22:30),ベイバーの解読を最初に取り上げたのはデイリーメール紙だが,同紙はファクトチェックの甘さがたびたび問題になってきたこと(23:40)などを指摘している.
動画Zodiac and Black Dahlia SOLVED! By Sherlock or Charlatan?のPart 3は,アレックス・ベイバーという人物に焦点を当てる.
ベイバーは未解決事件を解決する会社CCCOAを立ち上げたりしてメディア出演もよくしていたようだが,どうもその評判は芳しくない.この動画では,そんなベイバーの経歴に関して疑問に思うようなエピソードが次から次へと出てくる.オランチャクが事実確認をしようと連絡する過程でベイバーの側からは法的手段に訴えるとの脅迫も届いた(1:25:08)ことを考えると,エピソードの一つ一つにきちんと証拠・証言を提示する構成は当を得たものといえる.29項目にもわたる確認事項に対する,代理人を通じたベイバー側の言い分もきちんと読めるように表示して公平を期してもいる(1:26:15).こうしたことから1時間半の長尺になったが,私自身は飽きずに見られた.要点だけをかいつまんでという向きには,1:14:55からが全体のまとめのようになっている.
暗号関連でも興味深い事実が紹介される.ベイバーは,今回のZ13の前にも2020年10月にZ340を解読して検証されたと主張する動画を公開していた(20:00〜;特に22:00).間の悪いことに,その2か月後にオランチャクらが正しい解読を発表(別稿参照)して面目を失った.だが,People誌のカバーに取り上げられるとか、テレビドキュメンタリーを制作するといった話が破談になったのは,必ずしも本物の解読が出てしまったためばかりでなく,各社がベイバーに不信感をもったためらしい(27:17).
そしてZ13については,なんとベイバーはかつてはZ13の解読はLawrence Kleinだと主張していた(解は15:49,47:17;以前の誤りを認めるインタビューは46:10).しかも本人らしき人物からそれを認める電話がかかってきたという(1:18,46:41).ベイバーは怖くなって引っ越したと言うが,ローンの滞納で家を差し押さえられたというのが実情らしい(2:10, 48:17).
Z13の解読はLawrence Kleinだとするベイバーは,同じ手法を使うとZ18もLawerence Kane Klein(1字余計なeがはいっている)と読めると主張した(16:10).今回,Z18からもMarvin Merrillの名前が出てくることでZ13の解読の正しさの確信を強めたというが,同じような「信じられないほどの偶然」は,ほかの解読でもできたのだ.
そして見過ごせないのは,今回,暗号解読で7000万の候補から1人に絞り込んでMarvin Merrillという名前を特定し,後になってそれがエリザベス・ショート殺害事件の(元)容疑者だと知ったと語っているが,実は2019年の時点からすでにマーゴリスのことを調べていたことを示す証拠があることだ(1:19:35).(ローレンス・クラインとマーヴィン・マーゴリスの2人が107件もの殺人事件の犯人だという突飛な主張もしていた(3:46).画期的なソフトウェアを開発してそれが導き出した答えだというが,後日ソフトウェアは仮説上のものだったと認めた(8:20).)だとすると,解読結果をMarvin Margolisにするという意図が先にあって,それに合う操作を作り出したのではとの疑念が浮かんでくる.
(同じような話はかつて解読がLawrence Kleinだと主張したときにもあった.2007年に解読を発表し,その後何年もたってからゾディアック事件の容疑者だと知ったという話だったが(2:46),2000年の時点ですでにLawrence Kleinはゾディアック関連のフォーラムで話題になっていた(1:08:20).)
Marvin Merrillという解読結果を導き出した過程についてこのように事実に反する説明がされていることは.解読そのものにも疑問符を投げかける.
もろもろ考えると,やはりZ13は未解読だと考えるべきだろう.