歴史小説でたどる英国史(など)

My Lady of Cleves (Margaret Campbell Barnes)

ヘンリー八世の4番目の妃クレーフェのアンを主人公とした小説.映画『ヘンリー八世の私生活』などでちょい役のイメージが強かった意外感もあって読んでみたのだが,傷つけられたアンが「その後」にむしろ存在感を発揮し慕われる様子は興味深かった.斬首された王妃アン・ブーリンの後釜になったアン,そのアン・ブーリンの娘エリザベス,アン・ブーリンのせいで幸せを奪われた長女メアリーといった視点からの会話の端々も興味をそそる.全編を通じた宮廷画家ホルバインとのからみは,おそらくフィクションだと思うと個人的にははいりこめなかったが,残されているさまざまな肖像画が描かれた現場の描写などは興味深い.ホルバインとの少女マンガ的な出会いや,田舎育ちで貴婦人のたしなみはないものの,切り盛り上手で人の心をつかむのもうまいという『キャンディ・キャンディ』風のキャラが生きる場面なども読んで楽しい部分.
同じ作者のエリザベス・オブ・ヨークやワイト島のチャールズ一世を描いた作品に比べると散漫な印象を受けたが,「アン・ブーリン」と「ヘンリー八世没後」というポピュラーなトピックにはさまれた時期を扱ったものとして興味深い一作ではある.
Wikipediaによれば,Diane HaegerのThe Queen's Mistake (2009),Dixie AtkinsのA Golden Sorrow (2010)の第3巻,Philippa GregoryのThe Boleyn Inheritance (2006)の約3分の1,Mavis CheekのAmenable Women (2009)などもクレーフェのアンを扱っているという.

あらすじ

ヘンリー八世の側近たちは王位継承を安泰にするため,国王に再婚を勧めていた.大法官クロムウェルらはプロテスタントのクレーフェの公女姉妹のいずれかを提案していた.ヘンリーは乗り気でなかったが,まずは画家ホルバインをカトリックのノーフォーク公が勧めるミラノの公女,次いでクレーフェの姉妹のもとに遣わして肖像画を描かせることにした.
クレーフェ公女のアンは妹のアマーリアほど美しくはなかったが,気だてがよく実務的だった.ホルバインに肖像を描いてもらうその日も侍女の子の看病に行って帰ってきたところでスケッチをしていたホルバインとはちあわせしてしまった.飾らないアンに惹かれたホルバインが描いたアンの肖像画は,決して美化するものではなかったが,傑作に仕上がった.ホルバインとアンは心を通わせるようになっていた.
肖像画の力も多分にあって再婚相手はアンに決まった.ヘンリーは義兄弟で親友のサフォーク公チャールズ・ブランドンに,政略結婚のはずなのにロマンスを持ち込もうとしていると警告された.
アンがイングランド入りしたところ,ヘンリーが予告もなく会いにきてしまった.身なりも整えないアンを目の当たりにしたヘンリーの失望は明らかだった.その一方,ヘンリーは,ノーフォーク公妃の親類の若い娘のキャサリン・ハワードに目をつける.アンは花婿にエスコートされることもなく,一人首都に向かった.
結婚はしたものの,傷ついたアンはヘンリーを悩ませることに満足を覚える.そんなときハンプトン宮殿にクランマー大主教が会いに来た.ヘンリーの機嫌を取り結ぶようにしてほしいという.アンとの結婚を勧めたクロムウェルはロンドン塔に入れられていた.アンは,善良なクランマーに心を開き,善処を約束する.クランマーは,貴婦人のたしなみがないと嘆くアンに,所帯の切り盛りが得意ならそれを存分にやればいいと励ます.
そこにヘンリーが訪れ,アンはヘンリー自慢の王子エドワードに会いたいと言い,ヘンリーに喜ばれる.ヘンリーは自ら同行すると申し出,いつもエドワードの世話をする長女メアリー,めったに同行させてもらえないエリザベスなども伴って行く.アンは病気を恐れるあまり王子が過保護に育てられているのを見て愕然とし,窓を開け放つなどしてぐずっている三歳のエドワードの機嫌をとってみせた.
ヘンリーは若いキャサリン・ハワードに夢中のようで,アンには寄りつかなくなった.クレーフェから連れてきた侍女らは帰国を命じられ,アンはリッチモンド宮殿に移るように言われた.アンは唯一親しいといえる同年輩のメアリーからリッチモンド宮殿はテューダー家にとってゆかりが深く,今は寡婦の住居みたいなものだと聞き安心する.
だがまもなく国王の使者がやってきて離婚を告げられた.アンは処刑されるのだと思って失神する.気がつくと,信頼できるクランマーとサフォークがいて,アンは国王の妹として遇されることがわかった.傷ついたアンではあったが,アン・ブーリンのように息巻いたりはせず,冷静に受け止めた.実務的なアンは帰国や再婚の可能性を尋ねるが,言下に否定される.だが,リッチモンド宮殿に住み続けることができ,莫大な領地収入も与えられることになった.
アンは本領を発揮し,荒廃していたリッチモンド宮殿を見事によみがえらせた.八月には国王が不意に訪れたが,持ち前の切り盛り上手で,ぬかりなく料理や席次の手配をした.キャサリン・ハワードと結婚の意を固めたヘンリーに愛想よくし,あまつさえキャサリンと訪ねてくるようにとさえ言って,一同を唖然とさせた.国王は上機嫌だったが,したたかなアンは,アンが妊娠しているのではないかと心配しながらアンとの結婚は完遂されていないとの建前のため口に出せない国王の懸念は察しつつも,答えは与えなかった.
キャサリンが王妃となってから,アンはハンプトン宮殿に招かれた.ヘンリーは体力的に若い者にはついていけなかったので,王妃キャサリンの相手をトマス・カルペパーに任せていたが,カルペパーはキャサリンのことを愛しており,いつしかその心のうちをアンに打ち明ける.
ある日,ヘンリーが王妃も伴わずにリッチモンド宮殿を訪ねてきた.アンはヘンリーの幼いころの思い出の宮殿の手入れしたところや昔のままに保存してあるところをヘンリーに見せた.ヘンリーはやはりいつしかアンに昔語りをするようになっていた.
その晩,ヘンリーは初めて心からアンを欲し,それを察したアンは内心快哉を叫んだ.そして自分が子供を持てる最後のチャンスという計算と,そして何より,メアリーが母キャサリン・オブ・アラゴンについて言っていた,人がどう言おうと神の前での結婚は絶対であり,世間では離婚したことになっていても永遠に夫婦であり続けるというカトリック的な考えに共感を覚えてヘンリーを受け入れるのだった.
ある日,アンはカルペパーからの呼び出しでハンプトン宮殿に駆けつけた.王妃キャサリンの結婚前の不品行を告げる書類が今にも国王に届けられようとしているので助けて欲しいというのだった.なぜ自分がと思いつつも,キャサリンに会ったアンはキャサリンの告白を聞き,メモが届けられる前に国王に自分の口からすべてを話すようにと助言する.だがすでに衛兵が配置されていて間に合わなかった.
帰宅後,アンは病床に臥せり,しかも祖国から母の訃報がもたらされた.さらに,クレーフェ時代からの侍女で,他の者が帰国させられたときは召使と結婚してまで残ってくれたドロテアの出産にも立ち会えなかった.
しかも,ドロテアの子がアンとホルバインの不義の子だとの噂が広まった.国王がアンとよりを戻すのを恐れたハワード派の差し金だった.だがアンはあえて何も言わないことにした.案の定,国王は自分の子ではないかとの思いからきびしく詮議し,事情を知らないハワード派は狼狽する.きっかけとなったフランシス・リルグレーヴは重大な情報をもっと早く伝えなかった廉でロンドン塔に送られた.
ホルバインはアンを愛しながらも他の女にも手を出し,それを隠しもしなかった.フランシス・リルグレーヴと二人の子をなしていたが,アンは二人の娘を自分の孤児院に引き取って育てることにした.
キャサリン・ハワードやトマス・カルペパーが処刑されると,クレーフェの外交筋をはじめとしてアンの周辺ではアンの再婚へ向けて期待が高まるが,アンにその気はなかった.だが,アンは,政治家たちがすでに自分のように実際的なキャサリン・パーに白羽の矢を立てていると聞いて少しがっかりするのだった.
アンがイングランドに来て七年が経っていた.ホルバインはロンドンの疫病の際に亡くなっていた.健康を誇ったヘンリーにも死期が迫り,アンは病室を訪ねた.
ヘンリーが亡くなったとき,王妃キャサリン・パー以上に本心からその死を悼んだのはアンだった.アンは帰国も再婚も自由だと告げられたが,現状に満足していると答えるのだった.


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