歴史小説でたどる英国史(など)

With All My Heart (Margaret Campbell Barnes)

チャールズ二世妃キャサリン・オブ・ブラガンサの物語.
王政復古後の英蘭戦争・ロンドン大火・政争などめまぐるしい時代を背景に,不安の渡英,幸せなハネムーン,夫の愛人をめぐるいさかい,夫婦の信頼関係から生まれる自信,そしてカトリック陰謀事件の狂騒を経たあとの夫のゆるぎない愛情による幸せというように,夫婦関係の成熟に焦点を当てている.
この作者はいつも会話がうまいと思う.私の個人的な好みでは,普遍的過ぎる内容(料理・衣装・色恋など)ではなく,かといって歴史の教科書にあるような話にも陥らずにその時代や登場人物ならではの雰囲気をかもし出すダイアログが歴史小説の醍醐味だと思うのだが,本作でいうとチャールズ二世が昏倒する前夜の会話などがその好例.
同じキャサリンを主人公にしたものとして,大昔に読んだJean PlaidyのThe Pleasures of Loveがあるが,こちらは,面倒を嫌って相手に合わせながら実は意を通してしまうというチャールズ二世のキャラを前面に出しつつ,キャサリン自身についてはあきらめの境地という書き方だったように(おぼろげながら)記憶する.

あらすじ

ポルトガル王女キャサリンは王政復古で王位についたイングランドのチャールズ二世に嫁ぐことになった.この結婚によるポルトガル・イングランドの同盟に不満なスペインは,ブラジルからのポルトガル商船を攻撃するようになる.そんなスペイン艦を撃退してポルトガルに着いたイングランド艦隊は民衆から大歓迎を受けた.
チャールズ二世は優しく,ハンプトン・コートでは幸せはハネムーンを過ごしたが,政務でいったんロンドンに戻ってからチャールズの態度がおかしくなる.まもなく,チャールズの愛人のカスルメーン伯爵夫人にせっつかれて女官に取り立てさせようとしていることがわかった.キャサリンは強く反発し,チャールズとも疎遠になってしまうが,皇太后ヘンリエッタ・マライアがフランスから訪ねてくるのを機にチャールズは何事もなかったかのように接してくれた.自分がいかにチャールズを愛しているかを知ったキャサリンは,侍女から夫のことをどれくらい愛しているのかと聞かれ,チャールズが「喜んで」といったニュアンスでよく使う表現を使って答えた.「心の底から(With All My Heart)」
キャサリンは義母ヘンリエッタ・マライアに,チャールズをカトリックに改宗させるよう言われ,心から同意する.ポルトガルがスペインの侵攻にさらされたときは,ローマ教皇に,自分がイングランドの教化に努めるから(スペインから独立した)ポルトガル王の王位を認めるよう手紙を書く.だがチャールズは,誰にも話したことのないカトリックへの思いを打ち明けつつ,ローマ教皇と接触することは国民の反発を招くと指摘した.信条は何だと問われて,チャールズは二度と放浪の旅に出ないことだと答えるのだった.
カスルメーン伯爵夫人はいつのまにか宮廷に堂々と出てくるようになり,王妃よりも夫人のまわりにとりまきができた.そんなある日,ジェミー・クロフツという好青年と楽しく過ごした.あとでチャールズの若いころの最初の私生児だと聞かされて愕然とするが,ジェミーのことは憎めなかった.
つわりがひどくてタンブリッジ・ウェルズで湯治をしてチャールズとも親密な日々を過ごす.帰京後,チャールズがニューマーケットの競馬に出かけたときに重病になるが,チャールズは予想以上に早く帰ってきてくれた.
妊娠は失敗に終わり,キャサリンはもう子は生めないだろうと言われる.ジェミーはモンマス公に叙されるなど厚遇され,カトリックに転向した王弟ジェームズは苦々しく思う.一方,モンマスが私生児ではなかったことにして王位継承者にしよう,あるいは少なくともキャサリンとの結婚を無効にして新たな王妃を迎えさせようという動きもあったが,チャールズはいつになく厳しい態度で否定し,キャサリンは喜んだ.
チャールズの女好きは相変わらずで,キャサリンの女官のフランシス・ステュアートにも言い寄るが,フランシスは駆け落ちした.だが,キャサリンはチャールズが宮廷の女性たちよりもオルレアン公妃になっている妹ミネットに深い愛情を抱いていることを知り,むしろ義妹に嫉妬を覚える.
疫病や大火,オランダの侵攻と災厄が続き,王室の放蕩が批判されるようになると,チャールズはホワイトホール宮殿で王妃の部屋にくることが多くなった.キャサリンは,チャールズが心のうちを打ち明けるのは自分だけという自信から,かつて母に諭されたように,愛人たちのことは目をつぶることができるようになった.ネル・グインという女優が来ていたらしいときもあえて逃げ出す時間を与えるほどだった.
戦争が終わり,ミネットの訪英が決まったときのチャールズの喜びはひとしおだった.だが夫のオルレアン公が短時日しか認めなかったので,ドーヴァーで迎えることになった.キャサリンは,ミネットに夫に心から愛されて(in love)はいないとこぼすが,夫からひどい扱いを受けているミネットから,チャールズの妻で恵まれていると諭される.ある朝,チャールズが大臣やフランス大使を連れて部屋に来たことがあり,内密の話があるのだろうと席をはずしたことがあった.
兄との充実した再会を楽しんだミネットだったが,帰国後まもなく急死した.毒殺も疑われたが,厳正な検死でその可能性は否定された.
ルイ十四世は,ミネットに同行していてチャールズが目をつけていたルイーズ・ド・ケルアルを使者として送ってきたが,ミネットの代わりに英仏のきずなとする意図は明らかだった.
ルイーズがチャールズの子を懐妊し,ポーツマス女公爵に叙されるその日,キャサリンはホワイトホール宮殿を引き払って別邸に移り,国民からも嫌われるカトリックでフランス人のルイーズと張り合うのはネル・グインの役どころとなった.
カトリックによる陰謀が叫ばれ,多くの者が無実の死に追いやられた.チャールズの殺害予告があったとき,いつも同行するルイーズは来なかったが,キャサリンと王弟ジェームズはあえて同行した.チャールズも二人の真情はよくわかった.
だがカトリックに対する反感はすさまじく,キャサリンの家中の者まで断罪された.キャサリンがチャールズに訴えても,チャールズとしても何もできなかった.下手に動くと再び王位を追われることさえ危惧していたのだ.
王弟ジェームズも大陸への亡命を余儀なくされた.ジェームズは,キャサリンに挨拶に来たとき,プロテスタントからもてはやされているジェミーなら,気持ちはわかってくれると助言してくれた.だがジェミーはともかく,あからさまに修道院入りを迫るバッキンガム公を断固として拒絶した直後,キャサリンの侍医が国王毒殺の疑いで逮捕され,さらにキャサリン自身まで共謀を訴えられる.だが,国王自ら法廷に乗り込み,でたらめな告発をするタイタス・オーツを尋問してその証言の矛盾を暴き,無罪を勝ち取って逆にオーツをロンドン塔送りにした.
国王がキャサリンの味方であることを示すため,国王はキャサリンをホワイトホール宮殿に戻した.カトリック陰謀事件の狂騒も一段落し,民心も落ち着いてきた.チャールズはどこに行くにもキャサリンを伴うようになった.
オクスフォードで議会が開かれているときもそうだった.ある日,キャサリンは自分の寝室に国王の盛装用の衣装が用意されているのを見て驚いた.国王は議会を解散させるつもりだったのだ.キャサリンは,かつてチャールズ一世が議会を出し抜こうとする予定を妃に話したことがきっかけで計画が無に帰した逸話を指摘するが,チャールズは自分は人を見る目があると請け合うのだった.議会が歳費を認めてくれないと困るはずだが,キャサリンはチャールズがドーヴァーでフランス王からの援助を取り付けたことを察していた.
チャールズが昏倒したとき,キャサリンはチャールズがカトリック教徒として最期を迎えたがっていることを察し,ルイーズ・ド・ケルアルからフランス大使を介して王弟ジェームズに伝えさせた.ジェームズがそうしたいかとチャールズに尋ねたとき,チャールズは得意の決まり文句で答えた――「心の底から.」チャールズは最後にハドルストン神父に秘蹟を授けてもらうことができた.
20年後,キャサリンはポルトガルに帰国して病がちの弟ペドロに代わって摂政として国政を取り仕切っていた.今やスペイン王フェリペの使節までがポルトガルの顔色を伺うようになっていた.だがキャサリンはスペインからの賓客よりも,イングランドから着いた船に乗っていたサミュエル・ピープスの甥に心をときめかすのだった.


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