アーバスノット『ジョン・ブル物語』

第一章  第二章  第三章  第四章  第五章   第六章  第七章  第八章  第九章  第十章   第十一章  第十二章  第十三章  第十四章  第十五章   第十六章  第十七章


第一章 訴訟のきっかけ

故ストラット卿〔故スペイン王カルロス二世〕の死後に私たちの近所で起こった激しい争いについては説明する必要もないだろう.牧師〔ポルトカレロ枢機卿〕とよこしまな弁護士が卿の地所をいとこのフィリップ・バブーン〔アンジュー公フィリップ〕のものと認定してもう一人のいとこサウス氏〔カール大公〕を大いに落胆させた一件のことだ.その牧師と弁護士が,バブーン家からたんまりと報酬をもらって遺書を偽造したと言ってはばからない者もいる.それはともかく,以来,栄誉と地所がフィリップ・バブーンのものであり続けてきたことは事実である.
ストラット卿の一族が長年にわたって広大な地所を保有してきたことはご存じだろう.手入れが行き届き,林もあり水の便もよく,石炭,塩,錫,銅,鉄といった資源もみな地所内にある〔西インド諸島などの植民地〕.だが不幸なことに,一族は執事,出入り商人,使用人に食い物にされ,多大な負債を負わされていた.同時に,贅沢な暮らしをやめられないため,最良の館のいくつかを抵当に入れざるを得なかった.二百年前のストラット卿の肉屋やパン屋の請求書がまだ未払いだとの話もあながち作り話ではないかもしれない.
フィリップ・バブーンが初めてストラット卿の地所の地主となったとき,出入り商人たちはそうした場合の慣例どおり,館に参上して挨拶をするとともにこれまでの引き立てについて説明した〔フェリペ五世のスペイン王即位にあたっての英国王ウイリアム三世とオランダ連邦議会の最初の祝賀の手紙〕.その筆頭は呉服屋のジョン・ブル〔イギリス〕と生地商ニコラス・フロッグ〔オランダ〕だった.両名は,ブル家とフロッグ家は長年にわたってストラット卿家に布地を納めてきたこと,両名とも正直でまっとうな商人であること,その請求書が疑惑をもたれたことはなかったこと,ストラット卿は暮らしぶりは高貴なで,ペンやインク,勘定台などで手を汚すことはしなかったこと,これからも先代にしてきたように誠心誠意対応するので両名の正直さをあてにしてもらってよいことなどを話した.若い地主はみな善意に受け止めたようで,満足した様子で先祖代々の立派なやり方を変えるつもりはないと言って両名を下がらせたのだった.

第二章 ブルとフロッグ,ストラット卿がその得意先をすべて祖父ルイ・バブーンに振り替えようとしていると疑心暗鬼になる

私たちの近所の平穏にとって不幸なことに,この若き地主には老いて狡猾な悪党,スコットランド人の言い方を借りれば信用ならないやくざ者である祖父がいた.いわゆるよろず屋〔フランスの特質〕である.カウンターに立って広幅織物を売っていたかと思えば,生地の寸法を測り,次の日には高級服地を扱っているという具合である.帽子やリボン,手袋,扇子,レースといったものなら実に詳しく知っている.チャールズ・マザーのおもちゃをもってしても,おめかし好きの若者をこれ以上に丸め込むことはできなかっただろう.それどころかこれを見れば彼とてテープや靴下留め,靴の留め金売りに身を落としたくなるかもしれない.店が閉まっているときは近所を歩き回り,若い男女にダンスを教えて半クラウン稼ぐ.こうした方法で巨万の富を集めては,何よりも好きな刀や六尺棒,棍棒といったもの〔戦争〕に浪費し,国中の者に挑戦して回る.ブルとフロッグがこの男に疑心暗鬼になったとしても,無理もないというものだろう.フロッグがブルに言う.
「この老獪な悪党が若旦那の商売の管理を一手に引き受けてしまうことだってありえないことじゃないかもしれない.それにこのごろつきは高級品を持っているし,誰よりも安く納められる.そんな日には俺たちは,俺たちの家族はどうなっちまうか,考えるまでもない.飢え死にするか,老いぼれのルイ・バブーンの雇われ人になるほかあるまい.だからよ,お隣さん,ストラット卿の若旦那にこの件について詳しい手紙を書いてみるのがいいと思うんだ」

第三章 ブルとフロッグのストラット卿への手紙の写し

閣下,ブル家とフロッグ家がストラット卿家にいつとも知れない昔からあらゆる種類の布地をお納めしてきたことはご存じのことと思います.閣下が今後御祖父ルイ・バブーン様から買い入れをなさるとの意向に私どもが疑心暗鬼になるのも無理からぬことであり,ここに本状をもって閣下に,そのようななさりようはストラット卿家のご厚情によって生計を立て,世間でいっぱしの商人としてやってきた私どもの一族の境遇に適うものではないことをお伝え申し上げるものであります.したがって,閣下は私ども,私どもの後継者に十分な保証をみつけ,ルイ・バブーンを取り立てないことを示さなければならず,さもなければ私どもとしては法的な是正手段に訴え,昔の負債二万ポンドについて要求を起こし,閣下の所持品や動産を差し押さえるであろうことをお伝えするものであります.閣下の状況を考えますと,そうなればたちまちお困りになり,容易なことでは抜け出せなくなることかと存じます.したがいまして,この件についてよくよくお考えになった上,要望にお応えいただければ深甚に存じます.
  敬愛する友
  ジョン・ブル
  ニコラス・フロッグ

ブルの友人には若い地主に対してもう少し穏健な手段をとるよう助言する者もいたが,ジョンは生来荒っぽいやり方が好きなのだった.この手紙を受け取ったときのストラット卿の驚きは筆舌に尽くしがたい.訴訟をするにも昔の負債を清算するにも持ち合わせがなかったし,十分な保釈金もみつけられなかった.話し合いで決着をつけようとして名誉にかけて布地業者を変えはしないと約束したが,無駄に終わった.ブルとフロッグは老獪なルイにだまされることを見通していたのだった.

第四章 ブルとフロッグ,地所についてストラット卿との訴訟に及び,他の出入り商人も参加する

ストラット卿と布地商との和解の努力はみな失敗に終わった.疑心暗鬼は増し,その間にストラット卿が新しい仕着せを老獪なルイ・バブーンからあつらえたとの噂が広まった.これがブル夫人の耳にはいっており,ジョン・ブルが帰宅したときには家族中が大騒動だった.このブル夫人というのがひどく癇癪持ちだった.
「この飲んだくれ,お前さんときたら,パブや居酒屋をはしごしてビリヤードやナインピンや人形劇で時間をつぶしたり,得意になって新しい金張りの馬車で通りを走ったりしてばかりいて,私のことも大勢の家族のことも考えようとしない.わからないの?ストラット卿が新しいお仕着せをルイ・バブーンの店に注文したのよ.あの古狐がうちの顧客を盗んで,うちを毎日のように商売から締め出しているのよ.なのに巣にいて働かない雄バチみたいにただポケットに手を突っ込んで椅子にふんぞり返っているなんて.なんてざまですか.しっかりなさい,立つのよ.私だったらあのごろつきにそんな扱いを受ける前にこっちのやり方で売ってるわ」〔当時の議会の見解と奏上文〕
読者はブル夫人がフロッグにあらかじめ入れ知恵されていたと思うに違いない.というのも,フロッグは夫人のこの情報通の説教に乗ったのだ.こうなればぐずぐずしてはいられない.法律に通じた顧問のところに行くと,法律家たちは一致して訴訟が正義であること,そして成功疑いないことを請け合った.
前に言ったように,老獪なルイ・バブーンはいわゆるよろず屋だった.そのためブルとフロッグだけでなく他の出入り商人の疑心暗鬼もかき立てた.争いのことを聞いた彼らは老獪なルイ・バブーンに敵対して団結する機会に飛びついたのだが,訴訟費用はブルとフロッグが出すことを当然のように期待していた.サヴォイの煙突掃除人の嘘つきネッドやポルトガルのゴミ収集人のトムまで要求事項を加え,みなの主張は弁護士ハンフリー・ホーカスの手に託された.〔サヴォイ,ポルトガルの対仏同盟参加〕
次のような宣言書が書き上げられた.
「ブルとフロッグは長年の慣習によりストラット卿への布地業者たるべき疑う余地のない権利を有しており,そのことを示す昔の契約書もいくつかある.ルイ・バブーンは年季を務めることも自由を買うこともなく呉服商,生地商の業につき,印紙なしでは売ることのできない商品を売っている.当人は商人というよりは暴漢といったほうが適当で,国中の市を回っては人に挑戦して懸賞金争いやレスリング,棒術試合で戦い,その手のことを数え切れないくらいたくさんしている」

第五章 ジョン・ブル,ニコラス・フロッグ,ホーカスの真の人格

以下の物語をよりよく理解するために,読者はブル〔イギリス〕について知っておく必要がある.ブルは基本的には正直で表裏のない人間で,癇癪持ちで大胆で,実に気が変わりやすい.老獪なルイに対しても,剣だろうと片刃の刀だろうと棒術試合だろうと恐れるものではなかった.しかし,同時に親友とも口論がちで,特に友人が指図がましいことをしようとした場合はそうである.持ち上げてやれば子供のように操ることができるのに.ジョンの気性は天気に大いに依存していた.晴雨計とともにその意気は上がり下がりする.しかし,この世にこれほど帳簿の管理がぞんざいでパートナーや丁稚,使用人からだまされやすい者もいない.それは,酒や娯楽を愛する陽気な仲間であったためである.実を言うと,ジョンほど立派な家を構えていた者はなく,ジョンほど金離れのいい者もなかった.表裏のない誠実な取引によって,ジョンはなにがしかの財産を築いていた.不幸な訴訟さえなければ財産家のままでいられたかもしれなかった.
ニコラス・フロッグ〔オランダ〕は狡猾でずるい輩であり,多くの点でジョンとはまさに正反対だった.強欲で吝嗇で,家内のことに目を配り,ポケットの節約のために腹をつまみ,うっかり者の使用人や不良債権によって一ファージングたりとも損したことがない.娯楽には概して興味がなく,高地ドイツのアーチストの芸や手品だけが例外だった.これにかけてはニコラスの右に出る者はない.ただし,ニコラスも商売の上では公正だったことは認めておかなければならない.それによって,ニコラスは巨万の富を蓄えていた.
ホーカス〔マールバラ公爵〕は老獪でずるがしこい弁護士だった.本格的な訴訟はこれが初めてだったが,その職務のほとんど何についてでも実に有能な手腕を発揮した〔大軍を率いるのは初めてだったが,大戦果を収めた〕.いつも優秀な事務員を雇い,金を愛し,弁舌さわやかで聞こえのいいことを言い,癇癪を破裂させることなどほとんどなかった.家族には何でも不自由なくふんだんに与えたので異教徒より悪くはなかったが,誰よりも自分のことを愛していた.近所ではかかあ天下との評判だが,あれほど柔和な性格の女性が妻とあってはそれはありえない.

第六章 訴訟におけるさまざまな勝利〔戦勝〕

法律は底なし沼だ.何もかも飲み込む鵜ともギリシャ神話のハルピュイアとも言える.ジョン・ブルは弁護士たちに訴訟は長くても一〜二年以内に終わり,それまでには安穏として取引を回復できると言いくるめられた.しかし,ホーカスは十年もの長きにわたってその主張を,法律の入り組んだ小道という小道,裁判所という裁判所に引きずり回した.技量や準備が足りなかったわけではない.実を言えば,ジョンは主張に必要なものを不足させたことはなかった.顧問料を払い,商人を雇い,陪審員に袖の下をつかませる金子が足りなかったことはなかった.ストラット卿は概してうち捨てられ,有利な評決一つ得たことはなかった.ジョンは次こそは,次こそは最終決着になると約束された.だが何と言うこと!その最終決着と幸せな結末は魔法の島のようだった.ジョンが近づいたかと思うと遠ざかっていくのだ.新しい論点について新しい裁判が生じ,晴らしておくべき新しい疑念,新しい事項が次々に生じた.つまるところ,弁護士たるもの,自分たちが牡蠣をいただいて顧客には貝殻しか残さなくなるまで,これほどうまみのある案件を手放そうとはしないものなのだ.ジョンの現金,売掛金,債券,担保といったものはみな弁護士のポケットに納まった.それからジョンは銀行株や東インド債券を担保に借金を始めた.折に触れて農場が破綻した.ついには,サウス氏の肩書きを押し出し,例の遺書が偽造であることを証明してストラット卿フィリップをすぐさま排除するのがいいと考えられるようになった.ここにまた弁護士にとっての新たな分野が生じた.主張は今まで以上に入り組んだものになった.ジョンはますます気も狂わんばかりになり,どこだろうとストラット卿の使用人に会ったときにはその衣服をはぎ取った.時には使用人たちが裸で,靴や靴下,下着もなしで家に帰るのが見かけられることもあった.老獪なルイ・バブーンはといえば,誰よりもたくさん持っていたにもかかわらず,とことんまで追いつめられていた.その子供たちは高価なシルクから安いウールに切りつめ,使用人たちはぼろをまとい,裸足だった.良質の食糧の代わりに今や牛の頸肉や仔牛の肝臓で飢えをしのいでいた.早い話,法律屋のほかは,誰もこの件で得をしている者はいなかったのである.

第七章 ジョン・ブル,成功に大いに喜び,商売をやめて弁護士になろうとする

偉大な哲学者によって「習い性となる」という聡明な観察がなされている.これはジョン・ブルの場合にも実証された.正直で表裏のない商人だったジョンは,裁判所にたびたび足を運び,法律用語を聞き覚えた結果,自分のことを,法廷で弁論し,あるいは判事席に座る誰にも劣らぬ優秀な法律家だと思うようになった.ある日,ジョンがこのような独り言を言っているのが聞かれた.
「運命や偶然ってえのは実に気まぐれに人間を処するもんだ.人が天性から適している職業を割り当てられるなんてめったにない.この私はどう見ても法律家たるべく生まれてきた.私の保護者たちはどこで私の天才を見誤ったんだろう,まるで賤しい奴隷のように勘定台につかせたりなどして.すばらしいことだ,こうした連中は法律によって莫大な財産を手にしている.それに,これは紳士の職業だ.主張で勝利したり法廷でふんぞり返ったりするのは何という喜びだろう.羊毛の商売なんかにこれ以上あくせくしていたらとんだ阿呆だ.私は法律家たるべく生まれた.だから法律家になってやろうじゃねえか.人ってえのは何歳になっても学ぶことはできるもんだ」〔当時の国民の戦争継続支持の風潮〕
この間ずっと,ジョンは悪魔を呼び出す呪文にでも使えそうな難解語の一覧を丹念に覚えており,コーヒーハウスにいるときなど,どんな相手といるときでもおかまいなしに口走った.商人仲間はいかれているとつきあいを避けるようになった.話すことといえば,ブラックウェル・ホール〔ロンドンの毛織物商いの中心〕のことや広幅織物やベーズの価格ではなく,提訴,反訴,拘引状,再拘引状,妨訴抗弁,出廷令状,動産占有回復訴訟,訴訟休止令状,事件移送命令,覆審令状,横領物回復および横領訴訟,侵害訴訟,令状申請書,委託命令といったことばかりだった.これは法律の専門家には児戯のようなものだったが,それでもホーカスや法律族の他の連中はジョンの妄想をあおり,法律にすばらしい才能があり,やがては法律ですべての借金を返済するに足る金も集められると請け合った.勉強すれば王座部首席裁判官の位階に達することも間違いないとまで言った.正直な友人や隣人の助言についてはジョンは顧みなかった.そうした人たちのことは才能のない連中,みじめな下賤な職人だと見なしていた.ジョンは布を大量に売りさばくことよりも一つの評決で勝つことのほうが名誉だと考えていた.ニコラス・フロッグはというと,正直なところ,より賢明だった.訴訟も丹念に進めながら,通常の商売も怠ることなく,法廷にも店にもしかるべき時間にいるようにしていたのである.

第八章 ジョン,ホーカスが妻と謀っていたこと〔マールバラ将軍の議会工作についての当時の見方〕に気づく

ジョン〔イギリス〕も,浪費好きの妻〔ホイッグ政府〕さえいなければ,狂った道をこんなに長く突き進んだりはしなかった.ホーカスはジョンが妻にぞっこんなのを見て取り,この妻を手なづけることにした.ジョンが寝取られ男であることを教区内で最後に知ったのが当のジョンであるというのは事実である.ホーカスがジョンの妻とあまり名誉にならないつきあいをしていたことは,近所中で知られていた.だが,ジョンがそのことに気づいたのは少し遅すぎた.妻は浪費好きのあばずれで,豪華な馬車,ごちそうや舞踏会といったものが大好きで,祖先の堅実な流儀とは大きくかけ離れており,とても商人の妻にふさわしいとは言えなかった.ホーカスはその浪費好きを満足させたのだが,(なお厚顔無恥なことに)ジョン自身の金を使って行なったのであった.誰もがホーカスは彼女に気があると言った.それはともかく,ホーカスが褒めそやすと細君が必ず浪費に走ったのは事実である.ジョンがホーカスの請求書に文句をつけるときには,妻は,ジョンの訴訟のためにあれほどの骨を折り,老獪なルイ・バブーンの圧力から家族を救ってくれた最大の恩人に対する恩知らずだとなじるのが常だった.ジョンの手持ちの現金のかなりの額がホーカスの別荘〔ブレニム宮殿〕を建てるのに注ぎ込まれた.ホーカスとブル夫人との関係がついに白日のもとにさらされると,世間中がスキャンダル視した.
ジョンはそれほどばかではなかったが,ようやく事情を察した.教区の牧師がある日,良識以上の熱意を込めて姦淫を戒める説教をすると〔サシェヴェレルの説教〕,ブル夫人は夫に,お歴々の前であんな乱暴な言葉づかいをするとは牧師は礼儀知らずもいいところだ,ホーカスも同じ意見で,個人へのあてこすりを交えた咎で牧師の禄を剥奪するよう共同すべきだと話した〔下院の激怒〕.
個人へのあてこすりというのはどういう意味だ,とジョンは言う.妻よ,まさかお前のことを言っていたのではないだろうねと.
「まさか.私の評判は世間でもよく知られているじゃないの.あんな口さがない悪党が何を言ってもどうってことありませんわ.あの男の教義ときたら,夫たちを暴君に,妻たちを奴隷にっていう感じのものばっかり.私たち女は口をつぐまなくちゃならず,夫たちは好きに放題とでも?ご立派だこと!妻はプラトニックな間柄のお友達とでも決して観劇や舞踏会に出かけてはならない.夫から離れて身動きしてはならない.親類とスプリング・ガーデンを歩くのもままならない.この際だから言わせてもらいますけどね,意志を曲げるつもりはありません.日々のささやかな自由が認められなければ,結婚生活なんて我慢できるもんじゃないわ.妻の貞操は妻自身の理性の結果であるべきであって,夫の支配の結果であってはなりません.私について言えば,男性といるところを見たというだけですぐ嫉妬する夫なんて軽蔑します」
この間中,ジョンの血は煮えたぎっていた.今やあらゆる疑惑を確信した.きつい罵りがジョンが妻に言えた最善の言葉だった.話はあれよあれよという間にこじれ,ブル夫人はジョンに包丁を向けた.ジョンは妻の頭に向かって実に乱暴にびんを投げつけた.その後はもう混乱あるのみだった.びん,グラス,スプーン,皿,ナイフ,フォーク,小皿が塵のように飛び交った.
その結果,ブル夫人は右の脇腹に打撲傷を受け,それがもとで半年後に亡くなることになる.傷は化膿し,その後ひどい臭いの潰瘍になり,誰もが彼女に近寄るのをいやがるようになった.多くのすぐれた医師が精を出して世話をし,医術にできる限りのことをしたが,ブル夫人はそんな助けを望まなかった.しかし,すべては無駄だった.今や病状は完全に絶望的となり,かかりつけの医者も近親たちもブル夫人に見切りをつけたのだった〔ホイッグの下院についてのトーリーの意見〕.

第九章 やぶ医者がブル夫人の潰瘍を治そうとする〔議会解散を妨げようとする試み〕

いかさま師にとっては世の中,不可能などない.どんなことでもやってみるまで,どんな嘘でもついてみるまでだ.ブル夫人の容態は並みいる専門家から絶望的だとみなされていたが,万能の軟膏があって,傷口に塗ればどんな傷でも数日にして治してしまうと豪語する者がいた.同時に錠剤を飲ませ,悪い体液をことごとく排出し,血をきれいにし,夫人のゆがんだ想像力を正すという.あらゆる手を尽くしたにもかかわらず,患者の状態は日に日に悪くなるばかりだった.夫人は悪臭がひどく,誰も近寄ろうとしなかった.例外といえば,そば近くで世話をし,心配するような危険などないと思い込んでいるやぶ医者だけだった.ブル夫人の容態はどうかときけば,よくなっているとやぶ医者は言う.病変は治癒し,体質も持ち直す,我々の言うとおりに従っていればすぐ出歩けるようになると言う.それどころか,地方にいる夫人の友人には,次の十月にはウエストミンスター・ホールでジグだって踊れるだろう〔一七一〇年十月の議会選挙〕,病気は主にへぼ医師のせいだったと書き送ったとのことである.患者の容態が悪くなる一方なので,ついにやぶ医者の一人が急使に呼び出された.やって来たやぶ医者は,とんでもない間違いだ,かつてないほど調子がいいと断言した.やぶ医者は膏薬を持ってこさせ,強心剤をたっぷり与えると言った.軟膏を塗り,強壮剤を投与している最中に患者はこときれた.やぶ医者は大いに当惑したが,ブルとその友人は大いに喜んだ.やぶ医者は取り乱して家から飛び出し,何かの陰謀だ,自分の処方は絶対確実のはずだと言い立てた.ブル夫人は悔悟も信心も見せることなく死んだので,聖職者がキリスト教徒としての埋葬を認るとは思えなかった.親族はただちにジョンを殺人で訴える決意をしたが,そのような裁判は古傷を開くだけで,故人の評判にあまり都合のよくないことも判明するかもしれないと思い直し,計画を断念した.遺書はなく,ただ金庫の中に紙切れに書かれた次の文句があっただけだった.
「もしストラット卿と和解するようなことがあれば,ジョン・ブルとすべての子孫に災いあれ」
夫人は三人の娘を残した.その名はポレミア,ディスコーディア,ユスリア〔戦争,派閥抗争,金利払い〕であった.

第十章 ジョン・ブルの二番目の妻とそのよき助言〔新しい議会とトーリーの下院の戦争忌避〕

ジョンは妻の死からすぐ立ち直り,自分の体質からも家族の事情からもやもめ暮らしを続けることは許されなかったので,新しい妻をめとることにした.先妻〔ホイッグ〕のいとこが提案されたが,ジョンはもうその手合いはこりごりだった.結論から言えば,堅実な地方出身の淑女〔トーリー〕と結婚した.良家の出で豊富な財産もあり,要は癇癪持ちの先妻の正反対である.といっても,今度の妻が金が嫌いなわけではない.彼女も蓄えはしていたし,先妻の節約知らずのやりくりとこのたびの破滅的な訴訟でできたジョンの膨大な借金を払うのに自分の財産を差し出してくれた.ある日,夫の機嫌をよくしたときに,次のように話した.
「ねえあなた,あなたと結婚してから,家庭内のものすごい無駄遣いと混乱を見てきました.使用人は反抗的でいがみあってるし,実にひどいやり方であなたをだましています.料理女は肉屋,家禽商,魚屋と結託してるし,執事は酒をくすね,ビール屋は泥水みたいなものを売りつけます.パン屋は目方でも勘定でもごまかすし,乳搾り女や子守女まで仲間意識を持っています.仕立屋は裁断する際にまるまる何ヤードもごまかします.それに,つけがたまって現金を持たずに市に行くものだから,商人たちから粗悪品を言い値でつかまされています.この十年というもの元帳記載もしていないじゃありませんか.こんな世とはいえ,商売人ともあろう人がそんな調子でよくやっていられますね.このホーカスが正直者でありますように.お願いですからあの人の請求書を調べて,フロッグとあなたの間のことがどうなっているかも確認してください.この訴訟には途方もない額が使われていて,さらに金貸しや高利貸しから高い利息で借りなければなりません.
それに,ねえあなた,商売をやめて法律家になるなんて無茶な計画はどうかおやめになってください.はっきり申し上げますが,あなたは法律家の器じゃありません.信じてください.あのたちの悪い連中はおだてることしかしませんが,それはあなたの懐から巻き上げるためなのよ.飢えてぼろをまとった輩がどれだけあなたの主張を食い物にしているか,ご覧になってください.あの人たちに任せていたら絶対終わりなんてきません.こんな裁判所への出入りを続けていたら,遠からずあなたの家族は物乞いをしなければならなくなります.ねえあなた,考えてください.お店をやめて三百代言のまねごとをするなんて,どんなに見苦しいことか.性分は変えられるものじゃありません.だから公有地にある一エーカーばかりの不毛な土地をめぐる地方郷士どうしの係争でも,あなたが保証人なり引受人なり代理人なりとして引き込まれるのがおちですよ」
ジョンはこの間ずっと辛抱強く聞いていたが,弱点を突かれて気にしている点に触れられると,むきになって言い返した.
「何,この私が法律家に向いていないって?いいか,ばかな親族のおかげで私は職人として育てられて,世界一の天才を埋もれさせるところだったんだぞ.ストラット卿と老いぼれでごろつきの祖父は身をもって私が訴訟を他の誰にも劣らぬ仕方で進められると知ったんだ」
ブル夫人は答える.
「あなたの言うことは認めるわ.あなたの才能に疑問をはさむ気もないのよ.でもね,あなたの境遇に合わないと言っているの.あなたも先代たちもこの同じ服地業をやってきて隣人たちの間でいい信用も築いてきた.それを捨てるのはおかしいっていうのよ.それに,この法律家たちのトリックや欺瞞を知り尽くしている人なんてそうそういないわ.ご自分の経験からしても,連中がどうやってある条件から別の条件へと引きずり込むかわかったでしょう.あなたは片っ端から裁判所を回って彼らの言うがままに踊らされた.あなたにはいつも最終決着をちらつかせている.なのに私の見る限り,あなたの立場は七年前と比べてちっとも有利になっていないわ」
ジョンは言う.
「ストラットやその祖父からの和解を受け入れるくらいなら縛り首になる.それよりは通りで包丁やはさみを研ぐ機械を回す人足でもやったほうがいい.だが,君の助言のとおり,勘定を調べてみることにするよ」

第十一章 ジョン,弁護士の請求書を調べる〔会計審査〕

ジョンが請求書を最初に引っ張り出してきたとき,そのとてつもない規模に家族一同の驚きはとても言葉では表わせないものだった.ジョンの店の極上の反物に匹敵しそうだった.その費用の支払い対象は,裁判官,陪席判事,書記,首席書記,裁判所事務官,書家,書記見習い,布告官,顧問,商人,陪審員,執行官,執達吏,廷吏,守衛に及び,品目も登記,謄本認証,保釈,権原保証,執行報告,予告記載,審理,語句登録,登録,宣言,訴答,記録,訴訟中止同意,事件移送命令,訴訟記録移送,妨訴抗弁,特殊評決,情報,告知令状,訴訟休止令状,人身保護令状,馬車手配,証人饗応等である.ジョンは言った.
「すごい.この法律というやつには恐ろしい数の専門用語がある.これだけでちょっとした学問だよ!」
「そうね,でもね,あなた,あなたはこのご大層な言葉の一字一句についてお金を払ってきたのよ.どうしましょう.この勘定の裏にはどんな巨額のお金があることか!」
ジョンが数週間かけて請求書を調べ,勘定を比較し明細にしてみたところ,各項目の浪費を別にしても,はなはだしい欺瞞が行なわれていることが判明した.受けてもいない相談,発行されていない令状,供されていない食事,行なわれなかった出張について払わされていたのである.早い話が,商人たち,法律家,フロッグが合意の上で訴訟の負担をジョンの肩に背負わせていたのだ.

第十二章 ジョン,怒って和解受け入れを決意する.そして,そうさせないために法律家たちが弄した手管.〔和平交渉とそれに反対する党派の抗争〕

学識のあるダニエル・バージェスがこう言ったのももっともなことだ.
「訴訟というのは生涯をかけた追及である.大理石の上に種播く者は,収穫までに幾度も空腹を経なければならない」
このことをジョンはつらい経験により身をもって感じたのだった.ジョンの主張はおあつらえ向きの乳牛で,多くの者がそれで生計を立てていた.しかし,ジョンは身辺を見直してみる時期だと思いはじめた.ジョンは地方にサー・ロジャー・ボールド〔ハーレー〕といういとこがいた.その先人たちは法曹界のために養育され,法律については誰よりも造詣が深かった.しかし,しばらく前からその業界を離れ,彼らは隣人たちの間で訴訟を示談にすることを大いなる楽しみとし,そのために法曹界の人々からは忌避され,地方じゅうの弁護士と絶えざる戦争状態にあった.ジョンは自分の主張をサー・ロジャーの手に託し,できる限りのことをしてくれるよう望んだ.その報せが届くや,法律家たちは大騒ぎになった.他の出入り商人たち全員をジョンに当たらせたのである〔講和条約阻止の試み〕.サウス氏〔オーストリア〕は裏切られた,和解する前に飢えてしまうと言い切った.フロッグ〔オランダ〕はきわめて不当な扱いを受けたと言い,煙突掃除人の嘘つきネッド〔サヴォイ〕とゴミ収集人トム〔ポルトガル〕は自分たちの利害が犠牲にされたと申し立てた.法律家,事務弁護士,ホーカス,そしてその書記らはみな和解の報せに憤慨し,ジョンとその妻を恥知らずこの上ない仕方でなじった.ある者は言った.
「この愚かで,不器用で,育ちの悪い田舎の雌ブタめ.あの脳タリンで頭空っぽのばか者を破滅から救ってくれたホーカスやその家族に毒づくほど礼儀知らずとは.ホーカスが朝早く起き,夜遅くまでジョンの助けになろうと努力していることは周知のことだ.当人が町でパブをはしごして飲んだくれている間にだ.俺はジョンの先妻とはなじみだった.育ちがよく,気だてがよく,愛想もよい女性で,世に生きるすべを知っていた.お前と言えば,まるで時計仕掛けで動く人形じゃないか.服を着ていてもまるで織物を乾かす張り枠みたいだ.部屋にはいるのも,まるでジョッキをくすねに来たかのようだ.田舎に帰って母親の鶏の面倒でも見て,乳しぼりやバターづくりをして,祝日のために花束でも作っていればいい.戸口の前の道標ほども無知なくせに,口をはさむのはやめることだ.ホーカスの評判は誰もが認めるところだ.生まれてこの方,汚い言葉を使ったことはないし,嘘もついたことがない.恩人には恩を忘れず,友人には誠実,頼ってくる者には鷹揚で,上官には本分を尽くす.あんたの金など足もとの泥ほども気にかけちゃいない.だが罵られることだけは嫌う.これを最後に,ミンクス夫人よ,ホーカスのことを話すのはやめなさい.さもなければあなたのそのまんまるなお目々をくりぬいて,その赤みがかった田舎顔を食肉処理場の牛の顔のようにひんむいて見せますぞ.覚えておきなさい,さらし台や水責め椅子といったものもあるのだということをね」〔トーリーの下院を無知だとする非難〕
これだけ言うとみな立ち去ったので,ブル夫人が答えるいとまもなかった.
ジョンを脅迫して和解をやめさせるためにありとあらゆる手だてが講じられた.コーヒーハウスで,ジョンとその妻が発狂したとか,家をあきらめ,地所全体をルイ・バブーンに譲渡するつもりになっているとの噂を広めたこともあった.具体的には,ジョンが独り言を言っているのを聞いたとか,靴下やストッキングもはかずに通りにいるのを見たとか,朝から晩まで使用人をなぐり通しで,かつてのようなこの世で最高の主人ではなくなったといった噂である.その妻については,単なる天然馬鹿だった.
時に,ジョンの家には,弁護士の事務員だとか,執行吏だとか,その従者その他下っ端の法役人が大挙して押しかけ,窓に石を投げ,ジョン本人が通りを通るときには泥を投げた.ジョンが訴訟を続ける現金がないと訴えると,銀器や宝石を質に入れ,ブル夫人はリンネルや服を売ればいいと助言するのだった.

第十三章 ブル夫人〔先妻=ホイッグ〕,夫が専横,不実,不能であった場合に妻の務めとなる不可欠の義務を擁護:姦淫を批判した博士の説教に対する全面反答〔裁判でサシェヴェレル博士の説教(第八章)を批判するホイッグの言いぐさ〕

ジョンは毎日のように亡き先妻〔ホイッグ〕の不実と悪巧みの証拠をみつけた.数ある中でも,ある日,キャビネットを整理していて次のような書類をみつけた.
「婚姻が原契約の上に築かれるものであることは明らかだ.それによって,妻〔国民〕は自然の摂理によって有している権利を夫〔国王〕に譲渡し,それにより夫は妻の子孫すべての財産を取得する.だが,義務は双務的なものだ.原契約が一方において破られた際には,それは他方をも拘束する力を失う.権利あるところには,それを維持し,侵害する者を罰するための権力がある.この権力について私は,上述した場合においてすべての妻に内在している原権利,いや,むしろ不可欠の務めであると断言する.妻たる者,自ら同意していない法に拘束されることはない.あらゆる経済施策は元来夫婦に宿っているものであって,執行部分は夫のものである.両者ともその特権は法と理性により保証されている.しかし,執行力を与えられているのが夫となると,誰でも,妻がその〔権利の〕分け前を奪われていると察するのではなかろうか.残された手段は祈りと涙のほかは最高法院への訴えだけではなかろうか.夫・妻という一般的な呼称と用語から引き出される取り決めもそれに劣らず浮ついている.夫というものはさまざまな風土,さまざまな国の風俗・慣習によっていろいろな異なる種類の立場を表わす.東方の一部の国ではそれは生殺与奪の絶対権力を握る暴君を意味する.トルコではそれは終身禁固の力をもつ専制総督を表わす.イタリアではそれは夫に毒と南京錠の権利を与える.イングランド,フランス,オランダの諸国ではそれは全く異なる意味を持ち,自由で平等な統治を含意し,妻に対してある場合には変更の自由〔革命権〕,そして小遣い銭および独立した生計費の所有を保証している.よって,夫・妻という用語から引き出される議論は人を惑わすもので,決して絶対的で無際限の貞操および婚姻の忠節といった専制的な教義を支持するのにふさわしいものではない.
一般に妻の忠節が説かれるのは,通常の場合における決まりとしてのみ意図されるものであり,自然,夫が能力,正義,忠節の三つの条件を備えていることを想定している.無際限で無条件の忠節など理性的な男なら決して妻に求められるものではない.抑圧を認容する教義を妻に負わせるのは,教会にとって恥ずべきことと思われる.
この元来の変更の権利の教義はあらゆる人間の法に優る自然の法にも適合するものであり,それゆえに私はあえて世の妻たちに訴える:かの基本的な点を決して手放さなかったこと,そして,かつては無知と迷信に包まれていたにもかかわらず,かの考えが心に刻み込まれ,強く印象づけられており,何者にも損なわれなかったことは,我らイングランドの妻たちにとって大いに名誉とすべきことである..
変更の違法性を主張することは,いかなる根拠であれ,結婚状態に忌まわしい影を投げかけ,家族を未来へとつなげるのに必要な手段を悪し様に言うことであった―そのような手段は婚姻の目的そのものを打ち破るべく考案されたものとは考えられない.私はそれらを必要な手段と呼ぶ.というのも,多くの場合,ほかにどのような手段が残されているというのだろう.前記のような教義は家族の名誉を傷つけ,諸王国の肩書き,栄誉,財産を不安定にする.というのも,もし事態解決のもととなる行為が違法であったとすれば,その上に築かれたものすべても違法になる.しかし,そんな結果はばかげている.したがって,そんな仮定もばかげたものなのである.現在ヨーロッパが残酷で高価な戦争の重荷のもとであえいでいる原因は何だろうか.ある国民の専制的な習慣,そして愚かな女王がなまじ良心的なこだわりを見せてこの不可欠の義務〔王位継承者たるハノーヴァー家の英国招聘か〕を行使しないことをおいてほかにない.義務を果たしていれば,王国が世継ぎを持てたかもしれず,論争の的になっている王位継承問題も避けられたかもしれない.これらは,『いいことが起こるために悪いことをしてもいけない』という,諸君らの聖職者階級の偏狭な金言のなせるものなのである.
この否定することあたわざる権利,そして婚姻という神聖な権利〔絶対王権〕の主張はみな心の底では既婚女性〔君主を戴く国民〕より僭称者〔ジャコバイトの王位僭称者〕を利するものである.というのも,もし結婚状態の真の法的な基礎がひとたびくずされれ,その代わりに専制的な金言が導入されれば,穏便で平和裡の変更〔無血革命〕の代わりに駆け落ち〔暴力革命〕しかなくなるではないか.
これまで述べてきたことから,この煽動的で不満を抱く,性急で,才能もなく,啓蒙にもならない説教者の教義のばかさかげんをはっきりと感じることができるであろう.『婚姻状態,そしてそれがよって立つ柱の大いなる安定の基礎は,妻が夫に対して絶対的な無条件の忠節を奉じることにある』〔国民の国王への絶対服従〕などという大胆な主張により,師〔サシェヴェレル〕は根に切りかかり,基礎をくずし,結婚状態の幸福の基盤を除去する.師の個人へのあてこすりについては,その『奔放な妻たち』というのが誰のことを言っているのかぜひ知りたいと思う.師がその説教でかほど大胆に誣告している身分の高い女性のはずなのだが.こうした中傷が誰を標的にしているのかはかなり明白である.このために師はさらし台,あるいはそれより悪い刑罰に値する.
変更というこの不可欠の義務の教義の確認として,そうした手段によって夫の家族を破滅から救い,子孫がないことによる忘却から救った賢妻の例をあらゆる時代から集めてきてもよいのであるが,これまでに述べたことでこの尊大な牧師を罰する土台としては十分である.」

第十四章 妻たちの二大党派―尽くし派と仕返し派〔無抵抗論の賛成派と反対派〕

妻の無際限の忠節という教義はあらゆる夫からあまねく支持された.夫たちは地方を歩き回り,妻たちに欠くことのできない変更の義務というブル夫人の邪悪な教義を完全に嫌悪し,忌避することを示す書類に署名させた.従う妻もいたが,生来の自由を捨てるのを拒む妻もいて,妻たちの間に二大党派が生まれることとなった.尽くし派と仕返し派である.ただし,この名目上の区別はそれほど実体のあるものではない.というのも,尽くし派も時には自由が行きすぎることもあったし,仕返し派の名で識別される者たちもしばしば非常に正直者であったからである.同時に,「夫たちへの良いアドバイス」の題で巧妙な論説が現われた.それは夫たちに,無際限な婚姻の忠節の教義を主張する妻を信用しすぎて妻たちの行動へのしかるべき目配りを怠ることのないよう助言するものだった.夫たちにとっての最大の保証は妻をいたわることと,誘惑にさらされないようにすることだという.多くの夫たちが一般的な断言を信じすぎることによって被害を被っている.そのいい例が,愚かで務めを怠ったある夫で,その男はこの原則の有効性を信じたために妻に駆け落ちされて破滅したのである.

第十五章 ブル夫人とドン・ディエゴ〔下院への影響力を通じて講和を阻止しようとしたトーリー貴族〕の間の会談の記

法律家たちは和解を先延ばしにする最後の努力として,ドン・ディエゴ〔ノッティンガム伯〕をジョン〔イギリス政府〕のもとに送った.ドン・ディエゴは非常に立派な紳士で,ジョンやその母〔イングランド国教会〕,今の妻〔トーリー政府〕の友人で,したがってその妻にもいくばくかの影響力はあるものとされていた.ドン・ディエゴ自身,ジョンの弁護士連にはひどい扱いを受けたことがあったが,サー・ロジャー〔ハーレー〕へのいくばくかの敵意のため,和解には反対していた.ドン・ディエゴとブル夫人の間の会談は一語一句,次の通りである.
ドン・ディエゴ「いとこのブルよ,そなたがお家の名誉ある金言を忘れ,世界中で最も正直で,最も善良な三人の人物との約束を違える〔同盟国を見捨てての講和路線〕などということが可能だろうか.サウス氏〔オーストリア〕,フロッグ氏〔オランダ〕,ホーカス〔マールバラ〕といえば,そなたのために己の利害を犠牲にしてきた人たちではないか.彼らの単純さ,信じやすさにつけ込んで最後になって彼らを窮地に見捨てるというのは浅ましいことではないだろうか」
ブル夫人「あの人たちのおかげでうちの家族は困った状況になってるんですよ.私たちは市に行くにもほとんどお金がありません.六ペンスのつけもききません.このサウスというお人,ご立派なことですよ!薄汚れた少年だったころ夫が世話を引き受けた.その面倒は使用人の半分がかりでした〔ある偉大な公子の態度,迷信,オペラや見せ物好きのことを言ったもの〕.あの悪たれはわめくわ,騒々しいわで.火の中に転んで顔をやけどしたり,ベンチによじ登ろうとして足を折ったり,それにいつも汚らしい.寄宿学校の犬小屋を引きずり回されてきたようでしたよ.コイン投げや銭占い,セブンアップでお金をすって,本を売り,リンネルを質に入れて,私たちがいつも請け出してやらなければならなかったんです.それに一族こぞってバグパイプや人形劇が好きで!夫がパン屋や菓子屋でナポリのビスケットやタルト,カスタードや砂糖菓子〔オーストリアによるナポリ征服〕のためにどれだけ払ったかお聞きになっていればよかったのに.その間もずっと夫は彼のことを落ちぶれた良家の紳士だと思って立派な教育を与え,いっぱしのまともな生活ができるよう世話してやりました―彼の利害のために地方で一番いい地所の一つを獲得してやりました.なのに,このご立派な紳士が私たちにどんなお返しをしてくれたと思います?私にも夫にも,ほとんどお礼一つ言わず,愛想のいい表情一つ見せようとしないんです.私たちのこと,さん付けでなく(それぐらいしてもらっても当然だと思うんですけど),なんとか『おやじ』とかなんとかの『かみさん』なんて呼ぶんです.私たちのところに寄宿することで私たちに大いに名誉なことをしてやったなんて言って.しょっちゅう怒鳴ったり当たったり.私たちがなけなしのお金を彼にストラット卿の称号と地所を獲得してやるために使わないからと言って.それにそうそう,私たちに出入りの毛織物商にする名誉をやるだなんて〔儀礼や称号について言ったもの〕.その上,サウス氏はサウス氏のまま変わりません.気まぐれで高慢ちきで恩知らず.日々のパンも私たちに頼っていながらそんな態度をとるなら,世界で抜きん出たりしたらどんなことをしでかすか知れやしないというものです」
ドン・ディエゴ「これほどに気高く寛大な仕事〔対フランス戦〕の栄誉をなげうつつもりですか.このけしからぬ和解を認めてあの老獪なごろつき,ルイ・バブーンを信用したほうがいいとおっしゃるのですか」
ブル夫人「わかってください,ディエゴさん.ルイが正直になるまで法廷闘争を続けていたら,ブラックウェル・ホールでの私たちの信用は地に墜ちてしまいます.誰でも自分のいいようにすればいいとは思いますけれど,それでも言わせてもらいます.ストラット卿のお金だろうとサウス氏のお金と同じように輝き,ちゃりんと音がするのです.私たち商人がこれらの偉大な人々を引き止められるものと言えば彼らの利害のほかに知りません.高く買い,安く売る.そうすればお客をつなぎ止めておけます.何より悪いことに,ストラット卿の使用人たちはあの老獪なごろつきの店に足繁く通っていて,彼らを取り戻すには何樽もの強いビールをふるまう必要があるでしょう.そしてみなが悪い道にいた時間が長いほど,引き戻すのはたいへんなのです」
ドン・ディエゴ「しかし,かわいそうなフロッグはどうだ.彼が何をしたというのだ!良心にかけて言うが,この世に正直で誠実な人間がいるとしたら,それはあのフロッグだ」
ブル夫人「フロッグが子供のころからどんなにうちに恩があるか,言うまでもないと思います.今でこそ偉そうにふんぞり返ってますけど,私たちの助けがなかったら今の彼はなかったはずです〔トーリー下院による英蘭間の戦費負担不均衡の不平〕.彼がこの訴訟を始めてからというもの,費用の分担の上でホーカスはいつもフロッグの立場に立って申し立てをしてきました.『かわいそうなフロッグはつらい状況にあります.家族も多く,その日暮らしの状況です.子供たちはまともな食糧なんて一年中これっぱかしも食べられず,塩漬けニシンやチーズ,キャベツを食べて生きている.かわいそうに,あれでも世の不均衡を正すために精一杯やっているし,この訴訟でも能力以上の努力をしてきています.でも本当にこれ以上続ける資力がないんです.この一〇〇ポンドが何です?そちらの勘定につけておきなさい.フロッグにとっては大金でも,そちらにとっては取るに足りぬ額でしょう.』ホーカスはいつもこんな調子です.フロッグは私たちにはたっぷり恩義があるんですから,これまでのことくらいして当然だと思いますけど」
ドン・ディエゴ「ホーカスもこうしたことはみなよかれと思ってやっているんだ.彼は心の優しい,慈悲深い男なのだ.フロッグは本当につらい境遇にあるのだ」
ブル夫人「つらい境遇!そんなしゃくにさわる言いぐさってないわ.訴訟が始まってからというもの,私が抵当に入れるそばからフロッグが買っているのよ.昔は平凡な商人で店と倉庫と汚らしいいけすのある田舎の小屋があるだけだったフロッグが,今ではとっても豊かな地方郷士になって,その立派な地所,立派な宮殿,邸宅,公園,庭園,農園ときたらうちでさえ持ったことがないほどだわ〔オランダによるネーデルラント各地の占領〕.変じゃないですか.夫が毎年多大な額を払ってやっているのに,フロッグが新しい農園やら邸宅を買い入れるなんて.もしこの訴訟が続いたらフロッグがずば抜けて国一番の金持ちになるわ.さらに悪いことに,うちの顧客も毎日のようにかすめ取っているのよ.フロッグの口車に乗せられて一番裕福な上得意が十二人もうちの店を去ったわ.これは確かな話ですけど,フロッグはその人たちを約定で縛って戻らせないようにしているんです.考えてみてください.これが隣人のすることですか」
ドン・ディエゴ「フロッグのやり方は確かにせこいが,まっとうだ.あなたは過敏でなんでもきびしく反応しすぎる.きっと何か誤解があるに違いない」
ブル夫人「実にいやな人だこと!あなた自身よく私に話してくれましたからご存じのはずです.ホーカスやあのごろつき連中は夫のジョン・ブルをポンチや強いお酒で都合五年も酩酊させていた.一晩たりともしらふで床についたことはないと思いますよ.しまいにはあの人に生まれてこの方見たこともないような奇妙きてれつな書類にサインさせたんです.あの人を操った方法はまたいつかお話ししますが,今はこの書面を読ませてもらいます」

呉服屋ジョン・ブルと生地商ニコラス・フロッグの間の契約書〔ホイッグ政府が結んだ英蘭間の防壁条約〕

第一条
前記当事者間の古来からのよき交際と友情を維持するため,私ニコラス・フロッグは厳粛にジョン・ブルの家庭内の平和〔プロテスタントによるイギリス王位継承〕を保ち,その妻も子も使用人もジョン・ブルにいかなる問題,騒乱,妨害も起こさず,それぞれの立場において粛々とその務めを果たすよう仕向けることを引き受け,約束する.そして前記ジョン・ブルが私の友情を疑いなく確信していることから私をその最後の遺言状の執行人かつその子らの後見人に任じたことに鑑み,私は私自身,私の相続人および譲受人の名において,そのことがしかるべく執行され実行されるようはからい,それがジョン・ブルによっても他の何人によっても変更され得ない〔イギリスの議会が望んでも王位継承者を変更できない〕ものとすることを引き受けるものである.我が友ジョン・ブルの家族の平和を安泰にし,その遺書がしかるべく執行されるようはからうために,私は彼の家に昼夜を問わずいかなる時間にもはいり,格子やかんぬき,扉,たんすや金庫をこじ開けることが適法であり,認められるものとする.

第二条
前述の信託を引き受けてくれたニコラス・フロッグの隣人としての親切な厚意に鑑み,私ジョン・ブルは,我が友ニコラス・フロッグが現時点でぬかるんだ土壌と不健全な空気の環境で暮らし,彼自身や妻子の健康を害する霧や湿気に悩まされていることを考え,私の現金,債券,抵当権,所持品および動産の最良で最もすぐ用意できるものを用いて,前記ニコラス・フロッグのために,公園,庭園,宮殿,川,野原,水はけ水路があり前記ニコラス・フロッグが適当と思うだけの広さをもつ地所を購入することを,私自身,私の相続人および譲受人の義務として引き受けるものである.前記ニコラス・フロッグが目下防衛技術の大家であるルイ・バブーンの土地にあまりに近くまで取り囲まれていることに鑑み,私こと前記ジョン・ブルは私の手持ちの現金を用いて前記土地〔オランダとフランスの間の緩衝地帯とするための防壁都市〕を,前記ニコラス・フロッグが適当と考えるだけの区画と面積にわたって購入して囲い込むことを私の義務として引き受ける.前記ニコラスが自身および家族の必要に応じて邪魔や妨害を受けることなく自由に出入りできるようにすることがその目的である。

第三条
さらに,前記ジョン・ブルはニコラス・フロッグの地方隣人をして毎年の地代収入のある一部を前記地所の修繕のための支払いに充てさせることを義務として引き受ける。良き友人ニコラス・フロッグがいっさい負担を免れるようにすることがその目的である。

第四条
前記ニコラス・フロッグが以前に前記ジョン・ブルのものであったある種の自由,特権,免除権について故ストラット卿と契約したことに鑑み,私こと前記ジョン・ブルは本状により自由な立場で,その契約された自由,特権,免除権を,かつて一度たりとも私に属していたことがないかのごとく完全に,棄権し,放棄し,前記ニコラス・フロッグに譲渡する.

第五条
前記ジョン・ブルは広幅織物および粗織物の一切れたりとも前記ニコラスの近所では何人にも,前記ニコラスが適当と考える量と料金でしか販売しないことを自らと相続人および譲受人の義務として引き受ける.

書名および捺印
ジョン・ブル
ニコラス・フロッグ

この書類を読むとブル夫人は激情に駆られ,発作を起こしてその場で倒れてしまった.かなりの量の牡鹿の角〔炭酸アンモニア水を主成分とする気付け薬〕を飲ませてようやく意識を回復した.
ドン・ディエゴ「どうしてそれほどかっとなるのです,いとこよ.当時のあなたがたの状況を考えると,これがそんなに理不尽な契約とは思えませんな.フロッグがこのすべてについて良心的に契約に従っていることはおわかりでしょう.あなたとの相談なしにはどんな和解にも耳を傾けようとしていないんです」
ブル夫人「そうでないことはご存じのはずです〔当時のオランダの秘密交渉〕.その手紙をお読みください」
そして上書きを読む.
「高貴な防衛技術の大家ルイ・バブーン宛
『冠省 目下私どもの友人ジョン・ブルと,ストラット卿の愛顧を回復し,そして公園やいけすについてある種の特権をお認めになる件について話し合っておいでのことと了解しております.世間を知る人間であるあなたがどうしたらあのような単純な輩と話ができるのか不思議でございます.過去二十年というもの,あれは私のカモでした.自分の商売について産着にくるまった子供ほども知らないことは確かでございます.妻〔トーリー政府〕が口やかましい愚かなたぐいのがみがみ女で,ずうずうしくも彼を私の手から引き離すつもりであることは存じています.しかし,あなたも彼女もどちらも間違っていることがおわかりになることでしょう.私は彼女を説き伏せられる人をさがします.彼については私の同意なく事を一歩でも進めるくらいなら首をくくったほうがましでしょう.もし彼に約束なさった物を私にくだされば,何もかもつつがなくまとめ,ストラット卿に対する放逐証書も止めてご覧に入れます.もしそうなさらなければ覚悟なさるべきです.私からカモを奪おうとなさったことで,あなたに対して有効な訴訟を起こしてご覧に入れましょう.これは警告と思ってください.
愛する友
ニコラス・フロッグ』
いとこのディエゴさん,あなたも私を説き伏せることを引き受けた人の一人だと聞いています.そして訴訟を終わらせるどころかあなた自身が弁護士役を買って出るとまでおっしゃったとか.私こそ彼らとあなたに,説き伏せるということを教えてさし上げます」
ドン・ディエゴ「お願いです,奥様,どうしてそう短気になるのです.この手紙は偽造に違いありません.あの正直者のニコラス・フロッグがこのようなこと考えるはずがありません」
ブル夫人「あなたのことも我慢なりません.この二十年間,サウス氏やフロッグ,ホーカスを罵ってごろつきだの盗人だのと呼んできたじゃありませんか.それが今になって世界で彼らほど正直な人間はいないなんて.いったいこれはどういうことなんです」
ドン・ディエゴ「教えてください.このサー・ロジャー〔ハーレー〕を商売に雇って古くからの友ディエゴのことを考えてくださらないのはどういうことですか」
ブル夫人「それそれ,そこよ.実を言いますと,サー・ロジャーをいくつかの重要な仕事に雇い,正直で信用できることがわかりました.貧乏なのにいつも私から一ファージングたりとも受け取ろうとしませんでした.熱意を申し立てる者はごまんといますが,みなお金のこととなるといまいましいほど強欲なのです.夫と私の今の状況では,これまでよりお金のかからない条件で仕えてもらう必要があるのです」
ドン・ディエゴ「いとこよ,話していてもらちがあかないようだ.お気の毒ですが,このサー・ロジャーを信用することで自らを破滅させるでしょう」

第十六章 亡き先妻のブル夫人の三人の娘がジョンのもとにきて助言を与える:三人の娘〔前出によれば戦争,派閥抗争,金利払い〕の性格も簡単に扱われる.また,ジョン・ブルの三人の後見人への答え.〔ホイッグ党の懸念,戦争継続演説など;カール大公をスペイン王位につける戦争を継続することに対するトーリーおよび下院の感情〕

先の章〔第九章〕でブル夫人はこの世を去る前にジョンに三人の娘を恵んだことを話した.ここで三人の名前を繰り返す必要はないだろうし,私も若い娘の評判にもとる非難を進んでするつもりはない.若い女性の評判というものは気をつけて扱わなければならないものだ.しかし,この三人の性格は近所ではよく知られており,ここで簡単な記述をすることは害にはならないだろう.
長女〔ポレミア〕は口やかましい女で,かつて生を受けた誰よりも高慢で金遣いが荒く,無節操で放蕩だった.家内ではいつも粗野にふるまい,子供たちをつねり,使用人を蹴飛ばし,猫や犬をいじめる.父親の金庫から金を奪ってお気に入りの若者に与える.高貴な気品があり,その物腰は偉大さを感じさせた.しかし,その不快で伝染性の息は世話をしてくれる使用人をのきなみ消耗させた.新鮮この上ない花束も彼女が嗅ぐと,病気にかかったようにしぼんで枯れるのだった.いつも酔って帰宅し,食器や鏡を割る.その機嫌は予測がつかず,完全に激情次第.このお嬢さんと口論するくらいなら北風を相手にしたほうがいいくらいだ.その放恣に金がかかることといったら,三つの公爵領からの収入でも足りないくらいだ.ホーカスはこの長女を最も気に入っていた.自分がブル夫人の体にはらませた我が子だと思っていたのだ.
姉の翌年に生まれた次女〔ディスコーディア〕は他に類のないほど気むずかしくてつむじ曲がり,たちの悪い人間で,悪魔のように醜悪で,やせぎすで顔色が悪く,鼻は尖り,背中が曲がっている.その一方活動的で威勢がよく,自分のこととなると精を出す.その血色の悪さは朝昼晩コーヒー〔ホイッグのたまり場のコーヒーハウスでの雑談〕という食生活の悪さから来ている.ベッドでもおとなしく眠っていることはなく,うなされて叫び声を上げて家中に迷惑をかけ,悪夢をみな福音だと思って朝になると夢の解釈を話してみなを悩ませる.「人殺し!」と叫んで近所中を騒がせたりし,何事かとジョンが駆け下りてくると,もちろんなんでもなく,女中が上着にピン止めをしていて手元が狂っただけなのだ.サラダドレッシングに油を入れすぎたとして使用人を追い出し,水がゆに塩が足りなかったとして別の者を追い出した.しかし,へつらうなどして気に入られた者にはこの上ない犯罪を犯しても大目に見るのだった.父親〔ジョン・ブル〕には御者が二人いた.その一人が御者台にいるときは,馬車がほんの少し傾いただけで,通りの誰もが馬車がひっくり返ったかと思うほどの叫び声を上げたが,もう一人は始終飲んだくれていて家族全員をひっくり返したにもかかわらず,父がくびにすると彼女は大いにむくれたのだった.それから噂や逸話を運ぶのが十八番で,近所中を仲違いさせてしまう.これが唯一の気晴らしだった.遠く旅することはなかったが,とてつもないでたらめを持ち帰り,彼女のことを知らなければこの世の誰でも驚かずにはいられなかった.艦隊を丸ごと飲み込んだ鯨だとか,プロテスタントを破滅させるためにロンドン塔から野放しにされたライオンだとか,ウォッピングの酒屋で教皇の姿を見たとか,セントポール大聖堂の丸天井を投げ落とそうとしている驚異的な大男だとか,古い壁の裏からサウス氏が発見した五ポンド貨三〇〇万枚だとか,燃えさかる星,空飛ぶ竜,などなどといった話である.家中の使用人はみな,このいばりちらす次女にうやうやしく礼を尽くし,その望みのままに人を雇い入れたり追い出したりした.ただ,彼女とサー・ロジャーの間には古くからの確執があった.サー・ロジャーのことは心の底から憎んでいて,彼が通りを通るときに人を使ってよく犬小屋の汚水を浴びせかけさせていた.このためサー・ロジャーは絶えず油脂加工した布のコートを着ることを強いられていた.これによってサー・ロジャーはほぼきれいなまま帰宅することができたが,コートで十分覆われていないところだけはどうしようもなかった.
三女〔ユスリア〕は強欲で金のためなら何でもやる賤しい女だった.人を尊敬するということを知らない.王子も人夫もみな同じで問題なのはいくら払うかというだけだった.そう,六ペンス余計に出すのであれば世界一立派な紳士を振って醜男のもとに走っただろう.その職業を続けるうちにあらゆる種類の品々を大量に蓄えており,立派な服を五〇〇揃い以上も持っていた.それでいて,出歩くときは変身前のシンデレラのような薄汚い姿なのだった.使用人という使用人から巻き上げ,飢えさせたので,彼女の近くでは誰でも生きてはいけなかった.
ジョンの三人の娘についてはこのくらいにしよう.きっと読者も好きになれるところはほとんどなかったと言うことだろう.しかし,本性は現われるものだ.親戚がこの娘たちの面倒を見たからといって誰も責めることはできない.ホーカスも他の二人の後見人とともに,この三人の娘の福利の面倒を見てやるのが務めだと思い,ジョンが訴訟を示談にする前にジョンに最善の助言を与えたのだった.
ホーカス「良き友よ,最近なぜそう避ける.私ほど君のことを愛している者はいない.私ほど君のために骨折った者もな.救われたいから,君に役立つことならどんなことでもする.君の役に立つなら,はいつくばっても見せる.私の健康も父の地所も君のために使ってきた.実のところわずかばかりの収入はあるから,それを頼りに引退しても良心に恥じるところは全くない.だがこの不名誉な和解は私の胸のうち深くに突き刺さり,夜も眠れないんだ.私がこの案件に最終決着を付けてから―次のもう一つの評決で老獪なルイとストラット卿を破滅させ,何もかも平穏無事に君のものにしてやってから―和解するならそれからにしてくれ!とても耐えられない.この案件は私の気に入りだった.これに心を捧げていた.たった一人の大切な子のようなものだ.それが流産に終わるなど耐えられない.頼むから,老獪なルイがどんな悲惨な境遇にまで追い込まれたか考えてくれ.現金もとことん底を尽いた.向こうの弁護士たちはもう打つ手がほとんど残っていない.奴らの詭弁もこれまでだ.それにルイは法も日々のパンも信託にしてしまっている.もう一期だけ頑張ってみてくれ.次までにはフリート監獄に放り込んでやる.さらし台に引き出して見せる.耳をもってその偽証の代償とさせて見せる.頼むから和解しないでくれ.もしこの世界に私より君のことを愛している人間がいたら私は地獄に堕ちてもいい.誰も,私が強欲だとか,君の利害以外のことを追及しているなどと言えはしない」
第二の後見人「このルイが近隣の商人みなを破滅させる企みを抱いていることは火を見るよりも明らかだ.今この時点でもあらゆる種類の商売からの驚異的な収入があり,そのとてつもない富に何らかの歯止めをかけないことには何もかも独占してしまうだろう.誰も布地や服地一ヤードたりと売れなくなってしまう.だから訴訟を続けてもう一度彼をたたきのめすのがいいと言っているんだ.母親のない三人のかわいそうな子供たちへの心配からも,この助言をせずにはいられない.あのかわいそうな娘たちの境遇はこの案件の成功にかかっているのだから」
第三の後見人「この放逐令状に高い費用がかかったことは認める.だがそれでも考えてほしい.これは全財産なげうってでも贖う価値のある宝石なのだ.ブル氏の公然の敵ででもなければ,ブル氏の服地業のための保証としてはストラット卿の放逐しかないと言えるだろう.となると唯一残る問題は,誰が訴訟の費用を負担するかということだ.その答えは明快だ.判決によって利を得る者以外に誰があろう.サウス氏がその肩書きと栄誉を所有できたら,ジョン・ブルがその出入りの服地商になるのではないか.ではジョン以外の誰が利を得るだろう.誰でもいい,無私な立場の紳士に聞いてみるといい.誰が訴訟費用を負担すべきか.すぐこういう答えが返ってくるに決まっている.その出入り商人たちだと.したがって,私はこう断言する,死んでも意見は曲げはしない.出入りの布地商として,君はサウス氏がその地所をつつがなく所有できる立場につけてやらなければならない.始めたときと同じ寛大な気持ちでこの善良な仕事をやり遂げるんだ.今関わっている悪い方策に固執したら,三人のかわいそうな母なき子らはどうなってしまう!私の胸はかわいそうな娘たちのために張り裂けてしまう」
ジョン・ブル「みんな実に雄弁だ.だが一つ言わせてくれ.みなこの私より三人の娘のほうをずっと心配しているようだ.まず私の利害のことを考えてくれてもいいじゃないか.君についてはな,ホーカス,確かに訴訟の件では実に熱心に,しかも私に大いに名誉になる形でやってくれた.だがそれは認めるが,十分報酬も受けてきたじゃないか.フロッグの負担を取り去って私の背に負わせるというのはどうしてだ.あいつは自分の公園や野原で金張りの馬車を乗り回せるというのに,この私は地所を抵当に入れなければならないところまで追い込まれている.あいつの紙幣のほうが私の債券よりも信用がある.国一番の富裕な商人だったのが,今じゃあ私の心臓から血から内臓までむしり取ろうっていう金貸しや高利貸しに頭を下げて金を借りなければならないところまで落ちぶれてしまったというのに.それはみな何のためだ!私よりフロッグに気に入られたかったのか?私は君の古い友人で縁者ではないのか?君のことは立派に盛り立ててきてやったじゃないか?君の家族全員に服を着せてやったではないか?私の店で極上の布地を一〇〇ヤードもらっただろうが.どうして他の商人たちは費用を免除されるばかりか商売を止められなければならないんだ.私よりは彼らの心配事だというのに.今期だけ頑張ってみることについては,君自身の良心に問いたい.この六年間,ずっと同じことを言ってきたじゃないか.『もう一期で老獪なルイもおしまいだ』と.お前が私の案件をそれほど大切に思うなら,一度くらい気前よく,援助として何千か貸してくれんか.ああ,ホーカス!ホーカス!お前のことは知っている.私を監獄から出すためだって一スーも払うまい.いいか,諸君.私は世間で信用とともに生きてきた.それがドアを一歩外に出ればごろつきのような借金取りやら何やらに決まって袖を引っ張られるというのは胸が痛む.『私の請求書をお忘れなく.一〇〇〇ポンドばかりのちょっとした証文がありますので.どうかお考えを』とな.こうした金貸しどもが私への債権をコーヒーハウスやパブで取引するとは.まるで私が店をたたむかのように.主よ!かつては裕福で寛大だった呉服屋のジョン・ブル,隣人たち誰もの羨望の的だったこの私が,一ポンドあたり五シリングの割合で負債を清算するまで落ちぶれ,破産者リストの公告に名が出る.考えただけで気も違いそうだ.聖書外典のどこかで読んだことがある.『助言を求めてはいけない相手がある:女に嫉妬の相手について,商人に両替について,物を売るときに買い手に,親切心について無慈悲な男に助言を求めるべきではない.』私だったらもう一つ付け加えるところだ.訴訟の示談について弁護士に助言を求めてはいけないとな.ストラット卿の放逐で終わりにはならないだろう.証拠はがたがただ.証人の証言はあっちへいったりこっちへいったりで,証人どうしも食い違う.それに卿の借地人は卿の味方だ.一人はルイは金がないから訴訟を続けろと言う.もう一人はルイはまだ裕福すぎるからだと.どちらを信じろというんだ.一つだけ確かなことがある.現に財布にはいっている金がジョンが最後に持ちうる最良の友人だ.それにこれが私が関わる最後の訴訟になると誰に言える?それにもしこの放逐が実現可能だとしても,サウス氏が詐欺師やすりに金を取られ,楽士や道化を連れて郊外を闊歩し,鷹や犬とともに収入を浪費しているというのに,そんな彼のための訴訟に私のまっとうな精勤の実入りを差し出すというのがはたして理にかなったことだろうか.サウス氏の出入り布地商になれるというだけの希望のために.この案件が終わっても,私は市に行く金もないだろうからこの事業のご利益には与れないだろう.いいか,諸君,ジョン・ブルは単純な男だが,ジョン・ブルは食い物にされれば気がつく.私は我が一族の弱さを知っている.気のいい飲み仲間の役を務めがちで,金を飲んで使ってしまう.だが私の弱点につけこむとは,諸君もずるいでないか.騒々しい連中の一団を昼といわず夜といわず私のまわりに張り付け,浮かれ騒ぎや狩猟ホルン,肉切り包丁を打ち鳴らしてはやしたて,冷静に考えるいとまも与えず,ペンを持つのもおぼつかないほど酩酊した私に書類にサインさせる.そうしたやり方すべての責任を問われる日がきっと来るぞ.それまでの間は,諸君,お願いだから私に少し自分の状態を調べさせてくれ.莫大な財産のうちわずかばかりの残りくらい文句言わずに私に残してくれ」

第十七章 サウス氏のブル夫人へのメッセージと手紙〔オーストリアの不満とオイゲン公子の訪英〕

ホーカスら後見人の議論はこれまでのところ効果はなく,ジョン夫妻がサウス氏の訴訟の費用を負担するよう説得することはできなかった.二人は名誉と利益はサウス氏のものになるのだから費用の最大部分を負担し,詐欺師に巻き上げられたり田舎のダンスや人形劇に使ったりしていた金を節約して,それを訴訟に回すのが理にかなったことだと考えていた.サウス氏にとってはあまり都合のよいことではなく,そこで最後の試みとして,サウス氏はフォックスハウンドの大家シニョール・ベネナート〔オイゲン公子〕をブル夫人のもとに送って説得に当たらせることにした.このシニョール・ベネナートは貴婦人の心を魅するよう定められた立派な紳士の資質を余さず備えており,もし世界の誰かが夫人を説得できるとしたら,それは彼だった.だが夫人の夫への忠節は全く揺るぐことなく,その思いは常に夫の利害を追求することのみを目的としており,洗練され尽くした魅惑的な話術を用いても夫人の心をとりこにすることはできなかった.ネックレス,ダイヤの十字架,高価なブレスレットを贈ろうとしても,夫人はこの上ない軽蔑と嘲笑をもってはねつけた.夫人のために奏でられた音楽とセレナードも,夫人の耳にはメンフクロウの耳障りな鳴き声以上に不快なものに聞こえた.しかし,夫人はシニョール・ベネナートの手からサウス氏の手紙を,その地位にふさわしい敬意を込めて受け取りはした.その手紙の文面は次の通りである.読者はサウス氏がいつもの文体とは調子を変えていることが見て取れることであろう.

奥様
フィリップ・バブーン(僭称せるストラット卿)に対する放逐令状が今にも下されようとしています.私が私の栄誉と地所を邪魔されずに所有できる立場になるのに足りないのはあとわずかばかりの必要な手続きと一つ二つの評決だけです.あなたのいつもの寛大さと善良さによってあなたはきっと最後の力添えをしてくださるものと疑いません.その栄誉を私はあなたご自身以外の誰にも与えたくないものであります.あなたの費用負担の一部を軽減するため,ペンとインクと紙を出すことはお約束しましょう.印紙代さえ払ってくださればいいのです.それから,私は執事に,私の訴訟が終わるまで私の最良で手持ちの地代から毎年五ポンド十シリングを支払うよう指示しました.あなたに健康と幸福を願っています.敬意を込めて.
奥様の確かな友
サウス

ブル夫人がこの手紙にどのような答えを与えたかは第二部で述べることにする.ただ,両者の提案にはかなりの隔たりがあったとだけ言っておこう.サウス氏がペン,インク,紙の費用を負担するとしか申し出なかったのに対し,ブル夫人は氏の弁護団をウエストミンスターホールに運ぶはしけ〔軍勢をバルセロナに運ぶイングランド艦隊〕を出す以外のことは拒んでいたのである.


『ジョン・ブル物語』のホームページ    革命の世紀のイギリス〜イギリス革命からスペイン継承戦争へ〜    inserted by FC2 system